第十三話:第5神殿事変 前編
リンデンドルム城塞 イメージ
【第十三話:第5神殿事変 前編】
ランバルト大陸 アルデラ要塞より西に23キロ エルフ族領 エルムンド王国 首都リンデンドルム
エルフ族領内にある7つの塔が寄せ集まってできたかのような特徴的なリンデンドルム城は、防護方陣によって堅く守られ、周囲を北東はルーナシア大河、南西には肥沃なコムーラ台地を抱く、ランバルト大陸でも指折りの城塞都市だ。
リンデンドルム城は王宮と神殿の両方を兼ねた作りとなっており、高さの異なる7つの塔と7つの吸魔石で構成され、一番大きな塔の内部には、最も大きな吸魔石が鎮座している。
その吸魔石を取り囲むように、それよりも一回り小さな吸魔石が6方向に配置されており、それに合わせて6本の塔が連なるようにそびえ立っていた。
乳白色の石が積まれて出来た各塔の外壁は、地面からまるで複数の蔦が空に向かって互いに絡みつくように伸び、一見すると不規則なそれらの蔦は、上方に向かうにつれ規則正しくなってゆき、建物の上部では綺麗な網目状になっている。
網目状の隙間からは青みを帯びた色から徐々に赤色に変化するようなコントラストが綺麗な壁が見えている。
それぞれの塔の高さは15階~20階建てのビルほどの高さがあり、特に中央の一棟は30階建てのビルに相当する高さだ。
その建物には高さの異なる突き出た枝のようなテラスがあり、そのテラスは四方八方を確認できる見張り台になっていた。
その見張り台の上で、アルデラ要塞の方角に双眼鏡を向けて、警戒している者の姿があった。
大神官直属の上級魔法聖騎士、エルフ族のヨーゼフ・ヨルムンドは、ため息をつきながら双眼鏡を下すと、背後に待機していた聖騎士団の一人、エルオノーラ・アトラに言う。
「エルオノーラ。アルデラ要塞に送った偵察部隊からの報告はどうなっている」
すると緑色の瞳に、透き通るような白い肌、羊毛のように長くて白い髪が似合う女性のエルフのエルオノーラが応えた。
「偵察に出てかれこれ3日ですが、昨日の正午以降、伝達魔法による定時連絡がありません。
おそらく、先行していた第2班と同じ事態に陥ったかと…」
その言葉にヨーゼフは苦い顔をした。
「無気力か…戦う闘志すら失わせるとは…アルデラ要塞に一体なにがあるというのだ…」
ヨーゼフは遠くアルデラ要塞に思いをはせた。
すると、視線の先、要塞へと続く山道の山間に土煙が上がるのが見えた。
「なんだあれは?」
ヨーゼフが双眼鏡で様子を伺う。
するとヨーゼフから信じられない言葉が出る。
「あれは…クリスティア・アトラだ…」
「えっ?魔王に連れ去られたクリスティアお姉様ですか?」とエルオノーラ。
「少数ではあるが、魔煙付きのワイバーンの集団に襲われている、馬で仲間と共にこちらに向かて来ているようだ!
警戒態勢!!我々は彼女の救援に向かう!!」
ヨーゼフの指令を受けてエルオノーラが伝達魔法で部下たちに指示を出す。
「ヨーゼフ様のワイバーン・ライダー分隊を出撃させます!
