第三十七話:砂塵のレイダーズ 後編その3
【第三十七話:砂塵のレイダーズ 後編 その3】
港町クシュナール アズマヤールの砦付近
この地域を熟知しているルシーダたちの誘導により、サンドワームの巣を苦もなく潜り抜けたユアラたち一行は、堂々とアズマヤールの砦近くのオアシスまで侵入していた。
「さて、お前たち準備はいいかい?」
「おう!」「お…おぅ…」
女性陣が歯切れよく返事を返す中、レイダーだけは猫背ではにかんでいる。
「レイ(ダー)!!なに恥ずかしがってんのさ!!背筋を伸ばしな!!」
ルシーダに背中をバシっと引っぱたかれ、「いっ!!」顔をしかめると同時に背中を伸ばすレイダー。
どうやら胸を無駄に盛られ、周囲の視線が集まるのが恥ずかしいようだ。
「ここからアズマヤールに侵入するよ着いて来な!」
ルシーダはそう言うと、先陣をきってアズマヤールへと歩きだした。
その後をレイダーたちが続く。
砦まで来ると、ルシーダが門番の男に慌てた様子で声をかけた。
「お頭はいるかい?」
「お。ルシーダじゃねぇか。お頭は今、仲間とクシュナール攻略に向かっているはずだ」
「一足遅かったみたいだね…
ならズダは中にいるんだろ?
あんた、ズダを探して呼んで来ちゃくれないか?」
すると門番の表情が一気に面倒くさそうに曇る。
その表情を見てルシーダが言う。
「なんだい。あたし等にこき使わるのはご免だって表情だね!
いいさね!私が直接赴いてやるよ!」
すると門番の男はチッと舌打ちをすると「さっさと行けよ女ども」と捨て台詞を吐いて門を開けた。
門番の男がルシーダを通す事は想定内だった。
数分前ルシーダがこう言っていた。
「あいつ等、わたしたちを見下しているんだ。
こっちからお願い事をすれば、きっと面倒くさがるだろう…」
ルシーダたちは砦に入ると、3班に分かれて作戦を進めた。
1班はユアラと共に子供の監禁されている地下牢。
2班はレイダーとルシーダは砦の指揮をしている側近のズダの動きを止める。
3班はルカと共に逃げる時の経路と手段の確保だ。
ユアラたちは砦の裏口に回り込むと、地下へ通じる石段を進んでゆく。
途中、監視のいる部屋に差し掛かると、女たち数名が、まるで酒に酔ったかのように部屋へと入ると開口一番こう言った。
「あんたら、ここで何してるのさ!」
「ん?!おお?お前たちこそここで何を…」
すると女の一人が、胸元をチラリと見せながら目の前の男にゆっくり近づいて言う。
「かわいい男だね…ウズウズするよ…」
「お前酔っているのか?」
「どっちでもいい。私のこの疼きを抑えてくれるのはあんたかい?」
暇を持て余してしていた兵士たちは、思わぬ甘い誘いに気を良くした。
「おお!!いいぜ…」
すると女は背中で静かに扉を閉めた。
その隙に残った仲間とユアラが階段を静かに降りる。
一番下まで来ると、居るべき場所に衛兵の姿はなかった。
しかし、牢屋の奥から子供のすすり泣く声と男の荒ぶった声が聞こえた。
牢屋には子供たちが複数人まとめられて入れられている。
「(あんたたち、しばらく静かにできるかい?)」
すると牢屋にいた一番年上の子供が言う。
「(ああ…でも奥の部屋にメルルと衛兵が…)」
「(わかった…)」
奥の部屋に行くと、メルルが服を脱がされ床に押し倒されたまま手をばたつかせて必死に抵抗していた。
衛兵はこちらに背を向けたまま、メルルを襲うのに夢中で、すぐ後ろに立ったユアラたちに気づく様子は無かった。
