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第十一話:槍の感触

【第十一話:槍の感触】

ナセナル運河西岸 トコル町から西に3.5キロメートル地点 水の神殿跡 裏側

 コメットの仲間の話によると、プトレ・ファミリーのアジトはセツナたちが降り立った港から3キロほど西に向かって進んだ森の中にある、水の神殿跡を占拠しているのだという。


セツナたちはプトレ・ファミリーに悟られないよう、通常ルートを迂回して神殿の裏手に回り込むと、500メートル後方にある、全体が見下ろせる小高い丘の上に身を屈めて、その周辺の様子を確認していた。


数時間前…ナセナル運河西岸 トコルの港町

 ルディウスがコメットに情報を確認していた。


「プトレ・ファミリーはここ最近勢力を急拡大し、現在では総数300名を超える武装集団になっているという事か」


するとコメットが悔しそうにこう言う。


「ああ、そうだ。

しかも、情けねぇ話なんだが、同業他社の若い連中も何人か参加しちまっている」


するとユアラが聞く。


「なんでそんな連中に参加しちゃっているの?」


するとコメットが苦い顔をしながら言う。


「生活のため…だろうな。

プトレ・ファミリーの奴ら、俺たちの急所を狙いやがった。

勝手に他人の倉庫に警備兵を立てて、みかじめ料を請求しだした。

当然、俺たちは猛反対したさ、けどよ、奴ら気に食わないと倉庫を襲うし、船の乗客も襲うようになっちまった。

今じゃ、どの会社も港町ポスカ・ハルデロ行きの航路を出したがらねぇ」


レイダーがクレス・ヴェイガルドの港の風景を思い出した。


「それでか?俺たちがクレス・ヴェイガルドの船着き場を見た時、

港町ポスカ・ハルデロ行きの船が無かった理由は…」


「ああ。つい5日前までは、ロジータ・サルマン運輸っていう大会社の社長も頑張っていたんだがな、ちょうど旦那方が来る直前に欠航しちまった。

今じゃ俺たちだけだ」


ロビンがコメットに聞く。


「ギルドにはその連中の討伐依頼は出したんだろ?」


「もちろん出したさ。

でも、どっかの洞窟に魔物が溢れたって話で、そっちに優秀な冒険者が駆り出されちまったみたいで、直ぐには対応できないんだとよ」


コメットがため息をつきながらこう続ける。


「この運河はクレス・ヴェイガルドの生命線だ。

それを止めるという事は、生活基盤を揺るがす大問題のはずだ。

だから、俺たちは自警団を組織して踏ん張ってやっていたんだがな…」


トコル町から西に2キロメートル地点 水の神殿跡 正面側


「俺たちもそろそろ動く…」


コメットから伝達魔法(相互通信)で声が届く。


まだだいぶ距離はあるが、遠くに自警団を率いたコメットの一団が水の神殿へと早い足取りで未舗装の通路を進んでゆくのが見えた。


コメットが現地でかき集められた仲間はたったの15名だけだ。


コメット隊の陣容は、盾とグラディウスを装備した兵が6名、弓が3名、ショートソード6名だ。


コメットもグラディウスを片手に握っているが、コメットは身長が低いこともあり、ショートソードを握っているように見える。


一方、セツナたちは、フィールの能力を使い、上空から神殿とその周辺の警備状況を確認していた。


水の神殿は、大小異なる外堀と内堀、そしてその堀に沿って人の身長より少し高いくらいの白壁が張り巡らされている。


その外壁と内壁の間には広めの中洲が広がっている。


中洲は元々庭園だったのだろうか、そこここに石造りのテラスやベンチが点在しているが、今は蔓に覆われて見る影もない。


2重の白壁に護られた奥には崩れかけた水の神殿が鎮座している。


白壁こそ低いが、ぱっと見は神殿というより小さな要塞のようだ。


その白い神殿へと通じる通路は2か所あり、正面と裏手側にある。


外へと延びる通路には、馬車が通れるほどの橋が架かっている。


よく見ると橋の側面に掘られた綺麗な彫刻が水面に反射している。


それぞれの通路の目印として、白壁の一部分が盛り上がっており、その部分だけアーチ状になっていた。


遺跡となり緑に呑まれても、壮麗だった片鱗が判る水の神殿だ。


セツナは片目だけを瞑りながら、地面に遺跡の見取り図を書き込む。


そして小石を兵士に見立てて置きながら、どの位置に、どんな武装をした人員が人数いるかをルディウスに報告する。


「コメット隊が進む正面側には、林道の左右に監視所がここと、ここ、そしてここの3か所、それぞれに弓兵が2人配置されている。

その先、遺跡の入り口付近、石垣のアーチを潜り抜けた先にはショートソードで武装した奴らが8名、

さらにその奥、2つ目のアーチの奥には4名の槍兵、神殿内には3名居るみたいだけど、武器までは判らない」


するとルディウスが言う。


「正面側で表に居るのは18人、神殿に3名か…

セツナ。裏手側、俺たちが侵入する側の警備はどうなっている?」


「えーっと…裏手側には外側の堀のたもとに槍兵が2名。

一つ目のアーチをくぐると、すぐ右脇に小屋があって、その中には14名いるみたい。

あ!待って!…この14名には子供たちが複数含まれているみたい」


