EP 8
「全てを奪うアイドルと、月末の家賃滞納土下座」
「ダーリン!(チュッ♡)」
強欲な人魚姫の投げキッスが放たれた瞬間、数百人の魔族兵士たちはバタバタと武器を落とし、恍惚とした表情で天を仰いだ。
「あぁ……最高の、ライブだったぜ……」
「俺の暗く冷たい魔族の人生に、光が、圧倒的な『推し』の光が差した……!」
防壁の外で、屈強な黒甲冑の男たちがボロボロと涙を流しながら崩れ落ちていく。
月光薬の異常なハイテンションバフと、リーザの【Love & Money】による魅了、そして俺たちによる完璧なオタクコールの相乗効果。
それらは魔族たちの闘争本能を完全に浄化し、『圧倒的な満足感(賢者タイム)』へと変換してしまったのだ。
「すまなかった、辺境の村の者たちよ。我々はあの光を恐ろしい光学兵器だと勘違いしていたが……あれは、魂の救済だったのだな」
下級魔将軍が涙を拭いながら、防壁の上から顔を出す俺に向かって深々と頭を下げた。
「いや、兵器じゃなくてただのミラーボールとサイリウムなんだが……まぁ、わかってくれたならいいよ」
「あぁ! 俺たちはこの感動を胸に、魔皇国へ帰る! リーザちゃん、最高だったぜぇぇぇ!」
魔族の軍隊は、誰一人として村に刃を向けることなく、互いに肩を組み合い、満足げな笑顔で森の奥へと帰っていった。
中には、俺が具現化した100円のサイリウムを「家宝にする!」と大切に抱きしめて持ち帰る者までいた。
「……終わった。俺の深夜のクレーム対応シフトが、やっと終わった……」
俺はサイリウムを放り投げ、その場に大の字でぶっ倒れた。
72時間ぶっ通しのワンオペ明けよりも疲れた気がする。精神的な意味で。
「ふふん! 見ましたか陸人さん、アラトさん! これが絶対無敵のスパチャアイドルの実力ですわ!」
ステージの上で、リーザが芋ジャージの襟を正してドヤ顔を決める。
「あぁ。見事な集客と制圧だった。俺のPMとしての経歴に、また一つ輝かしい成功事例が追加されたぜ」
アラトが満足げに頷き、ピンク色のエプロンを外して汗を拭った。
「ぜぇ……はぁ……。もう、腕が、千切れる……。オタ芸って、魔物と殴り合うよりキツいのね……」
キャルルは完全に体力を使い果たし、ウサギ耳をペタンと寝かせて地面に這いつくばっている。
村の危機は去った。
血を一滴も流すことなく(キャルルは月光薬の作りすぎで少し吐血したが)、魔王軍の一個大隊を退けたのだ。奇跡と言っていい。
だが——店員(俺)の仕事は、客が帰った後の『棚卸し』と『精算』が終わるまで完了しない。
俺は重い体を起こし、広場の中央で煙を上げている『ライブ機材』を見渡した。
「……おい、アラト。この火炎放射魔導具、出力上げすぎて砲身が焼き付いてるぞ」
「演出の熱量を最大化するために、リミッターを解除したからな。当然の摩耗だ」
「この魔法反射パネルも、レーザーを乱反射させすぎてヒビが入ってる。これ、村の防衛の要だったはずだが」
俺の冷たい指摘に、地面に倒れていたキャルルがビクッと肩を震わせた。
「ま、待って陸人。それ、直すのにどれくらいのお金がかかるの……?」
「ざっと見積もって、金貨五十枚ってところだな。村の防壁修繕費と今年の肥料代を全部突っ込んでも足りないくらいの額だ。アラト、お前、機材の改造費用は誰持ちの計算でやったんだ?」
俺がジロリと睨むと、元社畜PMは悪びれもせずに肩をすくめた。
「プロジェクトの決裁権はクライアント(村長)にある。昨日、キャルルが『村の予算でバックアップする』と口頭で確約したから、俺は遠慮なく村のツケで魔法具屋から追加の配線パーツを緊急発注したまでだ」
