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第四十二話:仮面王 前編その4

【第四十二話:仮面王 前編 その4】

フラット公国 ガーベルシュタイン城内

 「仮面王様直々に指揮を取ると仰るのですか!?」


ハッケネン将軍率いるフラット公国軍がアブカームの町を出たとの知らせを受け、軍の指揮を自らすると言い出したゲーレヒトに、フォンテンハイドは思わず聞き返した。


するとゲーレヒトは仮面を被ったまま言い放った。


「そうだフォンテンハイド。

これまで人任せにしていた私の認識が甘かった。

此度の大使の失態を受け、やっとハッケネンが重い腰を上げたが、私がクシュナールの攻略を命じたのは1年以上前だ。

私から言わせれば遅すぎるくらいだ」


するとフォンテンハイドが神妙な面持ちでこう返した。


「仮面王様はクシュナール方面でのハッケネン将軍の任を解くと仰っているのでしょうか」


「それを決めるには時期尚早だ。

私の命令が現地でどう認知されていたのか、この目で確かめてからで良いだろう」


「そのようにお考えなのですね」


フォンテンハイドは少し考えてこう付け加えた。


「仮面王様のお気持ちお察しいたします。

しかし恐縮ながら、一点、危惧している事がございます」


するとその言葉にゲーレヒトの声が低くなる。


「“危惧”だと?」


その言葉と同時に呼吸が急に荒くなりはじめ、ゲーレヒトは王座のひじ掛けを強く握り直すと姿勢が僅かに傾いた。


すると、仮面と首の隙間から魔煙が僅かに漏れ始めた。


その魔煙は中空を漂い、フォンテンハイドの方へゆっくり流れ始める。


それを見てフォンテンハイドは片膝を床に突くと冷静にこう言った。


「仮面王様に異議を申し立てているわけではございません。

どうかご容赦を」


フォンテンハイドのその言葉にゲーレヒトはゆっくり姿勢を正すと、ひときは大きな深呼吸をした。


すると漏れ出していた魔煙が、それに引かれるように仮面の奥へ吸い込まれていった。


「仮面王様…」


フォンテンハイドの呼びかけに、ゲーレヒトは静かにこう言った。


「フォンテンハイドの危惧している事を聞こう」


「はい。

ハッケネン将軍は慎重かつ実力も兼ね備えた誇り高い男です。

将軍の性格を考えれば、仮面王様が直々に指揮を取られれば、その誇りは消え去り、確執を生むかもしれません」


「では、我はこの遠き城で、愚鈍な牛の如き者の働きに期待し、静観せよとフォンテンハイドは考えているという事か?」


「いえ、アブカームには仮面王様直属の召喚士が控えております。

その者はチコル・ルグニカを使役する者です。

仮面王様にはチコル・ルグニカによる転移を行い、アブカームの町でハッケネン将軍の雄姿をご観覧いただければと思います」


「ほう。私が後方から高みの見物をせよと言うのか」


「はい。これには意図がございます。


仮面王様のご威光は絶大です。


もし後方に仮面王様がいらっしゃるとなれば、ハッケネン将軍は奮起し、兵士達の士気も上がる事でしょう」


すると仮面王がその仮面の奥でフッと笑った。


「あえて私の威を示し、愚鈍な牛に鞭を打つと言うのだな」


「恐れ多くも…」


フォンテンハイドの言葉にゲーレヒトは少し考えてこう言った。


「フォンテンハイドの意見は正しい。

家臣団に不和を持ち込んでは国も成り立たないだろう。

良かろう。

私はアブカームまで赴き、ハッケネン将軍の手腕を見届ける事としよう」


「ありがとうございます」


「では早速、赴くとしよう。

出立の準備だ!」


こうしてゲーレヒトは、側近で身辺警護も担う2人を伴って、アブカームの町へ転移するのだった。


逆鱗の丘付近 

 一方その頃、装備を整えたセツナたちはアズマヤールの砦に向けてスナ飛びネズミに跨り、切り立った岩山の谷を全速力で駆けていた。


一足早く先行させていたフィールを介してセツナに前線の状況が伝わる。


「フラット軍の先遣隊がもう到着している。

砦から500メートルの距離で陣地を構築中。

その数およそ2,000人。

陣容は弓兵と槍兵の割合はほぼ同数。

