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第二十三話:ローレライ・フェイカーの甘い罠

ルーテシア・グラナバン嬢 イメージ

挿絵(By みてみん)

【第二十三話:ローレライ・フェイカーの甘い罠】

遡る事数時間前…港町ポスカ・ハルデロ 船乗りが集う酒場コルクポッド店内

セツナたちは次の目的地に向かう船を探して、船乗りが集う酒場に足を踏み入れた。


ルディウスがカウンターの主人に紹介を頼む。


「ご主人。我々は港町クシュナールに向かう船を探していのだが、どなたか紹介頂けないだろうか」


すると隣で酒を飲んでいた船員がこう言った。


「旦那方、クシュナールに向かうんだって?」


「ああ、そうだ」とルディウス。


「やめとけ…あの航路は今は危険だ。

どうしても大陸を渡りたいのなら、クレス・ヴェイガルドを経由して北周りの陸路で行くんだな」


するとレイダーが言う。


「俺たちそのクレス・ヴェイガルドから来たんだ」


その船乗りはフンと鼻で笑うと


「そりゃご愁傷様だ。だが誰も船なんて出してくれないだろうぜ」と酒を煽った。


するとルディウスが聞く。


「なぜ危険なのだ?」


「ああ?お前知らねぇのか?

亡霊だよ。

北のポートウィルの亡霊船が最近出るんだ」


「ポートウィルの亡霊船?」


「なんでも、生きて帰ってきたヤツの話では、そいつは霧に紛れて船で現れて、気づけば全員、忽然と姿を消すそうだ。

唯一の生き残りは、運よく海に投げ出され、別の船に助けられたそうだが…」


それを聞いてロビンが言う。


「こりゃ…おまじないして行かないとな…」


「警告はしたぜ…あとはアンタらが決めな」


その船員はまたグビリと酒を煽ると、店を後にした。


ユアラが言う。


「まさか…行かないよね?」


するとルディウスが言う。


「戻って北ルートで向かえば、1年以上かかる…」


「まじか…どうする」とレイダー。


するとその話を聞いていた酒場の店主が言う。


「アンタら、もしも行くなら、俺の知り合いの船長に話をつけとくぜ」



外洋 バトール・パシフィスタ号 船上

 右に転舵した船が大きく身を揺らして幽霊船との距離を取ろうとする。


しかしぴったりと左弦に並走する船を引き離す事ができない。


するとマストの上にいた船員の一人が声を上げる。


「敵だ!甲板に複数の敵を確認!!」


その声とほぼ同時に向こうの船から複数のカギ縄が投げかけられた。


そのカギ縄はマストのヤードにグルンと絡みつく。


船長が言う。


「臨戦態勢!乗り込んで来る前に海に叩き落せ!」


見ると、それまで誰もいないと思われた甲板の縁に数十名の荒くれどもが武器を手に、ヤードに巻かれたカギ縄を使いこちらに向けて飛び込んでくる。


ロビンが素早く反応して、ターザンばりに突っ込んで来る荒くれを、持っていた木の棒で突き、海面へと突き落とす。


しかしその脇をサッと抜けるように、何人かがバトール・パシフィスタ号の甲板へと着地した。


荒くれどもの様相は、生気がなく、ガリガリで一部身体が欠損している。


まるでゾンビだ。


レイダーが「受け取れ!!」とロビンにショートソードをトスする。


ロビンは素早く剣を引き抜くと、近くに降り立った荒くれを一刀両断する。


レイダーは自分のハルバードとセツナの短槍を持って、セツナに駆け寄る。


セツナに短槍をトスすると、そのまま近くに着地した荒くれの足を引掛けて甲板に引きずり倒し、その胸にハルバードを突き込む。


セツナもヤードに絡んだカギ縄に向け魔法を放つ。


『貫け。(執心なる炎よ、愚者を穿つ鉾となれ)』


セツナの放った魔法がカギ縄を焼き切り、その縄にぶら下がってこちらに乗り込もうとしていた荒くれを海面へと落下させる。


ユアラはフィールの近くでグラディウスを構え、剣を振り上げて突撃してきた荒くれの初撃をギュララ!といなすと、勢いづいた荒くれをそのままフィールの入った籠に頭を押し込んだ。


