第四十八話:仮面王 中編その6
【第四十八話:仮面王 中編 その6】
アズマヤールの砦 オアシス付近
オアシスからアズマヤールの砦に向け、水を砦内に引き込む地下水路が通っており、セツナたちはその水路に沿って設けられた石畳の坂道を、松明を灯すことなく、一列になってオアシスへ向けて行軍していた。
真っ暗な水路の水底には魔力を持った蛍石が等間隔で埋め込まれており、その石から淡く放たれた青白い光が水に乱反射してセツナたちの黒い影を壁に踊らせている。
各自、音を立てないよう気を使いながら歩いているとはいえ、水路の閉鎖空間では微かな音ですら響く。
乾いた足音や、鉄製装備と布マントが擦れる音、そして随伴している兵士たちの息遣いが聞こえてくる。
セツナは思わずゆっくり息を吸い込むと、音を立てないようゆっくりと吐いた。
するとセツナたちの進路の先、視線の先の暗闇の中に、細く小さな光がぽっと灯り、その光が3回点滅した。
それは先行していた偵察兵からの合図だ。
先頭を歩いていたロビンが、後ろを歩く全員に停止のハンドサインを送ると一行は足を止めた。
一瞬にして静けさが包み込む地下水路。
その中で聞こえてくるのは脇を流れる水の音だけだった。
そして、無言のまま別のハンドサインを送るロビン。
「(給水口付近に敵なし!このまま進む。行軍再開)」
地下水路の空気は砂漠のど真ん中とは思えないほどひんやりと冷たく、息を殺して吐いた息が、口元で微かに白く濁る。
合図を確認してからさらに500メートルほど水路に沿って歩くと出入口付近に、先行していた偵察兵の姿を捉えた。
ロビンが水路の出入り口の陰に立っている偵察兵に近づいて小声で話しかけた。
「(…敵は?)」
「(先ほど敵の偵察部隊とおぼしき一団を発見し、制圧しています)」
「(まさか。悟られたのか!?)」
「(いえ!その可能性はありません。
敵がこちらに気づく前にガーベイジの連中が手際よく制圧しましたから。
ほんと、彼女たちは頼りになります)」
「(…そうか。状況は理解した。
でもお前さん“元”ガーベイジな。
言い方には気を付けろよな)」
「(あっ。す…すみません!)」
ロビンはそう言うと、外の様子を警戒しながら、音もなく扉の向こうへ姿を消した。
しばらくすると、ロビンが戻って来てハンドサインをセツナたちに送る。
「(身を屈めて低い姿勢で出ろ)」
セツナたちが表に出ると、周囲は驚くほど暗かった。
日中、密かに下調べをした時に数メートル先に広がっていた水辺と、砂地との境界線が、この暗がりでは判らなかった。
ただ目をこらすと微かに水面のうねった模様が見える。
距離感は判らないが、どうやらあの場所には近づかない方が良いようだ。
すると不意にその水面が大きく揺れるのが見えた。
水面の波紋が見えない風に押されて瞬く間にこちらへと迫る。
その直後、水面側から吹きつけた突風に煽られ、セツナの羽織った砂色のマントがバフっと翻りそうになる。
セツナは慌てて膨らみかけたマントを手で抑え込みながら、無言でさっきより低い姿勢で小さく固まった。
今の動きで敵に位置がバレたのではと周囲を見回すセツナ。
しかしそれは杞憂だったようだ。
先ほどと変化はなく、他の仲間も気にしている素振りはない。
セツナは思わず止めていた息を一気に吐きだした。
視線を上げ、遠くに目を向けると、約1キロ先に、さっきまで居たアズマヤールの砦の篝火と、それを半包囲するように半月状に敷かれたフラット公国軍本隊、そして出島のように突出した鉄槌陣の篝火だけが確認できる。
目ぼしい光源といえばそれくらいしかない。