「キャ、キャルルゥゥゥ!! お前、徹夜のノリでなんてこと言ってんだよ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 私の、私の村の予算がぁぁぁ!!」
キャルルが頭を抱えて絶叫する。
「血を吐いて月光薬を作って補填するって言ってたが、金貨五十枚分の薬なんて作ったら、お前過労死通り越して干からびるぞ!」
「ど、どうしよう陸人! 村が、ポポロ村が破産しちゃう!」
半泣きで俺にすがりついてくるキャルル。
だが、そこに自信満々の足音を立てて、リーザが歩み寄ってきた。
「ふふん! 慌てることはありませんわ、キャルルちゃん! 先ほどのステージで、ファン(魔族)たちからたっぷりと『お賽銭』を回収しておきましたの!」
リーザはドンッと、抱えていた大きな麻袋を俺たちの前に置いた。
「これを見なさい! ファンたちの愛の結晶! 私が全てを奪い尽くした結果ですわ!」
「おぉ! さすがリーザちゃん!」
キャルルが目を輝かせ、俺も少しだけ期待して麻袋の口を開けた。
……中に入っていたのは。
どこで拾ってきたのかわからない『どんぐり』。
魔族の鎧からむしり取られたらしい『黒いボタン』。
サイリウムの代わりに振っていたと思われる『綺麗な木の枝』。
そして、リーザ自身が配って回っていた、ルナミス帝国では全く使えない真鍮の『五円玉』が数枚。
「…………」
「…………」
俺とキャルルは、無言で麻袋を閉じた。
「どうです! 愛が詰まっているでしょう!」
「換金できる愛が一つもねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺の容赦ないツッコミが、朝焼けのポポロ村に響き渡る。
「え!? おかしいですわ! あれだけ熱狂していたのに、金貨の一枚も入ってないなんて!」
「当たり前だろ! あいつら進軍中の軍隊だぞ! 財布なんか持って最前線に来るわけねぇだろ!」
「そ、そんなぁ……私の、私の完璧なビジネスモデルがぁ……」
リーザが膝から崩れ落ち、麻袋の中のどんぐりを見てポロポロと涙をこぼした。
時間を奪い、心を奪っても、相手の財布が空っぽなら一円の利益にもならない。これが強欲アイドルの計算の甘さだった。
*
そして、月末。
ポポロ村の村長宅の縁側で、キャルルが腕を組んで冷たい視線を下ろしていた。
「……で?」
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
ワインレッドの芋ジャージ姿のリーザが、見事なスライディング土下座をキメていた。
「家賃! 払えません! ライブの機材費のツケも、とても払えません!」
「あんなに大見得切っておいて、結局いつもの月末じゃないのよ……」
キャルルが大きなため息をつく。
「お、追い出さないでくださいまし! 家賃は、家賃はパンの耳で払いますからぁぁ!」
「パンの耳じゃ防壁は直らねぇよ、この駄目アイドル」
俺は手に持っていた箒で、土下座するリーザのジャージをツンツンと突いた。
「村の予算をパンクさせたんだ。明日からお前も、きっちりこの村のシフト(農作業と防衛)に入ってもらうからな。時給はもちろんゼロ円、借金返済の強制労働だ」
「ひぃぃん! 人魚姫なのに、畑で泥にまみれるなんてぇぇ!」
泣き叫ぶリーザの姿に、キャルルは呆れながらも、結局突き放すことはしなかった。
俺も深いため息をつきながら、明日からのシフト表に「リーザ(草むしり担当)」と書き加える。
時給0円の深夜シフトは、どうやらまた一人、最高に面倒くさい『厄介な居候』を抱え込んでしまったらしい。
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