第七話:フォーグマ洞窟の死闘 中編その1
【第七話:フォーグマ洞窟の死闘 中編】
クレス・ヴェイガルドの北方 泣き別れの森 エルバレス山の麓
フォーグマ洞窟に近づくにつれ、魔煙を帯びたゴブリンやオーガとの遭遇率が増えていた。
「レイダー!下がって!」
ユアラは言うが早いか、レイダーの脇をすり抜けると、オーガの足元に飛び込み、股関節部を狙いグラディウスを突き立てる。
レイダーに気を取られていたオーガは、不意をつかれ、バランスを崩して、尻もちをつくようにズデンと転がる。
転がったオーガの頭目掛けて、ルディウスがウォーハンマーを振り抜きトドメの一撃を加えた。
最後の一匹を倒し、レイダーが息を切らせながら言う。
「一体何匹いるんだ?そろそろ疲れて来たぜ」
するとセツナが目を閉じフィールの視線で周囲を確認する。
「今ので最後だ。レイダー」
「フー…やっとか…多すぎだぜ」とレイダーが地べたに座り込む。
ルシエラと別れて3日が過ぎた。
当初の予定では、1日で着くはずのフォーグマ洞窟だったが、セツナのドラゴン・アイが森の至る所にゴブリンやオーガの群れが点在しているのを発見し、安全確保のため、現在は泣き別れの森の中の討伐を進めていた。
するとロビンが言う。
「俺が以前にこの森に入った時には、こんなに魔物化したやつはいなかったぜ。
レイダーの言う通り、この量は異常だな」
「だろ?しかも魔煙付きだ…普段の奴らより幾分か強いからたちが悪い。
ルディウス。魔煙だけでもなんとか出来ないか?」とレイダー。
「人間であれば魔煙を吸収すれば、正気に戻るのだが、ゴブリンやオーガは魔煙を吸ったとしても、その狂暴性までは拭えないからな…無理にでも倒したほうがリスクは低い」
「ちぇ、良い事ないのか~」とレイダー。
するとユアラがぼそっと言う。
「オーガじゃ、フィールのごはんにもならないしね…」
ユアラの言葉に一同は思った。
「ユアラ…発想が怖いよ…」
ルディウスが言う。
「とにかく、フォーグマ洞窟の周囲の掃討は終えられた、明日から本格的に洞窟の探索をする。
ここまで連戦だった。
一応、幾つか予備の吸魔石を持ってきているが、各自吸魔石の魔煙量には注意してくれ。」
「おっしゃ!いよいよ明日だな」
ロビンが気合を入れ直す。
フォーグマ洞窟の入り口に到着すると、セツナの偵察の通り周囲に魔物の気配はなく、シーンと静まりかえっている。
唯一耳に届くのは風が木々を揺らす音だけだ。
しかし、その風にのって、微かに死臭が漂ってきた。
周囲を確認すると、ルシエラのパーティーメンバーだろうか、道の片隅に折り重なるように2名の亡骸を確認した。
一人は女性の魔術師、もう一人は男性の剣士だ。
おそらく剣士が魔術師を庇って戦ったのだろう。
「このままこれを放置しておくわけにはいかない」とルディウス。
するとレイダーが言う。
「穴掘るか?」
「いや、土葬しても野生の生き物に掘り返されるだろう。
それにここに置いていては、獣を呼び寄せる。我々も危険だ。
酷かもしれないがここで火葬してゆく…」
その言葉にロビンが直ぐに行動を起こす。
「…なら。早い方がいい。薪集め手伝え…レイダー」
「おう。」
数分後、手分けして薪をかき集め、2人をその上に寝かせる。
その傍らには二人の装備品が並んで置かれていた。
火葬の準備が整うとルディウスが詠唱する。
『還れ。慈愛の炎になり、無垢の灰とならん』
ルディウスの手元から青白い炎がポウっと放たれ、積み上げた薪に着地すると、遺体を瞬く間に包み込んだ。
