第四十三話:仮面王 中編その1
【第四十三話:仮面王 中編 その1】
アズマヤールの砦
フラット公国軍が動いたという急報から2時間が経過していた。
太陽は砂漠の丘深くに残光を残して沈んでいる。
本来この時間であれば、家の窓に明かりが灯りだす頃だが、今はどこも温かい明かりが見えない。
ルディウスの命令で、周囲の住人は全員クシュナールへの避難を促したためだ。
砦には只ならぬ緊張感に包まれていた。
城壁の上からフラット公国軍の方を眺めると、すぐ目前で陣地の構築を進めている。
矢を最大放射角で射れば当たるのではないかという衝動に駆り立てられる。
砦に到着したセツナたちは、トビ砂ネズミで城壁の下に乗り付けると、階段を駆けあがり、肉眼で状況を確認する。
実際に城壁に立ってみると、フィールの視線で見ていた光景とはまるで違っていた。
「これが前線…」
セツナの背筋に冷たい感覚が走り思わず息を呑む。
するとレイダーがセツナの背中をパン!と叩いて言う。
「その雰囲気、ビビってるな!
これからまだまだ敵が増えるぜ。
ここでビビッてどうする。」
するとロビンがレイダーに言う。
「セツナはレイダーみたいに戦闘訓練を受けた兵士じゃねぇからな。
一介の冒険者なら、この風景を見りゃ誰でもビビるわ。
それに恐怖を抱くのは時として強みだ…そうだろ?」
「確かにな…
セツナ。戦場ではムリはするな。
なに、いざとなったら俺たちのケツに着いて来れば、生き延びられるさ」
レイダーのその言葉にセツナはようやく自分の置かれた状況を把握した。
「(そうだ。俺、あの戦場に立つんだ…)」
そう思った瞬間、体の奥底から寒気と共に止めようのない震えが来た。
セツナはその震えを必死に止めようと思わず両手で自分を抱き締める。
すると今度はルディウスがセツナの肩に手を添えて言う。
「初めての戦場では、誰しもそうなる」
するとセツナは震える声でルディウスに言う。
「護るって言ったのにこれです。
ほんと情けないですよね」
「いや。恥じる事ではない。ごく自然な反応だ」
「でも、俺がここで頑張らなくちゃ…」
するとルディウスがセツナの肩をギュッと握って言う。
「深呼吸して、肩の力を抜け。
身体を揺らして水のように撓らせるんだ」
セツナは震えながら大きく息を何回か吐くと、その場で両手両足を僅かにゆらしながら、全身の力をゆっくりと抜いてゆく。
「そう。そうだ。
そして周りをよく見ろ。
味方の兵士を見ろ。敵の兵士を見ろ。
何が見える」
見ると、皆、顔が強張り、微動だにせず敵陣を凝視している。
どちらか一方が安易に矢を射れば、それを合図に雪崩を打って戦闘が始まりそうな空気だった。
「敵も味方も、雰囲気がピリピリしています」
「そうだ。皆セツナと同じで怖いのだ。
ここに誰一人平常心でいる者などいない。
戦場で生き延びる者は、運の他に大きな要素がある。
それがなんだか判るか?」
するとセツナは少し考えてこう言う。
「勇気と…強さでしょうか」
するとルディウスが笑みを浮かべながら言う。
「セツナらしい答えだな。
確かにそれも必要な要素だ。
しかし勇気が余れば無謀に転じ、力に溺れれば破滅を呼ぶ。
大切なのは冷静さだ。
戦場を俯瞰できるか。
判りやすく言えば、戦場での自分と味方、そして敵の位置を正確に把握できるかどうかだ」
「戦場を俯瞰する…」
「そうだ。本来なら何度も戦場を経験して身に付く感覚だ。
しかしセツナ、君にはフィールがいる。
フィールを介して上空から眺め、自身の居場所が有利な場所かどうかを見極められるだろう。
戦場で生き残る者は必ずしも強者ではない。
最後まで自分を見失わなかった者が生き残るのだ」
セツナはルディウスの言葉を何度も反芻しながらも、その表情から不安が消える事は無かった。
それを見てルディウスがこう提案した。
「言葉だけで不安を払拭できないのは私も理解している。
今回の戦闘でセツナに無理をさせるつもりはない。
セツナには砦の防備に専念してほしいと考えているのだが…
どうだい?」
「…わかりました」
「それと、ユアラ。
君もセツナと一緒に砦の防衛に努めてくれ。
護衛の兵士を3人づつ付けよう。
万が一、砦を出て戦う場合はロビンとレイダーと私が行く」
するとセツナと同じく緊張していたユアラが言う。
「え、あ、はい…」
「よろしい」
まだ僅かに緊張するセツナにユアラが言う。
「私も同じよ。見てよ私の手!」
ユアラの差し伸べた手は綺麗で細く、そして僅かに震えていた。
「魔物や動物だったらこんな事にならないのにね」
ユアラが緊張しながらもぎこちなく笑ってみせる。
「(ああ、ユアラも同じなんだ…
皆も、ユアラも怖いんだ)」
その時セツナの心臓が大きく脈を打った。
「(そうだ。ここで怖気ずいて何が“護る”だ。
…決めただろ俺。手を差し伸べて護るって!!)」
セツナはその想いを胸の奥底に飲み込むように、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そしてユアラを真っ直ぐ見つめた。
「ユアラ。
皆を守ろう。そして皆で生きのびよう。
ユアラは僕が護る」
真っ直ぐな眼差しで放たれたその言葉に、ユアラが思わず顔を赤らめた。
「なに。そのセリフ。
でも…嬉しいわ」
すると物見櫓から敵陣の様子を見ていた兵士が叫んだ。
「フラット公国軍本陣が到着しました!」
「来たか!