その隙を見て仲間の女が足音すら立てずに牢屋にするりと入ると、衛兵の首に腕を回して一気に首を締めあげる。
「ウゴっかっ…」
衛兵は不意に首を絞められたので、足を滑らせるように床を蹴って抵抗していたが、その抵抗も虚しく次第に動かなくなった。
衛兵が無力化されたのを確認すると、小さな声でメルルに言う。
「怖かったね。大丈夫かい?」
仲間の女はそう言いながら、傍らに散らばった服をまだすすり泣くメルルに手渡した。
小さく頷くメルル。
するとユアラが聞く。
「アイリちゃんは?」
するとその女が首を横に振って言う。
「ここには居ない…」
「どこに?別の部屋はどこにあるの?」
すると女が言う。
「ここ以外に連れていかれる部屋があるとすれば接待部屋だろうな」
そう言うと、女はメルルに最低限の服を着せると、脇に倒れている衛兵から鍵束を取り、他の子供たちの牢屋を解放するべく歩きだした。
ユアラは胸の吸魔石が熱を帯びるのを感じ仲間の女にこう言った。
「すぐに探しましょ。その接待室へは私が向かうわ」
「判った。リール。道案内してやんな」
するとリールと呼ばれた女がユアラを先導する。
「こっち!ついてきて」
ユアラはリールの後を追って別の通路へと駆けてゆくのだった。
一方、表ではルカたちが仲間と共に兵舎の隣にあるスナ飛びネズミや馬などが係留されている小屋に忍び込んでいた。
ルカが隣にいた女に言う。
「あった。馬車だ。これだろ?ミランダ」
ミランダと呼ばれた仲間が馬車を確認する。
「ああ、これだ。この車輪なら砂地を走っても埋まらない」
そして周囲を見回すと、他にも5台がハーネスを解かれた状態で並んでいた。
「ここにある砂漠用の馬車は5台か…ハーネスをスナ飛びネズミにくくるよ」
「ああ、早くやっていこう」
ルカたちはさっそく馬車にスナ飛びネズミを括り付ける作業に入った。
同時刻、ズダを探して砦の中を進むルシーダとレイダーは、時々すれ違う兵士たちの軽蔑と色目が混じった眼差しを受けながらも、平然とした態度で進んでゆく。
レイダーが小声で言う。
「ルシーダ。今どこに向かっている?宛てはあるのか?」
するとルシーダが面倒くさそうに言う。
「ガタガタうるさいね。
2階にある執務室の場所は判っているんだ。
それよりその低い声何とかしな!ズダに会う前にバレちまうよ」
二人はひときわ豪華な扉の前を通り過ぎようとした。
その前を通り過ぎる時、ルシーダの足がピタリと止まる。
すると中から鞭の乾いた音と同時に女の子の悲鳴が聞こえ、続いて男の愉悦に濁った笑い声が聞えて来た。
思わずレイダーがマントの裏に器用に隠したロングソードの柄に手をかける。
するとそれを見てルシーダが止めた。
「まだだ、先にズダをしとめるよ」
ルシーダが再び歩きだしたその時だった。
数メートル先の廊下の曲がり角から身なりの良い細身の男が二人の兵士を伴って不意に現れた。
ルシーダが小さく言う。
「ズダ」
ズダはルシーダを見て驚いた表情に一瞬なったが、すぐに冷静な表情に戻るとこう言った。
「おや?これはルシーダじゃないか。なぜここにいる」
至って冷静に振る舞おうとするズダに向かってルシーダが吐き捨てるように言う。
「言ってくれるじゃないさ!こっちはクシュナールで大勢の仲間を失ったってのに」
するとズダがうっかりしていた!といった表情で額に手を当てて笑いながら言う。
「フハハハ!そうだ!そうだったなぁ!
で?戦況は?ソマンはどうした?」
「アンタも意地が悪いね。私のさっきの言葉を聞いてなかったのかい?