ちらほら魔法兵が混じっているけど、バラけていて人数は確認できない」


すると報告を受けたルディウスが言う。


「500メートルに陣地を構築か…

こちらの弓の射程を考慮した嫌な距離だ」


すると並走していたオーエンが言う。


「敵将は確かハッケネン将軍でしたね。

堅実な兵法をする強かな男と聞いています。

厄介な相手です」


するとレイダーがルディウスに聞く。


「不思議なんだが、こっちは1,800人、一方向こうは18,000人。

これだけの戦力差があったら一気に勝負を決めたくなるけど、なぜそうしないのだろう?」


するとルディウスが重々しい口調でこう返した。


「だから厄介な男なのだ。

通常、戦は兵士の疲弊が少なく、自軍が最も有利なうちに、短期決戦を挑むのが定石だ」


「だったら尚更だろ?」


「今回、我々は砦に陣取っている。

砦攻略には一般的に守備兵の3倍以上の戦力差が必要とされている。

しかし、砂漠という立地上、即座に3倍以上の戦力差を作れない。

砂漠での補給や隊列の維持に手間取るからだ。

おそらく、ハッケネンは本隊が到着するまでに陣地を構築し、戦力が整ったうえで一気に攻めるつもりなのだろう」


するとユアラが聞く。


「それなら早く砦を出て、陣地の構築を邪魔しなくちゃ!

相手は2,000人だけでしょ?」


するとロビンがユアラに言う。


「フツーはそう考えるわな。

ハッケネンも、それを誘ってやがるのさ」


「どういう事?」


「現在、目と鼻の先で平然と構築している先遣隊は2,000人。

うっかり正面から出撃して砦の外で戦えば、こっちにも被害は出る。

そうなりゃ、向こうの思うつぼだ。

後からやって来た無傷の16,000人が砦に殺到。

砦の攻略は当初より容易だろうよ」


「やだ!相手はそんな事考えてるの!?」


「おそらくだがな…」


するとセツナが言う。


「敵の手の内が見えているのに、手を出せないなんて、もどかしいな…」


アブカームの町 軍総司令部内

 前線の状況を偵察兵の一人がハッケネンに定時報告する。


「アズマヤールの砦。以前動きはありません!」


「動かない…か。

さすがは戦軍神官殿といったところか」


ハッケネンはそう言うと、苦々しい表情を浮かべながら胸まで伸びた顎鬚をグッと掴み、ピンと引っ張った。


「まぁ、動かないならばそれでもいい。

こちらはゆっくり準備ができるというものだ」


すると突然背後から仮面王の声が響いた。


「あまりゆっくりでは困るのだがな。ハッケネン将軍」


思わぬ仮面王の登場に、ハッケネンは椅子から弾かれるようにガタっと立ち上がると、その場で直立不動の姿勢を取った。


「は!これは仮面王様!!

なぜこのような場に」


すると仮面王が静かにこう言う。


「なに、私が実力を認めた将軍の活躍を、この場から静観しようと考えたまでの事だ」


仮面王のその言葉にハッケネンは背中が凍るのを感じた。


「(静観?…いやそんなはずはない)」


ハッケネンは、自分が腰かけていた椅子を整えると、仮面王を恭しく誘い、こう聞いた。


「光栄です仮面王様。

私も進捗速度を上げるべく、前線に向け出立しようとしたところです。

仮面王様はこちらでご覧になるご予定でしょうか」


すると仮面王に随伴していた側近の女が言い放った。


「先ほどそう仰られた。貴公は耳が悪いのか?」


ハッケネンが女を睨む。


「アーデルハイト。貴様も来ていたのか」


「おや?私たちに無様な姿を見られたくないって顔だね」


「貴様ぁ…」


睨み合う両者を見て、随伴してきたもう一人の男の側近が声をかける。


「二人ともみっともない。

今はそんな事している場合じゃないでしょ」


その男は細身で片目に眼鏡をかけた優男だった。


するとハッケネンが言う。


「アドルフ・バルドーの言う通りだ。

私は出立の準備をします。

それでは仮面王様、失礼いたします」


ハッケネンは側近二人に一瞥する素振りもなく、足早にその場を後にするのだった。


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