するとすかさずフィールが荒くれの頭にガスン!と噛みつく。


ルディウスが風魔法を詠唱し、ヤードに絡みついたカギ縄を2本まとめて切り落とす。


一方ルカは荷物と荷物の隙間に小さくなって隠れている。


相手の船がこちらの側面にガスン!と体当たりするように接弦してきた。


その振動でセツナがよろける。


そこに荒くれの振り上げた剣が振り下ろされた。


しかしセツナはよろけた状態でさらに床を蹴って、荒くれの攻撃をかわすと、船の傾きに合わせて身を丸めるように回転させると素早く立ち上がり、荒くれの腹に向けて槍を繰り出し、突き倒した。


他の船員たちも、船首から船尾まで飛び込んできた荒くれと応戦している。


しかし、その勢いも次第に弱くなる。


荒くれの最後の一人も、ロビンに切り伏せられた。


「ふぅ…これで終わりか?」とロビン。


するとルディウスが言う。


「どうやら凌いだようだ。皆、怪我はないか?」


「こっちは大丈夫だぜ!」とレイダーとセツナ。


「私も無事」とユアラ。


するとロビンが言う。


「おい!ルカはどうした!?」


すると荷物の隙間から「(あ、あたいは大丈夫!!)」とくぐもった声が聞こえた。


一同がホッとしたのもつかの間、船長が船員に指示を出す。


「警戒しろ、まだ中に潜んでいるかもしれない。

これから相手の船の中を確認する!」


こうして船長を含め、数名が向こうの船に乗り移り、甲板から順番に確認しはじめた。


内部は薄暗く、敵こそ居なかったが、そこかしこにガリガリに瘦せこけた遺体が転がっている。


不思議なのは、荒くれのような恰好の者もいれば、身なりが良いもの、商人のような風体の者まで、様々な職種の遺体があった事だった。


しばらくすると船員の一人が、船倉の片隅で牢屋に鎖で繋がれたドレス姿の女性を発見した。


「船長!船倉に女性が囚われています!」


「なんだと?すぐに解放して、甲板に連れて来てくれ」


すると綺麗なドレスを身に纏った金髪の女性が、船員に付き添われ、船尾の扉からヨロヨロとした足取りで現れた。


しかし彼女はそのまま力なく倒れる。


船長は少し戸惑った。


しかし海の上では、敵味方を問わず弱っている人を救出するのが船乗りの掟だった。


すぐさま指示を出す。


「…救助する。」


早速、船員数名で、彼女を担いで戻って来た。


救助された女性は可愛らしいドレスに身を包んだ20代くらいの女性だった。


船員の一人が彼女の生死を確認する。


「まだ生きてるぞ。

誰か水を持ってこい!」


青白い顔には生気はないが、どこか気品がある。


身なりから裕福な家の令嬢のようだ。


船員が水を口に当てる。


すると女性が意識を取りもどしてむせかえる。


「ゴホっゴホ…」


「大丈夫かい?」と船員。


するとその女性は周囲を見て言った。


「ここは?」


すると船長が言う。


「港町クシュナールに向かう船の上だ」


すると彼女は両手で自分を抱き締めると、身震いしながら震える声で言う。


「や…やつらに襲われ監禁されていたのです…」


確かに余りに場違いな恰好からすると、襲われて監禁されていたようにも見える。


「…まず、お礼を言わせてください。

私はルーテシア。ルーテシア・グラナバンと申します」


その名前にルディウスの眉毛がピクっと上がる。


レイダーが近づきつつ言う。


「それでルーテシアお嬢さん。どうしてあの船に?」


レイダーの疑いの目がルーテシアに注がれる。


するとルーテシアが急に「いや!」と叫んだ。


レイダーが「え?俺何もしてないぜ!?」と言うと、ルーテシアはおもむろに首から下げた吸魔石を掲げる。


するとその直後、眩しい光が船全体を包み込んだ。



地球 生貫中学校 教室

 気づけばセツナは自分の席に座っていた。