失敗だよ。ソマンも含めて戦死した。
今クシュナールには戦軍神官様が来ているんだ。
勝負にすらならなかったね」
するとズダの目が怪しく光った。
「まて…ソマンが戦死しただと?」
「ああ、私らと行動を共にしてたんだから当たり前だろ」
するとズダが鼻で笑う。
「フ。冗談はよしてくれ。ソマンがお前たちに同行して戦死だと?」
「ああ、クシュナールへ侵攻開始してすぐ“戦神の剣”ロビン・ドロードが現れたのさ。
ソマンがロビンの注意を引いてくれなけりゃ、今頃ここにはヤツが立っていただろうね。
ソマンはババを引き当てたのさ…ざまあねぇ」
ルシーダが意地悪そうな笑いを浮かべる。
それを見てズダは少し考えると「…フーン。そうか…」と不気味な笑みを浮かべた。
そしてルシーダの隣に立っていたレイダーに視線を向ける。
「で?その女は?」
「こいつかい?アンタには合わせた事なかったかね?」
ズダはなめ回すようにレイダーの容姿を見て言う。
「容姿もいい。何より胸があって、実に俺好みじゃないか。なぜ今まで連れて来なかった」
ズダの言葉にレイダーが一瞬ピクっと動く。
するとルシーダが強い口調でこう返した。
「お前、それ本気で言っているのかい?
お前の妻のマリアンですら会いたがらない男に、どうして私が進んで会いに来なけりゃならないのさ!」
ルシーダの“妻のマリアン”という言葉にまたレイダーがピクっと動く。
それを見てズダはレイダーに興味をもったようだ。
「お嬢さんお名前は?」
するとルシーダが言う。
「この子はレイ。でも心理的なショックで声が出ないのさ」
するとズダがニヤリとしながらこう言う。
「ルシーダ。お前は嘘を言ったな」
ズダの言葉にレイダーの心臓は爆音を轟かせた。
しかしルシーダは冷静だった。
「何が言いたいのさ」
「会う気が無いだなんて嘘だ。こうして会いにきている」
するとズダは一人笑いはじめた。
そしてこう続けた。
「で?なぜここに来た?」
するとルシーダが重い口調でこう言った。
「さっきも言ったろ。仲間が戦死したって。
…マリアンも死んだんだ」
するとズダは徐々に笑うのをやめて、無表情になると、淡々とした口調で言う。
「そうか…あいつ…死んだか…で?
まさか作戦失敗の報告だけの為にここに来たとか言うんじゃないだろうな?」
その言葉にレイダーの中で何かが切れた。
ズダの言葉や表情に、マリアンへの愛情はなく、悲しみや後悔もまるで無かった。
たまらずマリアンのロングソードをマント越しから抜いてズダへと突きつけこう叫んだ。
「もうウンザリだ!!マリアンの報いをここで受けてもらう!!」
「こっ!こいつ男!?」
ズダが一歩下がりながら言う。
すると素早くズダの両脇から兵士二人がズダを護ろうと歩み出た。
レイダーはその動きを見逃さなかった。
そう広い通路ではない場所に兵士二人が並べば、武器を振るう空間は限定される。
兵士が互いに気を配りながら剣を抜いているうちに、レイダーは間合いを詰めると、剣を抜き切れないまま先行してきた兵士の肩口目掛けて、回転させたロングソードの切っ先を深々と滑り込ませた。
切り付けられた兵士は悲鳴を上げて思わず後ずさる。
後づさった兵士に体当たりされた奥の兵士は、よろめきながらもレイダーに剣を振り下ろす。
しかしそんな剣がレイダーを捉える事はなく、床を叩いた。
レイダーはその隙を見逃さず、奥の兵士の首筋目掛けてロングソードを撃ち据えた。
瞬く間に護衛二人が悲鳴を上げながら床に崩れ落ちる。
ズダはレイダーの剣技を見て表情を強張らせると、踵を返して叫んだ。
「裏切り者だ!!敵がいるぞ!!」
「追うぞ!」
レイダーが後を追って駆けだす。
するとルシーダがレイダーに言った。
「なかなか上出来じゃないさ。アンタ気に入ったよ」
ズダは廊下の突き当たりの部屋の扉を体当たりでこじ開けると、転がるように部屋の奥へと姿を消す。
レイダーたちは急ぎ足で、しかし警戒しながらズダの後を追って部屋に入った。