セツナの報告を聞いてレイダーが言う。


「きっとそれ、コメットが言っていた人質じゃないか?」


「うむ…おそらくその可能性は高いだろうな…

ただ、監視役が紛れている可能性もある、接近する時は慎重にいこう。

セツナ、他にはいるか?」とルディウス。


「裏手にも2つ目のアーチの奥には2名の槍兵、でも裏手の警備兵はそれだけだ…」


セツナの報告を聞いてルディウスが言う。


「ふむ。正面に18名、神殿に3名、裏手に4名、総勢25名か…人質でなかった場合はさらに14名…

アジトにしては手薄な印象だが、300名を各港町にそれぞれ派遣するとなると、この人数が自然か…」


ルディウスは違和感を覚えつつもコメットに必要な情報を最優先で伝える。


「コメット。そろそろ会敵する。進行2時方向右上、太い幹の上に2名弓兵だ…」


予定では、コメットの部隊が正面から攻撃を仕掛け、神殿の外に全員が出たところを、

セツナたちが背後から挟撃して制圧する手はずになっている。


コメットが部下たちに指示を出す。


「盾持ちは前へ、弓はその後方で、監視所の2名を狙い撃て」


すると、ショートソードを装備した一人が“待った”をかける。


「すまねぇコメットの若旦那。あそこのいるのは俺の知り合いだ…

射かける前に説得できるかもしれない」


コメットはそれを聞いて戸惑った。


しばらく考えた後「ったく仕方ねぇ…なら交渉してこい…」と送り出した。


「ありがとうよ!コメットの若旦那!」


男はそう言うと、監視所の見える位置に躍り出て、声をかけた。


しばらくすると弓の男たちは「参加したい!」とあっさり降りてきた。


コメットからルディウスに報告が入る。


「監視していた弓兵2名がこちらに加わった…」とコメット。


その報告を聞いたルディウスの顔が強張る。


「…なに。投降しただと…」


一緒に聞いていたロビンが言う。


「おいおい。そりゃ罠だぜ…」


ルディウスは一呼吸おくとコメットにこう告げた。


「コメット。これは提案なのだが、投降した彼らを最前線に立たせて進んでくれ…」


「えっ…んー…わかった…」とコメットは返す。


ルディウスはセツナたちの方を向きこう言った。


「コメット隊の中におそらく裏切者がいる…

我々は予定を繰り上げて行動を開始する」



トコル町から西に3キロメートル地点 水の神殿跡 正面側

 一方コメット隊はその後も監視をしていた弓兵に声をかけ、全員を仲間に引き入れた。


弓兵だけで当初3名だった人員が9名に膨れ上がったのだ。


これは戦力としては頼もしい限りだった。


コメットたちは何の戦闘もしないまま石垣のアーチ前まで前進した。


すると、コメットの予想を超える事態が発生した。


アーチをくぐり一つ目の中洲に入ると同時に、コメット隊の後ろに随伴していた投降弓兵たちが、3名の弓兵に向けて背中から矢を放ったのだ。


背中から胸を撃たれた弓兵は即死だった。


そして、コメットたちに矢を構え直してこう言い放った。


「武器を捨てて投降しろ!」


その言葉を合図に、中洲の両脇からショートソードを抜いた8名の兵士がコメット隊を左右から取り囲んだ。


「な!なんだと!」とコメットが叫ぶ。


コメット隊も盾持ち6人で円陣を組んで身構える。


すると神殿へと続く通路から2名の人影があった。


「おやおや…これは誰かと思えば、ロドリゴ・ナセナル運輸の若社長、いや失礼。

今はコメット・ナセナル運輸でしたっけ?」


「誰だ!」とコメットが叫ぶ。


神殿からプトレ・ファミリーの私兵たちの間をかき分けて歩いて来た人物を見て、コメットは驚愕する。


「ロジータ・サルマン…」


そこに立っていたのはロジータ・サルマン運輸の社長だった。


ロジータ・サルマンの脇にはマントを着込んだAクラス冒険者1名が随伴していた。


コメットが言う。


「おめぇ…裏切ったのか…」


するとサルマンが苦笑しながら言う。


「怖い顔しなさんな。

これはビジネス…

そう!ビジネスの一環ですよ若社長」


「何がビジネスだ。」


「あー…嫌だ嫌だ…

あなたも先代のロドリゴと同じ事を言う。

若社長。あなたはもう少し賢いと思っていました…」


するとコメットが言い返す。


「クレス・ヴェイガルドの生活基盤の運河が使用出来なければ、国民がどれほど影響を受けるか判るだろう!

大社長のお前がなんでこんな事を!」


するとサルマンが言う。


「だからです!!若社長。

もう神官や国軍の管理下での商売には限界があるのですよ。

しかし私たち商人の信条は更なる儲けを出す事でしょ?

それなら、自分たちだけで新たな経済圏を確立するしかない」


「何を勝手な事を…」とコメットが吐き捨てるように言う。


するとサルマンがこう言った。


「正直、我々商人は搾取され過ぎました。

神官や軍の連中によって、我々一般人が汗水たらして稼いだお金を、防衛費や、魔煙管理税として当然のように徴収される。

しかしそれももう終わりです」


するとコメットが聞く。


「まさか、神官や国軍相手に戦争しよう、ってんじゃないよな?」


「いやいや、とんでもない!

