第四十五話:仮面王 中編その3
【第四十五話:仮面王 中編 その3】
アズマヤールの砦 逆鱗の丘側
アズマヤールの裏手に向けて駆けだしたセツナにユアラが聞く。
「ねえ。ところでその地震ってどうやって起こすの?」
「ん?火と水の女神同士であえて喧嘩をしてもらう」
「え、なにそれ趣味が悪いわね」
「ま、まあ…まずはやってみよう。
確か以前にルディウスが言っていたよね。
この砦にはオアシスが隣接しているから数メートル地面を掘れば水が沸き出て来るって」
「そうね。この場所は水に困らない特別な土地よね。
あ!だからフラット公国も欲しがっているのかしら?」
「そうかもしれないね。
でも今回はその地下水脈を使って地震を起こそうと考えているんだ」
「どうやって?」
「そう!だからそれをこれから実践してみるのさ。
さて、場所はここら辺で良いだろう。」
セツナが足を止めたのは、砦を出てすぐの何もない砂地のある場所だった。
セツナは砦に転がっていた一本の木の棒を手に戻ってくると、自分の腰の高さあたりにナイフで目印をつけて、地中に目印が見えなくなるくらいまで突き刺した。
「ユアラ。ここに来て、木の棒に触れるように地面に手のひらを付けて」
「こ。こう?」
そこで二人はしゃがみ込むと、互いの腕を沿わせながら、手の平を地面にくっ付ける。
まだ日が昇ってないうえに、砦の陰に隠れている場所なので、触れるとひんやりと冷たい。
セツナが言う。
「まずは最小限でいくよ。
ユアラはこの木の棒の先端目掛けて、拳サイズの水の塊を湧き出させるイメージで詠唱を頼む」
「わかったわ。」
「それじゃいくよ…」
セツナは集中すると、木の棒の先端付近に熱を収束させるイメージをし始める。
そして息を合わせて同時に詠唱した。
『呑み込め。滔々と流れる水よ!』ユアラ
『爆ぜろ。怒りの炎よ!』セツナ
『相容れぬならその力を解放せよ!』セツナ&ユアラ
次の瞬間、水と熱の魔力が激しく反発し合い、一瞬だけ地面が揺れ動いた。
そしてポン!!という甲高い破裂音と共に、地面に刺した木の棒が一気に上空へと射出された。
「第一段階は成功だ!」
するとユアラが怪訝な表情で聞く。
「今、一体何が起こったの?」
「ん?これはね。水に瞬間的に蒸発するほどの熱を加えたんだ」
「で?」
「瞬間的に水を水蒸気に変えたんだ。
水蒸気は水よりずっと体積が大きい。
しかも閉鎖された地中で逃げ場がない。だから一気に圧力が高まって、木の棒を突き上げたんだよ」
ニコニコしながら説明するセツナに対し、そこまで聞いてもよく理解できていない様子のユアラ。
しばらく考えてからユアラがため息一つついてこう言った。
「ま、セツナがそれで良いなら私はいいわ。で次は何するの?」
「そう!次が一番難しいんだけど、今度はより深い場所の地下水脈で同じ現象を起こすんだ!」
セツナはそう言うと「フィール!ちょっと地下を覗き込んでくれ!」と頼んだ。
するとフィールがセツナの横へと舞い降りる。
セツナはフィールの目を介して地面に視線を向け、地下水のルートを探り始めた。
アズマヤールの砦 フラット公国軍との最前線
一方、フラット公国軍と対峙しているルディウスたちは鉄槌陣を前に苦戦を強いられていた。
フラット公国軍からの矢の雨を固定盾の裏で凌いだオーエンが毒づく。
「あの鈍亀のやろう。ヒビ一つ入りやしない」
するとルディウスから伝達魔法が届く。
「そちらの状況は?」
「幸い、お互いに矢の応酬で硬直状態ですがね。
兵士と装備の数で劣るこっちとしては、じり貧になるのも時間の問題です」
「けが人はいないな?」
「そりゃもう!そこまでの間抜けは居ませんよ」
「向こうの考えもおそらく同じだ。
こちらの矢の消耗を誘っているのだろう。
しばらくすればセツナたちが方策を持って来る。それまでは最小限の反撃で持ちこたえてくれ」
「判りました。なら現地調達に切り替えます」
オーエンは伝達魔法でそう返事を返すと、傍らに居た兵士に声をかける。
「城壁の下へ降りて、布を幾重にも巻いた袋を準備して、上がって来い」
「何をするんです?」
「敵の矢を回収して再利用する」
「大部分は折れていますが…」
「だ!か!ら!巻いた布を各所に配置して、できるだけ無傷の矢をそいつで受け止めるんだ」
「なるほど!」
「いざって時に撃つ矢が無いよりは良い…だろ?