部屋に入ると、そこは執務室になっており、デスク脇にズダが立っていた。
ズダはレイピアを抜いてこちらに切っ先を向けて構えると冷静な口調で言い放つ。
「やってくれるじゃないかルシーダ…しかし兵士を呼んだ。こちらの優勢は変わらない」
ズダのその言葉にルシーダが憐れんだ表情でこう返す。
「ズダ。さては人望がないのかい?」
「なに!?」
「大声で叫んだ割には誰も来ないじゃないさ。
アンタが死んで困るヤツが一人もいないってのは悲しいねぇ…」
ブラフが通じないと悟るとズダは「くっ!!貴様全て判って…」と小さく歯噛みした。
「さあ。観念しな!ズダ」
ルシーダはそう言うと腰にぶら下げていたレイピアとパリングダガーをシュルっと抜く。
すると、ズダは背後にあった窓際まで後ずさると、身を翻して執務室の窓から人気のない砂地の中庭に向かって飛び降りた。
「逃がしゃしないよ!」
ルシーダもその後を追って窓際に駆け寄ると、勢いそのまま身を躍らせる。
レイダーが窓に駆け寄り下を見ると、ズダとルシーダが互いに武器を構えたまま対峙していた。
「ルシーダ!無理をするな!」
レイダーはそう叫ぶとルシーダの後を追って窓から飛び降りた。
急速に地面が迫る。
着地する瞬間、身を横に捻ると、足裏で砂地を踏み抜き、その勢いのまま肩から地面へ転がった。
砂塵を巻き上げながら一回転したレイダーは、立ち上がると同時にズダに向けロングソードを構える。
そんなレイダーの目の前ではズダとルシーダのレイピア同士の攻防が始まっていた。
ガシャン!バチチ!!という金属同士が交わり擦れる音が広場に響く。
ルシーダの動きはズダより俊敏だ。
ズダのレイピアをパリングダガーで受けると、レイピアを繰り出す。
しかしズダもその動きは見切っており、最小限の動作でルシーダの突きをかわす。
ルシーダも見切られたとみるや、踏み込んだ勢いのまま、前蹴りを放つ。
その攻撃をズダが開いた腕で受け止めた途端、スイッチして反対の足で回し蹴りをズダの顔面に叩き込んだ。
「ブっ!」
ズダは顔面に蹴りを食らい後ずさる。
しかしズダもルシーダの伸び切った足を狙い、手首を返してレイピアを回転させる。
しかしその攻撃はルシーダが足を素早く引いたため空振りした。
思わず間合いを取り直す二人。
「ルシーダ。やるじゃないか」
「アンタ。権力の椅子に座って、腕が鈍ったんじゃないかい?」
するとズダは声を荒立てた。
「力を求めて何が悪い!優位に立てれば何だってするさ!」
そう吐き捨てると、レイピアを素早く回転させ、ルシーダへ向けて砂地を滑らせるように振り抜いた。
高く巻き上げられた砂がルシーダの顔を襲う。
「くっ!」
砂が目に入り、顔をしかめるルシーダ。
その隙を突いてズダのレイピアがルシーダに向け刺し込まれた。
ガキチッ!金属音が響きレイピアがルシーダを貫いたように見えた。
しかしレイピアはレイダーが素早く切り上げたロングソードによって軌道を外されていた。
レイダーは動きを止めることなくレイピアを跳ね上げると、そのまましゃがんで、ズダの軸足を薙ぎるように蹴り払った。
「しまっ!!」
足元をすくわれ姿勢を崩されたズダが砂地に仰向けに倒れ込む。
慌てて起き上がろうとした瞬間。
「終わりだよ!」
ルシーダのレイピアがズダの胸に鋭く突き出された。
目を大きく見開くズダ。
「グっ…」
ズダは小さく発すると胸に刺さったレイピアを両手で握ったまま、起き上がれずにその場に倒れた。
苦しげに咳込み吐血するズダにルシーダが言う。
「私らを物のように扱った報いだよ」
するとズダはルシーダを睨みつけて何かを言いかけた。
しかしズダの視線が傍らに立つレイダーのロングソードへと向けられる。
ズダはしばらく睨むようにロングソードを注視していたが、見覚えのある装飾がある事に気づいて苦笑いを浮かべると力なくこう言った。
「…そうか。報いか…」
ズダは視線を空へと向けるとそのまま息を引き取るのだった。




