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第三十九話:仮面王 前編その1

【第三十九話:仮面王 前編 その1】

地球 近代某所 軍事裁判

ゲーレヒト・クライスは薄暗い独房の片隅で蹲ってブツブツと何かをつぶやいていた。


昨日まで袖を通していた立派な軍服は脱がされ、今は麻の布切れのつなぎを着込んでいる。


首と腕、足には鉄の枷が嵌められて逃げる事はもうできそうにない。


「俺は命令に従っただけ…俺は命令に従っただけ…俺は…」


ガンガン!!


不意に牢屋の梁を叩く音でゲーレヒトは我に返った。


「次。ゲーレヒト・クライス。表に出ろ」


「俺は命令に従っただけだ!!」


守衛に思わずそう叫ぶゲーレヒト。


しかし守衛は嘲笑うようにゲーレヒトに言った。


「それは裁判官にでも言うんだな!このクソ野郎が!!」


守衛はそう吐き捨てると、力なく歩み寄ったゲーレヒトの腕を強引に掴んで、牢屋から引きずり出すと、ゲーレヒトの両脇を守衛2人で挟み込んで通路を歩きだした。


 ゲーレヒトが出廷すると軍事裁判の傍聴者席から暴言が浴びせられる。


「この人でなし!」「さっさと死ね!」「裁判なんて時間の無駄だ、さっきの奴と同じように即刻死刑を!!」


「静粛に!」


周囲のヤジより大きな声で裁判長が叫ぶ。


ヤジが収まったホールに、裁判官がゲーレヒトに話しかける。


「お前の名前は特務隊隊長ゲーレヒト・クライスで間違いないか」


「…はい」


「特務隊は今回の戦争で、多くの間違いを犯した。

捕虜の不必要な処刑。住民の収容施設への強制送還。略奪行為の黙認。

これらは全て重大な戦争犯罪だ。

貴様に聞きたい。

これに対しての罪の意識はあるか?」


するとゲーレヒトはしばらくホールの寄せ木細工のような床を凝視していた。


「答えろゲーレヒト・クライス。罪を犯したという意識はあるのか?」


裁判長の再度の問いかけにゲーレヒトは口を開いた。


「一部の捕虜は我々の武器を奪い、その武器で仲間を殺した。殺すしかない。

住民もそうだ。パルチザンとなった住民はもはや兵士だ。収容施設に移送しパルチザンである事を見極める必要があった」


「兵士たちの略奪行為はどう説明するのだ?」


「我が軍の補給路はすでに絶たれていた。現地調達しなければ戦争で戦えない。何よりあの地は我々の土地だ。祖国の為に物資を差し出す義務がある」


ゲーレヒトの言葉に傍聴者が叫ぶ。


「なんて利己的な理論なのだ!とても人とは思えぬ!」


するとゲーレヒトも返す。


「先に我々の国境を越え、軍を送ったのはお前たちだ!我々は祖国を護るために戦っただけだ!」


「なんという厚顔無恥!我々の国民を虐げ、その悲鳴を無視しておきながら、その悲鳴に応じて援軍を送った我々を侵略者と罵るとは!元々あの土地は我々の領土だった!貴様たちの領土でもなければ、そこに住む国民は我々の国民なのだ!!」


すると裁判長が二人の争いを制止する。


「静粛に!!傍聴者は自身の領分を過ぎた発言をしないで頂きたい。

ゲーレヒト・クライス。貴様はこの神聖な裁判の場で嘘をついた。

貴様が処刑した捕虜の中には少年兵や医療兵も含まれていた。

収容した施設では餓死と病気で多くの国民が死亡したという報告も来ている。

この事実を知り得る立場にありながら、貴様はそれを見て見ぬふりをした。

それが貴様の罪だ」


するとゲーレヒトが叫んだ。


「戦争だった…戦争に綺麗ごとなどありはしない!