我々一般人が、武器や魔法で、彼らには太刀打ちできないのは若旦那も想像つくでしょう。

であれば、武器や魔法による暴力ではなく、

資産で、経済力で、彼らの影響力を抑え込み、新たな経済圏のもと、我々が新たな秩序を築く!」


サルマンの演説のような言葉には魅力があったし、おそらく経済力を武器にできれば、神官や国軍すら指先で動かせるようになるだろう。


一瞬コメットの心が揺らいだ、しかしサルマンの狂気じみた表情を見て父の言葉を思い直した。


「俺は反対だ…商人は誰よりも秩序を重んじるべきだ。

何より人の心を手玉に取るような考えが好かん!」とコメット。


「なぜです?

実に平和だと思いませんか?

誰も傷つけないで影響力を行使できる。

いずれは神官の影響力すらも凌駕できますよ!

なにせ、人の欲望には際限がありませんからね。」


サルマンのその言葉にコメットは履き捨てる。


「それで…そんな事のためにおやじを殺したのか…

自身の理想のためなら人も迷わず殺す…

港を封鎖しみかじめ料を取り、船舶を使用する客でさえ金に換える。

骨の髄まで腐ってやがる!」


その言葉にサルマンが険しい顔になる。


「綺麗ごとだけでは、この世界でやっていけないのですよ…

それに、あなたは自分の置かれた立場が判っていないようだ…」


するとAクラス冒険者が「構え!」と手を持ち上げ、フッと振り下ろす。


それと同時に、複数の弓兵から矢が放たれた。


シュピュシッ!と矢が盾持ちたちを襲った。


放たれた矢の一本が盾の裏に飛び込み、ショートソードを装備した兵士の肩を射抜く。


「うわ!」


矢を受けた一人が、その場でうずくまる。


「弓兵、次を構えて待機しておけ…」サルマンが兵士たちに指示を出す。


サルマンがニヤニヤしながら言う。


「ちょうど、実に偶然なのですが、ここにあなたの会社の経営権移譲の書類があるんですよ…」


そう言うと、サルマンが懐から一枚の書類をゴソゴソと抜き出し、コメットに見せた。


それはコメットの会社の金庫に保管されていた重要書類だった。


「やろう…盗みやがったな…」とコメットが歯噛みする。


「コメット君。ここにいる忠実な社員の命を守りたければ、この書類にサインしなさい」


サルマンをにらみつけたまま黙り込むコメット。


それを見てサルマンがさらに言う。


「コメット君。君の理想のために、他人が死ぬという事があって良いのかね?」


そう言うとサルマンの脇に立っていたマントを着込んだAクラスの冒険者の一人が、ショートソードを手にしながら、コメットたちの前に歩み出る。


よく見ると、マントの裏にグラディウスがチラリと見えた。


そしてその冒険者が言う。


「お前たちの中から一人選んで、俺と真剣勝負しろ」


サルマンがこう付け加える。


「今のままでは全員が死ぬだろう。

しかし、私は寛大だからね。

もしこの冒険者と勝負して勝てたら、今日のところは見逃してあげよう」


すると周囲にいた8名の荒くれどもが一斉に叫ぶ。


「勝負しろ!」「とても勝てるとは思えないがな」「やっちまえ!ザジンの旦那!!」


するとコメットが声を震わせながら言う。


「お…俺が相手をしてやる。他のやつは手を出すな!」


するとサルマンが驚きと困惑の表情を見せつつ言い放つ。


「いやいや…それでは困る。

君は一番最後だよ。

君に死なれてはこの書類にサインが書けなくなる。

それに、君が生き残るチャンスでもあるんだぞ。

そう死に急ぐ事もあるまい…」


それでも盾の間から出ようとするコメット。


するとそれをショートソードを持った一人がコメットの肩をギュッと握って引き止める。


「坊ちゃん。ここは私が行きましょう。

相手はザジン・ザンジバル。

悪名高い二刀流の冒険者です」


振り返ると、先代からこの会社に勤めていた古参のガリウスだ。


ガリウスはもう相当な年齢だ。


とても剣をまともに振れる歳ではないだろう。


「だめだ…ガリウス」


コメットは止めに入ろうとしたが、周囲が抑え込んだ。


何か言いかけたコメットであったが、怖さと相まって言葉が出ず、ガリウスの決意の表情を見て黙って道を譲った。


ガリウスはショートソードを握り直すと、ザジンと呼ばれたAクラス冒険者の前に立ちはだかる。


「ちぇ!…なんだよ。老いぼれかよ…」とザジンが吐き捨てる。


「ほざくな小僧…」ガリウスが剣をゆっくり構える。


ザジンは「ハー」とため息をつくと、剣を構えてじりじりと間合いを詰め始める。


それまで騒然としていた中庭に静寂が訪れた。