ユアラたちは右手で左の肩を抱き黙とうを捧げる。
セツナもそれに倣って黙とうを捧げた。
ユアラを見ると少し涙ぐんでいる。
夕暮れになり闇が覆い始めた森の中で、赤い炎と共に、空へと立ち上る煙を見てセツナは思った。
「(…俺、何も感じない。
冷徹なのだろうか…どうしたら他人の死でそこまで涙を流せるのだろう…)」
火葬が終わる頃、ロビンがセツナに真新しい魔法使い専用の短槍を手渡した。
その短槍には吸魔石が付いている。
しかし魔煙は枯渇しており、無色透明だった。
「セツナ。これ持っておけ」
「なぜこれを僕に?」
「こりゃ…さっきの冒険者が持っていた遺品だ。
いわば生きていた最後の証だ。
セツナの世界ではどうだか知らんが、不慮の死を遂げた冒険者の遺品を発見した場合、発見した別の冒険者が、そいつの出来る限りの情報を覚えて、武器を使う事で供養する習わしがあるんだ」
「でも…」
「…見ず知らずの、まして故人の物を使うのは忍びないか?」
「…です」
「まあ、最初は皆そう思う。俺だってそうだった」
そう言うとロビンはグラディウスを抜いてセツナに見せた。
「こいつは、俺が以前所属していたパーティーのザイルってヤツが持っていた遺品だ。
ザイルは俺と違って剣捌きも魔法もできる優秀なヤツでな。
俺が3年前、Bクラスで粋がっていた頃、ザイルはAクラスだった。
ある日、運悪く危険度Aクラスの魔物 クイーン・デス・スコーピオンと遭遇してな、俺は自分の性格もあって、闇雲に懐に突っ込んじまった。
そうしたらスコーピオンの尾が俺を襲った。」
ロビンはあの頃の記憶を辿って悲痛な目で遠くを見ている。
「俺があの時もう少し冷静でいたらって今でも思う。
ザイルは俺を庇ってスコーピオンの毒を受けちまった。
その毒を食らったら最後、街に戻って血清を打つ以外、回復する術がねえ。
でも最寄りの街までは1日以上かかる場所だった。
クイーン・デス・スコーピオンを討伐した後、俺たちはザイルを抱えて街に急いだ。
でも間に合わなかった…最後は苦しい顔して全身から血を流して死んじまった…」
セツナが聞く。
「なんでそんな話を?」
するとロビンが深呼吸をしながらこう言う。
「この武器は俺にとっては、ただのグラディウスじゃねえんだ。
言うなりゃ戒めの剣だな。
そしてこの武器をこうして誰かに見せる度、俺はザイルを思い出す。
そしてセツナは見ず知らずのザイルの存在をこうして知る機会が生まれる。
俺が忘れなければザイルはいつまでも生きている。
そして誰かに話せばザイルはそいつの中で生き続ける。
これが武器を使う事による供養の本懐よ」
それを聞いて、セツナは傍らに集められた冒険者の遺品に静かに歩み寄った。
するとユアラが声をかける。
「一緒に探すわ…」
セツナは遺品の中から魔術師の手帳を見つけた。
そこには名前があった。
エヴァ・ハーマン…冒険者はCランク、セツナと同じ駆け出し冒険者だった。
彼女は几帳面な性格のようで毎日欠かさず日記をつけていたようだ。
セツナは心の中で「(ごめんなさい…)」と謝りつつ日記に目を通す。
最新のページは4日前の夜で終わっている。
「(次の日には襲われたんだな…)」
過去に向かって読み進めるうちセツナの目に自然と涙があふれていた。
「(ああ…そうか…)」
セツナは日記の中に彼女の息吹を感じた。
セツナは途中まで読むと、涙を拭きながら、彼女の日記を自分のカバンに丁寧にしまい込み、短槍を握り直した。
すると短槍の吸魔石に魔煙が小さくポコリと溜った。
