第二十二話:出航
【第二十二話:出港】
ナセナル運河 河口付近 港町ポスカ・ハルデロ
セツナたちは次の港町クシュナールに向け、3本マストの大型帆船バトール・パシフィスタ号に乗り込んだ。
甲板に立つと、頭上には大きな白い帆布がクルクルと降り重なっており、快晴の青い空と眩しい太陽が横通しのヤードの合間からチラチラ見える。
水平線には見える限りに雲もなく、風にのって潮の香りが鼻をくすぐった。
乗り込むなりレイダーが船首から船尾までぐるりと見まわして言う。
「おわー…この船、でっかいな~」
すると正面の太いザラついたメインマストを触りながらセツナも言う。
「コメット社長の船も大きく感じたけど、けた違いだね…」
するとユアラが「セツナ。このマスト二人で手を繋いだら届くかしら?」と言いながら、
マストの向こう側に回り込んでセツナに合図を送ったので、
セツナがマストを挟んでユアラの手を握る。
鼻先をマストに近づけると独特なタールの匂いと共に、木が何本も束ねされているため表面がゴツゴツしているのが判る。
ユアラの片方は握れたが、反対側の手は辛うじて届かない。
すると船尾から男の人の声が響いてきた。
「君たちかい?悪名高いロト商会を解体させたってのは」
見ると、船長らしき人がこちらに歩いてきた。
「俺はこの船のキャプテンを務める、ハリアー・テスってモンだ」
すると近くにいたルディウスが握手をしながら言う。
「ハリアー・テス殿、私はルディウス。この度は世話になる」
「いや。こちらも有名な冒険者と旅を一緒にできるとは光栄だ。
船室に案内しよう…着いてきてくれ」
ハリアーはそう言うと、船尾の扉を開いてセツナたちを船室へと案内する。
「見てのとおり、この船は運搬がメインでな、客室は正直ない。
すまんが、手荷物は木箱の間にでも押し込んで、固定してくれ。
寝るときは壁に垂れ下がっているハンモックを天井の梁に固定して使ってくれ」
ハリアーはそう言い残すと、船員に指示を出しに、外へと戻っていった。
するとロビンがセツナに言う。
「セツナ。こいつで寝た事あるか?」
「いや。初めてだ」とセツナ。
するとロビンが一つハンモックを展開して、素早く梁に結ぶ。
「寝てみ」とロビン。
セツナは少し高めの位置に貼られたハンモックに手をかけ、体を滑り込ませるように勢いをつけて横になろうとした。
するとハンモックがクルンと脇に反れ一回転して、ズダン!と床に仰向けに落ちるセツナ。
「い!タタ…」
「プフ…ハハハ!」とロビンが笑う。
するとレイダーも笑いながら言う。
「ハハハ!相変わらずセツナは期待を裏切らないな~!」
「コツがあるなら先に言ってよ!」とセツナが怒る。
「ワリいワリい。これはコツというより、慣れるしかない。」とロビン。
するとレイダーがお手本みせてやるとハンモックに腰かける。
「で、静かにこう…」と足を上げたとたん、「うわ!」バランスを崩して背中側に向かってクルンと一回転する。
ズダン!とレイダーも床に落ちる。
「プ…!レイダーも同じじゃん!」とセツナ。
「これは張ってる位置が高すぎたんだ」と身を起こしながら言うレイダー。
ロビンが言う。
「ま、船旅はこういうのも含め、面白いだろ?」とニヤつく。
するとロビンが何かに気づいてこう言った。
「お、そう言や。ゲン担ぎがまだだったな」
ロビンは自分の荷物から、水晶のような石と、塩を取り出した。
「それは?」とセツナがロビンに聞く。
「おぅ…これは航海を無事に終えられるように、海の神様にするおまじないの類だな。
セツナもやっとくか?ん?」
「い。いや俺はいいや…」とセツナ。
ロビンが今度はレイダーに「やるか?」と聞く。
「わりぃ…俺そういうの信じてないんだ」とレイダー。
するとロビンが少し不機嫌な顔して言う。
「なんでぃ…後で泣きべそかいても知らねぇぞ」
ロビンはそう言うと、甲板へと出て行った。
その後、出航の準備を整えた船が離岸しはじめる。
ギチギチと微かに揺れながら動き出すと、船長がセツナたちを甲板に戻るように呼んだ。
甲板に上がると、港にクレストフたち騎士団の姿が見えた。
「ルディウスたちの旅の安全を願って掲げよ剣!!」
クレストフの号令で傍らに整列した騎士団が剣を胸元で掲げる。
それと同時にクレストフがルディウスに向かって敬礼した。
ルディウスが言う。
「クレストフ。後は任せた!」
