第四十七話:仮面王 中編その5
【第四十七話:仮面王 中編 その5】
フラット公国 ガーベルシュタイン城内 側近の部屋
「ゲーレヒト様!!」
フォンテンハイドはそう叫ぶと同時に身を起こそうとした。
「イっ!!つぅ…」
その直後、腹に激痛が走り、そのまま仰向けに倒れ込む。
力なく倒れたフォンテンハイドの身をバフっと柔らかな寝具が包み込んだ。
「(どこだここは?何が起きている?)」
すると傍らに立っていた近衛服姿の女性が声をかけた。
「気がつかれましたか」
「ここは?」
「アドルフ様の寝室です」
「君は…」
「私はアーネット・ホフニング。アドルフ様直属の近衛兵です。
それよりお静かに。大声を出されたら、アドルフ様の寝室とはいえ、他の者に感づかれます」
「他の者?…そうだ!ゲーレヒト様に急ぎ連絡をし…」
するとアーネットがフォンテンハイドの口を両手で抑え込みながら言う。
「だからお静かに。良いですか?」
アーネットにすごまれてフォンテンハイドは静かにうなずく。
そして手を離されるとフォンテンハイドが言う。
「アーネット嬢。私は何日寝ていた?
至急、ゲーレヒト様にお会いしなければいけない。事情は言えないが」
するとアーネットが冷静にこう返した。
「およそ20時間です。あと事情は存じております」
「20時間か…ならばまだ…ん、えっ?」
「ゲーレヒト様に逆心を抱いた者が行動を開始したという事は、すでに私からアドルフ様に報告済みです」
驚いた表情でアーネットを見るフォンテンハイドに対し、こう付け加える。
「私は、アドルフ様の命により、城内全ての人物の身辺調査を行っていました。
ゲーレヒト様の統治に代わってから、表面上は平穏な雰囲気ですが、当時の残党や反対勢力の活動が無くなったわけではなりません」
「なぜ。私を助けた」
するとアーネットがクスリと笑いながら言う。
「だって。反対勢力の首謀者と目されるユグドランに…フフ。
貴方ときたら馬鹿正直に立ち向かって行くんですもの。
忠誠心を疑う理由はありませんわ」
「それで助けたと?」
「ええ。今は一人でも多くの信用できる仲間を集めたいの。
いずれ訪れる王位簒奪を阻止する為にも」
「それで、ゲーレヒト様に今、護衛はどの程度ついている。
信用のおける兵士たちは何人同行している?」
フォンテンハイドのその言葉にアーネットの顔が一瞬暗くなった。
「…おそらくアドルフ様お一人かと」
「なぜだ!事態が判っていながら仲間を同行させない!」
興奮しだしたフォンテンハイドに思わずまた口を塞ぐアーネット。
「判ります!しかし同行する兵士の決定権は親衛隊長のユグドランに一任されています。
ただ、側近であるアドルフ様だけは自身の権利で同行が可能でした。
それに…」
「それに?」
「ゲーレヒト様ご自身、お強い方です。
特に自身から放たれる煙は、触れた者の行動を即座に封じ、同時に精神的に疲弊させます。
これまで誰も手出しして来なかった最大の理由がこれだとアドルフ様は見ています」
「では、例え兵士が束になって襲おうとも自力で脱する事ができるとアドルフ殿はお考えなのか?」
「おそらくは…しかしその成功率を上げるため、アドルフ様ご自身が付いておられるのです」
するとフォンテンハイドが聞き返す。
「ではなぜ、ユグドランはこのタイミングで動くのだ?」
フォンテンハイドの言葉にアーネットは少し考えてからこう言った。
「…それは。“戦場”という何が起きてもおかしくない場所に赴かれたからだと思います」
アズマヤールの砦 フラット公国軍との最前線 砦の回廊内
「やっと敵さんもご就寝のようだ」
オーエンは矢の当たる音が10分前くらいからパタリと止んだ砦の回廊で外の様子を伺いながらそうつぶやいた。
夕闇が迫る砂漠の真ん中で、フラット公国軍は鉄槌陣を維持したままであったが、目立った動きはなく、こちらを警戒しながら歩く兵士の姿くらいしか確認できない。
どうやら盾の後ろでは兵士たちが交代で休んでいるようだ。
目をこらすと鉄槌陣から伸びた盾の間を盛んに兵士たちが往来しているのが見えた。
やがて夜になり、海側から風に乗って運ばれてきた雲が月を覆い始めた。
白い月光の世界から、砦やフラット公国軍陣地を暗い闇の世界へと引きずり込んでゆく。
オーエンはしきりに雲を眺めると、満足したようにこうつぶやいた。
「良い雲だ。
頼むから例の作戦の時間まで晴れないでくれよ」
アズマヤールの砦より北東方向 某砂地
同じ頃、砂と同じ色の布でカムフラージュした一群の部隊にルディウスから伝達魔法で連絡が入る。
「ルシーダそっちは問題ないか?」
ルディウスの声にルシーダが応える。
「ああ、奴ら正面の砦ばっか警戒してこっちは見向きもしない。
それに感づかれた気配もないしね。
何の問題もないさ。
それより砦の方こそ大丈夫だったのかい?