周囲には花が咲き、蝶がフワフワと舞っている。


しかしそんな風景とは裏腹に、異質なほどの緊張と静寂がザジンとガリウスの間に流れていた。


先に動いたのはザジンだ。


その俊敏な動きは、流石Aクラスといったところだ。


一息に地面を蹴ると同時に、ガリウスの間合いをつめ、ショートソードを突き出す。


しかしガリウスも元はAクラス冒険者。


強烈な突きを剣で軽く弾いて軌道を変えると、ザジンの懐に飛び込んでザジンの脇腹に、肘鉄をお見舞いする。


ドン!という鈍い音が響き、ザジンの身が一瞬揺れた。


しかし、ザジンは動じない。


「ま、こんなもんだわな…」


「くっ…」


ザジンは懐に入ってきたガリウスの脇腹に膝蹴りをぶちかますと、

後方に思いっきり蹴り飛ばした。


ズザザーと土煙を上げてガリウスの体が吹き飛ばされる。


ガリウスは周囲を取り囲んだ荒くれどもの足元近くまで飛ばされたが、

重々しく起き上がった。


「やれやれ…老いというのはここまで残酷か…」


ガリウスは剣を構え直すとザジンを睨みつけ、間合いを詰めるのだった。



トコル町から西に3キロメートル地点 水の神殿 裏側

 一方セツナたちは丘を下り、神殿の背後へと周り込んでいた。


ロビンが言う。


「俺とレイダーで目の前の2人をヤる。支援を頼む」


すぐさまセツナが全員に支援魔法を付与する。


『纏え。疾風の加護よ、我らを速めよ』


支援魔法を付与されたロビンとレイダーの身体に緑色の帯がフワリと浮き出ると、小さな風を起こして大気の中にスーっと消えた。


「おっし、じゃ行ってくる」とレイダー。


ロビンとレイダーは素早く、木の陰に移動し間合いを詰める。


支援魔法を受けた体は凹凸のある地面を、まるで平坦なスケートリンクの上を滑るかのように静かに進んだ。


配置についた次の瞬間、まるで突風の如く二人が飛び出した。


見張りの一人が木陰から飛び出したロビンに気づいたが、

槍を構える頃にはロビンのツヴァイハンダーが首元に迫っていた。


シュパン!!という音を響かせて、ロビンの剣が通過する。


もう一人はこちらに気づく間もなくレイダーのハルバードによって引き倒され、無力化されていた。


「制圧完了」とロビン。


ルディウスが言う。


「…ではこのアーチの向こうにある小屋の中を確認するとしよう…」


小屋の周囲に人気はない。


ユアラが素早く駆け寄り、扉の前に来る。


扉には外からは頑丈な鍵がかけられていた。


鍵に向けて詠唱する。


『解け。英知の源泉よ、彼の秘め事をここに晒せ。』


するとユアラの足元から水が湧き出て、静かに噴水のように水が隆起する。


隆起した水は頭をもたげた蛇のように鍵穴の前に静止すると、

パクっと噛みつくように水で包み込んで、

瞬く間にカシャン!と鍵を開ける。


開け終わると、急に形状を崩してボタタっと地面に流れ落ち、水たまりに変わった。


ルディウスが扉に駆け寄ってそっと開けて慎重に中を覗き込む。


「なんだ?もう交代の時間か?」


何も外の状況を知らない見張りの男が、のそっと出口まで歩いてきた。


ルディウスは扉を勢いよく開けると、同時に男の股間に膝蹴りを突き込んだ。


「うごぅ…」男が白目をむいて倒れる。


中を確認すると、住民たちが怯えた目でこちらを見ている。


ルディウスが彼らに言う。


「救援にきた。さ、早く森の奥へ」


住民たちがルディウスの誘導で森へと駆け込む。


するとそのうちの一人の男が空に向かって詠唱しだした。


「まずい!敵が混ざっていやがった!」とレイダー。


言うが早いか走って逃げてゆく男の背中に向けて投げナイフを投げ込む。


しかし男に到達する頃に詠唱は終えてしまっていた。


男の手から光と煙の玉が撃ちあがり、周囲にドーンという破裂音が響いた。


煙幕は黄色と赤だった。


これを見てルディウスが言う。


「援軍を呼ばれたか。コメットの救援を急ぐぞ!!」



トコル町から西に3キロメートル地点 水の神殿跡 正面側 中洲付近


 「ほーらどうした!どうした!!まだ剣一本で戦ってんだぞ!」


ガリウスは最初こそ互角に戦っていたが、ザジンの淀みなく繰り出す剣撃の前に防戦一方になっていた。


うまくいなしてはいるが、それでもじりじりと圧されるガリウス。


ガリウスの背後数メートル後方には周囲を取り囲んだ荒くれどもが武器を構えてニヤついている。


コメットが叫ぶ。


「もういい!ガリウス!」


しかしガリウスが言う。


「その信念があったから、これまでやってこれたのです!