城壁の防護方陣の部分解除を急いで!!」
ヨーゼフも、傍らに置いていた大型の弓を手に取ると、身を翻してワイバーンが係留されている出撃デッキへと駆け出した。
出撃デッキは塔の中腹にある。
ヨーゼフがデッキに到着する頃には、隊員が揃って整列していた。
「大隊長に敬礼!」
隊員の分隊長が号令と共に敬礼する。
ヨーゼフは敬礼を返すと言う。
「我々のもとにクリスティア・アトラが避難してきている」
その言葉に兵士がどよめく。
「我々は彼女の救援に向かう。
クリスティアを追う敵は、魔煙付きのワイバーン5匹と少数だ。
少数だからといって舐めてかかると痛い目をみるぞ。気を抜くなよ!」
ヨーゼフは自身のワイバーンに跨ると、僅かに傾斜した滑り台のようなデッキにワイバーンを操竜する。
出撃位置につくと、デッキにエルオノーラが入ってきた。
「エルオノーラ!留守を任せる!」
そう言うと、ヨーゼフはワイバーンの手綱を唸らせるように振る。
するとワイバーンが羽をばたつかせながら、傾斜のついた滑り台を駆け始める。
そして、傾斜がきつくなると、ワイバーンが両足を滑らせるように加速し、正面の開口部から一気に飛び出した。
塔の外に飛び出すと同時に、バッ!とワイバーンが羽を最大まで広げ、そのまま滑空しながら、塔の周りで旋回軌道に入る。
ヨーゼフの後を追うように分隊の隊員のワイバーンも次々と塔側面の開口部から離陸してゆく。
全員が離陸したのを確認すると、ヨーゼフは小さな塔の上に設置された風の魔法陣の上へとワイバーンを誘導する。
そこには上昇気流が発生するよう魔法陣が設置されている。
魔法陣の上にさしかかるとブワっとヨーゼフのワイバーンを上空へと押し上げた。
一番高い塔よりさらに上へと昇ったヨーゼフたち。
するとタイミングを見計らったように防護方陣の一部がフォーンという共鳴音と共に開く。
その音はまるでワイングラスの淵を水気のある指でなぞった時のような音だった。
ヨーゼフたちは、防護壁を取り囲むように発生していた防護方陣の一部が開かれたのを確認すると、滑空しながらその空いた穴から外へと飛び出していった。
ワイバーン5匹に追われたクリスティア・アトラは残り少なくなった魔煙を使い、最後の魔法を上空のワイバーンに向かって放つ。
『爆ぜろ。怒りの炎よ、下劣な彼の四肢すら別て』
クリスティアの放った爆炎魔法はワイバーンを捉えるかのように思われたが、ヒラリとかわされ、上空へと消えた。
「かわされたか!」
クリスティアはそれでも随伴する兵士たちに向けて檄をとばす。
「皆の者…もう少しで目的地です!」
そう言い励ました時だった。
クリスティアの進行方向と入れ違うように、地面に複数のワイバーンの影が躍った。
上空を見上げるとヨーゼフ部隊が頭上を通過しながら魔煙付きのワイバーンに攻撃を仕掛けている。
「手前のヤツに攻撃を集中!!」ヨーゼフの号令が響く。
その号令と共に、複数の矢が、クリスティアを追いかけて飛んでいたワイバーンに収束した。
魔法の付与がかけられた矢は音速を超える速さでワイバーンに到達すると、瞬く間にハリネズミ状態にして地面へ叩き落す。
するとクリスティアたちを追っていた魔煙付きのワイバーンが急回頭しだす。
ヨーゼフ部隊の一部が追撃を試みたが、魔煙付きのワイバーンの速さは尋常ではなかった。
地面すれすれを木々を風圧で揺らしながら滑空し、器用に羽を畳んだり、広げたりを繰り返しながら、鋭い身のこなしで降り注ぐ矢の間を巧みにすり抜けると、後方へと逃れてゆく。
「深追いは無用だ!」とヨーゼフ。
魔煙付きのワイバーンはその強力な羽で瞬く間にヨーゼフ部隊との距離を広げると、そのまま撤退していった。
それを確認したヨーゼフが低空飛行で城塞へと駆けてゆくクリスティアに声をかける。
「無事か!クリスティア」
「その声はヨーゼフ。私たちは無事です!」
「城塞まで護衛する」
「助かります!」
ヨーゼフたちはクリスティアを護衛しながら、要塞の城門に彼女たちが到達するのを見届けると、「撤収する!」と号令をかけて、防護方陣の空いた穴から戻るのだった。
城門をくぐると、衛兵と共に、エルオノーラが待ち構えていた。
「お姉様!よくご無事で!」
エルオノーラがクリスティアに駆け寄り抱き締める。
「怪我は?」エルオノーラはそう言いながら、クリスティアの身体を探る。
「私たちは大丈夫。それより国王に至急報告をしたいの」
随伴していた兵士の中に女性神官の姿もあったが、幸い重篤な者はいないようだ。
