第二十八話:砂塵のレイダーズ 中編その1
【第二十八話:砂塵のレイダーズ 中編 その1】
ルシーダ・ウルスは23年間の人生で、生きるためなら何でもしてきた。
殺人は好きでなないが、必要とあれば徹底的に、そして冷徹に実行する豪胆な性格だ。
窃盗団で頭を張っている今でさえ、その不自由さは変わらなかった。
ルシーダの隣にピタリと張り付く男の名はソマンという。
ソマンは大ボスであるアデル・バウロから送られたお目付け役なのだ。
ソマンがルシーダに言う。
「アデル様の命令じゃあ、クシュナールの町を占拠しろとの事だったはず。
まさか“砂塵のガーベイジ”の頭のルシーダ姉さんが怖気ずくとは予想外だった」
「私が怖気ずく?何か勘違いしているようだね。」
「そんなら、強大な魔法を行使できる人間なら、さっさと無力化しちまえば済む話じゃあねぇですかい?」
「それはお前がヤッてくれるって話かい?」
「…いやそれはルシーダ姉さんの役割でさぁ。
俺はあくまでお前たちがアデル様に不利益にならないか見届ける。
ただそれだけの男でさぁ」
ソマンはそう言うとニタリと笑う。
この男の事をルシーダは毛嫌いしていた。
“人は見かけによらない”とはソマンのためにあるかのような言葉だ。
自信無さげに見えて、暗殺を生業にしている腕の立つ危険な男なのだ。
「ふん!私のやり方に文句があるならアデルにでも告げ口すりゃいい。
行動するのが私らだけだって言うなら、こっちにもやり方があるんだよ!」
ルシーダが苛立ちながら言う。
するとソマンがニタニタしながらルシーダに小声で言う。
「(…アンタ。自分の立場を勘違いしてねぇか?
その気になりゃ…こんな小娘の集団一瞬で炭に変えられるんだぜ?
いっそ今からあの時を再現してやろうか?)」
その言葉にルシーダの脳裏に苦い経験が一瞬よみがえる。
しかしその程度では動じない。
「さっきの私の話を聞いていなかったのか?
占拠するにも人員は必要だろ?
それとも相手の戦力もろくに判らないまま突っ込んで、
数名だけになった状態で、クシュナールの町を掌握できるとでも思っているのかい?アンタは」とルシーダ。
「まぁ…俺は忠告はしといたぜ。
精々好きに暴れてみせな。
ただアデル様は気が短いお方だ、
精々3日…それ以上時間がかかれば、本陣が動くと思え。
そん時は当然、アデルのお膝もとで飼っているオメエたちの子供は足手纏いだ。
サンドワームの巣行きは確定だろうな」
「判ってるよ!うざったいねぇ!」
ルシーダはそう吐き捨てると、レイダーズに指示を出す。
「お前たち、一旦例の場所で待機だ。
クシュナールの町に潜入するメンバーを2名募る。
あの厄介な短剣を奪いにいく!手先の器用な女は私と一緒に来い!他の女たちは指示があるまで例の場所で待機だよ!」
すると周囲にいたレイダーズが一斉に行動を開始した。
よく見ればソマン以外、全員が女性だった。
港町クシュナール 波止場付近
ルカが海面水蒸気爆発騒動を起こした翌日。
ルディウスが神官の責務に忙しくしている間、セツナたちはクシュナールの町で思い思いに過ごしていた。
これまで使用していた宿屋には諸事情により戻れないので、今は別の宿屋に滞在している。
この日はルカが、ポスカ・ハルデロで立ち上げたルカ・フェブール財団の状況報告を、管理を任せていた騎士団長クレストフから受け取る日だったので、暇を持て余したセツナたちは全員で連れだってクシュナールの波止場に隣接する荷物集積所へと足を運んだ。
荷物集積所に入ると、ルカが早速、係員から自分宛の荷物を受け取る。
荷物は2種類あって、一つは手紙。もう一つは30センチ四方の木箱だった。
手紙をルカが読み上げる。
『ルカ・フェブール殿
ポスカ・ハルデロ騎士団長 クレストフだ。
小生、このような文章を書くのが苦手ゆえ、堅苦しい言い回しはご容赦願いたい。