火葬を終えたルディウスが言う。
「ここは洞窟に近すぎる。
洞窟からもう少し離れた澤まで戻り、そこで野営をしよう。
交代で見張りを立てる。最初は…レイダー頼めるか?」
「問題ないぜ!」
その夜、セツナは不思議な声を聞いた。
レイダーから見張りの交代を促され、洞窟方向に向けて目を凝らしてした時だった。
「…怖いよ…」
夜風の音に交じって微かにそう聞えた。
「え、誰?」
思わず周囲を見回す。
しかし声の主は見当たらない。
後方ではレイダーたちが焚火を囲んで休憩している。
セツナはフィールの目を介して周囲を確認するが、誰もいないようだ。
「…判ってる…」
また誰かの声が聞こえた。
その声はフォーグマ洞窟の方から聞こえてきたようだった。
すると不意に後ろからユアラが声をかけた。
「セツナ…」「うわ!」
思わずびっくりするセツナ。
それを見てユアラが笑い始める。
「ふっ。ふふふ…なに幽霊でも見た?」
「べ…別に怖くはないよ」
「ほんとに~? うわ!」
ユアラがセツナの真似をして極端に驚いてみせる。
そこでセツナが顔をしかめる。
「ごめんごめん。怒った?」
そう言いながらユアラは焚火で温めた飲み物をセツナに手渡すとセツナの隣に腰かける。
ユアラが言う。
「いよいよ明日はフォーグマ洞窟ね」
「ああ、洞窟は初めてだ…」
「緊張する?」
ユアラの言葉に
「この世界に来て緊張する事ばかりだよ…」と笑いながら返すセツナ。
するとユアラはちょっと申し訳ない感じでこう返す。
「ごめんね…私のわがままでここに連れてきてしまって…」
「あ!それは気にしてないから大丈夫。
確かに緊張はするけど、嫌な緊張じゃないんだ。
自分が成長しているって実感できて、今ではわくわくしている」
ユアラが見るとセツナは周囲に視線を向けつつ明るい笑顔をのぞかせている。
「この世界に来て、自分がいた元の世界の、いや自分の視野が狭かったんだと思ったよ。
だからユアラには感謝しているんだ。
ありがとう。」
セツナが不意にユアラの方をみたので、ユアラは慌てて視線を周囲に向けた。
「…そう。それなら良いわ。明日頑張りましょ!」
ユアラはそう言うとスクっと立ち上がって鼻歌交じりに仲間たちの元へと戻っていった。
エルバレス山の麓 フォーグマ洞窟前
翌日、セツナたちは洞窟前で装備の再確認をしていた。
セツナの短槍を見て、レイダーが声をかける。
「お、短槍じゃん。セツナは扱えるのか?」
「突くくらいならできる」と短槍を突いて見せるセツナ。
するとレイダーがニヤニヤしながら言う。
「かー。それじゃまともに戦えないぞ。ちょいとそれを貸してみな」
レイダーは短槍を握ると、構える。
その姿は流石は実践経験者といった雰囲気だ。
「時間がないが…お兄さんが簡単に教えてやる。
短槍を突く時は片手で槍を高速で回転させ、槍と自重を槍の先端に乗せて前に押し出すんだ。
グッと握るのは相手に当てる瞬間でいい。
利き足は後ろで構えと同時に蹴りだす。その時前脚は地面を滑らせるぞ。
で、突く時は腕の動きと同時に腰を回転させて槍を前に繰り出す」
レイダーの突きが空気を切り裂き鋭い音が出る。
「突く時は、腕は伸ばし切るなよ。で、突いたらすぐに腕を引きつつ、同時に利き足でバックステップ元の位置に戻る。判ったか?簡単だろ?」
レイダーは簡単に実演してみせたが、セツナには達人の動きに見えた。
「セツナ。洞窟では蹴りだしには注意しろよ。あんまり大股で前方に蹴りだすと敵との間合いが詰まって反撃を食らうからな。半歩だ。半歩だけ蹴りだせ。やってみろ。」