俺は国のため、祖国のために戦った。

国を守るためには必要な事だ!」


すると傍聴者の一人が悲鳴にも似た嘆きの声が響く。


「悪魔だ!この人でなしが!!」「俺の家族はこいつ等に銃殺された!」


「静粛に!」


ゲーレヒトが視線を傍聴席へと向けると、皆一様に同じ表情を浮かべている。


侮蔑に軽蔑、そして好奇心と快楽を求めるような顔をしている。


「(死刑というシナリオはすでに決まっている…ここに居る連中は俺を嘲笑し、できるだけ無様で惨めな状態を観覧したいだけなのだ)」


ゲーレヒトは歯噛みして傍聴席を睨みつけた。


裁判長が主文を読み上げる。


「被告を銃殺刑に処す!」


冷たく淡々と語ったその言葉にゲーレヒトは悔しさをにじませた。


「(もし我々が勝っていれば、ここには貴様たちが立っていたはずだ!

もしこの世界に絶対的な正義があれば。もし誰もが認める正義があれば…)」


その後すぐにゲーレヒトは広場に引き立てられ、すでに死亡し地面に転がっている仲間の屍を跨いで壁際に立たされた。


銃を持った兵士たちの兵長が言う。


「最期に言い残す事はあるか?」


ゲーレヒトは静かに考える…


「(最期?そうか最期なのか…

俺は間違っていたのか?いや、間違ってなどいない…

祖国を護るためには必要な犠牲だった!

どこまでも理不尽だ!)」


「勝者が正義を行使する権利を得る世界なのであれば、それは仕方なかろう。

しかし、それは真の正義ではない!

そんな世界であってはならない!

いずれ貴様らも判る時が来る。

自身が歪めた正義によって、今度は自身が滅ぼされるだろう!」


ゲーレヒトの言葉に、兵士達からは軽蔑の混じった笑いが起きた。


「構え!」


「(ああ、神よ。

もし真の正義がこの世界にあるならば。

もしこの理不尽を見過ごさぬと思うのであれば。

もう一度私にチャンスを…)」


「撃て!!」


乾いた音が立て続けに響き、ゲーレヒトの身体を無数の銃弾が貫通した。


ゲーレヒトが見上げた空は皮肉なまでに綺麗で青く澄んでいた。



フラット公国 ガーベルシュタイン城内 王の寝室

「ゲーレヒト様。ゲーレヒト様。起きて下さい」


ゲーレヒトは侍従に身を揺すられ、自身のベッドで目を覚ました。


「(またあの夢か…)」


激しい動悸とピリピリと肌に感じる僅かな痛みと共に、ゲーレヒトは目を覚ました。


5歳の頃に魔煙に触れてから12年。


度々見る、見知らぬ男の無残な最期。


体中に突き刺すような痛みの感覚が残っている。


幼馴染の侍従フォンテンハイドが、ゲーレヒトに言う。


「ゲーレヒト様。またうなされておりましたね。

ベッドの寝具を変えます。

ゲーレヒト様はあちらでお着替えをお願いします」


「手間をかけてすまない。フォン」


「手間だなんて、私は身近でお世話ができる事を誇りに思っております」


「…フォン。

以前にも言ったが、人にあまり肩入れするな。

人の心は不安定で信用ならない。

それは私もフォンも幼少期に嫌と言うほど味わった事ではないか。

私がフォンなら心酔するほど信用しないだろうな」


するとフォンテンハイドの顔が泣きそうな表情へと変わり、一気に曇った。


「…それは心得ております。

さっ、仮面をどうぞ…」


フォンはベッドわきに置かれた仮面をゲーレヒトに手渡した。


仮面を被るとゲーレヒトの雰囲気が一気に変わる。


ゲーレヒトは一呼吸入れてフォンが準備した服に着替える。


「フォンテンハイド。今日の予定は」


仮面を被ったゲーレヒトの声はさっきまでの声とは違っていた。


仮面により金属的な残響を伴った声は、低く冷徹で、威厳が満ちていた。


「午前中は商工会との面談と、南方に派兵していたハッケネン将軍から送還されてきた罪人との座前審判があります」


「商工会か…また支援の申し出なのだろう…今年に入り何回目だ?際限がないな」


「3回目でございます。

話を聞いてくれるからこそ、ゲーレヒト様を頼るのでしょう」


「頼られるのは王として当然の務めではあるが、依存は違うと思わないか?

