EP 12
「月兎族の村長がキレた時、マッハの蹴りが空を裂く」
全高5メートルの鋼鉄のバケモノが、月明かりを遮って跳躍した。
『ギジュルルルルッ!!』
だが、その巨大な質量が俺たちの防壁に届くことは、永遠になかった。
「——遅いわよ、デカブツ」
トン、と。
風が吹いたかのように、キャルルの姿が防壁の上から消えた。
俺の動体視力では、何が起きたのか全く見えなかった。月兎族の持つ『100メートル5秒台』という常軌を逸したスピード。
空中で振り下ろされようとしていた将軍機の巨大な鎌の下に、彼女はすでに潜り込んでいた。
「月影流——『顎砕き』ッ!」
キャルルが右手のトンファーを打ち上げ、将軍機の硬質な顎を下からカチ上げた。
『ギギャッ!?』
凄まじい衝撃に、将軍機の巨体が空中で完全にのけぞる。
落下地点を強制的にずらされたバケモノは、防壁の手前——まだ油と洗剤が残る石畳へと無様に墜落した。
「すごい……あんなデカい相手を、力負けせずに弾き返した……!」
「驚くのは早いぜ、バイトリーダー。あれが、レオンハート獣人王国の元・近衛騎士隊長候補の武の極みだ」
弓を構えたまま、アラトが感嘆の息を漏らした。
地面に叩きつけられた将軍機が、怒りに任せて四本の手で滅茶苦茶に鎌を振り回す。
だが、キャルルは一切退かない。
彼女はトンファーで巨大な刃を流すように受け流し、相手の懐へと滑り込む。
「月影流——『鐘打ち』!」
ダンッ!!
特注の安全靴で放たれた重い回し蹴りが、将軍機の強固な装甲をベコンと凹ませた。
たった一撃で、鋼鉄がひしゃげる。打撃音がまるで梵鐘を叩いたかのように夜空に響き渡った。
「キチチチチッ!!」
「まだまだ! 『乱れ鐘打ち』ッ!!」
ダダダダダダダダダンッ!!
目にも留まらぬ連続回し蹴りが、将軍機の全身を容赦なく打ち据えていく。
俺たちに被害が出ないよう、キャルルは的確に将軍機を村から遠ざける方向へと蹴り飛ばしていた。
*
その頃、村の入り口へと続く森の小道。
勇者ゼロスは、『神の眼』を引き連れ、マントを翻しながら意気揚々と駆けつけていた。
「さぁ、配信を見ている愚民ども! 今こそこの私が、絶望の淵にある村を救おう!」
カメラに向かって最高のキメ顔を作り、抜刀するゼロス。
彼の頭の中にあるシナリオでは、村の防壁は将軍機によって破壊され、泣き叫ぶ村人の前に自分が颯爽と降り立ち、一撃で将軍機を仕留めるはずだった。
「待たせたな、ポポロ村の皆——」
ゼロスが村の入り口に姿を現し、高らかに声を張り上げた、まさにその瞬間だった。
「邪魔よッ!! 『破衝撃』!!」
キャルルのトンファーが、闘気を纏って将軍機の胸部に叩き込まれた。
『ギュモォォォォ……ッ!?』
内部の駆動系を完全に破壊された将軍機が、機能停止して大きくよろめく。
「これでトドメよ!」
キャルルはクラウチングスタートの姿勢から、弾かれたように地を蹴った。
垂直に跳躍すること、なんと20メートル。
夜空の月を背に、彼女のシルエットが空中でクルリと一回転する。
「——『流星脚』ッ!!」
それは、ただの飛び蹴りではない。
体重と、高度と、月兎族の規格外の闘気を一点に集中させた、文字通りの必殺の一撃。
マッハに迫る速度で放たれた蹴りが、空を裂き、将軍機の脳天へと真っ直ぐに突き刺さった。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
爆発と見紛うほどの轟音が鳴り響き、全高5メートルの装甲が、一瞬で木っ端微塵に粉砕された。
衝撃波が円状に広がり、周囲の木々を激しく揺らす。
そして——将軍機の巨大な破片と凄まじい爆風は、そのまま「今まさにカッコよく登場しようとしていた」勇者ゼロスを直撃した。
「は……? ぶふぉッ!?」
ゼロスは間抜けな声を上げ、顔面に死蟲機の焦げた足のパーツをぶつけられながら、泥の海へと派手に吹き飛んだ。
『神の眼』もクルクルと回転しながら墜落し、ゼロスの無様な姿をバッチリと配信画面に映し出してしまう。
「……えっと。あれ、勇者様?」
着地したキャルルが、泥まみれになって倒れているゼロスを見て首を傾げた。
「アハハハハッ! おい見ろよ陸人、あいつ自ら前座の巻き添え食らいやがったぞ!」
防壁の上で、アラトが腹を抱えて爆笑している。
だが、俺は笑えなかった。
泥の中から立ち上がったゼロスの顔が、今まで見たこともないほどの憎悪と殺意に歪んでいたからだ。
「……俺の、俺の見せ場が……。俺のシナリオがァァァァァッ!!」
ゼロスは血走った目で俺たちを睨みつけ、懐から大量の金貨の袋を取り出すと、それを自らの胸に押し当てた。
「ユニークスキル【マネー】!! 課金全開ッ!!」
金貨が光となってゼロスの体内に吸い込まれ、彼の全身から暴力的なまでの絶対防御のオーラが立ち上り始めた。
「テメェら全員、ただの肉塊に変えてやる……!」
メッキの剥がれた偽善勇者が、ついにその圧倒的な暴力を俺たちに向けて牙を剥いたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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