第四十話:仮面王 前編その2
【第四十話:仮面王 前編 その2】
港町クシュナール 商工会議所 仮・執務室内
砂塵のガーベイジによるクシュナール襲撃事件が収束し、クシュナールにはひとときの平穏が訪れていた。
ルディウスとオーエンが執務室で先のサラマンダー事件と、今回のクシュナール襲撃事件の残務処理に追われていると、扉をノックする音が響いた。
「ルディウスはいるかい?」
声の主はルシーダのようだ。
「まってくれ」
オーエンが扉を開く。
扉が開くと、町娘の装いのルシーダが強張った表情で部屋に入って来るなり言う。
「私らに住居とこの町での仕事を与えてくれた事には感謝している。
でも、次の戦争に参加させないってのはどういう事だい?
あたし等じゃ頼りにならないって言いたいのかい?」
するとルディウスが作業の手をとめて言う。
「そうではない。
これまで虐げられて来たのだ。
保護した子供も多くいる。
戦争となれば人が死ぬ。
ルシーダたちの砂漠で生き抜く力を借りたいのも事実だ。
しかし、君たちを今回の戦争で失うわけにはいかないと判断した」
するとルシーダがため息交じりに言う。
「はぁ。アンタは相変わらずお優しいねぇ…
でもね、私らは争い事しか知らない世界で育って来たんだ。
そう簡単に武器を置いて普通の生活に戻るだなんて出来やしないのさ」
「この町での暮らしには馴染めないのか?」
するとルシーダは少し考えてこう言った。
「…そんなに器用な人間ばかりじゃないって事なんだよ」
ルシーダは気まずそうな笑いを浮かべた。
そしてこう付け加えた。
「毎日、日の光と共にベッドから目覚め、飯を食って仕事して、夕日を眺めてベッドで眠る。
憧れだった平穏な生活を手に入れたはずなのに、身体の内側がなんだかうずくんだ。
“そんな状態でいいのか!”ってもう一人の自分が叫ぶのさ」
「…」
ルシーダは天を仰ぐように見て言う。
「平穏を手に入れたら、今度はその中でどう生きるのかを考えなきゃいけないだろ?
でも、私らはそんな生き方を習っては来なかった。
でっ!私なりに考えたのさ!
今度は奪うためじゃなく、この町を守るために戦おうって」
ルシーダの真剣な眼差しがルディウスに向けられる。
するとルディウスは大きく息を吐くとルシーダにこう告げた。
「…わかった。従軍することを許可しよう」
ルシーダの顔がにわかに明るくなる。
「ただし!子供を戦争孤児にはさせられない。
物資の護衛。砂漠での道案内が主任務となるが、それでもいいか?」
するとルシーダが声を弾ませて言う。
「やっぱアンタはいい男だよ!惚れちまうね!」
すると脇で会話を聞いていたオーエンがコホンと咳払いしてルシーダに言う。
「ここにもいい男ならいるぜ!」
するとルシーダがくるりと振り返りオーエンに言う。
「私は最近、男の好みが変わってね。
女の子みたいに可愛い男が好みなのさっ!
それじゃ。出発する時には声をかけな!
黙って行ったら許さないよ!」
そう言うとルシーダは執務室を後にした。
「…可愛い男…ねぇ」
ルシーダの去ってゆく足音を聞きながらオーエンが頭をかく。
「…オーエン。振られたな…」
ルディウスがニヤニヤしながらオーエンに言う。
「…いや、俺は諦めない」
「ほう…次の手は考えてあるのか?」
するとオーエンは腕を組むと、真剣な表情で少し考え込んで言い放った。
「…わからない。
でも今度、彼女たちに化粧の仕方でも教わる。
まずはそこからだ!!」
オーエンの真面目な表情を見てルディウスは苦笑するのだった。
港町クシュナール 宿屋
ルシーダが執務室を出た頃。
宿屋ではセツナたちが次の動きの確認を踏まえて作戦会議をしていた。
「へ…へっクシュン!!」
レイダーが不意にくしゃみをした。
突然のクシャミに、ビクっと驚いたユアラが反応する。
「やだ。こんな時に風邪?」
「いや…多分、土埃が鼻に入っただけだろ」
するとロビンが言う。
「ま、風も強いし、窓を閉めていても、隙間から砂が吹き込んでくるかんな。
おかげでベッドも装備も砂だらけだ」
「そうそう。
ロビンのベッドはいっつも砂だらけだから、
あたいが気づいて掃除してなけりゃ、今頃、砂山になってるぜ!」
ルカが自信満々に言う。
するとセツナが思わずルカに言う。
「えっと…それって…ロビンの部屋に毎日出入りしているってこと?」
するとレイダーも身を乗り出して言う。
「おやおや。それは詳しく聞かせて頂きたいですね、ロビンの旦那」
「あ!えっ!俺はまだ何も…」
慌てるロビン。
するとルカが意味を理解して顔を赤らめながら訂正する。
「そ!そういう勘違いは良くないぜ!
皆の分もやってやってるだろ!
気づかなかったのか?」
「…」
「なっ…なんだよレイダーその目は」
するとユアラが言う。
「ルカちゃんは誰よりも気配り上手なのよ。
私も一緒に身の回りの整理整頓しているけど…
未だに誰からも感謝の言葉が聞こえてこないわね」
するとロビンが動揺しながら言う。
「お、おう!ありがとな!ルカ」
「ユアラもごめんね。毎日ありがとう!」とセツナ。
レイダーはガタっと立ち上がるとお辞儀しながら言う。
「二人には感謝しています!ありがとうございます!」
「…だってよ。ルカちゃん」
「うむ。よろしい。
あ!バッグの中身までは開いてないから、各自で中に入った砂はとってよね!」
それを聞いたセツナが笑いながら言う。
「はは!まるでお母さんみたいだ」
するとルカが言う。
「こう見えて私、海の向こうに大勢の子供たちを抱える身なんです!」
えっへんと胸を張るルカ。
「あ、そう言えばそうだったわ」
レイダーが思い出したかのように言う。
「なんだかホント頼もしいな」
セツナの顔が思わずほころんだ。
「ね!ほんとルカちゃんは頑張ってるもんね。
今日なんて、孤児院への手紙を自分の字で書いたんだからね」
ユアラが嬉しそうにルカに視線を送る。
するとルカが照れくさそうに言う。
「俺、文字読めても書けねぇからさ。
ユアラに教えてもらっているんだ」
「こんな短期間で文字を書けるようになるって、すごいよ!」とセツナ。
それを聞いたロビンが感慨深そうに言う。
「マジか…。立派だぜ、ルカ!」
するとルカは自慢げに笑った。
「だろ?もっと褒めてくれてもいいぜ!」
室内に笑い声が響いた。
しかしその和やかな雰囲気は扉のノック音によって遮られた。
「失礼します!」
ノックと同時に扉が開き、兵士が慌ただしく駆け込んできた。
「伝令です!フラット公国軍がアズマヤールの砦に向け侵攻を開始しました!」
「なに!?」「まじか…」
一同は顔を見合わせるのだった。