周囲にはクラスメイトが談笑している。


いつもの教室の風景だ。


セツナは何か違和感を感じた。


「(自分はさっきまで何かしていた気がする…)」


しかし記憶に靄がかかって思い出せない。


すると女子の制服を来たユアラが教室に入ってきた声をかけた。


「セツナ!デートしましょ!」


ユアラは赤基調のチェックのスカートに、制服指定の白いブラウス姿。


スカート同じ色合いのチェックのリボンが良く似合って可愛らしい。


「え!?」と動揺するセツナ。


するとユアラのその言葉に周囲のクラスメイトが騒ぐ。


「お!いいな~セツナは!」「お似合いだぜご両人!」


すると奥に座っていたいじめっ子のトミタケ君が言う。


「授業さぼっちまえよ。先生には俺が適当に言っておくよ」


セツナは「ああ…そうだな」とユアラの手を取って教室を後にした。


そして廊下を出るなりユアラがセツナに迫る。


「ねぇ…キスして」


ユアラの上目遣いな視線にセツナが思わず顔をそむける。


「いや。ここではちょっと…」とセツナ。


するとユアラがセツナの手を取り自身の胸に手を当てて


「もっとすごい事したいんでしょ…エッチ」と耳もとで言う。

するとセツナの脳裏に一瞬何かを刺した時の感覚がよみがえる。


セツナはユアラを突き飛ばして「うわぁ!」と廊下を駆けだした。


「(嬉しいけど…何か変だ…何か違う!!)」


セツナは必死に大切な何かを思いだそうともがく、しかし思い出せなかった。


辺境の町サンドール

 ユアラは髭爺の食堂に座っていた。


間の前には髭爺自慢の料理が所狭しと並んでいる。


「うわーこれ全部食べていいの?」とユアラ。


すると髭爺が言う。


「いいぞ、ナッセも食べなさい」


「え、ナッセ?」


ユアラが横を向くと、ナッセが座ってほほ笑んでいる。


「なんだ。ユアラ。食べないのか?それじゃ俺が先に頂こうかな」


と手間のシシ肉の串焼きをほう張り始める。


「でも…ナッセは…」とユアラ。


するとユアラの心に何かもやもやした感覚がかかる。


「なんだ。調子でも悪いのか?」


ナッセがユアラのおでこに手を当てる。


「ちょ!」ユアラが思わずはにかむ。


「熱は…ないようだな」とほほ笑むナッセ。


するとユアラの頬に涙が伝った。


「あれ?なんで私泣いているんだろう…」


するとナッセが言う。


「いいじゃないか。こうして一緒に飯食えるんだ」


「そ…そうよね」とユアラもほほ笑む。


第6神殿内

 レイダーが神殿内を走っていく。


手には花束が握られている。


「ミーティア!会いにきたぜ!!」


するとカーテンの奥からミーティアが下がりかけた丸い眼鏡をクイっと持ち上げて振り返る。


「レイダー!会いに来てくれたのね!」ミーティアが可愛らしく微笑む。


そして、レイダーに抱き付きすかさずキスをする。


「もちろんだ!」とレイダー。


レイダーが言う。


「これ、ミーティアに。っと、結婚式の資金ちゃんと貯めてきたぜ!」


「嬉しいわ!レイダー」


「新居もこれで買えるぞ!」


「やっと私たちの願いが叶うのね」とミーティア。


「ああ、やっと…」とレイダーが言いかけた時、レイダーの心に何か引っかかるものを感じた。


しかし、気のせいだろうと、その違和感を心の奥底にしまい込んだ。


どこかの田舎町


 ロビンは実家の前に立っていた。


「あれー…俺ここで何してたんだっけ?」


すると家からロビンの母親が出てくる。


「おや。ロビン!ロビンじゃないかぃ」


母親がロビンに駆け寄り抱き締める。


「お…お袋…俺…」


「なに突っ立ってるんだい。

早く家にお入り!」


「あ…ああ」


ロビンは言われるがまま。家に入る。


すると家の中では歳の離れた弟と妹が出迎えた。


「お兄ちゃんだ!お兄ちゃんお帰り!!」


