EP 10
「偽りの炎上配信に、俺たちのシフトをぶつける」
闇夜の森を切り裂くように、おびただしい数の赤い眼光が押し寄せてくる。
「さぁ、こっちよデカブツども! 鈍足の虫けらじゃ、私には追いつけないわよ!」
特注の安全靴が地を蹴り、月光を背負ったキャルルが魔物の大群の先頭を走っていた。
「ギシャアアアアッ!」
「キチチチチッ!」
彼女のすぐ背後には、酸を吐き出す『死蟻機』や、強固な装甲を持つ『死甲虫機』の群れが、土煙を上げて迫っている。
さらにその後方には、複数の死蟲機が融合した巨大な異形のバケモノ——『合成死蟲将軍機』が、周囲の木々をなぎ倒しながら地鳴りと共に進軍していた。
本来なら、一つの村など数分で蹂躙できる圧倒的な戦力だ。
だが、月兎族であるキャルルの脚力は常軌を逸している。
彼女はひらりひらりと木の枝を蹴って飛び移りながら、時にはダブルトンファーで死蟻機の頭殻をカチ割り、絶妙な距離感を保って群れのヘイトを一身に集め続けていた。
*
その頃、村から少し離れた安全な高台。
勇者ゼロスは、空中に展開された『神の眼』のモニター映像を見ながら、下劣な笑みを浮かべていた。
「よしよし、いい絵が撮れてるぞ。あの生意気なウサギ女が追いつめられて、泣き叫んだ時が本番だ」
ゼロスは高級なポポロシガーを吹かしながら、自身のステータス画面を確認する。
ユニークスキル【マネー】。信者からのお布施や、ゴッドチューブでの投げ銭を課金することで、自身の能力値を際限なく引き上げるチートスキル。
『ゼロス様、素敵!』
『はやくあの可哀想な村を救ってあげて!』
『スーパーチャット:金貨500枚』
配信のコメント欄には、真実を知らない視聴者からの熱狂的な声と、莫大な投げ銭が滝のように流れ込んできている。
「はっはっは! 馬鹿な連中だ。俺が仕組んだマッチポンプとも知らずに、せっせと金を貢ぎやがる。さぁ、もっと絶望しろ。俺が最高のタイミングで救済してやるからな!」
ゼロスは勝利を確信し、マントを翻して高笑いした。
——この時彼は、自分の仕組んだ『完璧なシナリオ』が、たかが100円の日用品によって根底から破壊されることなど、微塵も想像していなかった。
*
「陸人! 連れてきたわよッ!」
村の入り口、防壁の上に隠れていた俺の耳に、キャルルの声が届く。
見れば、なだらかな石畳の坂道へと、キャルルが猛スピードで駆け込んできた。
俺とアラトが事前に示し合わせていた『安全なルート(石畳の端のわずかな隙間)』を正確に通り抜け、見事に防壁の内側へと飛び込んでくる。
「お疲れ、キャルル! 最高の誘導だ!」
「ぜぇ、ぜぇ……っ。あとは、あんたたちの番だからね!」
キャルルの誘導に釣られ、興奮状態の死蟲機の大群が、疑うこともなく石畳の坂道へと殺到した。
先頭を走っていた死甲虫機が、勢いよく石畳に足を踏み入れる。
——瞬間。
『ギ、ギュモォォォォオオ!?』
鋼鉄の脚が、あり得ないほどの勢いでスリップした。
アラトの【家庭科】スキルで極限まで清掃・研磨され、俺の【コンビニショップ】から出た『大容量の台所用中性洗剤』と『サラダ油』がたっぷりと塗り込まれた、摩擦係数ゼロの絶対滑走ゾーン。
地球の物理法則と異世界のチートスキルが融合した最悪のトラップに、魔物たちは成す術がなかった。
「キチィィッ!?」
踏ん張ろうとした死蟻機も、油に足を取られて派手に転倒。その後ろから来た別の魔物が追突し、さらにその後ろも……と、狭い坂道で凄まじい玉突き事故が発生する。
「よし! 客の動線が完全に塞がったぞ!」
俺は拳を握りしめた。
滑り落ちた魔物たちは、坂の底——俺が落ち葉で偽装しておいた『大量の画鋲の海』へと容赦なく突っ込んでいく。
『ギャアアアアアアアッ!』
柔らかい関節部や複眼に画鋲が深々と突き刺さり、魔物たちは苦痛にのたうち回る。
しかし、立ち上がろうにも地面は洗剤と油でヌルヌルだ。もがけばもがくほど傷口に画鋲が食い込み、折り重なるようにして巨大な『魔物の団子』が形成されていく。
「……信じられねぇ。本当に、ただの石鹸と油で魔物の大軍が止まりやがった」
俺の横で、ピンク色のエプロンをつけたままのアラトが、呆れたように呟いた。
「言っただろ、俺はシフトを組むのが得意なんだ。どれだけ客(敵)が多くても、誘導線さえ絞ればパニックをコントロールできる」
「ハッ、狂った店長だぜ、まったく」
アラトはニヤリと笑うと、背負っていた弓を手に取った。
彼の中で、算盤の最後の弾きが完了したのだ。
「——よし。客(魔物)が密集したぞ、アラト!」
「言われなくてもわかってる。……さぁ、地獄のバーベキューの始まりだ」
アラトが弓の弦をギリリと引き絞る。
矢の先端に、彼の魔力——赤蓮の炎属性魔法が宿り、チリチリと熱を放ち始めた。
狙うは、洗剤とサラダ油でベトベトになり、画鋲の海でもがく魔物たちの中心。
「消し飛べ」
放たれた炎の矢は、夜の闇に赤い尾を引いて——油の海へと、一直線に突き刺さった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