クリスティアはそう言うと、すぐさま王宮に向けて歩きだした。
王の謁見の間に入るクリスティア一行。
片膝を折り、待機していると「エルフリーデ女王の御成り!」と脇に控えていた兵士が号令をけかる。
一同は頭を下げてエルフリーデ女王が王座に座るのを待つ。
王座に座ったエルフリーデ女王が口を開く。
「クリスティア・アトラおもてを上げてよい」
「余はお主がアルデラ要塞で魔王に討ち負け、捕らわれたと聞き、心配しておった」
「もったいなきお言葉です。エルフリーデ女王陛下」
「心身共に大事ないか?」
「幸いな事に…」
するとエルフリーデ女王が聞く。
「しかし、不思議な話よ…魔王トワ・エンドモアに拘束されたお主が無傷でこうして戻るとは…」
その言葉を合図に、別室で待機していた大量の槍兵がクリスティア一行を取り囲む。
しかしそれを見てもクリスティア・アトラは冷静だった。
「女王陛下の懸念は最もな事でございます。
なぜ魔煙にまかれた第6神殿で無事であったのか…自己弁護させてください」
エルフリーデ女王の目が僅かに細くなる。
「…よかろう…話せ」
クリスティアが言う。
「私たちは捕らわれとなりましたが、その間第6神殿トールギスの地下牢に幽閉されておりました。
陛下もご存じのとおり、地下牢は獄中の者が魔法を使えないよう言避けの魔法陣が施されております。
皮肉にも、その地下牢に幽閉された事によって私たちは魔煙の影響を受けずに済んだのでございます」
すると女王が言う。
「なるほど…確かに、それであれば長期の間、魔煙に呑まれなかった理由には合点が行く。
が…しかし、高濃度の魔煙が渦巻く第6神殿からこうして抜け出せた理由があるなら聞こう」
エルフリーデ女王の鋭い視線がクリスティア一行に向けられる。
するとクリスティア・アトラと共に第6神殿を脱出した女性神官が口を開いた。
「僭越ながら、意見の具申よろしいでしょうか」
その神官は褐色の肌に丸眼鏡、少しウェーブがかった黒髪が特徴の小柄な女性だ。
「お主は第6神殿の神官か…話せ」とエルフリーデ女王。
するとその女性神官が口を開いた。
「エルフリーデ女王陛下。お初にお目にかかります。
私は、ミーティア・ファリカと申します。
私たちが魔煙に呑まれずに第6神殿を抜けられたのは…」
ミーティアはそう言うと、おもむろに首にかけていた白濁した宝石を取り出して、見える位置に掲げながら言う。
「私が研究していた、この同和石のおかげです」
ミーティアの掲げたその白濁した宝石を見て、エルフリーデ女王は「ほう…」と興味そうに笑った。
エルフリーデ女王が言う。
「ミーティア・ファリカと申したか。
吸魔石と対となる同和石の力を使用して魔煙をくぐり抜けてきたと…
なかなか、やるではないか。
確かに同和石には魔煙に干渉させない、見えない壁を張る効果がある。
が…そのままでは使用はできぬぞ…」
するとミーティアはもう一つのペンダントを首から外す。
それは吸魔石だった。
「この吸魔石に同和石をこうして合わせておけば、防護方陣の効果は発揮できます」
ミーティアが吸魔石と同和石を重ねた途端、白い光が一瞬眩しい光となった。
白い光は瞬く間にふわりと風になびく帯となり、同和石から漂い出るとミーティアを優しく包み込み始めた。
するとエルフリーデ女王が言った。
「なるほど、小さな神殿をその手の中に再現したのだな…」
ミーティアの防護方陣発動の様子を見ていた神官たちが息をのむ。
それは本来、神殿という巨大な構造でしか成立しないはずの術式だったからだ。
エルフリーデ女王は納得したようにうなずくと、手を横に薙いで槍兵の包囲を解いた。
そして女王が言う。
「気候らがどのように第6神殿から出られたのか今のを見て合点がいった。
ところで、クリスティアよ。
魔王トワ・エンドモアとはどのような者であった?」
その質問にクリスティアは初めて動揺した素振りをみせた。
「…彼は…魔煙そのものです」
クリスティアはそこまで言うと、気を失うように倒れた。
エルフリーデ女王が言う。
「ずっと緊張していたのだろう…彼女の介抱を。
それから他の者たちも、よくぞあの場から生き延びた。
明日にもう一度ここへ呼ぶ。
今日はここで休んでゆくと良い。
それと、ミーティア・ファリカ」
ミーティアが言葉少なく返事をする。
「はい。女王陛下」
「第6神殿の様子を知りたい。
明日で良い。状況を報告せよ」
「かしこまりました」
エルフリーデ女王はそう言うと謁見の間を後にした。




