神宿
遠くでカラスの鳴き声がする。
僕は駅の切符売り場の前に立つと、頭上にある路線図を見上げた。今いる駅、五月駅は始発駅のようだ。見ると、五月駅から11番目の駅の表示がひときわ大きく書かれていた。
ーー神宿駅。
多路線も複数乗り入れてるようで、かなり大きい駅のように思えた。
ここを目指そう。
大きな街ならば、誰かと出会えるかもしれない。会えなくても何かしら情報を得られる可能性がある。
僕はそう決めると、改札を通り、無人の駅の中に入った。ホームの端まで歩くと、線路に飛び降りる。
周囲が静かなせいで、ザッと砂利を踏む音がやけに大きく響いた。何か悪いことをしてるような背徳感と、普段歩くことのできない線路を歩けるワクワク感が同時に胸に広がった。
ザッザッ
横目で街を眺めながら線路を歩く。
一見閑静な住宅街に見えるところでも、窓が割れた住宅、衝突した車やバスが目についた。見える景色はどこも変わらなかった。
灰色の街。人の姿は相変わらずなかった。そして道や建物にはところどころ草が覆い茂っていた。
この状態になってからどれほど経つのだろうか。
途中、全車両のドアが開きっぱなしになってる電車があった。中に入り、後方の車両から前方の車両まで歩いてみる。しかし、
ーーやはり人はいない。
車内にはカバンや紙袋が何個か置き去りにされていた。
走行中、何らかの異変が起き、電車が緊急停車。そのため乗客は線路を歩いてどこかへ避難したってところだろうか。
この先の神宿駅に……彼らがいるという可能性はないだろうか……?
無駄だと思いつつも考えてしまう。
いくつかの小さい駅を通りかなるたびに、駅のホームを上がり、窓口や待合室を覗いてみた。だがどの駅に行っても人はいなかった。
そのたび絶望感に胸が締め付けられた。それでも僕は神宿駅に何かあるのではないかという、何の根拠もない期待だけでなんとか歩き続けた。
ーー4時間後。絶望的な光景に心が麻痺しかけた頃、ようやく神宿駅に辿りついた。
神宿駅は想像以上に大きかった。8つのホームに加え、地下鉄もある。駅直結の大きなデパートもいくつも並び、その向こうには巨大なビル陣がそびえているのも見えた。ここが大都市であることは一目で分かった。
ホームをよじ登り、駅構内に入った。広い構内には多くの店が並んでいたが、どこも閑散としていた。
さらに進み、大きな改札を通り抜ける。階段を登り地上に出た。
目の前にデパートやビル陣が広がった。
正面のデパートの上部には大型街頭ビジョンがあった。だが、何も表示されていなく、ただの黒い画面と化していた。その下にはひろめの道路があったが、何か大きな騒動が起きたらしく、車やバスが折重なるように追突していた。さらに歩道ではカバンや靴などの私物がいたるところで散乱していた。血痕の跡もあちらこちらに残っていた。
壮絶な光景から、ここで相当な惨事が起きていたことが推測できた。だがいったい何が起きたのかーーその理由は分からないままだった。
左右見渡す。
さて、ここからどうするか……
正直、駅に着けば、すぐに何か情報が得られるだろうと思っていた。それがこの有様だ。ここまで手がかりがないとは予想してなかった。はたしてこの先、人と出会えることはあるのだろうか?
不安が胸によぎった。
すぐそばに交番があり、その横には大きな地図が設置されていた。
僕はふらふらと近づき、地図を眺めた。いったいどこへ行けば人と出会えるのか。
たくさんの家や施設はあるのに、どこへ行けばいいのか分からない……。
僕の視線は目の前の地図を追ってるのに、思考は堂々巡りしていた。
どうしてこの街はこんなことになってしまったんだろうか?
まさかこの地球上に存在するのは、僕1人だけなのだろうか……?
まさか……。
自分の想像にぞっとした。
人のいない街に、ビル風がやけに大きく吹き荒れていた。どこかでカランカランと空き缶が風で転がる音がした。
振り向いた瞬間、突風が吹きつけた。僕は思わず目を閉じ、口に入った葉っぱに咳き込んだ。
風が収まってから再び目を開けた。
すると、道路の向こう側のデパートの扉に、1枚の紙が貼られていることが目がいった。紙は風に煽られ今にも剥がれそうになっている。
広告……?
そう思いかけて気づいた。
ーー広告をガラス扉に貼るものだろうか?
僕は気になって道路を渡った。デパートの扉に近づいて、紙を覗き込む。
紙にはマジックで大きく文字が書き殴られていた。
【神宿第1小学校に数人で避難してます!
もし生存者がいたら来てください。
わずかですが、食料もあります】
ーー心臓が大きく脈打った。
僕は思わず扉に貼りついた。文字の下には避難所の位置を示す、簡単な地図が書かれていた。
いつ貼られたものなのか、分からない。まだこの人達がこの場所にいるかも分からない。だが少なくとも、騒動の後、生存者がいて、これを書いたということになる。
ここに行けば誰かと会える……?
手を震えた。胸の奥で歓喜した。ようやく光が見えてきた気がする。他の生存者と会えれば、協力し合ってこの街から抜け出せるかもしれない。悪夢から抜け出せるかもしれない。
僕は急いで扉から紙を引き剥がし、交番の地図の前に戻った。震える手で何度も見比べる。
神宿小学校はここから近そうだった。徒歩で10分くらいだろう。
……誰かいてくれ……
紙を胸に強く押し当て、心の中で祈りを捧げた。
神宿第1小学校へーー
逸る気持ちを抑えながら、僕は駆け足で神宿小学校へと向かった。




