EP 15
「帰る場所ができた夜 〜その宴の影で、新たな波乱が目を覚ます〜」
焦げた油の匂いと、村人たちの割れんばかりの歓声。
ポポロ村の広場には、異世界には似つかわしくない大量のジャンクフードが山積みになっていた。
「食え食え! 今夜のシフトは、店長(俺)の奢りで食べ放題だ!」
俺が声を張り上げると、村人たちがドッと沸いた。
広場の中央には、俺の【コンビニショップ】スキルで限界まで具現化させた『ホットスナックの唐揚げ』『フライドポテト』『缶ビール』の山ができている。
腹の底からごっそりとカロリー(体力)を持っていかれたが、今の俺には不思議と疲労感よりも充実感の方が勝っていた。
「ギャァァアアッ!」と走り回る人参マンドラを子供たちが追いかけ、三面記事を喋るネタキャベツをツマミにして、大人たちが宴会で大笑いしている。
「おい、店長。あんまり無理してスキルを使うなよ。過労で倒れられても、俺の計算が狂う」
片手に缶ビールを持ったアラトが、呆れたように隣にやってきた。
ピンクのエプロンはすでに外し、いつもの冷めた顔に戻っているが、その口元は微かに緩んでいた。
「平気だよ。今日は特別だ。……それに、お前が【家庭科】スキルで唐揚げを最高の温度で二度揚げしてくれたおかげで、村の連中も大喜びだ」
「フン。元・伯爵家の三男坊にして社畜SEが、まさか唐揚げを揚げるPMをやらされるとはな」
アラトは自嘲気味に笑い、俺の持つ缶ビールに自分の缶を軽くぶつけた。
「だが、悪くねぇプロジェクトだった。……お疲れさん、相棒」
「あぁ、お前もな」
炭酸の効いた冷たいビールが、乾いた喉を滑り落ちていく。
72時間のワンオペ明けに一人で飲んだ、あの味気ない缶ビールとは違う。泥にまみれ、命を懸けて守り抜いた後に飲む酒は、信じられないほど美味かった。
少し離れた場所では、村長のキャルルが村の子供たちに囲まれていた。
「ほら、走るから転ぶのよ。全く、手のかかる子たちね」
キャルルは文句を言いながらも、転んで膝を擦りむいた子供の前にしゃがみ込み、躊躇うことなく『陽薬草』を取り出した。
自分の体力を削る治癒魔法。どれだけ平和な宴の最中でも、彼女は目の前の怪我人を絶対に『ほっとけない』。
淡い光が子供の膝を包み、擦り傷が一瞬で消え去る。
「わぁっ! ありがとう、村長さん!」
「ふふん、怪我が治ったら、ちゃんと大根の収穫を手伝うのよ? さ、行ってよし!」
照れ隠しにツンとそっぽを向くキャルルを見て、俺は自然と頬を緩ませた。
自分の血を吐いてでも他人のために尽くす、最高に不器用で、最高に優しい俺たちの村長。
俺はあいつの負担を減らすために、あいつの背負うものを一緒に持つために、この村のシフトに入ったのだ。
「……何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い」
子供たちをあしらったキャルルが、缶ジュースを片手にこちらへ歩いてきた。
「いや? ただ、良い村だなって思っただけだ。……改めて、俺をこの村に置いてくれてありがとうな、キャルル」
俺が真っ直ぐに礼を言うと、キャルルはピクッとウサギ耳を揺らし、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「べ、別に! あんたのその変なスキルと、アラトの掃除の腕が少しは役に立ったから、特別に滞在を許可してあげてるだけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
「はいはい、わかってるよ」
夜風が心地よく吹き抜け、村の笑い声が星空へと吸い込まれていく。
帰る場所なんて、どこにもなかった。
ただ消費されるだけの歯車だった俺に、守るべき店(村)ができ、背中を預けられる相棒ができ、放っておけない上司(村長)ができた。
——ここが、俺の新しい居場所だ。
俺はもう一度、冷えたビールを喉の奥へと流し込んだ。
*
だが、平和な宴の光が届かない、ポポロ村から数キロ離れた深い森の中。
月明かりだけが頼りの獣道に、一つの影が静かに佇んでいた。
「……勇者ゼロスが、たかが辺境の村で敗北した、か」
影の主は、白銀の鎧を身に纏った、凛とした顔立ちの女剣士だった。
彼女の手には、ルナミス新聞の号外と、ゴッドチューブの配信映像を記録した魔道具が握られている。
「『100円のアイテム』とやらで、大群を蹂躙したイレギュラー。……ポポロ村、調べさせてもらうわよ」
月明かりに照らされた彼女の鋭い瞳が、遠くポポロ村の灯りを真っ直ぐに見据えていた。
俺たちの狂った日常に、新たな波乱が足音を立てて近づいていた。