日中、派手に矢が飛び交っていたからさ」
するとルディウスが少し笑いながら言う。
「フっ…こちらは問題ない。
負傷兵は多少でたが、戦線離脱するほどの兵士はいない」
ルディウスが笑ったのでルシーダが聞き返す。
「何がおかしいんだい?」
「いや、すまない。こちらを心配してくれたのが嬉しくてな」
「ちょ!そりゃお前…こっちも生活かかってるから…」
ルシーダが顔を赤らめながら慌てて返す。
「そうだったな。ところで例の奇襲のタイミングについてだが」
「ああ、いい雲が出始めた。
この天候なら2時間後にはさらに闇が深まるだろう」
「さすがだな」
「こっちは数十年この土地で生きて来たんだ、天候を正確に読むのは命を左右する重要な事さね。
それより、そっちも抜かるんじゃないよ。
アンタら正面切っていくんだろ?」
「ああ。できればこちらの奇襲も成功させたいからな。
ルシーダたちこそ、奇襲と離脱のタイミング見誤るなよ」
「誰に言ってんだい。元ガーベイジを舐めんじゃないよ。
それじゃ2時間後に」
「ああ、健闘を祈る!」
ルシーダはルディウスとの通信を終えると、周囲の仲間にハンドサインで予定通り決行する事を伝えるのだった。
アズマヤールの砦内部
セツナとユアラが、日中の実験結果をロビンやレイダーたちに報告していた。
話を聞いていたロビンが言う。
「地震の原理は…まーよく理解できなかったが、その地面を沼地みたいにする魔法が無事成功したって事だけは判ったぞ」
「うん。でも課題もまだあって、振動を制御しきれないって事と、詠唱中に矢を防がなきゃいけないって事なんだ。それで…」
話をしていると、ルディウスが別室から戻ってきた。
「すまない。先ほどルシーダと連絡を取った。
奇襲は予定どおりする。
ところでセツナの方はどうだ?」
するとユアラが言う。
「丁度その話をしていたのよ。
地脈を刺激して地震を起こして、地面をぐちゃぐちゃにする事は案外すぐに出来たのよ。
でも、威力と範囲の制御ができなくてね。
それで、地魔法を使って何とかできないかって相談してたのよ」
それを聞いたルディウスが感心したように言う。
「ほう…この短時間で効果が確認できたのなら素晴らしい。
では、一つずつ問題を整理していこうか。
まず確認したい。その地震の効果範囲はどの程度なのだ?」
ルディウスの質問にセツナが答える。
「僕の体感からすると、足が埋まって身動きできなくなるほどの影響が出る範囲は、震源から半径200~250メートル程度が限界みたいなんだ…残念だけど」
するとロビンが驚いた表情でセツナに聞く。
「おいおい。敵陣の半分位は効果が及ぶって事だろ?十分立派じゃねぇか!
