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第四十一話:仮面王 前編その3

【第四十一話:仮面王 前編 その3】

港町クシュナール 商工会議所 仮・執務室内

 セツナたちが執務室に入ると、すでにルディウスが兵士たちに指令を出していた。


「偵察兵には交戦しないよう徹底し、逐一報告を!

アズマヤールの砦には弓兵を主軸に警戒態勢。

援軍の行軍状況を確認、急がせてくれ」


部屋に入るなりロビンがルディウスに言う。


「フラット公国が攻めて来たって?状況は?」


「ロビン、いいところに来た。

今しがた偵察からの情報が入った。

私の予想より早くフラット公国軍がアズマヤールの砦に向け、アブカームの町を出た。

ほんの一刻前の事だ。

それで我々もアズマヤールの砦に赴こうと考えている」


するとレイダーが聞く。


「ちょっと待て!アズマヤールの砦で迎え撃とうって話か?!」


「ああ、砦を取られてからではこちらが不利だ」


「でも確か、アブカームとアズマヤールの砦は直線距離で3キロしか離れてないんだろ?

今から行って間に合うのかよ?」


するとルディウスが少しだけ険しい表情を浮かべこう切り出した。


「レイダーの疑問ももっともだ。

実際、アブカームの町からは3キロしか離れていないので本来であれば1時間もあれば到達できるだろう。

しかし、それは平地での話だ。砂漠地帯なら話は違うとみている。

足の取られる砂地地帯を、馬車を伴って移動するとなれば、直線距離で進めないだろう。

それに18,000人の大軍となれば動きは鈍化するとみている」


するとセツナがすかさず聞く。


「それでルディウスはいつ砦に到達すると詠んでいるの?」


「炎天下での行軍だ。兵士の消耗を避けるとなれば強行軍は考えにくい。

何よりこちらの戦力を相手も知っているので、焦る理由がないからな。

少なく見積もっても4時間だろう」


するとロビンが聞く。


「んで。砦には今何人の兵士を駐屯させているんだ?援軍は?」


「先の砦攻略後、アズマヤールの砦に1,500人を駐屯させている。

加えて、後詰めとして400人をすでにこの町から送っている。

援軍は3日後でないと逆鱗の丘に到着しないとみている」


「砦に1,800人。対するフラット公国軍は18,000人か。

十倍の戦力差となりゃあ、正面切って戦いたくはねぇな」


ロビンが苦笑いを浮かべた。


するとルディウスが言う。


「もちろん我々も無策で正面から受ける気はない。

先ほども触れたが、砂漠での補給は士気を左右する重要な要素だ。

特に砂漠で水は貴重だが、消費量を抑えるわけにはいかない。

頻繁に水の輸送をしなければいけないはずだ」


「なーるほど。その補給を寸断して、この炎天下の砂漠で兵糧攻めでもって、完膚なきまでに撃ちのめそうって事か?」とロビン。


「いや。現状の戦力で、砦を守りつつ、補給を完全に絶てるとは考えていない。

しかし補給効率を落とせれば疲弊させる事は可能だ。

そして、3日もすれば援軍が到着する。

それまでアズマヤールの砦を死守できれば勝機はあると考えている」


するとそこまで聞いていたルカがユアラに耳打ちする。


「(なぁ…この戦い。

うちらだいぶ不利だよね…一介の冒険者が介入するべきじゃないんじゃないか?)」


するとユアラが周囲を見回しながらルカに言う。


「(そう…そうなのかもね。でも…)」


ユアラの視線がルディウスの説明に聞き入るセツナへと向く。


セツナは時折、自身の手のひらを見て、開いた手をグッと握り絞めると小さく頷いている。


その表情には自信が漲って見えた。


「(…私は…)」


ユアラが言いかけた時、セツナが不意にユアラの方に向かって言った。


「ユアラ。きっと俺たちならできる。

せっかくルシーダさんたちをアデルたちから助け出したのに、ここでクシュナールを失ったら元に戻ってしまう。

だからユアラ、一緒に護ろう!」


セツナのその言葉にユアラは言いかけた言葉を飲み込んだ。


「え…ええそうよね…」


それを見てルカが手を上げた。


「はい!

