EP 4
「元社畜SE、アイドルの強欲な算盤に共鳴する」
「いいですか皆様! アイドルたるもの、常にステージを意識しなければなりませんの!」
ポポロ村の広場で、キャルルの手作りサンドイッチを平らげて完全復活したリーザが、みかん箱の上で演説を打っていた。
「そのためには、まずこの村の導線がなってませんわ! そこに花道をドーンと作って、私が登場する時のスモークをプシューッと……」
「おい、芋ジャージ。お前、さっきから随分と偉そうに『ファン』だの『ステージ』だのほざいてるがな」
村人たちが苦笑いして通り過ぎる中、コツコツと足音を立ててアラトが歩み寄った。
彼の目は、獲物を値踏みするような冷徹な光を帯びていた。
「な、なんですの! 弓使いのアラトさん。私のアイドルとしてのビジョンにケチをつける気ですか!」
「ケチ? 逆だ。俺は元社畜のシステムエンジニア……数々のデスマーチを仕切ってきたプロジェクトマネージャー(PM)だ。お前がただのチヤホヤされたいだけの頭空っぽな小娘なら、裏の肥溜めに蹴り落としているところだ」
アラトの物騒な発言に、俺とキャルルは顔を見合わせた。
「ちょっとアラト、本気で村の真ん中で面倒事起こさないでよ?」とキャルルが釘を刺すが、アラトは意に介さない。
「答えろ、リーザ。お前は一体、何のためにステージに立つ? ファンから五円玉を巻き上げて、小銭を稼ぐためか?」
アラトの鋭い問いに、リーザはみかん箱の上で一瞬だけポカンとした顔をした。
だが、次の瞬間——彼女の瞳の奥に、ただの純真さとは違う、ある種の『狂気』にも似た執着の炎が揺らめいた。
「……小銭? 冗談じゃありませんわ」
リーザはふわりと微笑み、両手を広げた。
「私がステージに立って歌うと、ファンたちの『時間』を奪うことができるんですの」
「……時間を奪う?」
「そうです。みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」
リーザの言葉に、広場の空気がわずかにピンと張り詰める。
彼女は腐っても人魚姫。その根底にあるのは、人間を海に引きずり込むような圧倒的な魔性だった。
「だから、私は……ファンたちの『世界』そのものになりたいんです。彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです」
リーザは胸に手を当て、ウインクをした。
「私は運命……私は物語。だから、貴方たちの全てをちょうだい♡ Love & Money!! ……ですわ!」
強欲。圧倒的なまでの強欲さ。
だが、それはファンに絶対的な幸福を約束するという、狂気に満ちた『ギブ・アンド・テイク』だった。
その言葉を聞いた瞬間、アラトの目がカッと見開かれた。
「……時間を奪い、世界となり、全てを搾取する代わりに、至高の成果物を納品する、か。完璧なビジネスモデルじゃねぇか」
アラトは懐からミント味の飴玉を取り出し、口の中に放り込んだ。
ガリッ!!
静かな広場に、飴玉を噛み砕く鋭い音が響き渡る。
俺は頭を抱えた。あいつがあの音を鳴らすのは、誰かの狂った算盤に『乗った』時だけだ。
「ハッ! 最高に狂ったアイドル哲学だぜ。……よし、決めた。俺がお前をプロデュースしてやる」
「えっ!? ホントですか!」
「あぁ。村の広場を使って、今夜ゲリラライブを決行する。俺が最高のステージ(盤面)を整えてやるよ」
「ちょっと待てェェェッ!!」
俺はたまらず割って入った。
「アラト、お前まで何言ってんだ! ここは魔物がいつ襲ってくるかわからない最前線の村だぞ! ゲリラライブなんてやって、もし敵が来たらどうするんだ!」
「だからいいんだろうが」
アラトはニヤリと笑い、腰の魔法ポーチからあのピンク色の『エプロン』を取り出した。
「ユニークスキル【家庭科】。整理整頓、空間把握の能力を極限まで引き上げる。……店長、お前はこの村の防衛設備のリストを持ってこい。俺がこの広場を、最高の『ライブ会場』にリフォームしてやる」
「バカか! 村の防衛用の機材を勝手にいじんな!」
俺のツッコミも虚しく、エプロンを身に着けたアラトはすでに神域の速度で動き始めていた。
村の倉庫から引っ張り出してきた防壁用の『火炎放射魔導具』や『魔法反射パネル』を、次々と広場の中央に運び込んでいく。
「おいおい、なんだあれ。火炎放射器をステージの特効(スモークと炎)に使う気か!?」
「反射パネルをミラーボール代わりにしてるわ……! ちょっとアラト、それは村の予算で買った大事な備品よ!」
キャルルが抗議するが、PMのスイッチが入ったアラトは止まらない。
「店長! お前の【コンビニショップ】で、ありったけの『サイリウム(ペンライト)』と『カラーフィルム』を出せ! ステージの照明に使う!」
「出さねぇよ! なんで俺が体力を削ってライブの照明スタッフやらなきゃいけねぇんだ!」
「いいから出せ! これもお前のシフトの一環だろ!」
「くそっ、わかったよ! だが、もしこれで魔物が来たら、俺は容赦なくお前らを囮にして村を守るからな!」
俺は悪態をつきながらも、腹の底からカロリーを削って、100円の光るサイリウムとカラーセロハンを大量に具現化した。
なんだかんだ言って、アラトが本気で組んだ盤面には、一見無茶苦茶に見えても必ず勝算があることを、俺は前回の戦闘で身をもって知っていたからだ。
「よし、照明よし、特効よし、音響(魔導拡声器)よし! どうだリーザ、これが元社畜PMが手掛ける最高のステージだ!」
数時間後、ポポロ村の広場には、異世界には全くそぐわない、ド派手でサイバーなライブステージが完成していた。
「す、素晴らしいですわアラトさん! 私のテンション、最高潮ですの!」
リーザがみかん箱から卒業し、立派なステージのお立ち台に飛び乗ってポーズを決める。
防衛用魔導具が火柱を上げ、カラーフィルムを貼った反射パネルが狂ったように極彩色の光を撒き散らす。
「いや……これ、どう見てもフェス会場じゃなくて、完全な迎撃用の『戦場』だろ……」
俺とキャルルが呆然と立ち尽くす中、村の広場は最悪のデス・ライブ会場へと変貌を遂げていた。
そして、このバカ騒ぎの光と音が、森の奥に潜む『厄介な客』を引き寄せることになるのを、俺たちはまだ知らなかった。
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