フラット公国軍陣地からこちらまでの間には暗い丘が幾重にも連なり、その斜面を下った先は、底なしに見えるほど濃い闇に包まれていた。
ルディウスがセツナとユアラに小声で言う。
「(二人は手分けして全員に風魔法で支援魔法を…
私は水魔法と風魔法で全員に身体強化と武器強化をかける)」
「(わかったわ!)」「(了解!)」
『(纏え!疾風の加護よ。我らを速めよ)』
セツナとユアラが兵士たちに次々と支援魔法をかけて回る一方、
『(満たせ。清き流れよ。我らの身に力を巡らせよ)』
『(宿せ。烈風の加護よ。我らの刃に断ち切る理を!)』
ルディウスは全ての兵士と自身に向け、立て続けに詠唱した。
全員に支援魔法をかけ終わると、ロビンが言う。
「うっし。それじゃ作戦開始だ。
谷間を抜けて鉄槌陣の側面から奇襲をかける。
俺の後について来い」
そう言うと、底なしの闇の中へと音もなく歩きだすのだった。
アズマヤールの砦より北東方向 某砂地
一方、ルシーダもルディウスたちの動きに呼応して仲間に働きかけていた。
「時間だ。
それじゃ、私らも行くよ!
狙いは本陣裏の食料及び物資だ!
ビビッて火を放つタイミングミスったら承知しないよ!!」
そう発すると、ルシーダは傍らに伏せていたスナ飛びネズミを音もなく起こしてヒラリと跨った。
そしてそのまま暗闇へと走り出す。
すると他の仲間たちも一斉に動き出した。
各自、まるで猫のようなしなやかさでスナ飛びネズミに跨ると、ルシーダの後を追って、暗闇へと消えていく。
先頭を走りながら、ルシーダは空を見上げて舌打ちした。
「っち!まずいね…雲が薄くなってきやがった」
アズマヤールの砦 フラット公国軍との最前線
ハッケネンは砦の凹凸の陰から守備兵がこちらを警戒しているのを見て、小さく唸った。
「奇襲の気配はない…か」
ハッケネンは夜襲に備え、鉄槌陣の内部や、本陣の周囲に配置する一部の兵士を、弓兵から即応できる槍兵や剣兵に変更していた。
アズマヤールの砦の門はフラット公国軍と対面する側に一か所、側面のオアシス側に1か所、裏手側の逆鱗の丘側に一ヵ所あり、偵察部隊には各門を見張るよう指示していたが、ルディウス率いる守備兵の守備範囲が想定より広かったため、砦の裏門だけは偵察兵を送り込めず、十分な確認がとれない状態であった。
すると傍らに将軍の補佐官の兵士が駆け寄って声をかける。
「定時報告です!
依然、敵の砦に動きはありません!」
「砦から敵が出た様子は?裏手側はどうなっている?」
「動いた気配はありません。
つい5分前、側面の門を警戒させているオアシス方面の部隊から定時連絡がありましたが、側面と裏手共に、門は閉ざされており、兵士が出入りした様子は無いと報告を受けています」
兵士からの報告を受けてハッケネンは眉をひそめた。
「ふん!…気にいらんな」
「何が気にいらないのですか?」
「静かすぎる」
「はあ…静か…ですか?
敵も今頃寝ているのでしょう。
将軍。夜警は我々に任せて、少しお休みになられてはいかがでしょうか」
「ん?何、寝言を言っている」
攻撃を仕掛けてくるなら絶好のタイミングだぞ?」
「奇襲ですか?この暗がりでは篝火で照らされる範囲以外は見えませんよ?」
「だから好機なんだろ。
それともお前の目は闇の中でも敵が視認できるのか?」
「いえ。そんな事は…」
「だろ。それは敵も同じだ。
だがな、もし俺が夜襲をかけるならこの暗さを逃さない」
「なるほど…」
ハッケネンは兵士の鈍い反応にため息をつくと、兵士のケツを力いっぱい引っ叩いて言う。
「何をぼさっと突っ立っている!
