EP 3
「鳩と野良犬と人魚姫の、血で血を洗う廃棄弁当争奪戦」
静かなポポロ村の広場に、軽快なピアノのメロディと甲高い号令が響き渡る。
「腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動からー! ハイッ!」
窓を開けた俺の目に飛び込んできたのは、芋ジャージの人魚姫が、農家のおっさんたちと一糸乱れぬラジオ体操をしている狂気の光景だった。
「……朝から何やってんだ、あいつ」
顔を洗って広場に出てみると、リーザが手作りの『スタンプカード』を首から提げ、おっさんたちのカードにポンポンと芋版のスタンプを押して回っていた。
「はい、お疲れ様ですの! スタンプが十個貯まったら、もれなく『陸人店長特製のホカホカ肉まん』と交換できますわよ!」
「おぉ! 村長んちの居候ちゃん、太っ腹だねぇ!」
「おい待てェェェッ!!」
俺は猛ダッシュで広場に乱入し、リーザの首ぐらを掴み上げた。
「お前、なんで俺のスキル(体力)を勝手にラジオ体操の景品にしてんだよ!! 俺は一言も許可してねぇぞ!」
「きゃあっ!? なにをするんですの陸人さん! これは立派な『ポイ活』の一環ですわ! 村の皆さんの健康を増進しつつ、アイドルの好感度を上げる完璧なプロモーション活動!」
「原資が俺のHPだろうが! どっかの錬金術師にでも頼め!」
俺が怒鳴りつけると、リーザはチッと舌打ちをしてスタンプカードを隠した。
「……ケチですわね。これくらい、私がルナミス帝国で生き抜いてきた日々に比べれば、とっても平和な朝の風景ですのに」
「平和な朝? お前、デパートの試食コーナー以外に何やってたんだよ」
「ふふん、聞きたいですか?」
リーザはエッヘンと胸を張り、誰も頼んでいないのに自らの武勇伝を語り始めた。
「早起きして公園の鳩に餌をやるおじさんに媚びを売り、鳩とマジ喧嘩をしてパン屑をもぎ取るのは基本! 夜は『タローソン』の裏口で廃棄弁当を狙い、野良犬のボスと血で血を洗う死闘を繰り広げましたわ!」
「なんで犬とガチバトルしてんだよ……」
「舐めないでください! あの時の野良犬の牙をかいくぐり、見事『から揚げ弁当』のフタを死守した私のスライディングは、伝説として語り継がれていますのよ!」
悲しすぎる伝説だ。人魚姫の威厳など、もう海の底にも残っていない。
「それだけじゃありませんわ! 究極のポイ活『献血ループ』! 献血ルームで血を抜いてハンバーガーとジュースを無料でいただき、それを食べて回復しては、また別の献血ルームへ行くという永久機関を完成させましたの!」
「それ全然回復が追いついてないからね!? 血を売ってジャンクフード食ってるだけじゃない!」
後ろから歩いてきたキャルルが、耐えきれずにツッコミを入れた。
「えへへ、何度か貧血で倒れて交番のお世話になりましたが、取り調べ室で泣き真似をしたらカツ丼が出ましたわ。あれは美味しかったですの」
「もうお前、親善大使じゃなくてただの犯罪すれすれのホームレスじゃねえか……」
俺が頭を痛めていると、リーザがそそくさと俺の背後に回り、手にした空のペットボトル——俺が【コンビニショップ】で出したミネラルウォーターの空き容器——に、バケツから何かを一生懸命に詰めているのに気づいた。
「おい、リーザ。お前、今何やってる?」
「えっ!? な、なんでもありませんわ!」
「そのバケツ、昨日の夜に俺が入ったドラム缶風呂の残り湯だよな? なんでそれをペットボトルに詰めてる?」
俺がジロリと睨むと、リーザは観念したようにボトルのラベルを見せた。
そこには、マジックでデカデカと『魔物を退けた伝説のコンビニ店員(勇者候補)の聖なる出汁入りウォーター』と書かれていた。
「……は?」
「い、今のアイドル業界はグッズ展開が命ですの! この世界には、強い冒険者や勇者の残り湯を高値で買う熱狂的なマニアがいるんですわ! これをルナミス帝国に持っていけば、一つ銀貨一枚で売れて——」
「俺は出汁昆布じゃねぇぇぇぇぇ!! 捨てろ!! 今すぐその汚い水を庭に撒け!!」
俺は顔を真っ赤にして叫び、ペットボトルを奪い取って中身を花壇にぶち撒けた。
「あぁぁぁ! 私のシノギがぁぁ!」とリーザが絶叫する。
「お前なぁ……アイドルならもっとまともな稼ぎ方をしろよ!」
「だってぇ! ご飯食べるにはお金が必要なんですのー!」
こっぴどく俺とキャルルから説教を食らったリーザは、村長の家の縁側で体育座りをしてシュンとしていた。
彼女の手には、どこから拾ってきたのかわからない『パンの耳』が握られている。
「……ぐすっ。私は誇り高き人魚姫……。絶対無敵のスパチャアイドルですの。陸人さんみたいな、出汁をケチる器の小さい男の施しなんて、絶対に受けませんわ。このパンの耳を噛み締めて、明日のステージの糧にしますの……むしゃっ、ひぐっ」
ポロポロと嘘泣きの涙をこぼしながら、カッチカチのパンの耳を惨めに齧るリーザ。
そのあざとすぎる『可哀想アピール』に、俺は青筋を立てたが——俺よりも先に、耐えきれなくなったお人好しがいた。
「……はぁ。もう、わかったわよ」
キャルルが大きなため息をつき、キッチンからお盆を持って縁側に出てきた。
お盆の上には、卵と新鮮なレタスを挟んだ、手作りの分厚いサンドイッチと、温かいスープが乗っている。
「リーザちゃん。朝ごはんのサンドイッチ、作りすぎちゃったから……食べる?」
「食べますぅぅぅぅぅぅ!!」
誇り高きアイドルは、秒速でパンの耳を投げ捨て、キャルルの足元にスライディング土下座をしてサンドイッチに飛びついた。
「おい、施しは受けないんじゃなかったのかよ!」
「ファンと身内からの貢ぎ物は別腹ですわ! もぐもぐ! キャルルちゃんの手作りご飯、最高ですのー!」
口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら、幸せそうに尻尾を振るリーザ。
俺とキャルルは、顔を見合わせて深い深いため息をついた。
だが、その縁側のやり取りを、少し離れた木の陰からジッと観察している男がいた。
「……タダ飯に飛びつく強欲さ、図太い神経、そして大衆を巻き込む異常な行動力。おまけに顔だけは一級品、か」
アラトは懐から飴玉を取り出し、口に放り込んで『ガリッ!』と噛み砕いた。
「これは……最高にバズる『タレント』になるかもしれねぇな。俺の算盤で、一丁仕上げてやるか」
元社畜PMの黒い瞳が、新たなビジネスの匂いにギラリと光った。
平和なポポロ村に、最悪の『デス・ライブ』の足音が忍び寄っていた。
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