第二十九話:砂塵のレイダーズ 中編その2
【第二十九話:砂塵のレイダーズ 中編 その2】
港町クシュナール 商工会議所 仮・執務室内
フィールがルカをさらったガーベイジたちの追跡を開始したちょうどその頃、
ルディウスは、兵士たちやクシュナールの商人や住民たちの協力を得て、地の神殿と吸魔石の復旧に奔走していた。
現在は、クシュナールの町の中心にある商工会議所に仮の執務室を設けて、
後任の神官に業務を託す下準備を進めている。
するとその執務室の扉がノックされ、「失礼いたします!」と、兵士二人がそれぞれ両手に書類の束を抱えて入って来た。
「戦軍神官殿。ご命令どおり地の神殿の執務室を調べたところ、隠し部屋からこれらの書類を回収してまいりました!」
「ご苦労だった。その書類はそこにあるテーブルの上に置いてくれ」
「は!」
ルディウスは雑務の手を止めて、早速、兵士たちが回収した書類に目を通しはじめた。
ルディウスは前任の神官がなぜ短絡的な犯行に及んだのか、その動機を探るべく焼け残った地の神殿から全ての書類を引上げさせていた。
兵士が持ち込んだ雑多な書類の中に、ひときは目を引く書類があった。
それは隣国フラット公国の押印がされている書類だった。
「これは…?」
その書類には、サラマンダー事件の際に拘束した神官と、フラット公国の国王ゲーレヒト・ジャッジ一世との密約が記されていた。
密約によれば、フラット公国が港町クシュナールを支配下に置かない代わりに、物資・金銭問わず年間の収益の50%をフラット公国の国庫に納めるというものであった。
「随分と貪欲な国王のようだ…これでは実質的に従属契約だな」
本来、主要な港町は、どの勢力にも属さない中立の立場である。
そのため、中世中立を原とする神官と、クレス・ヴェイガルドから派兵された軍直属の騎士団の保護下で管理されている。
このシステムが採用された背景には、他国間同士の摩擦を未然に防ぐ狙いがある。
ルディウスはさらに別の書類も開いて目を通す。
それはクシュナールの神官とフラット公国間の密約に至る交渉内容の文章だった。
そこには交渉とは名ばかりの一方的な要求が神官に突きつけられていた。
「なるほど、神官が禁を犯した真の理由が見えてきたな。
しかしこの密約、未だに有効という事であれば、このまま放置はできないか…」
ルディウスはそう言うと、兵士を呼び、クシュナールの周囲に非常警戒態勢と、港の出入りの監視強化を指示し、
クシュナールを管轄している騎士団長をここに呼ぶよう指示を出した。
入手した密約にはこう書いてあったからだ。
『貴殿がこの密約を破ることあらば、フラット公国は全軍をもって罪を問いただす事だろう。
貴殿の正義心に期待する』
ルディウスはクレス・ヴェイガルドの大神官に向け、援軍要請をするべく詠唱を始める。
『ルディウス・マルフォの名のもとに起これ。疾風の調べよ、我が声を届けよ』
しばらくするとクシュナールの騎士団長 オーエン・ゼントが執務室の扉をノックして「戦軍神官殿。お呼びでしょうか」と入って来た。
「騎士団長オーエン殿に伺いたい。
今すぐ動ける兵士の数はどれくらいだ?」
「非番の者も合わせれば2,000名です。
何か緊急事態でしょうか?