奇襲があるかもしれないって言ってんだよ。
今すぐ鉄槌陣の連中に警戒を厳とするよう呼び掛けて来い!
ほら!駆け足!!」
ハッケネンに一喝され、つんのめるように走り出す兵士。
するとその直後だった。
鉄槌陣の方角からボン!!という低くくぐもった炸裂音が響いた。
「何だ?なんの音だ!?」
ハッケネンが視線を音のした前線へ向ける。
すると、砦と鉄槌陣を隔てるように、こちらが設置していた篝火を上空へと跳ね散らしながら、魔法で精製された土壁がせり上がってゆくのが見える。
「ばかなこの暗闇で魔法だと!?
全軍臨戦態勢!!仕掛けて来るぞ!!」
ハッケネンの声が闇夜に響く。
鉄槌陣側面 盆地付近
寸分前…闇に紛れて鉄槌陣の側面100メートルに迫ったセツナたちは、ルディウスとロビンの斉唱魔法を息を殺して見守っていた。
ルディウスとロビンは腕を前方に向けると、砦と鉄槌陣の中間あたりを狙って構え、息を整える。
砦の篝火と、鉄槌陣の篝火がまるで一本道のように暗闇に並んでいる。
そして声を揃えて詠唱する。
『奮い立て!雄々しき大地よ。我らに不屈の加護が有らん事を!斉唱!大地讃頌!!』ルディウス&ロビン
するとゴゴゴという低い地鳴りが響いたかと思うと、次の瞬間、ズシン!!という重低音と共に、砂塵が上空に噴き上がり、地面が一気にせり上がった。
その巨大な土壁は敵陣と砦を分断するように一直線に伸びてゆく。
それを合図に、セツナとユアラが土壁の陰へと駆けだした。
鉄槌陣側では、突然目の前に出現した土壁に兵士たちが動揺し、あちこちから悲鳴や怒号が飛び交っていた。
「陣を乱すな!臨戦態勢!!」
兵士の上官だろうか、必死に統制しようとする声が闇夜から聞こえてくる。
支援魔法の効果は絶大だった。
砦と、人の背丈より少し高い土壁でできた即席の回廊を駆け抜け、セツナとユアラは風のように鉄槌陣の正面へと回り込んだ。
土壁の中央付近、砦の門の前に到達すると、セツナは両脚を踏ん張り、砂煙を上げながら急停止した。
ほぼそれと同時にユアラも作戦地点に到着する。
「いくよ!」「ええ!」
二人は並んで立つと地面に手を当てて詠唱姿勢を整える。
土壁の向こう側からは混乱した声が響いてくる。
二人は集中しながら静かに息を吸い込むと、呼吸が重なった瞬間、詠唱を開始した。
『呑み込め。滔々と流れる水よ!』ユアラ
『爆ぜろ。怒りの炎よ!』セツナ
『相容れぬならその力を解放せよ!』セツナ&ユアラ
詠唱の直後、地面が細かく揺れ始めた。
それに呼応するかのように、二人の前にそそり立っている土壁が次第に大きく揺れ始める。
ゴゴゴゴ…という低い地響きが耳に纏わりつくように聞こえてくる。
すると、その音が不意に途切れた。
一瞬訪れる静寂…次の瞬間。
ボゴン!!と土壁の向こう側から腹を揺さぶるほどの重低音が響いた。
するとそれまで聞こえていた兵士たちの怒号が、一瞬にして恐怖の叫びへと変貌した。
「うわあああ!!」「助けてくれ!!」
闇夜に響く悲鳴を聞き、砂丘の陰に潜んでいたルディウスも伝達魔法で砦の上に伏せさせていたオーエンたちに合図を送る。
「作戦は成功した!!攻撃開始!!」
それを受けてオーエンが兵士に号令をかける。
「悲鳴の上がる敵陣正面に向けて一斉射!!放てえ!!」
その号令と共に、砦の陰で待機していた弓兵が一気に立ち上がり、敵陣へ向けて矢を放つ。
