EP 5
「ドリンクバー12時間耐久女子会と、寝不足のバイトリーダー」
静けさに包まれるはずの、深夜のポポロ村。
「あはははっ! それでね、その八百屋のおじさんがさー!」
壁一枚隔てた隣の部屋から、鼓膜をぶち破るような女子の笑い声が響いてきた。
「……嘘だろ。今、午前三時だぞ……」
俺は目の下に真っ黒なクマを作りながら、布団の中で頭を抱えた。
今日の夕方、アラトが広場に狂ったライブステージを設営してからのことだ。
キャルルが「明日はいよいよリーザちゃんのステージね! 前夜祭をしましょう!」と言い出し、俺の【コンビニショップ】から『1.5リットルのペットボトル飲料』を全種類出させたのだ。
そして村長の家の居間にグラスを大量に並べ、ルナミス帝国に存在するというファミレス『ルナキン』のドリンクバーを完全再現してしまった。
そこからが地獄だった。
「この『100円メロンソーダ』と村の『陽薬草茶』をブレンドしたメロンハーブティ、最高ですわキャルルちゃん!」
「でしょー! 次はコーラとポポロコーヒーを混ぜてみましょうよ!」
月兎族であるキャルルの体力は、満月に近づくにつれて無尽蔵になる。
そして極貧生活でカフェインと糖分に飢えていたリーザのテンションも、完全にバグっていた。
結果、二人は夕方からぶっ通しで『ドリンクバー12時間耐久女子会』を繰り広げているのだ。
「……もう限界だ。俺の明日のシフトに響く」
俺はフラフラと立ち上がり、隣の部屋の襖をガラリと開けた。
「おい、お前ら。いい加減に……」
俺が文句を言おうとした瞬間、目に飛び込んできたのは、テーブルの上に散乱した空のペットボトルと、完全に出来上がったテンションで肩を組む美少女二人組だった。
「あ、陸人! 遅いわよ、早くこっち来てコーラコーヒー飲みなさいよ!」
「陸人さん! 私、明日のステージのために最高のセットリストを考えましたの!」
ウサギ耳をパタパタさせるキャルルと、芋ジャージ姿でグラスを掲げるリーザ。
俺は深いため息をつき、テーブルの端にどっこいしょと腰を下ろした。
「お前らなぁ、明日は大事なライブ……いや、アラトが作った防衛トラップの稼働日だぞ。寝なくて大丈夫なのかよ」
「月兎族の私に睡眠は不要よ! それより陸人、聞いてちょうだい! 私、決めたの!」
キャルルがバンッとテーブルを叩き、鼻息を荒くして立ち上がった。
「リーザちゃんの明日のステージ、村の予算でバックアップすることにしたわ!」
「……は?」
「具体的には、来月分の防壁の修繕費と、肥料の購入費を全部、リーザちゃんのライブの特効(花火)と衣装代に回します!」
「バカ言え!!」
俺は眠気も吹っ飛んで絶叫した。
「村のインフラ予算をアイドルのライブに突っ込む村長がいるか! 防壁が壊れたら魔物が入ってくるだろうが!」
「大丈夫よ! 防壁が壊れたら、私が徹夜して魔物を全部殴り倒すから! 怪我人が出たら、私が血を吐いてでも『月光薬』を大量生産して全部治すわ! 私の身を削れば、予算の穴くらいどうにでもなるもの!」
「自分の命で赤字補填するな!! お前のその『ほっとけない』精神、身内相手だと完全に暴走するな!?」
キャルルは、ルームメイトだったリーザの夢をどうしても応援したいらしい。
だが、その代償が「自分の吐血と過労」というのは、絶対に看過できない。
「だめだ! そんなブラックな予算編成、俺が絶対にハンコを押さねぇ! リーザも止めろ!」
「えぇ〜? でもぉ、キャルルちゃんがそこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えて豪華なドレスを……」
「お前は少し遠慮しろ強欲人魚!!」
俺の怒号が居間に響き渡る。
全く、どいつもこいつも計算が極端すぎる。アラトみたいに冷徹な算盤を弾けとは言わないが、少しは自分を大切にしてほしいものだ。
「——おい、店長。夜更かししてると肌に悪いぞ」
その時、縁側からガラリと窓が開けられ、ピンクのエプロンをつけたままのアラトが姿を現した。
彼もまた、目の下に俺と同じような深いクマを作っている。
「お前も寝てないのかよ、アラト」
「PMがローンチ(本番)の前日に寝るわけねぇだろ。ステージの配線と、魔導具の調整は完璧に終わったぜ」
アラトは不敵に笑い、親指で広場の方を指差した。
「ただ……俺の仕込んだ『照明』がド派手すぎたせいで、どうやら予定外の客を引き寄せちまったらしい」
「……客?」
俺が嫌な予感を覚えて立ち上がった、その瞬間だった。
『ドゴォォォォォォンッ!!!』
村の防壁の外側から、地面を揺るがすような凄まじい爆発音が轟いた。
「な、なんだ!?」
俺たちが慌てて外に飛び出すと、ポポロ村の広場の中央——アラトが魔改造した『ライブステージ』が、夜の闇の中で異常なまでの光を放っていた。
防衛用の魔法反射パネルがミラーボールのように七色のレーザーを夜空に乱反射させ、火炎放射魔導具が定期的に天に向かって巨大な火柱を上げている。
そして、村の入り口の防壁の向こう側。
黒い甲冑に身を包んだ、アバロン魔皇国の下級魔将軍とその部隊が、剣を抜き放って村を包囲していたのだ。
「見ろ! あの異常な魔力光と火柱を!」
下級魔将軍が、広場のミラーボールを指差して部下たちに叫んでいる。
「辺境の村だと思っていたが、あんな巨大な『光学兵器』と『対空要塞』を隠し持っていたとはな……! ルナミス帝国の新兵器に違いない! 起動される前に、村ごと焼き払えッ!!」
……どうやら、彼らはアラトの作ったド派手なライブステージを、『軍事要塞の超兵器』だと完全に勘違いしているらしい。
「うそでしょ……私のステージが、魔物の軍隊に狙われてますの!?」
リーザが顔面蒼白になって芋ジャージの襟を掴む。
俺は目の下のクマを擦りながら、大きく、深いため息をついた。
「あぁ……マジかよ。俺の深夜シフト、まだ終わってねぇのかよ……」
ボヤきながらも、俺は前に出る。
さぁ、厄介な団体客の来店だ。地獄のデス・ライブの幕が上がる。
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