コメット。気を強くもちなさい!」


するとザジンが言う。


「おお、無駄口たたいて、随分余裕だな。」


ザジンの繰り出す一撃一撃の剣に力と殺意がこもる。


「だが!」

「それは!」

「俺に!」

「勝てから!」

「言え!」

「くそジジイ!」


ザジンの一振り一振りがどんどん重くなってゆく。


「力の!」

「無い!」

「者がぁ!」

「意見を!」

「言える!」

「世界なんて!」

「どこにも!」

「ねえ!!」


剣撃を受け流すたびにガリウスの背中がじりじりと荒くれどもの方へと押し出されてゆく。


荒くれどもとの距離が1メートルに近づいたその時だった。


集中力を阻害するかのように、神殿の裏手側に信号弾の音がこだました。


「汚いドブネズミが罠にかかったか…」とサルマンがニヤつく。


その言葉がまるで合図だったかのように、周囲の荒くれどもの一人が動いた。


ガリウスの脇腹目掛けて、荒くれの剣が深々と刺し込まれた。


「ウガっ」ガリウスがバランスを崩す。


そこにザジンの振り下ろしたショートソードが首元から胸、腰に向かって一閃された。


ザシュ!!とザジンの剣が振り降ろされたと同時にガキャン!とガリウスの剣が宙を舞う。


「ガリウス!!!」コメットが叫んで飛び出そうとする。


周囲の人がそれを必死に抑え込む。


するとガリウスが力なく膝をついて地面に倒れた。


思わずコメット隊の一人が叫ぶ。


「卑怯だぞ!サシ勝負じゃないじゃないのか!」


すると、ザジンが言う。


「何を言っている。これが命を懸けた闘いだろうが!卑怯もクソもないんだよ!」


地面に倒れてもなお、腕を動かし、地面に転がった剣を拾いに行こうとするガリウスにザジンが歩み寄る。


「はい!くそジジイは退場!!」


ザジンはそう言うと、ガリウスの心臓目掛けてトドメの一撃を深々と刺した。


「うわあぁぁ!!」


それを見たコメットが叫んだ。


そして、そのまま力なく地面にへたり込む。


サルマンが言う。


「あーあ…

これじゃ無駄死にだ…

コメット君の意地が彼を殺してしまった」


「…黙れ…」


「素直に従ってさえいれば平和に」


「黙れ…」


「おや?反省していない?」


「黙れ!…黙れ!!黙れぇぇぇ!!!」


するとザジンが言う。


「それなら、最初からお前が出て来いよ弱虫が」


コメットは膝をついたまま、涙を流し、怒りに肩を震わせている。


サルマンがザジンに面倒くさそうに言う。


「もういい。コメットは半殺しにして連れて来い。

他は…殺せ…好きにすればいい」


「だとよ。坊主。そんじゃ殺し合いといこうか」


ザジンがショートソードについた血を振り払うと、肩に担ぐ。


コメットは小さくハーっと息を吐くと、静かにグラディウスを握りしめる。


そしてユラッと立ち上がった。その顔は復讐で燃えていた。


周囲の荒くれどもはコメット隊の他の者たちを攻撃しようと剣を構えた。


サルマンが振り下ろすと同時に弓兵から一斉に矢がコメットたちに降り注いだ。


盾の陰に隠れてい身を低くするコメットたち。


また一本、盾の隙間をすり抜けて、兵士の胸に刺さる。


「グハっ!」


「このままじゃなぶり殺しだ」と叫ぶ兵士。


しかしコメットはうつ向いたまま反応しない。


するとその時だった。


『噛み砕け。大地の牙よ、愚鈍なる敵に更なる枷を』


ロビンの詠唱が響いた。


ザジンは詠唱を聞くと同時に「おっと!」と地面を蹴り後方へと飛びのく。


その途端、地面から複数の牙が、まるでトラバサミのように隆起すると、周囲を取り巻いていた荒くれどもの足を瞬く間に砕き、その動きを封じた。


『切り裂け。烈風の刃よ、愚か者を刻め』


ルディウスが放った攻撃が弓兵たちを次々と切り伏せてゆく。


サルマンが叫ぶ。


「魔法だと!小癪な!」


すると勢いそのままに突っ込んで来たロビンが、サルマンの懐に飛び込んだ。


「お互い様だろ大将!」


言うなり、サルマンの頭に強烈なラリアットをお見舞いする。


ラリアットを食らったサルマンの身体が中空でグルンと1回転半して後頭部を地面に強打し、そのまま両足を広げた逆立ち状態で沈黙する。


ルディウスとロビンによる奇襲が成功した。


足を砕かれ身動きが取れない8名の兵士はもはや戦意を喪失しており、

サルマンは不格好な逆立ちのままピクリとも動かない。


実質残されたのはザジンだけだった。


ルディウスが言う。


「もはや我らの優位性は変わらない。投降したまえ」


するとザジンが不気味に笑いだす。


「フっ…フハハハ。

優位性だと?判ってはいないようだな哀れな神官よ。

さっき上空にうち上げた信号弾を見ただろう?

あれは俺たちの騎馬隊への信号弾だ。

もうじきここに30機を誇る精鋭の騎馬隊が殺到するぞ。

そうなればお前たちが袋のネズミだ!」


するとルディウスが周囲をチラッと見てこう答える。


「貴様は兵法を学んだ事はあるか?」


突然の問いかけに一瞬戸惑うザジン。


「今、それは関係あるか?