レイダーはそう言うとセツナに短槍を返す。
「こ…こうかな」
セツナは後ろ脚を蹴りだすと腕を前に突き出す。
しかし槍が勢い余ってすっぽ抜けそうになり慌てて握って止めた。
その突きを見てレイダーが言う。
「…なんというか…へっぴり腰でぎこちないな。
それに両腕が上がっている、それじゃ狙った場所を突けないぜ」
その言葉にセツナはもう一度構えて突いてみる。
しかしどうしても突きが狙いより上向いてしまう。
するとレイダーが止める。
「わかった…まずは回転させずにしっかり握ったまま突きを繰り出せ。
上向くのは前の腕が伸びすぎなのと、突いた時に後ろの腕が下がりすぎるからだ。
あとちょっと重心が前足に載せ過ぎだな…
でも、ま、俺たちがきっちり前線でカバーするから、いきなり実践にはならないだろうから心配するな。
そんな簡単に慣れてもらったら俺の努力が何だったのかってなるからな。ハハハ!」
レイダーは笑いながらそう言った。
そしてレイダーは急に真顔になって言う。
「武器の扱いは覚えといて損はないぜ。命を守るには鍛錬が欠かせないからな。
以上!授業は終わりだ!セツナ」
レイダーは優しくああ言っているが、どうやら落第点のようだ。
セツナは短槍を眺めて思った
「(エヴァ・ハーマンさんはこれをどう扱っていたのだろう)」
するとルディウスが全員に向けて言う。
「そろそろ行こうか。」
「おうよ!」とロビンが先頭に立つ。
セツナは洞窟の暗い入口を見つめた。
元々自然の洞穴だった事もあり入口は広く、4人くらいなら横一列で入れそうな幅があった。
洞窟からはひんやりとした空気が漂い出ており、風鳴りだろうか、ゴーという低い音が響いている。
「(いよいよ洞窟での探索が始まった)」
「フィール降りておいで」
セツナはフィールに地面を歩かせると、最後尾から洞窟へと足を踏み入れた。
セツナは胸の高鳴りを感じるのだった。
エルバレス山の麓 フォーグマ洞窟内
洞窟内は間口が広いとはいえ、奥の方は薄暗く、所々で天井に穴が開いており、そこから外の光が差込み、地面を照らしている。
地面は一部が硬い岩、部分的に砂地や泥が溜まっており、洞窟特有の湿気によって、ぬかるんでいた。
洞窟に入ると直ぐにルディウスが詠唱する。
『灯せ。焦熱の光となり、我らを導け』
すると中空にポっと明るい光の玉が現れた。
その光の玉は先頭を歩くロビンのさらに数歩奥にスーと移動すると、前方を照らした。
するとすぐにロビンが言う。
「足元見てみ。こりゃ表で戦ったゴブリンとオーガの足跡だ。
しかし奥に向かう足跡も複数ある…この雰囲気だとまだ奥に潜んでそうだな」
セツナも足元を見る。
よく見ると、ゴブリンたちの小さな足跡に混じって、ルシエラたちの足跡らしき物もあった。
「(この足跡の人は助かったのだろうか…)」
ルディウスが言う。
「慎重に進むとしよう。
各自、前との距離を3人分は空けてくれ。
近すぎるといざという時、剣が振るえないぞ。
あとロビン。間違っても魔煙は踏むなよ」
「判ってらぁ」
ルシエラたちが洞窟に入って4日ほどしか経っていないのに、少し奥へ進むだけで、魔煙だまりが至る所に発生している。
魔煙を危うく踏みそうになったユアラが叫ぶ。
「やだ!もうこんな場所まで魔煙が上って来てる!」
すぐさまルディウスが吸魔石で魔煙を処理しながらこう言う。
「幸い、この洞窟は下り坂だ。洞窟の表には出ないだろう。
しかしこれは早急に噴出口を封印する必要がありそうだ」
