EP 14
「利子をつけて返す日 〜ヤラセ配信を物理で粉砕しました〜」
「目、目がァァァッ! 息が、息ができねぇッ!!」
強烈な炭酸とミントの飛沫を顔面に浴びた勇者ゼロスは、無様に地面を転げ回っていた。
彼を守っていた黄金の絶対防御は、パリンと小気味良い音を立てて砕け散っている。
ゼロスの惨状に目を向けることなく、アラトは弓を限界まで引き絞った。
弦に番えられた矢には、紫色の雷光、赤蓮の炎、そして白銀の氷気が複雑に絡み合い、一つの巨大なエネルギー体として凝縮されようとしている。
「おい、バイトリーダー。お前の算盤が作った完璧な隙だ。俺の『腕』で、きっちりトドメを刺してやるよ」
アラトが凶悪な笑みを浮かべる。
「頼む、相棒。利子をつけて返してやってくれ」
俺は静かに頷いた。
「ぐ、ふざけるな……ッ! 俺は勇者だぞ! 神に選ばれた【マネー】の力があるんだ!」
ゼロスは目を赤く腫らし、顔をコーラでベタベタにしながら、懐から再び金貨の袋を取り出そうとした。
だが、彼が立っている場所は、俺たちが仕掛けた『洗剤と油のデスゾーン』のど真ん中だ。
『ズルッ!』
「あ……ッ!?」
体勢を立て直そうと踏み込んだ足が虚しく滑り、ゼロスは顔面から泥と油の混じった地面に激突した。
バリアのない生身の体。彼が今まで見下してきた者たちと同じ、無防備で脆い姿だ。
「させないわよッ!」
そこに、キャルルの弾丸のような飛び蹴りが容赦なく突き刺さった。
特注の安全靴が、ゼロスの持っていた金貨の袋を遥か彼方へ蹴り飛ばし、さらに彼の横腹を強かに打ち据える。
「ごふぁッ!?」
「あんたの汚いお金なんて、この村には1円も必要ないわ!」
キャルルの追撃により、ゼロスは完全に身動きが取れなくなった。
彼の上空では、落下を免れた『神の眼』が、かつて英雄と呼ばれた男の惨めな姿を克明に全世界へ配信し続けている。
「ヒッ……待て、待ってくれ! 金なら払う! いくらでもくれてやる! だから——」
「命乞いか? 残念だが、俺たちの店(村)じゃ、その通貨は使えねぇんだよ」
俺が冷たく言い放つと同時。
アラトの放つ魔力が臨界点に達し、周囲の空気がビリビリと震え始めた。
「俺の奢りだ。地獄で味わいな」
アラトの指が弦を離れた。
放たれた矢は、三つの属性を纏った極彩色の閃光となり、一直線にゼロスへと向かっていく。
「——切り札、『カクテル・エンド』ッ!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
雷の神速で着弾し、炎の爆発で吹き飛ばし、最後は氷の絶対零度で凍てつかせる。
相反する属性の暴力がゼロスを直撃し、彼の【マネー】で買ったオリハルコンの鎧は紙切れのように粉砕された。
凄まじい衝撃波が村の入り口を舐め、ゼロスは白目を剥いて数十メートル後方まで吹き飛ばされ、大木に激突して完全に意識を失った。
同時に、上空の『神の眼』にも余波が直撃し、カメラは完全に破壊された。
だが、その直前の数分間——ゼロスが村の畑を踏み躙り、ヤラセを自白し、コーラで溺れ、無様に命乞いをする姿は、すでに『ゴッドチューブ』の視聴者たちの目にしっかりと焼き付いていた。
後で確認したことだが、ゴッドチューブの画面には凄まじい光景が広がっていたという。
『は? 今まで全部ヤラセだったの?』
『最悪。村の畑を踏み躙って笑ってたぞこいつ』
『俺の投げ銭返せ泥棒!』
『勇者(笑)メントスコーラでバリア剥がされてやんのwwダッサww』
コメント欄は大炎上。ゼロスのスポンサーであった炎上神ワイズのチャンネルも、怒り狂った視聴者たちによる通報の嵐で凍結寸前に追い込まれた。
「……計算通りだ。これで奴は、物理的にも、社会的にも完全に終わった」
アラトが弓を下ろし、フッと息を吐いた。
俺はゆっくりと歩み寄り、泥と氷と焦げ跡にまみれて気絶しているゼロスを見下ろした。
怒りも、憐れみもない。ただ、業務を終えた確認だけだ。
「この間殴られた分の請求書、確かに回収したぞ。……お前のシフトは、これで完全にクビだ」
俺の静かな宣言と共に、ポポロ村を襲った理不尽なヤラセの悲劇は、たかが100円のアイテムと、仲間たちとの完璧な算盤によって粉砕された。
「終わった……のね」
キャルルがトンファーをしまい、へたり込むようにその場に座り込んだ。
ウサギ耳が、安心したようにペタンと垂れ下がる。
「あぁ。お疲れ、キャルル。あんたの誘導と蹴りがなきゃ、俺たちの作戦は成功しなかった」
「店長(陸人)の狂った発注のおかげでもあるな。……ま、俺の完璧な『掃除』と『弓』があってこそだがな」
アラトがピンクのエプロンを脱ぎながら、不敵に笑う。
俺たち三人は、泥まみれになりながらも、顔を見合わせて自然と笑い声を上げた。
空が白み始め、新しい朝がポポロ村を照らしていた。
俺たちの狂ったシフトは、ついに一つの結果を出したのだ。
その夜、村をあげての大宴会が開催されることになる。
だが、その宴の光の届かない森の奥深くで——新たな波乱の影が、静かにポポロ村を見つめていることに、俺たちはまだ気づいていなかった。