それより聞こえて来ただろ?騎馬隊が地面を蹴る音がよ…」


確かに、周囲の白壁に反響して、遠くから騎馬隊の掛ける音が響いてきている。


するとルディウスが言う。


「では、人生最後に学んでゆくといい…

ロビン。私は騎兵の相手をしてくる。」


「あいよ!ルディウス。」


ロビンはそう言うと、ザジンとルディウスの間に割り込むように立つとツヴァイハンダーを構えた。


ロビンの“ルディウス”という言葉に荒くれどもがにわかにザワつき始めた。


「おい…まさかあのルディウスなのか?」


「神官に…武器…ルディウス…」


「ロビンとルディウス…」


「戦軍神官のルディウスとロビンだあぁぁぁ!!!」


その言葉を聞いたお荒くれどもが皆一様に慌てふためく。


「だまれ!役立たずのクソども!!」ザジンが一蹴する。


ザジンがロビンにショートソードを構えながら言う。


「ロビン…だったよな?」


「んあ?」


「お前あのロビン・ドロードか!」


「お前…どっかで会ったか?」


するとザジンが緊張した面持ちで息を静かに吐く。


「たまんねぇ…たまんねぇな…ここで出会うとは」


「あ?」


「まさか、戦神の剣のロビンと会うたぁ運がいい…」


「それ運がいいのかい?」とロビン。


ザジンは集中しながら息をゆっくりと吐く。


静寂が一瞬だけ流れた次の瞬間、ザジンが動いた。


隠し持っていた投げナイフをロビンに向けて放つ。


それとほぼ同時に一歩踏み込んでショートソードを振り下ろす。


ロビンは投げナイフをガキュ!と柄で弾きつつ、ザジンの振り下ろした攻撃をツヴァイハンダーの剣の付け根で受け止める。


しかしザジンは素早く腰のグラディウスを引き抜くとロビンの腹を横なぎに切ろうとする。


するとロビンは手首を返してツヴァイハンダーをそのまま回転させザジンの突き出しかけたグラディウスを弾いた。


「うお!!」


ザジンは小さく発すると、のけ反るようにロビンの剣をかわし、間合いを取り直す。


「へぇ…二刀流かい?」ロビンが言う。


その言葉にザジンは剣を構え直す。


「時間が惜しい、今度はこちらからいくぜ…」とロビン。


言うが早いか、ロビンが流れるように間合いを詰めると、ツヴァイハンダーがロビンの周囲で躍った。


ロビンの振り下ろした剣の速さに、ザジンが思わずショートソードとグラディウスをクロスして受け止める。


ガキャン!と金属の当たる音が響く。


しかし次の瞬間、ツヴァイハンダーの軌道が変わった。


ロビンはザジンが受け止めたと同時に手首をクルリと返すと、今度は下からの切り上げにツヴァイハンダーの軌道を変える。


その動きに反応したザジンが、のけ反ってかわそうとする。


ザジンの顔を掠めるようにツヴァイハンダーの剣先が通過すると思われた直後、さらにツヴァイハンダーの軌道が斜め上へと変わった。


「しっ!しまっ…」ザジンが短く発する。


シュパン!!とツヴァイハンダーがザジンの前を霞めて通り過ぎたと思った瞬間。


ザジンのグラディウスを握った手が宙を舞った。


ロビンは勢いを止める事なく、そのまま腕を捻ると、ザジンの首元狙ってツヴァイハンダーを横なぎに振り抜いた。


勝負は一瞬だった。


キュン!という甲高い音が響き、ザジンの胴体が地面に崩れ落ちる。


ザジンは悲鳴すらあげる間もなく、ロビンの前に倒れ伏した。


一方ルディウスはこちらに向けて突撃してくる騎馬兵に向けて詠唱をした。


『沈みこめ。怒れる大地よ、早き者に躓きの試練を』


すると騎馬隊の進路上の地面に地震が発生した。


そこに騎馬隊が突入した途端、馬の足が泥濘に沈みこんだ。


ガクンと足を取られた馬たちが次々と騎手を振り落としては道に転がってゆく。


「うわ!!」


騎手たちは先頭から落馬したため、後続がそれに当たり、さらに落馬してゆく。


辛うじて最後の3機だけが味方の頭上をジャンプして飛び越え、落馬を免れたが、騎馬隊は総崩れとなった。


そこに追い打ちをかけるようにルディウスの詠唱が響く。


『噛み砕け。大地の牙よ、愚鈍なる敵に更なる枷を』


詠唱が終わると共に、地面からトラバサミのような牙が騎馬隊を襲う。


「うわ!」「ぎゃあ!」「ヒヒン!」


辛うじて落馬を免れた騎兵も、トラバサミによって動きを封じられ、もはや騎兵とは呼べない状態へと変貌していた。


ルディウスが騎兵たちに言う。


「立ち去れ!この神殿は我々が占拠した」


すると騎兵長らしき者が言う。


「だまれ!ボルデオ・プトレ・バルドー様の命令は絶対だ!」


「貴様たちの頭目は我々がすでに仕留めた」


「嘘だ!騙されるな!」


するとザジンとの戦闘を終えたロビンがザジンの首を持って現れる。


そしてロビンがザジンの身印を掲げて吠えた。


「野郎ども!すでにザジン・ザンジバルもこの有様だぞ!」


それを見て騎兵たちはひどく動揺する。


「ザジンの旦那までやられた…」


するとルディウスが言う。


「このまま引き上げるのであれば追いはしない。

しかし、もし向かって来るのであれば、戦軍神官ルディウス・マルフォの名のもとに、貴様らをこの地で墓標に変えよう」


「なっ!戦軍神官だと!?」


「なんで神官最強クラスのルディウスがここにいる!!」


騎兵長は小さく舌打ちすると馬首を返した。


「…退け!野郎ども!! 退け!退け!!」


騎兵たちはルディウスの異名とザジンの敗北を目の当りにし戦意を喪失し撤退してゆくのだった。