何を悩んでいる?」
「うーん…できれば全体を効果範囲にしたかったんだよね…」
セツナが悔しそうに言うのを見てルディウスが確認する。
「それは、地下水脈の深度が足りないので、範囲が今以上に広がらないという意味かな?」
「そう…そうなんです。
今回の合唱魔法の狙いは、地下水脈を一気に過熱して人工地震を発生させる作戦なんだけど、この地域は水脈が広く浅い位置にあるから、威力はある一方、地表での効果範囲が限定的になってしまって…」
「私たち何度も挑戦してみたけど、深いと威力が弱くなる代わりに広い範囲で揺れるのよね」とユアラ。
するとルディウスがセツナたちを見て頷いた。
「何も悩む事ではない。
今のままでも十分だ。
相手に“魔法で陣形を足場ごと崩された”という印象を与えるだけで心理的効果は十分だろう。それが重要だ」
するとロビンが難しい表情を浮かべながらこう言う。
「そうだよな…
でもよ!敵陣地って砦から200メートルそこそこしかなかったぜ?
場合によっちゃあ、この砦の足元もヤバいんじゃねぇか?」
それを聞いてユアラが呆れたように言う。
「だから困って相談しているんでしょ」
「あ、そうでした…
で、地魔法っていや、俺の得意な魔法だけどよ。
説明を聞いてもどうにかできる気がしねぇが…」
ロビンがそう言いながらルディウスに視線を送る。
「ん?…おそらくどんなに熟達した地魔法使いでも、砦を覆えるほどの壁は作れないだろう」
「だな。長年地魔法やってきた俺でも自信ないぜ」とロビン。
「ただ“一人であった場合”という話だ。
“斉唱”ならばどうだろう」
するとロビンとユアラが同時に「あー」と頷く。
思わずセツナが聞き返す。
「斉唱?それは合唱魔法の一つ?」
するとユアラが説明する。
「そっか。セツナは知らないのも無理ないわね。
同属性を掛け合わせて効果を数倍に上げる“斉唱”という技法があるのよ。
セツナは簡単にやってみせるけど、本来の合唱魔法は異属性を掛け合わせるので、掛け合わせを間違うと失敗や事故を起こしやすい諸刃の剣のような魔法なのよ」
「そうだったの!?」セツナが目を丸くして驚くのを見て、レイダーが思わず言う。
「マジか!今まで知らないで俺の目の前でぶっ放していたって事か!?
なんだか急に背中が冷えてきたじゃねぇか!」
するとルディウスが「この短時間で地震魔法ができるセツナだからな。今更、心配はしてない」とフォローする。
ユアラが話を続ける。
「そ!でもね。
同属性を掛け合わせる斉唱なら難易度はぐっと低くなるうえに、威力が数倍になるのよ」
するとロビンが言う。
「それなら、俺とルディウスの斉唱で、立派な壁を作ってやるよ。
なっ!ルディウス!」
「うむ。その壁の生成は、我々に任せてもらおう。
ところで、敵の矢も防ぐ必要があると先ほど言っていたと思うが、どの程度の壁をイメージしているのだ?」
「魔法の効果を地表と地下の両面で遮断したいから、横は200メートルは欲しい。
振動が地面を伝うので、地中は地表より深くしたい。できれば地下は最低30メートルくらい…地表は人の背丈を超えるくらいかな」
「こりゃまた難しい注文を…そんな繊細な調整した事ないぞ」とロビン。
ルディウスも顎に手を当て少し黙り込み、何やら頭の中で計算しているようだ。
僅かに目が左右に揺れている。
しかしそれもすぐに収まった。
「…わかった…何とかしよう。
ロビン、この後少し時間あるか?試してみたい事があるのだ」
「おうよ!特訓だな!」
ルディウスが言う。
「では今から1時間後、この場所に集合だ」
するとレイダーがここぞとばかりに言う。
「お!いよいよ俺の出番だな!!魔法以外は俺の得意分野だ!」
ルディウスが全員を見回してこう言う。
「今回の奇襲。そして、セツナの地震魔法。どちらの成功も我々の努力次第だ。
運などという曖昧なものに頼るな。
己を信じ、やるべきことを完遂しよう!」
「おう!!
…あっ!アレやっとこうぜ!!」
ロビンが手の甲をみんなの前にかざす。
ロビンの手の甲にセツナ、ユアラ、レイダー、そしてルディウスが重ねる。
「そんじゃ…いくぞ。
この戦い俺たちが勝つ!!」
「オ!!!!」
ロビンの掛け声にセツナたちは声を揃えて雄叫びをあげるのだった。




