EP 11
「金と装備で買えないモノが、足元に仕掛けられている」
放たれた炎の矢が、夜の闇に赤い尾を引いて着弾した。
『ボワァァァァァァァァッ!!』
洗剤とサラダ油の海が、一瞬にして灼熱の地獄へと姿を変える。
「ギ、ギギギギギャアアアアアアアッ!?」
「キチチチィィィッ!!」
暗夜の森に、魔物たちの絶叫が木霊した。
サラダ油はそれ単体でもよく燃えるが、そこにアラトの【家庭科】スキルで均等に撒かれた『台所用中性洗剤』が混ざることで、最悪の化学反応が起きていた。
洗剤の成分が油と熱を取り込み、細かい泡となって魔物たちの外殻にねっとりとへばりつく。払っても落ちない、文字通りの『まとわりつく業火』だ。
パニックに陥った魔物たちは火だるまになりながら逃げ惑おうとするが、ここは摩擦係数ゼロの斜面。
踏ん張ろうとするたびに足を滑らせ、その先に待つ『画鋲の海』に顔面から突っ込んでいく。
「痛覚があるなら、火と針のサンドイッチはキツいよな」
俺は防壁の上から、炎に巻かれて次々と黒焦げになっていく死蟲機の群れを冷徹に見下ろしていた。
「……えげつねぇ。これが時給0円のアルバイトリーダーが描いた絵図かよ」
隣で弓を下ろしたアラトが、ピンク色のエプロンを風に揺らしながら呆れたように吐き捨てた。
「言っただろ。俺はシフトを回すのが得意なんだ。客の動線をコントロールして、適切な対応を提供する。……まぁ、少しばかり過激なクレーム対応になっちまったがな」
「少しばかり、ね。……だが、最高だ。俺一人じゃ、この数の大群をここまで綺麗に処理することは絶対にできなかった」
アラトの横顔には、確かな高揚感が浮かんでいた。
魔物たちは、俺が配置したたかが数百円の『日用品』と、アラトの魔法によって完全に封殺されている。
剣を振るうこともなく、泥にまみれることもなく、盤面は完全に俺たちの支配下にあった。
*
一方その頃、少し離れた高台。
勇者ゼロスは、手元の『エンジェルすまーとふぉん』に映し出されるゴッドチューブの配信画面を見て、完全に硬直していた。
「な、なんだこれは……ッ!?」
配信のカメラ(神の眼)は、炎に包まれ全滅していく魔物の群れを克明に映し出している。
村の防壁は無傷。村人の悲鳴もない。あるのは、無慈悲に魔物を焼き尽くす炎と、防壁の上で腕を組む『見知らぬモヤシ男』と『ピンクのエプロンを着た男』の姿だけだ。
画面のコメント欄が、怒涛の勢いで流れていく。
『え、なにこれ? 魔物が勝手に自滅してない?』
『燃えてる地面、なんか泡立ってね? 洗剤か?』
『つーか魔物ども、滑って転んで画鋲踏んでるぞwww』
『ピンクのエプロン着てる奴、弓エグすぎww』
『勇者ゼロスの出番なくね?』
「ふざ、ふざけるな……! 俺のシナリオが! 俺の投げ銭が!!」
ゼロスは血走った目で画面を睨みつけ、ギリッと歯ぎしりをした。
絶望に染まった村を、圧倒的な【マネー】の力で救う。それが彼の描いた完璧なマッチポンプだった。
だが、その見せ場は完全に奪われ、あろうことか『画鋲』や『油』というあまりにも生活感あふれるトラップによって、絵面が完全なギャグ動画になりかけている。
「……クソが! ええい、こうなったら直接乗り込んで、あの邪魔なゴミ共を俺が直々に斬り捨ててやる! 配信のタイトルは『悪の策謀に堕ちた村を浄化する』にでも変更すればいい!」
完全に理性を失ったゼロスが、腰のオリハルコンソードを引き抜き、村へ向かって駆け出そうとした、その時だった。
『ズォォォォォォオオオオオッ!!』
モニターの中から、先ほどの地鳴りとは比べ物にならないほどの凄まじい咆哮が轟いた。
「なに……!?」
*
「陸人! アラト! まだ終わってないわ!」
防壁の下から、キャルルの鋭い声が響いた。
俺たちが視線を炎の海へと戻すと、黒焦げになった魔物の死骸を蹴散らし、巨大なシルエットが炎の中から立ち上がってくるのが見えた。
複数の死蟲機が融合した、全高5メートルに達する異形のバケモノ。
『合成死蟲将軍機』だ。
「チッ、装甲が分厚すぎて、洗剤の火ごと強行突破してきやがったか!」
アラトが舌打ちし、再び弓を構える。
将軍機は全身からプスプスと煙を上げ、一部の装甲は焼け焦げているものの、その眼光は怒りに赤く染まり、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。
圧倒的な質量の暴力。小細工のトラップを力でねじ伏せる、絶対的な『個』の強者。
『ギジュルルルルッ!!』
将軍機が巨大な鎌を振り上げ、俺たちのいる防壁へと跳躍しようと筋肉を軋ませた。
俺は次のアイテムを出そうと、脳内で【コンビニショップ】の棚を思い浮かべる。
だが、俺が動くより早く。
「——下がってなさい、二人とも」
冷たく、しかし静かな怒気を孕んだ声と共に。
トン、と軽い足取りで、キャルルが防壁の上、俺たちの前に躍り出た。
特注の安全靴の踵が、防壁の石を砕く。
月兎族の村長は、夜風にウサギ耳をなびかせ、両手のダブルトンファーをだらりと下げたまま、巨大なバケモノを真っ直ぐに見据えていた。
「私の村の入り口を、これ以上汚すんじゃないわよ」
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