トコル町から西に3キロメートル地点 水の神殿跡 神殿内

 一方、セツナとユアラとレイダーはプトレ・ファミリーの頭目ボルデオ・プトレ・バルドーと遭遇し苦戦していた。


ルディウスとロビンがコメット隊の救援へと向かう一方、セツナとユアラ、レイダーの3人は表の見張りの槍兵を無力化しつつ、裏手から神殿へと侵入していた。


神殿は薄暗く、石柱が何本も暗い天井に向けて伸びている。


レイダーが言う。


「ここは視界が悪い」


セツナが片目だけを瞑り、傍らのフィールの視線で暗がりを覗き込む。


「大丈夫、このフロアにはいない。

でも正面、一番奥の扉の先に一人誰か居るようだ…」


「じゃ、気づかれないようにその扉まで進みましょう」とユアラ。


3人は念のため3方向に散らばって神殿内を通ってゆく。


神殿の奥にはひときは目を引く豪華な観音扉があった。


「ここだ」とセツナ。


扉にレイダーとユアラが手を触れた時だった。


「ったくだらしのねぇ野郎どもだ…ネズミ一匹仕留められんとは…」


「まずい!扉から離れろ!」とセツナ。


「え!」と二人が反応直後、重いはずの扉がバン!と勢いよく開いた。


扉に弾かれて左右に転がるレイダーとユアラ。


開いた扉の前に、身長2メートルはあろうかという男が立ちはだかっていた。


「お前ら…ドブネズミのわりにやるじゃねぇか…」


ボルデオ・プトレ・バルドーだ。


彼の手には刃渡り30センチはあろうかという、鉤爪が握られている。


セツナたちが武器を構え、攻撃姿勢に入る。


「ほう…俺とやり合おうってか?」


ボルデオ・バルドーは不気味な笑みを浮かべると、鉤爪のついた片手で呆れたといったように顔を覆った。


レイダーが言う。


「状況見てから言いな!」


「状況?」ボルデオ・バルドーはそう言うと素早く姿勢を低くした。


その次の瞬間、ボルデオ・バルドーが動いた。


素早く床を蹴ると瞬く間にセツナの左側にいたレイダーとの間合いを詰めた。


ヒュン!という鉤爪の音が暗がりの神殿に響く。


「っと!」とレイダーが回避する。


しかしボルデオ・バルドーの動きは、その巨体とは裏腹に身軽だった。


立て続けにレイダーに向けて鉤爪を振り回す。


シュ!ヒュン!ガキュ!


神殿の壁や柱に鉤爪が掠そうがお構いなしに振り回すボルデオ・バルドー。


三振り目の攻撃をハルバードで受け止めるレイダー。


しかしそれを見越していたボルデオ・バルドーはもう片方の鉤爪でレイダーの腹を横なぎにする。


グキャン!という音が響き、レイダーのアーマーに深々と3本の傷が入った。


「っとあぶねえ」とレイダーが後に飛んで間合いを取る。


すると今度は背後に立っていたセツナとユアラに向かって一気に間合いを詰めて突っ込んでくる。


鉤爪が唸りをあげ二人を襲うボルデオ・バルドー。


セツナとユアラは同時に左右に飛びのいて回避する。


するとボルデオ・バルドーが言う。


「おや?どんなに強い冒険者かと思っていたが、こちらは素人のようだな…」


「それはどうかしらね!」とユアラ。


ボルデオ・バルドーは薄気味悪い笑いを浮かべる。


「ククク…お前はそれなりだが、向こうはどうだ?」


そう言うなりセツナに向かってまるでイノシシのように突っ込む。


セツナはこの時、レイダーやロビンの訓練を思い出していた。


「(攻撃をかわす時は中心を半分ずらして半歩で…)」


ボルデオ・バルドーの鉤爪がセツナを襲う。


セツナは教えのとおり半歩だけ身をかわした。


ザシュ!と鉤爪がセツナの鎖帷子ごと腹を掠めるように引き裂く。


セツナはそのまま地面に滑るように倒れた。


「(なんで?避けたはず…間合いか!)」


「(ヤツの間合いに入るな!!)」ナッセの心の声が響く。


セツナは身をよじるように回転すると、間合いを取って起き上がり槍を構え直す。


「ほーらやっぱり…素人だ」とボルデオ・バルドー。


するとユアラが詠唱しだす。


『貫け。執心なる炎よ…』


そう言いかけた途端、ボルデオ・バルドーの身体がユアラの前まで迫っていた。


「きゃ!」と短く叫ぶとユアラが大きく飛び退く。


ユアラが神殿の壁際に追い込まれる。


ユアラは壁をタタっと蹴って、ボルデオ・バルドーの頭上を飛翔しながら、背面に回り込んで辛うじて鉤爪を回避するユアラ。


しかしボルデオ・バルドーの攻撃は終わらない。


向き直ると、飛び退いたユアラに向け素早く間合いを詰め、さらに鉤爪を振り下ろした。


その攻撃も辛うじて避けたが、鉤爪はユアラのブレストアーマーを鋭くえぐっていた。


「いっ!」ユアラは攻撃を避けるのが精いっぱいだ。


ユアラと戦闘しているボルデオ・バルドーが言う。


「お嬢ちゃん…さては人を殺した事ないね?」


ナッセの心の声が大きくなる。


「(ユアラを護れ!セツナ!)」


その時だった!神殿の出入り口の方から「わあああ!!!」という叫び声と共にコメットが駆けこんできた。


手にはグラディウスが握られている。


「なんで!」とセツナ。


するとボルデオ・バルドーの狙いがコメットへと向く。


「おやおや、獲物がむこうから飛び込んできた」


言うが早いかボルデオ・バルドーの身が薄暗い石柱の裏に躍る。


レイダーが一足早くコメットに到達すると、石柱の裏から突っ込んで来たボルデオ・バルドーの間に割り込む。


レイダーは体当たりでコメットを弾くと同時にハルバードでボルデオ・バルドーの鉤爪の攻撃を受けた。


グキキュ!!