先も兵士の一人が慌てて伝令を発していましたが…」
「端的に言おう。
このクシュナールに隣国フラット公国が攻めて来る可能性が高いのだ」
「なんと!?それはどのような理由でしょうか」
そこで、ルディウスが、密約の書類をオーエンに手渡しながら言う。
「これがその理由だ」
オーエンは手渡された文章を読むうちに手が震え出した。
「こ…これは真実でしょうか!?」
「そうだ。これは地の神殿の隠し部屋から発見した公式の文章だ」
「それなら直ちに迎撃態勢を取らせましょう!」
「それはすでに私から最低限の指示は出している。
すまない貴殿の領分を犯してしまった」
「いえ!戦軍神官殿の判断であれば、私が意見具申する方が無礼というものです」
するとルディウスがオーエンに聞く。
「フラット公国の戦力はどの程度か把握しているだろうか?」
「最近は人の往来が極端に少ないので、古新聞となりますが、1年前くらい前であれば、15万人ほどと把握しております」
「15万人か…フラット公国と周辺諸国の関係はどうなっている?」
「周辺諸国は南に我々クシュナール。東にドワーフ族のゾロッサ・ロンド公国、こことのイザコザは聞いておりません。
北にはエルフ族のアスピローザ王国があり、こことは前代王時代に水源の争奪が原因の戦争が3回ありましたが、現王ではそのような報告は受けておりません。
西には我々と同じ人族のソルエネーラ公国がありますが、こちらは情報が不足しており、どのような関係になっているのかは把握できておりません」
「ありがとう。
フラット公国は4方を何かしらの勢力に隣接しているのだな」
「はい」
「そうなると、15万の軍が全てこちらに投入できるとは考えにくい…
防衛に回す事も考えると、多く見積もっても2万程度が限界だろう…」
「我々の10倍ですか…」
「残念だがな…
ところで今後の作戦の為にオーエン殿に伺いたいのだが、
隣国フラット公国についてどの程度の知己がおありか」
「ハ!私の故郷は領地と境界を接するノース・クシュリナの町でありますので、ここの誰よりも詳しい自信があります!」
「それは頼もしい。
であれば、フラット公国の素性について判る範囲で教えて欲しい」
「ハ!では、もうご存じだとは思いますが、現在の国王は3年前の前国王バルム様の崩御に伴い、側室の子であるゲーレヒト様が王位についております」
「それは私も聞き及んでいる。
若干14歳にして、権力闘争に巻き込まれたさい、正室の子の不正を臣下の者たちと暴き、失脚させ、血を血で洗う事が多い権力闘争の中で、無血で王座に就いた賢王だと聞いている」
「お詳しいですね。
この地域ではゲーレヒト様の事をお名前や賢王とは呼ばず、仮面王という敬称で呼んでいます」
「仮面王…」
「はい、なんでも幼少期に病気を患い、顔を人前に見せるのを嫌ったようで、
どのような公の場であっても、仮面で隠しておられるそうです。
側近しかその顔を見たことがないのだとか…」
そこまで話してオーエンの顔が急に曇る。
「これは余り私が言うのもはばかられるのですが、
賢王と評されている仮面王の統治ですが、近年はあまり良い噂を聞きません」
「ほう。それはどのような噂なのだ?」
「はい、つい数か月前になるでしょうか。
フラット公国からの流民が、辺境の町のノース・クシュリナに溢れかえった時期がありました。
一時期2,000人を超える流民が押し寄せました。
その者たちが口々にこう言っていました。
“法律が変わって住みにくくなってしまった”と、
聞けば“正義であれば何をしても許されるが、悪であればどんな小さな罪であれ重罰となる”と言っていました。
一部の者たちは家族を処刑されたので命からがら逃れてきたとの事です」
するとルディウスの顔が曇った。
「オーエン殿。その正義とは具体的にどのような事を指し示すのか、彼らに聞いただろうか?」
「それが…」
オーエンが戸惑ったようにこう言う。
「盗みをしてはいけない。人を殺してはいけない。など、一般的にも罪に問われるものから、動物をいたずらに虐待してはいけない。植物をむやみに傷つけてはいけない。といった過保護に聞えるものまであるとの事です」
するとルディウスが首をかしげる。
「…ふむ。一見すると聞こえは良いが…。
その善悪の判決はどのように決められているのだ?」
するとオーエンの顔がさらに曇る。
「裁判は法律専属の審判団によって執り行われるそうですが、実質、仮面王の裁可による…との事です」
「…法ではなく王の裁量に依存しているという事か…
絶対王政の国家である以上、国家の体としてはむしろ正常と言えるが…」
「私もそこが引っかかっております」
「しかし、そのような曖昧な基準では誰もが生活しづらくなり逃げ出すだろう。
不思議なのは、流民が思いのほか少ないという点だ。
例えば国家間の戦争であれば、流民は万単位になる事が多い。
10万人~100万人規模になるのはよくある話だ」
するとオーエンが言う。
「そうなのです。私もその違和感があったので、流民になぜそんな王政下で、他の者たちは逃げずにいられるのだ?と聞いたことがありました。
すると皆口をそろえて言うのです。
自身の行いが“正義”と認められれば、王から地位は保証され、富も与えられ、生活は各段に良くなるのだと…
それがあるせいか、今の王政に心酔する者も多いようです」
そしてオーエンがさらに言う。
「これは…余り自分の身分から言って良い事では無いのかもしれませんが…」
「大丈夫だ。話してくれ」
「…仮面王政下で民たちが逃げない理由は、前王の無干渉で放任主義だった王政と比較して、現王政の方が善政だと判断しているからではと思います」
ルディウスは傍らに置いた、密約の書類に視線を落とした。
「自身の正義で動く仮面王…
一体このクシュナールを制圧したがる動機はなんだ?
