第二章【ポポロ村・極貧アイドル狂想曲】
「白銀の剣士の正体は、芋ジャージと健康サンダルの人魚姫でした」
ポポロ村に、ヤラセ配信の魔物襲撃事件から数日ぶりの平和な朝が訪れていた。
『ガシャァァァァァァァンッ!!』
のどかな村の静寂を切り裂いて、防壁の入り口に白銀に輝く何かが激突し、派手な音を立てて倒れ込んだ。
「……なんだ? また魔皇国の襲撃か?」
防壁の見回りシフトに入っていた俺は、手すりから身を乗り出して下を覗き込んだ。
「おいおい、店長。今度は『白銀の鎧を着た騎士』のお出ましだぜ。……いや、待てよ?」
隣にいたアラトが臨戦態勢で弓を構えかけたが、途中でその手をピタリと止め、怪訝な顔で目を細めた。
倒れ込んでいるのは、確かに全身を白銀の鎧で包んだ小柄な人物だった。
だが、異世界の日差しを浴びてギラギラと反射するその鎧は、どう見ても鋼鉄やミスリルのような重厚な金属ではない。
動くたびにペラペラと安っぽい音を立てており、所々が破れて、裏側にテープで補強された跡が見え隠れしているのだ。
「……アラト。あれ、どう見ても『ダンボールにアルミホイルを貼り付けた手作りの工作』だよな?」
「あぁ。見事にシワシワのアルミホイルだな。俺が小学生の頃の夏休みの自由研究で作ったロボットよりクオリティが低い」
「お前、伯爵家を追い出される前はそんな可愛いことしてたのかよ」
俺たちが顔を見合わせていると、村長の家からキャルルが特注の安全靴を鳴らしながら飛び出してきた。
「ちょっと! 朝から騒々しいわね! ゴミ出しのルールはちゃんと守りなさいって……え? なにこれ、燃えないゴミ?」
「ゴミじゃない。どうやら迷子の騎士様らしい」
俺たちが防壁から駆け下りると、アルミホイルの騎士はフラフラと立ち上がり、ビシッと俺たちを指差した。
「ふ、ふふん! 恐れ慄きなさい! 私こそが、噂のイレギュラーを討ち果たすためにやってきた白銀の……ぐきぁッ!」
名乗りの途中で、騎士が足元の石に躓いた。
見事に顔面からズシャーッと土に突っ込み、その衝撃で手作りのアルミホイル鎧がビリビリと無残に引き裂かれる。
そして、破れた鎧の中から姿を現したのは——
ワインレッドのダサい芋ジャージに身を包み、足元には『ルナミスデパート』のロゴが入った健康サンダルを突っ掛けた、水色の髪の美少女だった。
「いったぁぁぁぁい! せっかく徹夜でアルミホイル巻いたのにぃぃ!」
ジャージの少女が、地面をバンバンと叩きながら半泣きで叫ぶ。
「……あれ? リーザちゃん?」
キャルルが、信じられないものを見るように目を丸くした。
「あ、キャルルちゃーん! 会いたかったですのー!」
少女はキャルルの姿を認めるなり、弾かれたように飛び起き、そのまま猛スピードでキャルルの足元へとスライディング土下座をキメた。
見事なフォームだ。アスファルトなら間違いなく膝を擦りむいている。
「ちょっと、リーザちゃん! なんでこんな所に!? あなた、ルナミス帝国で親善大使のアイドルやってるんじゃなかったの!?」
「うぅぅ……それが……」
リーザと呼ばれた少女は、泥だらけの顔を上げて鼻をすすった。
「実は……アイドルブームはもう去ってしまって……私、今はみかん箱の上で歌う完全な地下アイドルになってしまったんですの」
「えぇ!? じゃあ、このアルミホイルの鎧は……」
「ポポロ村にすっごく強いイレギュラーがいるってルナミス新聞の号外で読んだんですの。だから、私がそのイレギュラーを倒して話題になれば、またライブにお客さんが来てくれると思って……」
「そのイレギュラーって、どう考えても俺たちのことだよな」
俺が横から口を挟むと、リーザはハッとして俺とアラトを見上げた。
「あ、あなたがたが、あの100円のアイテムで魔物を蹴散らしたという……!?」
「あぁ。俺が秋月陸人。こっちが……」
「アラト・バレンタインだ。で、お前は何者だ? アルミホイルを巻いた不審者ってだけじゃ、シフトには組み込めねぇぞ」
アラトが冷たく言い放つと、リーザはピンと背筋を伸ばし、咳払いを一つした。
「申し遅れました! 私、海中国家シーランの女王リヴァイアサンが娘! 人魚姫にして、絶対無敵のスパチャアイドル、リーザと申します!」
「人魚姫!? 嘘だろ、その芋ジャージと健康サンダルで!?」
俺は思わず大声でツッコミを入れてしまった。
おとぎ話に出てくるような神秘的な人魚姫の面影は、今の彼女には微塵もない。
あるのは、ドンキホーテの深夜に見かけるような、圧倒的な生活感と貧壮さだけだ。
「失礼ですわね! このジャージはルナミスデパートの特売品で、通気性抜群の優れものですの! ちなみにこのサンダルも、ポイントを駆使して実質タダで手に入れた戦利品ですわ!」
「なんで人魚姫がポイ活極めてんだよ……」
俺が頭を抱えていると、キャルルが深いため息をついてリーザの肩に手を置いた。
「陸人、実はこの子、私がルナミス帝国でシェアハウスしてた時のルームメイトなのよ。……リーザちゃん、もしかしてまた月末の家賃が払えなくなったの?」
キャルルの容赦ない指摘に、リーザの肩がビクッと跳ねる。
「うっ……そ、それは……」
「最近、どうやって生活してたのよ」
「えっと……ルナミスマートの試食コーナーのルートを曜日ごとにローテーションして、公園の鳩に餌をやるおじさんから鳩と一緒におこぼれをもらって、タローソンの廃棄弁当争奪戦で野良犬に勝ち越して……」
「サバイバルのレベルが高すぎるだろ。王族のやることじゃねえ」
俺のツッコミに、リーザは涙目で訴えかけてきた。
「だって、私はアイドルだから、簡単には施しは受けられないんですの! 誇りがあるんですの! でも……でもぉ!」
リーザは再び、キャルルの足元に深々と頭をこすりつけた。
「あぁ、キャルルちゃん! 雑草サラダとパンの耳以外の、ちゃんとしたご飯を恵んでくださいまし!」
「施し受けまくりじゃねえか!!」
ルナミスの空に、俺の叫び声が虚しく響き渡る。
ヤラセ勇者を追い払って平和になったはずのポポロ村に、またしても最悪に面倒くさい『厄介客』が来店してしまったらしい。
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