ところで気になるのはハッケネン将軍が送還してきた罪人だが…」


「はい、書簡によれば、仮面王様が一任していたクシュナール方面の大使の一人だとか…」


ゲーレヒトはその言葉に動きが一瞬止まる。


そして静かにこう言った。


「…さっきも言ったろう…人の心は信用に値しないと」


ゲーレヒトはそう言うと、王室を出て謁見の間へと歩いてゆくのだった。


 ゲーレヒトが謁見の間に入ると、商工会の委員たちが一斉に深々とお辞儀をしていた。


「表を上げて良い。

それで此度の謁見の理由を述べよ」


するとひときわ煌びやかな恰好をした大商人が口を開いた。


「仮面王様におかれましては、ご機嫌麗しく…」


「前口上は良い」


仮面王の機嫌を損ねたと悟った大商人が慌てて言う。


「は、はい。直ぐに。

あ。えー…今季の干ばつの影響により、穀物の収穫量は前年比の6割強となっておりまして、隣国からの仕入れ値も20%増加している背景もあり、商工会といたしましては大変心苦しいのですが値上げをせざるをえない状況です」


大商人はちらりとゲーレヒトの方へ視線を向ける。


「…」


しかしゲーレヒトは静観している。


それを見て慌てて言葉をつづける。


「あ、えー…このままですと今のレートの2倍の値になるかと…そこで仮面王様には…」


するとゲーレヒトが大商人の言葉を遮って、静かに口を開いた。


「私の記憶違いか?先月にも同じような事を言っていたな」


ゲーレヒトの言葉に大商人が思わず硬直する。


「そ…それは…」


口ごもる大商人に対してゲーレヒトが静かに言う。


「大商人アザトスに問う。

大商人が大商人たる理由はなんだ?」


ゲーレヒトの思わぬ問かけに動揺するアザトス。


「え…そ、それは誰よりも多く儲けているからでしょうか…」


アザトスの言葉にゲーレヒトは静かに息を吐いてこう言った。


「違うな…儲けは商人として行動した結果に過ぎない。

大商人は多くの物資を、その手腕によって滞りなく市場に流通させているからだ。

そこで貴公にさらに問う。

今回のように、自国の物資が乏しい中で、貴公はどのような秘策を携えてここへ来たのだ?」


するとアザトスがゲーレヒトの意図を詠んで恐る恐るこう言った。


「直ぐ!今すぐに私の流通網を通じて必要な物資を調達します。

これまでの儲けによる余剰金がございますので、補填し、国民負担とならないよう取り計らいます!」


するとゲーレヒトが言う。


「自身の務めを果たせ。

無能はいらん…しかし、その責務を果たした者を蔑ろにするほど、私は愚かな王ではない。貴公の大商人としての手腕に期待する」


すると大商人アザトスは深々とお辞儀をして「仮面王様のご意思のとおりに!」と言うと、謁見の間を後にした。


大商人に続いて、兵士に両脇を掴まれ、引っ立てられて来たのは、下着姿で体たらくな腹を晒した大使だった。


謁見の間に入るなり大使が叫ぶ。


「か!仮面王様!誤解です!!私は大使としての務めをしていたまでで、アズマヤールの砦の陥落は私の責任では…モゴっ」


するとゲーレヒトがすかさず腕を上げて大使の口を兵士に塞がせる。


「騒々しい。

フォンテンハイド。

あの男がここに引き出された理由を述べよ」


「は。

この者は名を仮面王様の大使としてアズマヤールの砦とその周辺地域の安定と管理を任された男です。

罪状は仮面王様の名を笠にした恐喝、搾取、現地住民への性的暴行、クシュナールの神官と結託し、私腹を肥やして…」


「フォンテンハイド!もう良い」


ゲーレヒトはウンザリした様子でフォンテンハイドの罪状の読み上げを止める。


するとにわかに仮面越しに魔煙が漂い始める。


それを見た大使が兵士の手を振り払い叫んだ。


「わ、私は仮面王様の利益のため、忠実に責務を果たそうとしたまで!

