第四十六話:仮面王 中編その4
【第四十六話:仮面王 中編 その4】
フラット公国軍最前線から後方2.5キロアブカームの町近郊
アブカームの町からアズマヤールの砦方面に移動した位置に、フラット公国軍の旗を掲げた重武装の兵士の一団の姿があった。
その場所は小高い丘のようになっており、アズマヤールの砦とその奥の逆鱗の丘まで視界に捉えることができる場所になっている。
その一団の中央には仮面王が鎮座しており、その両脇には側近の2人が立っていた。
側近のアーデルハイトが前線の状況を確認しながらイラついた口調で言う。
「ったく!じれったいね。
なんで物量で押し切らないのさ!
こっちは相手の10倍の戦力なんだよ!
あんな砦、取り囲んで全方位から同時攻撃すれば簡単だろうに」
するとそれを聞いていたアドルフが失笑気味に口を開いた。
「あー…先の作戦会議に貴女も参加されましたよね?」
「その奥歯にモノが挟まった言い方ヤメな!何が言いたい」
「窮鼠猫を嚙むというでしょ?」
「キュ…。猫になんの意味があるんだぃ?」
「ことわざですよ。こ・と・わ・ざ。
追い詰めすぎると、少数でもこちらに甚大な被害が出る可能性があると、ハッケネン将軍は睨んでいるのですよ」
「それは…」
「それに!相手はあの戦軍神官ルディウスです。
本気になったら付与魔法や防御魔法だけでなく範囲魔法も駆使できる逸材です。
こちらも相当な被害を覚悟しなければいけないでしょう」
「でも“砦さえ手に入れれば後の攻略はもっと楽になる”って作戦会議でも言っていたじゃないさ!」
するとアドルフは額に手を当ててため息交じりにアーデルハイトに言う。
「ベアトリーゼ。まったく貴女って人は物事の本質を判っていませんねー…
敵との苛烈な戦闘で万が一、砦が使用不能になってみなさい。
我々は中継地点が無いままクシュナールまで進軍しなければいけなくなるのですよ。
しかも兵站が細いので、現地での戦争継続に支障が出るのは必至。
だからできるだけ無傷であの砦を手中にする必要があるのですよ」
するとアドルフは前線にいるハッケネン将軍を想って遠い目をしながらこうつぶやく。
「あー…ハッケネン将軍はズルいお人だ。
わざと半包囲に留め、敵の逃げ場を作り、撤退を誘っているなんて!」
すると前方の砦の辺りに高々と土煙が吹きあがるのが見えた。
「おや?」「なに?なんなの?」
アズマヤールの砦 逆鱗の丘側
「げほっ!げほっ!大丈夫だった?ユアラ!」
周辺一面茶色の砂が舞い散り、太陽の光さえ霞むほどの砂塵の中でセツナは隣のユアラに声をかけた。
「こほっ!なんって威力なのよこれ!!
私はちゃんと200メートル先を狙って詠唱したわよ」
ユアラがせき込みながら言う。
「ああ、きっと成功していると思う」
数秒前、二人は200メートル先の巨石群の地中に狙いを絞って詠唱を繰り返していた。
『相容れぬならその力を解放せよ!』セツナ&ユアラ
最後の詠唱を言った直後だった。
巨石群の中でもひときわ目を引く高さ5メートルほどの岩の地面から、一気に砂塵が噴出したかと思うと、ズグッと陥没し、同時に地面そのものが波打つように揺れ、砂塵を巻き上げてこちらへと迫ってきたのだ。
思わず両手で顔を隠すように覆う二人。
そして強い衝撃と共に地面の砂塵が二人を包み込んでいた。
セツナたちが互いに無事なことを確認する頃には、揺れが収まっており、視界が晴れ始めていた。
気づけばセツナたちの脚がくるぶし辺りまで砂の下に沈み込んでいる。
視線を前方に向けると、さっきまで狙いを定めていた巨石群の姿が消えていた。
「あれ?巨石群は?」
思わず顔を見合わせるセツナとユアラ。
そして砂に埋まった両脚を引き抜くと、巨石群のあった場所へと駆け出す。
100メートルほど駆けただろうか、先頭を走るセツナの脚が不意に膝までズボっと地面に埋まった。
「うわ!」
セツナが慌てて姿勢を立て直す。
ユアラもほぼ同時に足を止めたが、片足がくるぶしまで地面に浸かった。
「ごめんユアラ。動けない。引っ張ってくれ!」
セツナが身を捩ってユアラの方へと腕を伸ばす。
「まって。もうちょっとこっちに手を…」
しかし腕の可動域を越えた位置にあるため届かない。
すると二人を追って来たフィールが長い首を伸ばしてセツナの襟首を咥えて引っ張りだした。
「ありがと!フィール!」
「ブロロ…」
セツナは脚が抜けると、周囲を見回す。
地面をよく見ると、所々に黒いシミが出来ており、水気を帯びていた。