しかしボルデオ・バルドーはすぐさま、レイダーに向けて膝蹴りをドコっと打ち込む。


レイダーが出入口の右側後方へと吹き飛んだ。


その時セツナは一人混乱していた。


「(人だ…人との戦闘だ…)」


単純に戦闘が恐いという事だけではなく、人を殺してしまうのがセツナを怖気づかせていた。


するとその時だった。


レイダーに出入口左側に壁まで吹き飛ばされたコメットが、無言でスクっと立ちあがると、グラディウスを握ってボルデオ・バルドーに向かって駆け出した。


「いけない!」


ユアラがそう言うなり、ボルデオ・バルドーの脇をすり抜けながら、コメットを横っ飛びで張り倒す。


突き飛ばしたユアラの背中に向けボルデオ・バルドーの鉤爪が容赦なく切掛る。


「ぐあっ!」


短く発すると血を流して床に転がるユアラ。


するとセツナと心の声が完全に一致した。


「(…ユアラとコメットを僕が救わねば!)」


その瞬間、セツナの身が薄暗い神殿の中で躍動する。


地面をタン!蹴ると信じられないほどのスピードでボルデオ・バルドーに向かった。


周囲から音が消え、自分の鼓動しか聞こえない。


眼前に迫るボルデオ・バルドーの動きがやけにゆっくりと見える。


「なに!」


ボルデオ・バルドーが横から飛び込んできたセツナの動きに驚愕する。


セツナの強烈な突きをギリギリでかわすボルデオ・バルドー。


そしてセツナ目掛けて鉤爪を振り降ろし反撃する。


ガキャン!という音が神殿に響く。


セツナは無言で短槍を操ると、ボルデオ・バルドーの一撃を、衝撃を逃がすように槍を滑らせて受け流す。


「雑魚がでしゃばるな!」


ボルデオ・バルドーはそう言うと、セツナに向けて、立て続けに鉤爪を振り回した。


しかしセツナはまるで風に舞う羽のようにその攻撃をギリギリでかわしてゆく。


ボルデオ・バルドーの攻撃はセツナに掠りはするものの、最初のような当たり方はしなかった。


ボルデオ・バルドーはたまらず、大きく振りかぶって鉤爪を振り抜いた。


その時だった、大振りしてできたスキをセツナは見逃さなかった。


セツナがスルリと脇腹に向けて槍を滑り込ませる。


「ぐお!!」


セツナの槍を脇腹に受け、姿勢が崩れるボルデオ・バルドー。


「くそが!!!」


ボルデオ・バルドーは身を捻ってセツナに向けさらに鉤爪を横なぎに振り回す。


ガキュン!!セツナは手首を返して槍を回転させると石突き側で鉤爪の軌道を即座に反らす。


そしてそのまま、ボルデオ・バルドーの首元目掛けて槍先を繰り出した。


ズグン!という気持ち悪い感触が槍を伝わってセツナの手に届く。


喉元を刺され、ボルデオ・バルドーの動きが急に鈍った。


セツナは顔色一つ変える事なく、静かに姿勢を整えると、トドメの一撃を心臓目掛けて突き込んだ。


ザシュ!


ボルデオ・バルドーの心臓にセツナの短槍が到達する。


「ぐふっ!!」ボルデオ・バルドーが吐血した。


ボルデオ・バルドーはセツナの表情を見て苦笑いした。


「相手…見誤った…」


そこでセツナは我に返った。


槍からボルデオ・バルドーの血と共に、ドクンズクンと心音が伝ってくる。


それはセツナの心音だろうか、それともボルデオ・バルドーの心音だろうか。


どちらにしろそれはセツナにとって初めて人を殺した感触だった。


「うわあああ!!!」


セツナがその感触を感じて叫んだ。


セツナは槍を引き抜くと、すでに倒れ伏したボルデオ・バルドーをさらに突き刺した。


吸魔石がみるみるうちに黒ずんでゆく。


もう動かないと判っていたのにセツナは何度も何度も刺した。


ユアラが駆け寄りセツナを抱き止める。


「落ち着いて!もう死んでいるわ!」


ユアラに抱きしめられ、セツナはやっと刺すのを止め、力なく槍をカランと床に投げ捨てる。


そこにルディウスとロビンが駆け込んできた。


「コメットがこっちに!!」


するとボルデオ・バルドーの遺体の脇でユアラに抱きしめられ、力なく気を失っているセツナの姿が目に飛び込んでくる。


ユアラが動揺しながら叫んだ。


「セツナが!セツナが!!」


こうして、プトレ・ファミリーの頭目ボルデオ・プトレ・バルドーは死に、ロジータ・サルマンはコメットたちに拘束された。


ここに水の神殿のアジトは壊滅するのだった。


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