貴殿がこの町を発って早4日が過ぎた。
結論から言えば、孤児院の経営は安定しており、問題はない。
まず、子供たちの様子だが、あのパン作りは予想以上に効果があった。
当初は形も焼き加減も不揃いで、正直なところ食料としての実用性には疑問もあったが、日を追うごとに明らかな上達が見えている。
今では、焼き上がりも見た目も改善され、味ついても申し分なしと判断している。
驚くべきは、子供たちが率先してパン作りに取り組んでいる点だろう。
年長の子供に至っては、将来自分の店を出したいと息巻いているくらいだ。
あれは良い教育だ。
次に、兵士たちについても報告する。
最近、非番の者たちが、自発的に孤児院に足を運ぶようになった。
私が命令していたわけではない。
話を聞くと、子供の世話や雑務の手伝いをしており、それが癒しとなっているそうだ。
訓練とは別の形で士気の向上に寄与している可能性があり、こちらとしても嬉しい誤算といったところだ。
総じて、貴殿の残した影響は小さくない。
物資以上に、人員の意識に良い変化がみられる点は特筆すべきだろう。
以上。簡潔ではあるが現状報告とする。
貴殿の任務の成功を祈る。
無理はするな。と言う立場にはないが、可能な限り生きて戻れ。
ポスカ・ハルデロ騎士団長
クレストフ・アイバン』
詠み終わるとルカが大事そうに手紙を懐にしまい込む。
セツナがルカに言う。
「よかったね!子供たちも元気そうだし、パン作りも順調そうだし」
「うん。よかった…」
ルカが胸に何か詰まったような仕草をした。
「アイツらに居場所を準備できた…」
ルカに目にうっすらと涙がにじむ。
するとそれを見ていたロビンが思わず天井を見上げて言う。
「んにしても、クレストフもう少し書き方どうにかならなかったのか?
まるで手紙が鎧着て行進してるみてぇだな」
するとルカが笑いながら言う。
「アハハ。確かに!
でもこうして形になっているのを実感できると嬉しいよ。
路上に居た時の俺には想像できなかったしな…」
するとレイダーが荷物を見て言う。
「ところでこの小包の中身はなんだと思う?」
「なんだろう?」
ルカがそう言いながら木箱の蓋を開ける。
すると中から美味しそうなパンが綺麗に入っていた。
「うわぁ!!おいしそう!!」とユアラが身を乗り出す。
木箱には小さなメッセージカードが入っていた。
『ルカ・フェブール殿
ポスカ・ハルデロ騎士団長 クレストフだ。
手紙を送った後にこの小包を送る事となってしまったので、こちらにメッセージを記す。
今後のパンの保存方法はこの木箱のようにする予定だ。
梱包方法は軍の運用に準拠した。
問題なければ、今後この方法で保存するが良いだろうか。
味についても問題なしと報告しておく。
長い冒険だ。きっと役に立つだろう。
ポスカ・ハルデロ騎士団長
クレストフ・アイバン』
相変わらずの書き方に一同は笑ってしまった。
その様子を部屋の出入り口付近で見ていたルシーダが舌打ちする。
「(…なんだい、あの憎たらしい顔。
食い物を前にして奪い合いにすらならないのかい…)…気に入らないね」
ルシーダは小さくそう頷くと、2人の仲間に目で合図を送る。
レイダーが荷物を抱えて出入口に向けて歩きだす。
「そんじゃま、宿屋でこいつの試食といきますか!」
「賛成!」とユアラ。
すると町娘に扮したルシーダがレイダーの前を通り過ぎるように歩いてぶつかった。
ルシーダはぶつかった弾みで足をもつれさせると、ドン!とレイダーに身を預けた。
そのはずみでレイダーの手から荷物が転げ落ちる。
「あぁ!!」となる一同。
木箱がひっくり返り、パンが床に転がった。
「すみません!お怪我はありませんか?」
ルシーダが恭しくレイダーを気遣う。
しかしレイダーは「あーやっちまった…」と慌てている。