さらにその先では水が湧き出ているようで、ひっきりなしに砂が水と混じってチラチラと揺れている。
そしてさらにその先では、それまであった巨石群の半数が半分ほど地中に埋まり傾いていた。
「これって、成功したの?」とユアラ。
するとセツナはフィールに「周囲を見回してみて」と頼んだ。
フィールの視界を介してセツナが確認する。
そして足元の地面の湿った砂を触って言う。
「…うん…これでおそらく成功。…そう。成功だ!」
二人は顔を見合わせると両手をパチンと重ねて喜んだ。
「でも、威力がまだコントロールできないけどね…」
セツナはそう言いつつ、身体に纏わりついた砂埃を払う。
「でも時間も惜しいわよね」
するとセツナが言う。
「ごめん。もう一回。もう一回だけやっていい?」
その言葉にユアラの表情が強張る。
「どうするの?もっと威力を落とす?」
するとセツナが言う。
「自分たちの手前の地面に地魔法で防壁を作ってもう一度やってみたいんだ。
うまく防壁を使用できれば、さっきの威力を左右に逸らして自分達の脚が沈まなくてすむかもしれないんだ」
その言葉にユアラはやれやれといった表情で応える。
「わかったわ。下手に撃って砦があんな状態になったら悲惨だからね」
ユアラはそう言うと元巨石群のあった場所を指さすのだった。
港町クシュナール ガーベイジの借り上げ住宅
一方、クシュナールの町でも、もう一つの戦場の火ぶたが切って落とされていた。
「はい!そこの裸坊主!そっち行かない!戻っておいで!」
ルカは暴れる1歳児のオムツ交換に奮闘していた。
するとその脇で3歳児の鳴き声が響く。
見ると5歳児が3歳児からぬいぐるみを取り上げて笑っている。
「とられた!」とルカに駆け寄り泣きつく3歳児。
「んなもん。力ずくで奪ってこい!好きなものなんだろ!!
それからこの子からぬいぐるみを奪ったお前!
年下のモノ取ってニタニタしてんじゃないよ!
悪い大人の真似なんてしなくていいんだよ!!」
ルカはそう言うと5歳児を睨む。
ルカの気迫に5歳児は慌てて「こんなの、いらね!」とその場に投げ捨てると退散した。
一件落着と思いきや、今度はさっきまで捕まえていた1歳児がオムツを付けないまま走り出した。
「もー!手間かけさせんな。こっち戻ってきな!」
その様子をミランダが満面の笑みで見ている。
「ミランダ!替わって!」
「どうだい?母親になった感想は」
「地獄だな」
「ハハハ!そんなもんで地獄だなんて大げさだね。
最初に言ったろ?大人の都合なんてお構いなしだって」
「子供の想像を超えたエネルギーに圧倒されてるよ」
するとミランダが言う。
「それでも私らはこいつらを最後まで育てる。
自分の命がある限りずっとな」
「この子たちが良い大人になってもか!?」
「ああ。もちろん」
ミランダの迷いのない回答にルカは心の奥に引っかかる何かが少しだけ解けた気がした。
「それが親の責任って事か?」
ルカが聞き返すと、ミランダは少し怪訝な顔をしてこう返した。
「んー…責任っていうのもあるけど、もっと単純に“愛情”があるからじゃないかな」
「愛情?」
「そう。
幼いし、無鉄砲だし、危険な事でも平然と突っ込んでいく。
他人から見りゃただの迷惑なガキだ。
でも、親になるとね、それが時折、愛おしく感じるもんなんだよ」
「面倒くさいのが愛おしいのか?」
「愛おしいさ。
この子が万が一危険な目にあって亡くなったら、自分を許せないし、何より何で止めなかったんだって自分を責めるだろう。
だから注意する。するとその時、ふと気づくんだ。
あ、コイツの事を好きだから今こうして注意してんだなって」
「ふーん…そういうものなのか…」
ルカのいまいち腑に落ちていない表情を見てミランダが言う。
「ま、それはアンタも親になれば判る事さ。
で?今一番悩んでいる事はどうなったんだい?
失ってから後悔するような事があるんじゃないのかい?」
ミランダのその言葉にルカの目に光が宿った。
そしてルカは静かにこう言う。
「…そうかも…そうなのかも…いや、そうだったんだ!
あたい…アイツ等の事好きだ!失いたくないんだ!」
それを聞いてミランダが母親のような笑みで言う。
「じゃ。どうすべきか判るだろ?ルカ」
するとルカはすくっと立ち上がると、出口へ向かって駆け出した。
「ご、ごめんミランダ!あたい行ってくる!」
「行っといで!こっちは任せな!!」
「ありがとう!!」
慌ただしく部屋を出てゆくルカの背中を見送りながらミランダがつぶやいた。
「やっと自分の気持ちに気づいたんだね。
ったく世話の焼ける子供だよ」