「お!おう!元気にしてたか!!」ロビンがほほ笑む。


するとロビンが母親にこう言う。


「お袋。この前の仕送りで足りたか?」


すると母親がニコニコしながら言う。


「ありがと!十分足りてるよ。

もうお金の心配はいらないよ」


「え、でもほら、弟たちの生活費…」とロビン。


すると母親がロビンに言う。


「お前も疲れたろう?

ここにずっと居ればいいさ」


するとロビンの兄弟たちもロビンに抱き付きながら言う。


「兄ちゃんいなくて寂しいよ!一緒にいてよ!」


「…そ…そうだよな…おっし!久しぶりに遊ぶか!!」


「わーい!!」


港町ポスカ・ハルデロ

 ルカは飲食店の席に座っていた。


すると不意に女性の声がルカに話しかける。


「アンタここに居たのかい」


見ると血魔女のキレーヌだ。


「お、お前なんでここに」とルカ。


「なーに言ってんだい。今日はお前の誕生日を祝いに来たんじゃないか」


「えっ?」


「アンタの活躍、私は認めてるんだ。

今日は奢りだから、食いなね」


するとパフェがテーブルに置かれる。


「これは?」とルカ。


「ハッピーバースデー。ルカちゃん」


「…なんだよ突然」とルカ。


「なにって、アンタが一番望んでいた事をしてあげようって思っただけさ」とキレーヌ。


するとルカが言う。


「…いらない。こんなものいらない」


「なんでさ、誕生日を祝われたかったんだろ?私は何でもお見通しさ。

さ!パーティーを始めるよ」


するとルカはスクっと立ち上がって言う。


「キモいんだよ!その態度が!なんで今更…それに今は…」


ルカは言いかけて頭に靄がかかる。


「(なんだ…この違和感…)」


ルカはキレーヌの静止を振り切り店を飛び出した。


しかしそれと同時に、不安になった。


「あれ?でも…あたいは一体…

この後どこに行けばいい???

あたいの居場所は?」


ルカは一瞬、戻ろうと足を止めたが、そのまま人通りのない街中をフラフラと歩きだした。


第5神殿 郊外の洋館

 ルディウスは幼少期を過ごした自分の家の中にいた。


「ここは、寝室か…僕は一体何を…」


すると靄がかかり思い出せない。


「何か…違和感が…」


するとルディウスの部屋に父親が入ってきた。


「ルディウス。さっき先生方に褒められたぞ」と満面の笑みで語る父。


「お父様…」


「なぁ。ルディウス。お前は私の誇りだ!先生も言っていた。

“近年まれにみる天才”だそうだ。

私も誇り高いよ」


父親はそう言いながらルディウスの頭をなでる。


「母上は…」とルディウスが父親に聞く。


「もちろん。妻も喜んでいる。下で音が聞こえるだろ?

ルディウスのために、お前が好きなクオンディ・パンケーキを焼いてくれるそうだ」


ルディウスがほほ笑む。


「お父様とお母様は私をお認めになったのですね…」


「そうだな。これまで苦労かけた。しかしルディウス。お前は私の期待に見事応えてくれた。大切に想うし、誇りに思う」と父がルディウスを出し寄せた。


するとルディウスが言う。


「期待に応えた…か…

あぁ…確かに私の父と母は、私に期待していた。

座学はもちろん、武道に至るまで完璧を求め、私はそれに応えようと努力しました」


「ああ、そしてお前はそれに見事に応えてここに居るのだルディウス!」と父。


するとルディウスが言う。


「…優しいな…しかし本当の私の父と母は、そこまで優しい人ではなかった…」


 地球 生貫中学校 教室

 セツナは一人、人気のない校舎の裏を歩いていた。


「(なんだろう…この違和感)」


するとユアラが追い付いてセツナに言う。


「いきなり逃げ出すから焦ったわ。

ここなら思いっきり出来るわね」と服を脱ぎ始める。


するとユアラにセツナが言う。


「ごめん!

