EP 2
「絶対無敵のスパチャアイドルは、五円玉を要求する」
爽やかな朝のポポロ村。畑仕事のシフトに向かおうとした俺の耳に、場違いな手拍子と甲高い声が響き渡った。
「さぁ皆さま! 今日も元気に、絶対無敵のスパチャアイドルのステージが始まりますわよ!」
村の広場のど真ん中で、みかん箱の上に立つワインレッドの芋ジャージ姿の人魚姫(自称)がいた。
「五円!五円!御縁!御縁!ハイ! 五円!五円!御縁!御縁!ハイ!」
『キラキラリーン☆』という、自分で口で言っている謎の効果音と共に、リーザがルナミスデパートで買った健康サンダルを鳴らしてステップを踏む。
観客は、鍬を持ったまま呆然としている農家のおっさんたちと、彼女のステップに合わせて「ギャァァァ!」と謎の合いの手を入れる『人参マンドラ』の群れだ。
さらに足元には『ネタキャベツ』が転がっており、「落ち目の元親善大使、辺境の村でみかん箱ライブ! これは売れる記事になるぜゲヘヘ!」と三面記事のネタをウキウキでメモしている(ように見える)。
「ちょっと重いかな? って五十円! 重すぎて無理! って五百円! 身軽な愛をジャラジャラさせて、私の配信投げ込みカモン!」
リーザは芋ジャージの裾を翻し、ウインクを振りまく。
腐っても人魚姫であり、顔の造形だけは女神ルチアナやリリスにも引けを取らないほどの美少女だ。だが、その悲壮感漂う生活臭がすべてを台無しにしている。
「絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば山となる! 御縁をちょーだいキラキラ☆キラリ、推しの生活支えてちょーだい!」
歌い終えたリーザは、息を切らしながら両手を広げ、足元に空き缶をコトッと置いた。
「さぁ! アナスタシア世界の迷える子羊たち! 私のチャット欄(空き缶)に、清き『お賽銭』を投げ込んでちょうだい! もちろん、指定は五円玉ですの!」
沈黙が落ちた。
農家のおっさんたちが顔を見合わせる中、俺はたまらずみかん箱の前に進み出た。
「おい、ちょっと待て。五円玉ってなんだよ。この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨、それに同粒(1円相当)だろ。五円玉なんて硬貨、そもそも存在しねぇぞ!」
俺のツッコミに、リーザはチッチッと人差し指を振った。
「甘いですわ、陸人さん! スーパーのレジで一円玉や五円玉を大量に出すと嫌な顔をされますが、お賽銭箱ならドヤ顔できるんですの! 黄色は金運のサイン! 五円玉のあの真ん中の穴の向こうに、私とファンとの未来が見えるんですのよ!」
「ディスタンス(距離)開いてどうすんだよ! そもそも穴の空いた硬貨がないって言ってんだ!」
「……なるほど。少額の貨幣に『御縁』という付加価値を持たせ、塵も積もれば山となる方式で大衆から薄く広く搾取する。……悪くないビジネスモデル(算盤)だ」
俺の横で、いつの間にか腕を組んでいたアラトが、真剣な顔でリーザを分析し始めていた。
「いやアラト、変なところで感心しないでくれ。こいつただの極貧ポイ活アイドルだからな」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
俺がため息をついた瞬間、リーザの腹から、魔獣の地鳴りよりも悲惨な音が鳴り響いた。
見れば、歌って踊ってカロリーを消費したリーザが、ガクガクと膝を震わせている。
「もう……ダメ、ですの。昨日の夜から、パンの耳3本しか食べてない……」
フラフラと倒れそうになるリーザを、後ろから歩いてきたキャルルが慌てて支えた。
「ちょっと、リーザちゃん! だから朝ご飯のサンドイッチ食べなさいって言ったのに!」
「ダメですわ、キャルルちゃん……。アイドルは、ファン以外の施しは受けない……それが、私の誇り……」
青白い顔で虚勢を張るリーザ。
(……はぁ。本当に、世話の焼ける面倒な客だ)
俺は呆れながらも、腹の底のカロリーを消費して【コンビニショップ】の棚を展開した。
ポンッ、と俺の手元に現れたのは、白いプラスチックの小皿と、爪楊枝に刺さった一口サイズの『唐揚げ』と『アメリカンドッグ』。
スーパーやデパートの食品売り場でよく見る、『試食コーナー』のセットだ。
「ほらよ。これは施しでもファンからの貢ぎ物でもない。ただの『試食』だ。味見して、アンケートにでも答えてくれりゃいい」
俺がその小皿を差し出した瞬間だった。
「——ッ!!」
リーザの目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光った。
彼女は凄まじい速度で姿勢を正すと、小皿の前に立ち、優雅に一礼した。
そして、爪楊枝の端を上品に、しかし見えない速度でつまみ上げると、唐揚げを口に運び、咀嚼をわずか0.1秒で終わらせた。
「……美味しい! 外はカリッと、中はジューシー! この絶妙な塩加減とニンニクの風味……ルナミスマートの試食のオバチャンが出してくる特売ウインナーの比ではありませんわ! 素晴らしい企業努力ですの!」
「食レポがプロすぎるだろ」
さらに彼女は、残ったアメリカンドッグの試食も音速で平らげ、爪楊枝を丁寧に小皿の端に揃えて置いた。
「ごちそうさまでした! 大変美味しゅうございました。アンケートには『絶対買うので次回はフルサイズで試食させてほしい』と書いておきますわ!」
「それ試食の概念超えてただのタダ食い宣言だからな!」
すっかり生気を取り戻したリーザは、エッヘンと胸を張った。
「陸人さんのスキル、素晴らしいですわね! まるで無限の試食コーナー! 私のポイ活サバイバル術と組み合わせれば、食費ゼロで生きていけますわ!」
「俺の体力が削られるんだからゼロじゃねぇよ。お前、本当にルナミス帝国でどうやって生きてたんだよ」
俺が呆れ果てて尋ねると、リーザは得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん、聞いて驚きなさい! 私、落ちていた五円玉の偽物(真鍮のメダル)をピカピカに磨き上げて、『これはシーラン国で発掘された新種の金貨ですの!』と言い張って、ルナミスの八百屋で高級メロンを買おうとしたことがありますのよ!」
「……で、どうなったんだ」
「八百屋の親父さんに、顔面を思い切りストレートパンチされましたわ! 鼻血が出ましたの!」
「当たり前だろ!! 完全に詐欺未遂じゃねぇか!!」
朝のポポロ村に、俺の容赦ないツッコミが響き渡る。
ヤラセ勇者を追い払って平和になったはずの村のシフトに、強欲で極貧なアイドルの狂想曲が本格的に組み込まれてしまった瞬間だった。
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