奥に進むにつれ、徐々に道が細くなってきた。
セツナたちの吐く息が白くなり始める。
ルシエラのパーティーが壮絶な戦闘をしたのだろうか。
壁には剣撃の跡が残り、地面にはゴブリンの死体や破壊された武器が点々と転がっている。
すると奥から吹く風にのって死臭が鼻を突いた。
先頭のロビンが呼ぶ。
「おーい。ここに一人いるぞ。
おそらくルシエラたちのパーティーの誰かだろう…」
見ると天井に開いた穴の光に照らされて、冒険者が壁にもたれ掛かっている。
腹には深々と槍が刺さっていた。
片方の手にはペンダントが握りしめられている。
「ここでは埋葬も火葬もできない…全て終えたら帰りに迎えにこよう」
ルディウスはそう言うと、遺体を地面に寝かせ、ペンダントを握った腕を胸に当て仮の埋葬姿勢を取らせると『心、安らかであれ』とだけ発した。
その後も2名の遺体が転がっていたが、ルディウスは同じように弔うのだった。
弔い終わるとルディウスが静かにこう言う。
「これがゴブリンと友好関係を築けない理由だ。
彼らが人を殺す理由は狩猟ではない。残念だが快楽のために人を殺すのだ」
彼の言葉に荒々しさはなく静かだった。
しかし怒りと嫌悪が込められているのをセツナは感じた。
その時だった!フィールが不意に洞窟の奥に視線を向け「グルル」と唸った。
その反応を見てセツナが叫ぶ
「奥から何か来ます!」
しばらくすると洞窟の暗闇の奥から、金属を引きずり、当たる音が響いてきた。
ズルル…テシャ…ズルル…テシャ…
「こりゃ…鎧を着こんだ人の足音だ…」とロビン。
ズルル…テシャ…ズ…テシャ・テシャ…ズ…テシャ・テシャ・テシャ。
歩くテンポが急に速くなった。
ロビンが盾を構えて言う。
「来るぞ!!」
すると眩い光の玉に照らし出されて、暗闇から魔煙のオーラを纏った冒険者が姿を現した。
その冒険者は宙に浮いた光の玉の前で急に立ち止まると、口をポカンと空けて、生気のない顔で不思議そうに見つめている。
と不意に顔がこちらに向き、セツナたちと目が合った。
その瞬間「うがぅオオおお!!」と奇声を発し、まるで獣のように四足歩行で突っ込んできた。
「バーサーカー(狂戦士)だ!」とレイダー。
ロビンがすかさず間合いを詰めて突入経路を盾で塞ぐ。
そして、突撃を阻止すべく盾で弾こうと身構えた時だった、バーサーカーの身が躍った。
バーサーカーはロビンの盾攻撃を横っ飛びでかわすと、洞窟の壁をタタっと走り、ロビンの脇をすり抜けて後背のレイダーに襲い掛かる。
「おっと!」レイダーは素早く反応する。
バーサーカーの勢い任せに振り下ろした剣撃を半歩後方に退いてかわす。
しかし初撃をかわされたバーサーカーは即座にレイダーに向かって剣を切り上げた。
ガキュン!と火花が散り、レイダーがその剣撃を受け流す。
しかしバーサーカーの動きは止まらない。
「オオおお!!」と叫びながらレイダーを尚も追撃する。
しかしレイダーも負けてはいなかった。
「おいおい。落ち着けって」
レイダーは激しい剣撃を器用に受け流してゆく。
そして、タイミングを見計らってバーサーカーの剣をバキャン!と弾くと、開いた懐に素早く剣を滑り込ませた。
レイダーの一閃が武器を握った肩を捉え、剣ごと腕が宙を舞う。
吹き飛んだ剣が洞窟の地面に音を立てて突き刺さった。
腕を失い、バーサーカーの動きが一気に鈍った。
「やるぜ?」とレイダー。
「かまわん」とルディウス。
言うが早いかレイダーはバーサーカーの腹に強烈な回し蹴りをぶちかます。
ズガン!!