ユアラが「あーもったいない!!」と言いながら、床に散らばったパンを拾う。
ルカも床に転がったパンを見て必死になってかき集め始める。
すると、ルカの横に立っていた冒険者風情の小柄な女性の一人がルカに近づき、一緒にパンを拾う素振りを見せながら、スッと腰にぶら下げた短剣に触れた。
「なにしている」とルカが威嚇するような声で言う。
思わずレイダーが叫ぶ。
「ごめんなさい!!」
「いや、レイダーじゃねぇ…テメエだ」
見ると、短剣に触れた女性の手の指をルカがギュッと捻って握っていた。
ルカは言うが早いか、指をそのまま捻ると、痛みに耐えかねた女の腕を掴んで、一気に組み伏せた。
「こいつは俺が抑えた。パンを拾ってくれ!!」とルカが叫ぶ。
するとルカの背後で様子を伺っていた大柄な冒険者の女性がルカの後頭部をガツン!と蹴り飛ばした。
「いっ!」痛みに悶絶するルカを、後ろから抑え込む。
そしてその女は、ルカの首元に素早くナイフを突きつけて言う。
「殺されたくなかったらこいつの持っている剣と…
それと…そこのパンを渡しな!!」
思わぬ奇襲に身動きが取れないセツナたち。
するとルカが言う。
「俺はいい!パンを!」
「うるさいよ!」さっきルカが組み伏せた女がルカの眉間に蹴りを見舞う。
「うっ!…子供たちが…」と言いかけて気を失うルカ。
「ルカ!このやろ!!」とロビンが一歩踏み出す。
「近づくな!死なせてぇのか!!」女はそう叫ぶとナイフを僅かに動かす。
ルカの首筋にナイフの刃先が触れ、血がツーっと滲み始めた。
セツナが詠唱をしようとするが、ナッセの声が響いた。
「(待て!今は堪えろ…)」
人質を取られてはセツナたちも迂闊に動けない。
するとナイフを突きつけていた大柄の女性がルカをヒョイっと抱える。
小柄な女性は辛うじて床にこぼれずに済んだパンを箱ごと掴むと、「道を開けな!死にたいのか!!」とナイフをチラつかせて威嚇しながら部屋を出ていく。
部屋を出るのを見届けたセツナが言う。
「追いかけるぞ!」
するとルシーダが扉の前に立って止める。
「待って!」
「そこをどけ!」とロビン。
しかしルシーダは譲らない。
「今の人たちはここら辺で有名な窃盗団です。
とても敵う相手じゃないわ。危険よ!!」
するとユアラが言う。
「それでも助けにいきます!」
「どきません!この地域の事を知らないからそんな事を言えるのよ!」
するとセツナがため息をつきながら言う。
「今から追っても、間に合わないだろう。
それに下手にあいつらを追いかけて、ルカに万が一の事があってからじゃ後悔する。
別の方法を探ろう」
「くそ!!」とロビンが近くの椅子を蹴り飛ばす。
「俺のせいだ…」とレイダーが青白い顔で言う。
「レイダー。君のせいじゃないよ。悪いのはあいつらだ」とセツナが慰める。
するとユアラがルシーダに食って掛かる。
「あなたが止めたりしなければ、ルカを救えたのよ!」
「(あーぁ。わかっちゃいないね。どこからその自信が来るのやら…)ご、ごめんなさい。でも、本当に危険な人たちなんです!」とルシーダ。
するとロビンがルシーダの肩を掴んで言う。
「どけ。ルカが心配だ。
今からでも俺がルカを取りもどしにいく…」
ロビンがルシーダの肩を掴んだ力の強さに思わず顔をしかめる。
「痛い!そんなに強く握らないで!肩が外れっちまうじゃないさ!」とあくまでか弱い町娘を演じるルシーダ。
するとセツナがロビンに言う。
「大丈夫。フィールにあいつらを追わせているから。今はそのまま泳がせよう。」
見ると、セツナは片目を瞑ってフィールのドラゴン・アイを起動させていた。
「(な…なんなんだい?この落ち着きは…まるで手練れの冒険者みたいじゃないか)」
その時ルシーダは漠然とした危険な匂いをセツナたちに感じていた。