そしてルカも言う。
「子供たちのお世話はお願いね!」
するとクレストフがこう返した。
「任せてくれ!」
こうしてセツナたち一行を乗せた船が大海原へ進んでゆくのだった。
出航した日の天気は良好で、船は横帆いっぱいに風を受けて、船足が上がってゆく。
甲板ではフィールの隣にユアラとそしてルカが座り、フィールが退屈しないよう相手している。
その横ではルディウスが読書をしはじめた。
天気は良好とは言いつつも、運河とは違い甲板はゆっくりそれなりに揺れる。
揺れる甲板で、セツナがレイダーとロビンと練習試合を開始していた。
レイダーが槍に見立てた棒を振り回しながら、セツナを追撃する。
「どうしたセツナ!そんなんじゃ俺を捉える事はできないぜ!」
地面が揺れるため、これまでと足さばきがまるで違う。
するとロビンが「セツナ。自分のテンポだけじゃなく、船の揺れも利用しながら戦うんだ」とアドバイスを送る。
セツナも一生懸命にコツを掴もうと奮闘するが、レイダーの動きに翻弄されて、一本、また一本と負け戦が増えてゆく。
「くそー…」とセツナが悔しそうに歯を食いしばる。
「(セツナ。重心を落とせ、無理に立ち上がろうとするな)」ナッセのアドバイスが頭に響く。
「(やってみる…)」
セツナは船の船首側に回り込むと、船体が前に傾斜したタイミングで、自然に任せて後にトトっと下がる、そして船首が持ち上がると同時に、背後に迫ったマストを足場に軽く蹴り上り、レイダーの手前へとジャンプして一気に間合いを詰めた。
「うお!」とレイダーが慌てて突きを合わせる。
セツナはその突きを外へと弾くと、レイダーの足元を棒でさらう。
レイダーも素早くジャンプしてそれを回避するが、その瞬間にセツナが首元に棒先を突き入れた。
レイダーの首元に寸止め状態になるセツナの棒先。
一瞬の静寂の後、「やった!一本とった!!」とセツナが喜びを爆発させた。
するとレイダーが「やるじゃないか」と苦笑いした。
ロビンも「ほんと、セツナは日に日に上手くなりやがる」と笑った。
と、その時だった。
マストの先端で周囲を監視していた船員がこう言った。
「進路上に霧が発生している」
すると船長が言う。
「妙だな…少し面倒だが、霧を迂回して進もう。面舵15」
「面舵15!!」舵輪をガララ!!と回し、船員が横帆を慌ただしく操作する。
すると、船体が僅かに左にグッと傾き、船体が少し軋み、霧の晴れている右側へと進路を変更する。
しかしルックアウトから声が甲板に響く。
「だめだ霧が広がってこっちに来ている」
すると船長が言う。
「面舵いっぱい!」
船体がさらに左に傾斜し船体が右へ旋回し、霧と並走する。
しかし数分後、霧に追いつかれてしまった。
周囲に霧が覆い始める。
船長がコンパスを置き、地図を見ながら言う。
「ここに岩礁や島はないので座礁の心配はない…
が、この霧は異常だ…何かある。
諦めて進路を戻すぞ。取り舵20!」
操舵長が舵輪をまたガララ!!と回し、今度は船体が右に傾斜し、進路が左に向き始めた。
船長がさらに船員に指示を出す。
「クルーは船の周囲を警戒。ルックアウトは進路方向に障害物がないか確認せよ」
慌ただしくなる甲板。
それを見てルカが近くで本を読んでいたルディウスに聞く。
「なぁ。これってよくある事なのか?」
するとルディウスが静かに本を閉じてこう言った。
「この霧…例のアレか?」
その言葉にユアラが即反応する。
「まって!なになに!怖いわ!」
するとその時、左舷の船員が声を上げる。
「左舷に船影!」
「いかん!面舵いっぱい!回避せよ!」
セツナたちの身体が揺さぶられ、船体が一気に左へと傾き、船が右に進路を急速に変更する。
「左弦!船来ます!」船員が叫ぶ。
「まずい。衝撃に備えろ!」と船長。
しかし衝撃は来なかった。
より濃さを増した霧の向こうに、黒い帆船が姿を現した。
その帆船はバトール・パシフィスタ号と並走していた。
横帆も縦帆も穴が開き、甲板にはだれもおらず、とても航行できる状態ではない。
それを見て船長が叫ぶ。
「面舵いっぱい!振り切れ!!」
左舷に並走され進路を制限されたバトール・パシフィスタ号は、右旋回で、振り切ろうと試みる。
セツナが船長に聞く。
「あの船…いったい…」
するとすかさず船長が言う。
「ヤツだ。ポートウィルの亡霊船だ!」