レイダーの蹴りを食らいよろめいたバーサーカーの首元目掛けて、回し蹴りの勢いがのったレイダーの剣が横なぎに捉えた。
シュピン!!という剣の乾いた音が洞窟内に響いた。
レイダーの剣技によって、一瞬にして頭を失ったバーサーカーは、ゆらりと身をねじると、膝をついて力なく倒れ伏した。
レイダーが倒れたバーサーカーを見て言う。
「…これが魔煙にまかれた人の…いや、こうなりゃもう魔物か…」
それを見てセツナは背筋が急に寒くなり、震えが止まらなくなった。
「(…今、人を…人を殺したのか?)」
思わずセツナは、直ぐ前にいるユアラの顔を見る。無表情だ。
「(…ああ…これがこの世界での当たり前なのか?)」とセツナは思った。
すると胃を下から急激に押し上げる内臓の動きを感じた途端、おえっ…と吐いてしまった。
それを見てユアラが駆け寄る。
「大丈夫?何か悪い物にあたった?」とユアラがセツナの背中を撫でる。
「(これが本当の戦闘…俺…やっていけるのかな…)」
背中を撫でるユアラの手が装備の上からでもわかる…ほのかに温かい。
「(そうだ。乗り越えなければ。ユアラたちの足手まといになる…今は堪えろ…)」
「だ、大丈夫。ちょっとだけ気分が悪かっただけだ。…問題ない」
セツナは何回か大きく息を吸い込む。
するとセツナの吸魔石が急速に熱くなり、魔煙がボコボコっと煮え立つように湧き出ると、セツナの体から吸収されてゆく。
吸魔石のおかげで次第に冷静さを取り戻すセツナ。
その様子を見て、ユアラが笑顔で言う。
「もー心配させないでよね!」
二人の様子を伺っていたルディウスが言う。
「そろそろ奥へ進もう…ルシエラの話ではバーサーカーになったのはこれだけだ。
しかし警戒は怠るなよ」
しばらく進むと、ルシエラたちがキャンプを張った跡に到着した。
その場所は20人くらいが寝泊まり出来る程の広さがあった。
脇に、放置されたトロッコが置かれており、線路が2本引かれ、線路はその広間の先の2手に分かれた横穴の奥へと吸い込まれていた。
横穴からは風の音なのか魔物の唸り声なのか判らない不気味な音が聞こえてくる。
「ここか…」とルディウス。
ロビンが素早く両方の穴の地面についた足跡を確認しに行く。
「あらーこりゃどっちの穴からもゴブリンどもが湧き出た感じだな…」
するとユアラが恐る恐る言う。
「で…例のアレはいるの?」
その言葉にロビンがニタリと笑う。
「…いるぜ…ほれそこ!!」とユアラの背後を指差した。
「キャア!!」
ユアラの甲高い悲鳴がこだますると同時にセツナに飛びついた。
「ガハハハッ!ワリぃワリぃ。んなもんいたら、俺が真っ先にもっと可愛い悲鳴を上げてるよ。キャア~」とロビン。
おちょくられたユアラが
「もう!冗談はよしてよね!!」と怒る。
するとセツナの耳に、森の中で聞いた声がどこからともなく聞こえてきた。
「…うるさい!…」
思わず「し!何か聞こえる!」と言うセツナ。
するとユアラが笑いながら言う。
「もーセツナまで!!」
しかしセツナの真剣な表情を見て、ユアラの顔が一気に引きつる。
ロビンもセツナのその様子を見て、ゆっくり、でも途中から駆け足で道から離れみんなが居る中央に戻ってくる。
「フィール」
セツナはフィールを呼んで、洞窟の奥をドラゴン・アイで周囲を確認する。
しかしそこには何も映ってない…
いや、微かだが、二股の判れる横穴の真ん中の空間が歪んでいる。
「肉眼では見えないが、正面の空間が歪んでいる!」
セツナがそう言った時だった。
セツナの耳もとで小さく
「…死ねばいいんでしょ…」とつぶやかれた。
「うわ!」
セツナが思わず聞こえた側の耳元を手で払った。
突然のセツナの悲鳴と行動にルディウスが言う。
「前面を警戒!!何かいるぞ!」
ルディウスたちは素早く迎撃態勢に入る。
すると、今まで肉眼では何も無かった広間の片隅の空間に黒い靄が掛かり始める。
そのモヤは周囲から魔煙をかき集めるように一点に集まりだし、急速に濃くなってゆく。
その濃い霧は次第に人型になると、まるで裾の長い服を着こんだようにフワリと中に停滞した。