話が盛り上がっているところ水を差すようで悪いけど。

俺は今回の件、降りまーす!」


ロビンが思わず聞き返す。


「なっ。なんでだ?」


「だって、俺は孤児院の子供たちを養わなきゃいけないし、俺が倒れたらあの子たちは路頭に迷う。

だから俺は、ここで死ぬわけにはいかない!」


ルカの言葉に静まりかえる一同。


「…」


その沈黙を破ってルディウスが静かに言う。


「…ルカの判断は間違っていない。

考えてみれば、この戦いは戦軍神官としての私の責務だ。

冒険者である君たちにその責務を負わせる資格は私にはない。

配慮に欠けていた。すまなかった」


深々と頭を下げるルディウス。


ルカの視線がセツナと重なる。


ルカの悲しげな眼を見て、セツナは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「(そうだ。ルカだって守りたいものがあるんだ…逃げるわけじゃない。

あの時の自分と同じだ…)」


それを見てロビンが言う。


「ルディウスらしいぜ。

でもルカも間違っちゃいない…冒険者には生き残るための線引きは必要だからな」


するとルディウスが言う。


「正直、頼りにしたいというのが本音だが、ルカの意見は尊重したい。

ロビンもセツナとユアラ、そしてレイダーも今回の件は参加を強要しない」


「…」


重たい空気が漂う室内。


それに耐えかねてルカが言う。


「わ、ワリいな。

…じゃあ。後は頼んだ!

…死ぬんじゃねぇぞ!」


いたたまれなくなったルカは言葉だけをその場に残して、クルリと背中を見せると、足早に部屋を出てゆこうとする。


「まって!」


ユアラがルカの腕を掴んで止める。


しかしルカは前髪で顔を隠したまま、唇をキュっと硬くかみしめて、息を殺して静かに震えていた。


それを見てロビンが言う。


「ユアラ。行かせてやってくれ。

…ルカ…また会えるよな?」


するとルカは僅かにコクっと頷いて、ゆっくりと扉に向かい歩きだした。


ユアラの力なく繋いだ手がスルリと抜ける。


扉が閉まる音が響く室内で、誰一人口を開こうとしなかった。


重たい空気を最初に破ったのはオーエンだった。


「…ルディウス殿。そして仲間の方々。

偶然立ち寄ったクシュナールのために、これまで尽力して頂いた数々の事に対し、心から感謝する。

ありがとうございました。

しかし、ここからは、我々クシュナールの守備を任された騎士団が本来やるべき責務でした。

ルディウス殿は戦軍神官という立場上、我々に尽力して頂いておりますが、

本来は冒険者という立場でもあった事、失念しておりました」


オーエンの覚悟の言葉にルディウスが言う。


「オーエン殿。

私は戦軍神官だからでも、冒険者だからでもなく、人として目の前の惨状を見過ごせないから行動しているのだ」


ルディウスの言葉にセツナはハッとした。


「(同じだ…あの日の僕の心の声と同じだ。

公園のベンチで“今度、誰かがピンチになったら手を差し伸べよう“と思った言葉と…

そうだ!何を迷っている!)」


「ルディウス」


セツナがルディウスを真っすぐに見つめてこう言った。


「僕は戦うよ。

この世界に来るとき、窮地の人に手を差し伸べると決めたんだ。

だから最後まで一緒に戦わせてくれ!」


突然のセツナの言葉にロビンが大声で言う。


「おう!セツナ! その志!立派だぜ!!」


するとレイダーも言う。


「いつの間にやら成長していやがった。

セツナに言われちゃ兄貴の俺が辞退はできない。この戦い最後まで付き合うぜ!」


セツナがユアラを見る。


「そうよね。

今の私たちに何ができるか判らないけど、見過ごせないわ。

やるなら全力でしましょ!」


ユアラの言葉にルディウスが言う。


「皆のその気持ちに感謝する。ありがとう!」


 一方その頃。


執務室を飛び出したルカは、宿屋へと向かう道を戻っていた。


ついさっきまで、この道を仲間たちと並んで歩いていた。


「俺は間違ってない…」


自分にそう言い聞かせて歩いてはみたものの、胸の奥底がキュっと締め付けられる。


「逃げているんじゃない。

子供たちのためだ。

俺と同じ想いをさせたくないんだ」


ルカは誰に聞かせる訳でもなくそうつぶやくと、宿屋の部屋に入る。


部屋にはさっきまで皆で会話していたベッドがあった。


シーツは靴で上がって泥まみれ、乱れたままだ。


「ほんと…あいつらは…」


ルカは習慣的にシーツを直そうと手を伸ばしたが、伸ばした手を止めた。


そして大きく息を吸うと、肺に息を貯めたまま止める。


「(もしこの息を吐いたら、張りつめた気持ちごと、自分を支えていた何かまで失ってしまうのでは)」


ルカはしばらくそのままの姿勢で固まる。


胸が熱くなり、苦しくなってゆく。


するとルカは大きなため息をついた。


「はぁ…俺が迷っては、あいつらだって迷惑だろう」


ルカはそうつぶやくと、自分の荷物を持ち上げる。


普段と同じはずの荷物が今はズシリと重く感じる。


ルカは、荷物を背負い直すと宿屋を後にするのだった。


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