すると、それまで真っ暗だった戦場に、敵兵たちの影がうっすらと浮かび上がり始めた。
月にかかっていた雲が遠ざかり、雲間から光が漏れ始めたのだ。
淡く白い月明かりが混乱したフラット公国軍の兵士たちを照らし出した。
地震魔法によって地面の一部が陥没し、すり鉢状になった底へ向けて、兵士たちが滑り落ちて折り重なってゆく。
陥没を免れた地表でも、足が膝上まで沈み込んでおり、必死に身を捩って抜け出そうと試みる兵士で溢れかえっていた。
「敵が確認できるぞ!正面の敵に向かって斉射三連!!急げ!!」
オーエンが兵士を急かす。
敵が混乱している様子を見たロビンが叫ぶ。
「攻撃開始だ!!側面から叩け!!」
「おっしゃ!一番槍はレイダーがいただきだ!!」
レイダーが一足早く敵陣の方向へと駆け出すと、状況を把握できずに立ち尽くす兵士たちへと襲い掛かった。
月明かりに照らされて前線が視認できるようになったハッケネンは、鉄槌陣が切り崩されてゆくのを見て慌てて指示を出す。
「第三、第四部隊、盾持ち兵を前に出しつつ、前線の救援に向かえ!!敵を迎え撃て!!」
すると、今度は兵士の一人がハッケネンの元に駆け込んで叫んだ。
「奇襲です!我々の物資が襲われました!!」
「なっ!なんだと!?」
慌てて振り向くと、本陣の背後100メートルほどの位置に置いていた物資の集積場所から赤い炎が次々と立ち昇った。
見ると、スナ飛びネズミに跨った一団が魔法で物資に火を放っている。
「おのれ!!
あいつらを撃退しろ!!すぐに火を消せ!!」
しかし、その命令に即座に反応できた兵士はいなかった。
1分後、何とか装備を整えた分隊が現場に急行したが、その頃には、火を放った一団は砂丘の向こうへと姿を消した後だった。
一方、前線では救援として出撃した兵士たちの部隊が守備兵の矢の射程に入り、砦からの弓兵による一斉射を浴びていた。
救援に向かった兵士たちの一部はセツナとユアラの仕掛けた地震魔法の効果範囲に立ち入ってしまい、液状化した地面に足を取られて一人、また一人と身動きが取れないまま立ち往生し、矢の餌食となってゆく。
それを見てハッケネンは方針を変更せざるを得なかった。
「このままでは敵の思うつぼか!
全軍後退!!敵の射程圏外まで退却せよ!!」
その命令に、前線に向かっていた兵士たちはさらに混乱した。
命令どおり前線に赴く兵士と、焦って戻ろうとする兵士の進路が重なって広い戦場の至る所で兵士同士の接触が発生したのだ。
「お、置いて行かないでくれ!!」「頼む戻ってきてくれ!!」「おい!助けろよ!!」
自力で足が抜けない兵士たちからは、無慈悲に去ってゆく仲間に向けて怒号にも似た懇願の声が上がる。
しかし、混乱した戦場で冷静に救助できる兵士などはいなかった。
地面に足を取られた者たちは置き去りにされ、そこへ砦からの矢が容赦なく降り注いだ。
その夜、フラット公国軍には甚大な被害が出た。
ルディウスたちの正面からの奇襲により、死傷者は前線と援軍に出た兵士を合わせて1,000人を超えていた。
それに加えて、ルシーダたちの背後からの奇襲により、運び込んだ物資の3割が焼けた。
一方、ルディウスたち奇襲部隊は敵の混乱に乗じて撤退したため被害は無く、砦に全員が帰還したのだった。