フードを被ったようなその様子からは顔の表情が見えない。
あるのは赤い二つの目だけだ。
急に気温が下がり、吐く息が白さを増してゆく。
「出やがった!」とロビン。
「これは…ノーフェイス・レイスだ…」とルディウス。
そして「下手に近づくなよ!触れたら正気を失うぞ!」と警告した。
「ノーフェイス・レイスだって?やべー本当にいたんだ」とレイダー。
半泣きのユアラはもはや悲鳴すら出ない。
しかしセツナだけは先ほどとは打って変わって冷静だった。
いや正確には目の前に見える情景に困惑していた。
なぜなら、目を開けると確かに黒い霧に包まれた幽霊なのだが、目を閉じてフィールの視点で見ると、自分より年若い10代前半くらいの地球の少年がハッキリと見えていたのだ。
「(なんだこれは…何を見ている?)」
その少年はどこかに座っているような姿勢で膝を抱え、頭を埋めてむせび泣いている。
「(何かに怯えている?…のか?)」
「オオおお…」
黒い影が悲痛な叫びにも似た雄叫びをあげた。
たまらずユアラが炎魔法を詠唱し始める。
『焼き尽くせ。貪欲なる炎よ、彼の髄まですすり燃やし清めよ』
ユアラの放った炎魔法が黒い影に当たり炎が全身を包み込む。
「グギャアァ!!」
ノーフェイス・レイスは輪郭の見えない顔を両手で覆うような仕草を見せる。
ノーフェイス・レイスの影が火を灯したロウソクのようにボタリ、ボタリと崩れ落ちる。
「効いているぞ!」とロビン。
それを受けてルディウスも詠唱する。
『裂けよ。虚空の刃よ、愚か者を断罪せよ』
その詠唱は神官のみが使用できる空魔法の一つだ。
次の瞬間、光の刃が突如現れ、黒い影をその次元ごと一刀両断する。
「グオオオオ」
2つに千切れたノーフェイス・レイスは雄叫びをあげると、一番近くにいたレイダーに上半身だけで掴みかかろうとする。
「おわ!まじかよ!」
レイダーはそう発すると、振りかぶったノーフェイス・レイスの腕をのけ反って素早くかわす。
そして勢いそのままバックステップでタタン!とノーフェイス・レイスとの距離を取る。
ノーフェイス・レイスは今度一番近くにいたロビンを攻撃しようと間合いをつめてくる。
しかしその攻撃より早く、ロビンの詠唱が轟いた。
『噛み砕け。大地の牙よ、愚鈍なる敵に更なる枷を』
地面から無数の突起が立ち上がり、ノーフェイス・レイスに噛みつくように串刺しにする。
「やったか?!」とレイダー。
「いや。まだだ!攻撃の手を緩めるな!」とルディウス。
しかしそうルディウスが言葉を発している間に、
ノーフェイス・レイスは魔煙を吸収すると、下半身も含め瞬く間に完全修復してしまった。
セツナは片目だけ瞑ってノーフェイス・レイスを見ていた。
少年のか細い声が聞こえてくる。
「…なんで?…なんで皆、僕を寄って集ってイジメるんだ…」
「切りがないわ!セツナ…あなたも早く攻撃を!!」とユアラ。
すると我に返ったセツナが咄嗟にこう叫んだ。
「逃げろ!!」
全員がセツナの言葉に「えっ!?」と反応する。
すると、その言葉になぜかノーフェイス・レイスも反応し赤い光る眼がセツナを凝視した。
攻撃の動きを止めたノーフェイス・レイスはセツナに向かって「キイ!!!」と一声泣くと、次の瞬間、空間の歪みの中に吸い込まれるように、魔煙を伴って消えていった。
セツナにはその声が助けを求める叫びに聞こえた。
その状況を見てレイダーが言う。
「ノーフェイス・レイスは逃げた…のか?」
するとロビンが笑いながら言う。
「笑えるじゃねぇか!俺らより先に、ヤツがにげていきやがった!ハハハ」
「怖かったわ!あんな相手初めてよ!攻撃が効かないなんて」とユアラが胸に手を当てて言う。
するとルディウスが言う。
「いや、攻撃は効いていた。
ヤツは再生していたが、一回り小さくなっていた。
万が一次に会っても魔法で飽和攻撃できればいずれ消失するだろう」
そしてみんなの視線がセツナに注がれる。
ロビンがセツナに言う。
「ところでセツナ。さっき何をやったんだ?」
「え?」
ロビンの質問にセツナはドキッとした。
「(…お前は攻撃をしたのか…と聞かれている?