大切な人だけど…そういう事をしたい訳じゃないんだ。

僕は大切だからこそ、もっと何というか…」


すでに裸になったユアラがセツナを抱き締めて言う。


「正直になればいいのよ…」


するとセツナがユアラを突き放して言う。


「ユアラはそんな子じゃない!!彼女を汚すな!!」


するとその言葉と共に周囲が暗転した。


そして今度は水の神殿の中に立っていた。


セツナの手には短槍が握られている。


すると殺したはずのボルデオ・バルドーがゆっくりと目の前に立って言う。


「お前に殺されるほど俺は軟じゃないんだ。

安心しろ、貴様の槍など俺には通用せん。

死んだと思っていたのだろ?

悩んだか?苦しんだか?

でも許しを乞う必要すらない。」


するとセツナが言う。


「ボルデオ・バルドー。

そう言ってくれるのは嬉しいし、救われる気持ちになるよ。

でもこれは俺の心の痛みだ」


するとボルデオ・バルドーが聞く。


「なぜだ!?その痛みを取り払おうと言っているのだぞ」


するとセツナが伏し目がちにこう言った。


「そうだね…その言葉に甘える事ができれば、

きっと楽な道を僕は歩む事ができるだろう。

でも、俺は決めたんだ。

この痛みと共に生きてゆく!」



辺境の町サンドール

 ユアラは目の前に見覚えのあるパフェがあった。


ユアラはそれを一口食べる。


「んーこれこの味…って味しない…」


するとユアラの脳裏にセツナのほほ笑んだ顔が浮かんだ。


「あ…」


するとナッセがほほ笑んで言う。


「こっちも旨そうだぞ!好きだろクオンディ・パンケーキ」


するとユアラがうつむきながら震える声で言う。


「私、…私ね。好きな人ができたの…

そいつ、不器用で、危なげで、頼りないんだけど。

どこか、アナタと似てるところあんのよ。

でね…私。ナッセの事も大好きだけど。

セツナの事を愛してしまったの。

だからね…(ナッセ。ごめんね)」


ユアラは号泣した。



第5神殿 郊外の洋館

 ルディウスはこう語る。


「私の父と母にそう言って欲しかったというのは事実だ。

厳しい家庭で育った事を呪った日だってある」


すると父が言う。


「そんな事もあっただろう。

しかし今はこうして、期待に応え、尊敬し、愛しているではないか。

何が不満なのだ」


するとルディウスが静かにこう言う。


「今のあなたは私を全て受け入れてくれます。

それは私が幼少期に望んだ父の姿でした。

しかし私は気づいたのです。

自分に都合の良い事ばかりでは人は生きていけない。

かといって他人に都合の良い事ばかりでは自分を見失う。

その不安定なバランスの中にこそ、その人の本質があると。

立派な大人になるという事は、そのバランスを取り続ける努力をする事だったと、

父よ、今更ですがそれに気づいたのです」


そしてルディウスが父親に向かってこう言った。


「父上。私が殺した男よ。さらばだ…」


ルディウスが詠唱を始める。


『宿したまえ、渇望の原初よ、我らの糧にならん』


するとルディウスの父親の身体から黒い魔煙が引きはがされるように浮き出ると、ルディウスの吸魔石に吸い込まれてゆく。



すると父親が叫ぶ。


「貴様!この私に歯向かうのか!!」


するとルディウスが言う。


「そうだ。その記憶と共に我が心に還れ」


すると途中から父親の声が女性の、ルーテシア・グラナバンの声に変わる。


「あぁ!消えてゆく!!私の全てが消えてゆく…」


気づけば全員がバトール・パシフィスタ号の甲板に倒れていた。


ルディウスが身を起こす。


周囲に立ち込めていた霧は晴れていた。


ロビンや、セツナたちも意識を取り戻す。


ロビンが周囲を見回しながら寝ぼけたような声で言う。


「あれ?お袋は?」