他の奴にも伝えろ。
一本でも多く、撃ち返せそうな矢を回収しておけってな。
間違っても矢面には立つんじゃないぞ!」
「判りました!」
兵士はそう言うと、矢の雨の弱まった隙を突いて行動を開始するのだった。
フラット公国 ガーベルシュタイン城内
同時刻、ゲーレヒトがお供を連れて出立した後の城内では、フォンテンハイドが一人、執事としての仕事に勤しんでいた。
偶然、王の間の前を通りかかった時だった。
王の間の中から二人の男の笑い声が漏れ聞こえてきた。
「ハハハ!どうだ?アザトス!俺が王座に座る姿は!」
「素晴らしい!将来の王の姿をこうして見られるのは光栄の極み」
「(アザトス?王座に…誰かが座っている!?)」
フォンテンハイドは思わず扉を勢いよく開け放った。
「そこで何をしている!!」
見るとそこには謁見も入城も許可していない大商人アザトスと、王座に肩肘をついて座った状態の、側近を取りまとめる親衛隊隊長、バローム・ユグドランの姿があった。
「おや?これは執事のフォンテンハイドではないか。どうした?」
ユグドランが王座に座ったまま声をかける。
「その座は仮面王様の座!すぐに立ち退いて頂こう!」
フォンテンハイドは腸が煮えくり返る感情を押し殺して語気を強めた。
するとユグドランが待った!と手のひらをフォンテンハイドに突き出してこう言う。
「誰が仮面王のみの王座だと決めた?」
「なに?」
「この王座は前代のバルム・ユグドラン王の玉座。
そして私はバルム王の直系の孫。バローム・ユグドランなるぞ!」
「素晴らしい!流石は正当な王位継承者、バローム・ユグドラン様!」
脇に立っていた大商人アザトスの寂しい拍手が王座の間に響く。
それを見てフォンテンハイドは肩を震わせながら静かにこう言った。
「今すぐ、その王座から降りて頂こう…」
「なに?よく聞こえんな。特に庶民出身者の言葉は訛りが酷くて私の耳にはどうも…な」
「降りろ!ユグドラン!」
フォンテンハイドは、言うが早いか、近くの壁に駆け寄り、そこにかかっていた一振りの剣を引き抜いて構えた。
するとようやく王座から立ち上がったユグドランが、ゆっくりと腰に下げていた豪華絢爛なサーベルを抜いてこう言い放つ。
「すでに落ちた私に、さらに“降りろ”と貴様は言うのか」
「なにを…」
ユグドランは抜き放ったサーベルを惚れぼれした表情で眺めながら言う。
「あー…私は今でこそこの地位に甘んじているが、本来であれば王となっていた…
見ろ。このサーベルは亡き我が父(バルム・ユグドラン王)から直接賜ったものだ」
「何が言いたい」
「判らないか?己がいかに酷い言葉を発しているか…
先の権力争いに敗れ、命乞いして泥をすすり、屈辱に喘いだこの私に…
王家の血筋の私に暴言を吐くか…」
「ならばその恩に報いようとは思わないのか!」
「恩?それならすでに十分すぎるほど報いて来たさ」
「なに?」
「私が本気を出せば、ゲーレヒトなど消すのは容易い。
私には忠実な部下がいてな…彼女に命令すれば、今すぐにでもヤツのその首元に刃を向けられる。
それをせずに、ここまで野放しにしてきたのが恩義でないなら、何が恩義だというのだね?」
「なっ!側近に裏切者がいるだと!?」
フォンテンハイドの脳裏に仮面王に随伴したアーデルハイトの姿が浮かんだ。
ユグドランはわざとらしく「あ、しまった」と口元を隠すと、薄気味悪く微笑んだ。
そしてこう続けた。
「フフ、裏切り?彼女は最初から裏切ってなどいない。
私に忠義を尽くす良い家臣だ。
そうだな、私が王になった暁には妃に召し抱えて報いるとしよう。
そうだ。貴公もどうだ?真の王に仕える気はないか?」
「断る!私の王はただ一人。ゲーレヒト様だけだ!」
するとユグドランは「ハー」と大きくため息を吐いてフォンテンハイドを睨みつけた。
「そうか…お前は死を選ぶ愚か者か…」