攻撃に参加しなかったから責められているのか?)」
するとユアラが言う。
「さっきノーフェイス・レイスを退けたじゃない!」
「あれは、びっくりしたよなー」とレイダー。
するとセツナが言う。
「僕は…別に魔法は使ってないんだ」
「じゃ、ノーフェイス・レイスの気まぐれで助かったってことか?」とロビン。
するとセツナは重い口を開いた。
「…僕にはあの時、別の風景が見えていたんだ…」
すかさずルディウスが聞く。
「それは、ドラゴン・アイを通して観た風景の事かい?」
「そう…フィールを介して見たノーフェイス・レイスは、地球人の少年に見えていたんだ」
「まじかよ…」とロビン。
ルディウスがさらに聞く。
「セツナは一体何を見たのだ?」
「…泣いていた。
理由は判らなかったけど、泣いていたんだ」
するとルディウスが言う。
「昔、神官見習いだった頃に、先輩神官から聞いた話だ。
この世界には、異世界人(地球人)の魂が宿る事があるらしい…
そして特定の方法を使えば、その魂の真の姿を垣間見れると言っていた。
セツナはきっとその“真の姿”をドラゴン・アイを通して観たのだろう…」
ユアラが不思議そうに聞き返す。
「真の姿…それってどういう意味?真っ黒い幽霊が正体じゃないって事?」
「そうだ。文字通りノーフェイス・レイスには顔がない。
先輩の言葉を借りるなら“顔が無いのは人の心を失い、自我を喪失したから”なのだそうだ。
だから生前…もしくはノーフェイス・レイスになる前の姿があり、それが真の姿と言えるだろう」
するとセツナがこう言った。
「僕が魔法をためらった理由は、地球人の少年だったからではないんだ。
…その…何というか…魔法が…」
そこまで言いかけた時、セツナは以降の言葉を飲み込んだ。
「(きっとこの場で、皆の攻撃が、まるで口撃に見えて、“ああ、イジメを受けていた頃の自分と同じだ”って思ってしまった…だなんて言えないよな)」
「ど…動揺しすぎて言葉が出なかったんだ。ごめん…」
するとレイダーがセツナに腕を回して肩をポンポンと叩きながら言う。
「ハハハ!セツナは臆病だな。でも冒険者あるあるだよな。俺も最初はそうだったぜ!」
するとセツナの表情に何かを感じ取ったルディウスが言う。
「…それでセツナ。もし次にノーフェイス・レイスと対峙したらどう対応する?」
ルディウスのその問いにセツナは戸惑った。
「(みんなと同じで攻撃するべきなのだろう…でもなぜだろう、心が痛む)」
「攻撃…できます。次は言葉をかけます。(そうだ。今は考えるな。皆の安全が最優先だ)」
するとロビンが言う。
「ま、実践でビビッて、ちびっちまうのは俺も経験あるぜ!気にすんな!!」
「まーじかよ…ロビンはちびったみたいだぜ」とレイダーがおちょくる。
「あー!!今のなし!!俺はちびってない!!」
「はーい。漢に二言なし!」
「んのヤロウ!レイダーこっち来い!〆てやる!!」
ロビンとレイダーが鬼ごっこを始めた。
暗い雰囲気は一点し笑いに包まれるのだった。