レイダーも叫びながら起きる。


「ミーティア!」


ルカはうずくまったまま身を揺らして泣いていた。


それを見てロビンが駆け寄る。


「ルカ!大丈夫か!」


するとルカがロビンの胸に抱き付いて泣き出した。


ユアラはセツナを見つけると駆け寄る。


するとセツナがユアラに気づいて言う。


「ユアラ…そのままが一番素敵だ」


「ばか…」とユアラ。


するとルディウスが中央で横たわっているルーテシア・グラナバンに歩み寄た。


見るとルーテシアはだいぶ老け込んでいた。70歳は超えていそうだ。


「ルーテシア・グラナバン…」とルディウス。


するとルーテシアがか細い声でこう言った。


「私は…私を愛してほしかったの…」


するとルディウスがルーテシアを腕に抱いた。


「私も…あなたと同じように父の期待に応えるために頑張ってきた…

ドレスを着て、女らしく振る舞い、男に媚びを売り、時にはベッドで夜這いもしたわ」


ルーテシアが青い空を見上げながら、涙が頬を伝う。


「するとね。父がほほ笑むのよ。

よくやったね!これでグラナバンの名誉が守られたって」


「私と似た境遇だな」とルディウス。


「そうね…でもね…ポートウィルで魔煙が噴き出したあの日、全ての努力が無駄になったの。屋敷も全部魔煙に呑まれたわ」


するとルディウスが聞く。


「確かにポートウィルは魔煙によって壊滅的な被害を受けた。

しかし今も人が生きている地だ」


するとルーテシアが悲しそうに言う。


「戻りたかった…

でも。戻っても私の居場所は無かったわ。

そんな時、気づいたの自分の能力に」


「それがこの、人が望んだものを見せるフェイカーの能力かい?」とルディウス。


「そう…私が魔煙を使って全部見せていたわ。

叶えたい事、願望に欲望。暴力だってその人が望むように見せる事ができる。

するとね…皆満足して私を愛してくれるのよ」


するとルディウスが聞く。


「本当の自分はどうしたかったんだい?」


するとルーテシアが最後の魔煙で、ルディウスの脳裏にイメージを送る。

そこには、馬に乗り、活発にまるで男の人のように振る舞うルーテシアが写っていた。

ルディウスが言う。


「とても素敵だ…」


するとルーテシアが細く微笑んで言った。


「嘘が下手ね…でも嬉しいわ」


ルーテシアはその後、船室に移された。


しかし彼女は長い間、魔煙に触れていたため、心が壊れ、その命もまた消えようとしていた。


ハンモックの傍らに立つルディウスにルーテシアが言う。


「今でも判らないのだけれど…父がね、魔煙にまかれた私を担いで船に乗せたのよ。

そして父が言ったわ。

お前は私の誇り!私の全てだ!って。

あれが最後の父との別れだった。

あの時の言葉は真実だったのか、それとも嘘で取り繕った私を見て言ったのか…」


するとルディウスが静かにこう言った。


「私の記憶を詠んだのであれば判るだろう。

今思えば、あれは私への愛情の裏返しだった。

不器用で度し難いが、同時に愛おしい人だった…

君も今ならそう思うだろう?」


するとルーテシアがほほ笑んだ。


「そうね…私は愛されていたんだわ」


 船室の外ではセツナたちがルディウスが出て来るのを待っていた。


するとルディウスが扉を開けて出て来た。


ユアラが聞く。


「彼女は?ルーテシアさんは?」


するとルディウス静かにこう言った。


「彼女は…眠ったよ…」


その場を立ち去るルディウス。


甲板に出ると、船長が元の進路に船を向けて航行の準備を始めていた。


「…私も大人になったんだな…」


ルディウスは遠い青い空を眺めて一人呟くのだった。


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