なぜ、既存の法を犯してまで従属させようとしているのだ?」
「前任の神官が何か仮面王の正義に反する行いをしていたのでしょうか」
「いや、密約が取り交わされるよりも前に、こちらに落ち度は見つからない…
いずれにせよ。今はその仮面王の裁可により、クシュナールが攻撃を受ける可能性が高い。
周辺諸国にも応援を水面下で要請しつつ、万が一に備える事としよう」
港町クシュナール 北の砂漠地帯 風鳴きの渓谷
そこは地の神殿からほど近い場所にある、巨石が点在する自然の渓谷だ。
夜になると日中の暑さは消え失せ、肌寒い風が吹いて来る。
月の光に照らされて、目印となる特徴的な岩の姿が砂地から生えるように突き出ている。
その岩は砂漠の強い風に削り取られ、重力を無視したような巨石が、心もとない岩の先に鎮座していた。
その向こうには3階建ての高さはあろうかという巨石群がその身を砂塵に晒している。
赤や茶のマーブル模様の岩肌は滑らかで、まるで風を視覚化したらこう見えるのでは?と思わせる造形美だ。
よく見ると、谷間の壁に、かがり火に照らされた人影が踊っている。
捕らわれの身となったルカはその巨石群の奥にある、野営地に連れていかれていた。
「うぅ…いってぇ~」とルカが目を覚ました。
ルカは両手を後ろで縛られたまま、ゴツゴツした硬い岩肌に寝そべっていた。
するとルカを殴った女が気づいて言う。
「随分とお寝坊さんじゃないさ」
ルカがみると、彼女の手には孤児院の子供たちが作ったパンが握られている。
「あ!そのパン!」
「あぁ、頂いてるよ。
良い味じゃないか…久々だよ真面なパンを食べるのは」
女は見せびらかすようにそう言うと一口食べてみせる。
「あー旨いわ」
それを聞いてルカがフっと鼻で笑いながら言う。
「そりゃどーも」
ルカの素っ気ない反応に苛立ったようだ。
「なんだい!人に奪われたってのに焦りもしないのかい!
裕福な育ちのガキはこれだから嫌いだよ!」
周囲を見回しながらルカがボソっと言う。
「…ガキじゃねぇ…」
「あ?なんだって?」
「それに…俺は裕福な育ちなんかじゃねぇ!
さっきからプンプン臭うんだよ!
人様から奪う事しか知らねえ、俺と同じ下水みたいな臭いがな!!」
「なんだと!!」女がルカを蹴り飛ばす。
ルカは避けようとしたが、避けきれず、蹴りを腹に食らい、別の仲間がたむろっている輪の中に転がると、中央のかがり火に突っ込み、火花を周囲に散らしながら吹っ飛んだ。
「いってぇなこのやろう!!」とルカ。
「言うじゃないさ坊や。
でもね、自分の置かれた立場ってのを理解できてないみたいだね」
女はそう言うと、縛られたルカにゆっくり歩み寄るとこう言った。
「私はね、世間知らずなガキが一番嫌いだよ。
なんの苦労も知らない、一切れのパンにさえ執着しようとしないガキがね!!」
するとルカがうつむきながら震える声でこう言った。
「…今の言葉、取り消せよ」
「ああ?」
「苦労を知らねぇだと?
一切れのパンに執着してねぇだと?
ふざけんな!!」
するとルカを縛っていた縄がスルスルと地面に落ちる。
「お、お前どうやって…」
「そのパンはなぁ!!
孤児院の子供たちが焼いてくれたパンなんだ!」
「なに!?(孤児院の子供…)」
すると小さくルカが詠唱しだした。
『力の根源たる火の女神スラティマよ。我が祈りに応えよ…』
その途端、ルカの足元から魔法陣が青く浮き出ると、火柱がルカを包み込んだ。
突然の火柱の出現に女たちから悲鳴が上がる。
「ばかな吸魔石も魔法剣も取り上げたはず!!」
するとルカは誰かの持っていた吸魔石と小さな短剣をチラリと見せる。
それを見て、仲間の一人が自分の吸魔石と短剣が無い事に気づいた。
「俺はよ…元々盗賊みてぇな事をしてきたんだ…」
「まさか…お前私をわざと怒らせて仲間に突っ込んだ時にスッたのか!?」
「ワリいな口と手癖が悪くてよ」
思わず後ずさる女たち。
するとルカの後ろから男の声が響いた。
「はい!そこまで!!」
振り返るとソマンが立っていた。
「お前だ…」
ルカが言いかけた時だった。
投げナイフがルカの胸に突き刺さった。
ルカは胸を抑えると、そのまま仰向けに倒れた。
それと同時に魔法陣が消え、一気に辺りが暗くなる。
ソマンが言う。
「こいつを処理しておけ!俺の手を煩わすな!」
ソマンはそう言うと暗がりの中へと静かに姿を消すのだった。