ユグドランがゆっくりと戦闘姿勢に入る。
「(ゲーレヒト様!どうかご無事で!!)」
フォンテンハイドは一気に間合いを詰めると、鋭い突きをユグドランに見舞う。
しかしその一撃は寸前でかわされた。
「良い突きだ。だが、型がなってない」
ユグドランはそう言うなり、サーベルをキュンと回転させ、フォンテンハイドの腕を霞めるように切り付けた。
「っつ!!」
「ほら、下手に突っ込むと腕が無くなるぞ」
二人の決闘をニヤニヤしながら見届けるアザトス。
「ほんとユグドラン様はお強い。
そんなゴミ、すぐに斬り殺してしまえばいいものを!お人が悪い…」
フォンテンハイドの必死の斬撃をいとも容易くいなしながら、ユグドランは細く微笑んだ。
「アザトス。それでは私がまるで殺人を楽しんでいるようではないか」
「くっ!この!!」
フォンテンハイドは二人の会話に腹立たしく思いながらも、果敢にユグドランに斬りかかる。
「まあいい」
ユグドランはそう言うと、次の瞬間、フォンテンハイドが突き込んだ剣を手首の微小な返しだけで絡め取った。
そして一気に振り払う。
フォンテンハイドの手から離れた剣が宙を舞って床へとジャララと転がり落ちる。
ユグドランの切っ先が無防備となったフォンテンハイドの喉元にピタッと合わさる。
「貴様の負けだ。青二才。
私に詫びろ」
「いったい何を詫びろと?」
「正統な王の血筋を侮辱した事だ」
するとフォンテンハイドは微動だにしないままこう言い放つ。
「なんと悲しい人だ。
王が王たる所以は血筋ではなく、称賛に値する行動を誰よりも積み重ねた結果だというのに」
フォンテンハイドのその言葉にユグドランの眉がにわかにつり上がる。
フォンテンハイドはさらにこう続ける。
「ゲーレヒト様は国民のために努力し、国民に支持されて王になった方。
血筋や過去の栄光で王になったわけではない」
「そうか…もういい」
ユグドランは無表情でそう言うと、空いている側の腕を広げた。
そして、手のひらを開くと、傍らにニタニタしながら立っていたアザトスに言う。
「アザトス!その床に転がった剣を私によこせ」
「えっ…あ、はい」
アザトスがユグドランに床に転がった剣を手渡す。
するとユグドランがフォンテンハイドに静かにこう言った。
「先も言ったが、私は恩も情もある良い男だ。
まさに王に相応しい男だ。
だから栄誉として、私の家宝のサーベルで貴様を仕留めてやろうとも考えたが…」
そう言うと、喉もとに突き出したサーベルと入れ違うように、剣をフォンテンハイドの腹へと深々と突き立てた。
「ぐっ!はっ…」
「恩も情もあるが、不敬な輩にかける義理など無いわ!」
フォンテンハイドは自身の腹に刺さった剣を両手で抑えると、2歩後ずさりして力なく膝から崩れ落ち、その場にうずくまった。
「その言葉。万死に値する。
…貴様なぞ、壁にかかった無名の剣がお似合いだ」
ユグドランはそう言うと冷たい視線をフォンテンハイドに送る。
それを見て、アザトスがフォンテンハイドに歩み寄って耳元でこう言う。
「はは、立ち回りの悪い奴め。
ユグドラン様にトドメを刺されろ!平民が!」
しかし、ユグドランはサーベルを鞘に納めるとこう言い放った。
「いや。そいつはこのまま捨ておく」
「え、なぜです?」
「腹を深く貫いた。いずれ死ぬ。
ならば、せいぜいゆっくり苦しんで自身の罪と向き合うのだな。
おい…いくぞ、アザトス」
そう言い残すと、フォンテンハイドに背を向けて王の間を後にする。
「アザトス。そろそろ潮時だな。
例の計画を実行に移すとしよう…」
「では!いよいよユグドラン王権復活の…」
ユグドランとアザトスの会話が遠くなってゆく。
それは二人が遠ざかったからだろうか、それとも意識が無くなってきたのだろうか。
「(ゲーレヒト様…)」
フォンテンハイドはその姿勢のまま目を閉じるのだった。