オーエン。手はず通りこの場は任せたぞ」
「任せてください!ルディウス殿」
ルディウスは城壁の防御をオーエンに一任すると、砦内部の迎撃態勢を確認するべく城壁を急ぎ足で降り始めた。
するとロビンが両手で頬をバシバシと叩いて気合を入れる。
「おっしゃ!!いっちょぶちかますぜ!」
「ロビンのその豪胆な性格が羨ましいぜ」とレイダー。
「行こう!ユアラ!」
「ええ!」
こうしてセツナたちは兵士たちを伴って各所の護りに着くのだった。
クシュナール内 酒場
一方、クシュナールに残ったルカは、店員から出された酒に一口も口を付けないままテーブルに置かれた酒をじっと見つめて動かなかった。
店内を人が行き来するたび、酒の水面が揺れる。
「(俺、間違っちゃいないよな…でも…)あーわっかんねぇ!!」
ルカは突然そう叫ぶと、テーブルに突っ伏した。
「(正しい選択をしたはずなのに、なんだこのモヤモヤは)」
ルカは突っ伏したまま、両足を小刻みに足踏みしながら考えを巡らす。
するとそこに、元ガーベイジの一人で、ルカと一緒に馬車の強奪に協力したミランダが入って来た。
「おや、ルカじゃないか」
ミランダに声をかけられルカは重い体をゆっくりと起こして椅子にもたれ掛かると、ミランダを見る。
するとミランダが引き気味に言う。
「あらやだ。なにその顔。
まるで彼氏と喧嘩した日の私みたいじゃない」
「彼氏ぃ?ま、それに近い感情なのかもな…」
「なに?ロビンと喧嘩した?」
「ち、ちがうよ!」
ミランダの言葉に思わず否定するルカ。
「じゃ、なにがあったのさ」
そこでルカは今回の作戦に参加しなかった理由をミランダに話した。
するとミランダはルカの隣の席に座ると、こう言った。
「私も今は同じよ。
ルシーダの命令でね。
保護した子供たちを誰かが護らないといけないってなってね。
それで、私、争い事苦手だったし、ルシーダたちみたいに強いわけでもないからね。
はい!私残ります!って手を挙げたのよ」
「ミランダはそれで納得できたのかよ」
するとミランダは少し寂しそうに笑ってこう言った。
「納得…そうね。
納得させようと今もしているわ。
実際、子供たちの世話だって大切な事だと判っているし、万が一全員が死んじゃったら、子供たちは路頭に迷うわ。
それに子供たちの中に私の子も居るのよ。
見捨てられないでしょ?」
ミランダの言葉にルカの目が潤む。
「ミランダって強いんだな…」
「そうかな?そんな事ないわ。剣技だって仲間の中では下から数えた方が早いくらいだしね」
自分の出来る範囲で最善を尽くそうとするミランダを見てルカは、腰にぶら下げた短剣の重さを再認識した。
「(俺は、この能力あるのに…)」
するとミランダが両手をパンと打ってルカにこう提案した。
「ねぇ!ルカ。
私と一緒に子供たちの世話を手伝ってよ」
「えっ…」
「ここで一人悩んでいても答えは出ないわ。
さっ!立った立った!!」
ミランダはそう言うとルカの腕を掴んで無理やり立たせると、そのまま店を出てゆくのだった。