王のご威光を汚そうだなどと思った事などございません!」


するとゲーレヒトが兵士に口を塞ぐのをやめるよう指示を出してこう言った。


「ほう…どうやら貴公にも大義名分があるようだ。

…貴公の話を聞くとしよう」


ゲーレヒトが王座に肩肘をついて大使に視線を送る。


仮面から漂う雰囲気には冷徹さの中に微かだが温かさがあった。


大使が言う。


「私が仮面王様の期待に応えるべく、クシュナールの神官殿と協議し、両者納得のうえ、物資の調達を行っておりました。

現に、先月の国庫に納めた私からの財源は月の収入原全体の1.5%!

他の大使よりも多く収めております!」


「…それは良い事だな」


すると大使は得意満面になって饒舌になった。


「そうなのです!私は仮面王様とこのフラット公国のため、果ては愛する国民のために、身を粉にして働いてまいりました!ですので…」


大使がさらに何かを言いかけた時だった。


ゲーレヒトがスクっと王座から立ち上がるとこう言った。


「大使よ。貴公に問う。

大義は正義に勝ると思うか?」


「は?あ、はい。仮面王様の大義の前には正義も霞むと思っており…」


すると仮面王の手が大使に延び、黒々とした魔煙が大使を包み込んだ。


「うわぁ!」


ゲーレヒトが大使に言う。


「間違いだ。

正義無き大義などただの欲望にすぎぬ。

大義とは実に便利な響きの言葉だ。

国、王、人、様々なモノのためにと叫ぶが、

その実、やっている事を覆い隠すための自己保身のための言葉に過ぎない」


「か!仮面王様!!」


「貴公には反省の機会を与えよう。

自身のこれまでの行動と心の動きと向き合い、己の中に正義があったのかを反復するがいい」


大使はしばらく慌て兵士に抑え込まれていたが、不意にピタリと暴れるのをやめた。


そして力なく膝をつくと、ぼんやりと謁見の間の天井を眺め始めた。


大使の目が左右に僅かに揺れ、表情も時々ピクリと動いている。


しばらく後、大使は我に返ると、床に突っ伏して号泣しだした。


「わ…私はなんという大罪をおかしていたのだ!

仮面王様の仰る通り!私は自身の欲望に負け、仮面王様の威光を笠に、現地の民の富を奪い、搾取し、凌辱し、強制していました!

私は仮面王様の魔煙の中で、彼らの心の痛みに触れたのです。

私は何度も同じ間違いを繰り返し、その度に民に苦渋をしいてしまった。

私は…自身の罪の重さに気が狂いそうです!

私は万死に値します!どうか私に死刑を!!」


するとゲーレヒトが大使に言う。


「そうだ。貴公の過ちはもはや誰にも担いきれない。

では貴公の希望に沿うとしよう」


するとゲーレヒトが大使に宣告する。


「貴公を死刑に処す」


すると大使は安堵の表情で仮面王に言う。


「…有難き幸せ」


しかしゲーレヒトがこう付け加えた。


「貴公は勘違いしているようだ。

死は救済ではない」


その言葉に大使の顔から笑顔が消える。


「貴公の罪は死んでも消えぬ。

が…貴公がこのまま生きれば再び同じ間違いをするだろう。

人の心は弱い。

善意も、好意も、大義でさえ、欲望に染まれば容易く正義を見失う。

私は何度もそれを見て来た。

ならばいっそ、その因果。

ここで私が正すとしよう。

…連れてゆけ」


大使は自身を抑え込んでいる兵士に向かって叫んだ。


「私はこれで罪から解放される!なぁ!そうだよな!誰でもいい!そうだと私に言ってくれ!!」


しかし兵士はそれに反応する事なく、大使を引きずって謁見の間を後にするのだった。


先ほどとは打って変わって静寂に包まれる謁見の間。


するとゲーリヒトがフォンテンハイドに言う。


「だから私は人を信用しない。

できないのだ…。

人は必ず裏切るものだ。

フォンテンハイド。お前なら判るはずだ」


ゲーレヒトの問にフォンテンハイドは言葉を絞り出すように言う。


「…はい。仮面王様…」


仮面王の背後に立っていたフォンテンハイドの表情がさらに暗くなったが、ゲーレヒトはそれに気づかなかった。


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