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王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します  作者: 幸イテ(旧名:kouta)
責任の在処

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第三十八話 最悪な一日


「忘れもしません。あの疫病神がやってきたのは五年前の事でした」

 ホープ子爵は忌々しげに事の発端を語った。まず私は意外に思ったのは時期だ。五年前ならちょうどオルフが追放された頃である。察するに追放直前だろうか? オルフがそんなに早く行動していたなんて。

「国で大変な事が起きている。このままでは我が国の正義が死ぬ。助けて欲しい。奴はそう言ってました」

「……どの口が言う」

 王族である事に誇りを持つアルベルトにとって、正義を騙るオルフは致し難いのだろう。悪態をつくアルベルトをソフィアが諌める。

「アベルさん」

「すまない。続けてくれ」

 ホープ子爵は頷くと話を再開した。

「普通なら見向きもしなかったはずです。ですが不幸にも私は奴が司教様のご子息だと知っていました」

 つまりはオルフの持つ司教の息子という方が肩書が、世迷い言だと切って捨てるのを躊躇させたと言う事ね。

「初めから妙な感じはありましたわ。どうして司教様のご子息とあろう人が単独でやってくるのか。それでも本人には違いないので、話だけは聞こうと思いましたの。それが大きな間違いだったわけですが」

 アーニャも痛恨の極みと言わんばかりに顔を歪ませた。しかしながら、その話自体が家の存続の危機を招くなんて事、想像なんて出来るわけがない。


「知らなければよかったなんて事は過去にも先にもこの時だけです」


 普通であれば知識も大きな力だ。何事も知っているに越した事はない。私もそう信じてきたわけだが、知っているが故に避けられなかったという話を聞いて、考えを改めざるを得なかった。

「私がこの応接間に案内すると、あの疫病神は『あれ』について意気揚々と話し始めました」

「初めは信じておりませんでしたわ。仮にそんな事実があったとしても、こんな軽薄な奴が知っていると思えませんでしたから」

 余程心象が悪かったのだろう。アーニャの言葉の端から嫌悪感がにじみ出ていた。どうにもオルフは二人を信じさせるための段取りを考えていなかったらしい。というよりかは自分の話が通じないわけがないと思っていたが正しいか。私は二人に聞いてみた。

「いきなり国の危機とホラを吹いてきた事と言い、思い込みが激しそうね。陰謀論が好きそうなタイプなのかしら?」

 思い返すはソフィア魔王説を唱えていた阿呆だ。二人の話から受けるオルフの印象は、どうにもあれ系としか思えなかった。

「でしょうな。転覆させて権力を得ようとかそういうのではなく、ただ正義の味方をやりたい、そんな風に見えました。後の事など全く考えていないようでしたからな」

「一緒に戦おうと手を握られた時は、思いっきりひっぱたきたくなりましたわ」

 アーニャの話を聞いてぞわっとした。身の毛がよだつとはこの事だ。手にカップを持っていなくてよかった。もしも持っていたなら絶対落としていた。

「よく……我慢出来ましたね」

 ソフィアの方に視線を向けると目が座っている。どうにも気持ち悪さが怒りに転化したようであった。

「司教様のご子息に怪我をさせるわけには行きませんでしたから」

 ぎりぎり理性が働いたのだろう。咄嗟に手を止められたアーニャは褒めていいと思う。


 私はどうだろう? そこまで失礼な奴なら、やってしまっていたかもしれない。


 それこそだ。


 この時に有無を言わさず仕留めていればフランだって……


 不意に黒い自分が出てきたのを自覚し、私は慌てて意識の外へ追いやる。気づくとソフィアがこっそりテーブルの下で手を握ってくれていた。

 完全に私怨が漏れていた事を私は反省する。不思議なものであれだけ振り回されたにもかかわらず、ウェンディの正体を知ってからの私は、彼女の事が嫌いになれなかった。それもただ許されたいだけなのかもしれないが。この答えを出すのは今の私には早いのだろう。

 私はソフィアの手を握り返し、気持ちを落ち着けると目の前の事にのみ集中する。幸い私の異変はホープ子爵に気づかれる事はなかった。

「奴は私達の不信を感じとったのでしょう。私達は決して首を縦には振りませんでしたからな。私はこの時すでにどう退場願おうか考えていました。しかし業を煮やした奴は証拠を見せると言って、いきなり娘の髪に手を触れたのです」

 私とソフィアは思わず己が身を抱きしめた。そんなのただの変態ではないか。疫病神はどれ程常識知らずなのか。

「この時ばかりは我慢なりませんでしたわ。いくら司教様のご子息でも失礼が過ぎる。だから付き飛ばそうとしたのですけど、先にお父様の方が手を出していましたわ」

「殴ってはいませんよ。単に引きはがしただけですからな。まあ、私としても嫁入り前の娘に気安く触れる変態を許す気にはなれなかったのは本当ですがね」

 子爵のやった事は父として当然だろう。もはや体裁がとれる状況じゃない。

「私はそのまま奴を怒鳴りつけようとしました。その前に娘の無事を確認しようとして……見てしまったのです」



「娘の掴まれた部分の髪の色が変わってしまっている事に」



 愚か者の世迷言が真実だと知った瞬間、きっとホープ子爵は視界が絶望に染まっただろう。その時の事を思い出したのだろうか、今も顔色が若干悪い。

「……あれ程の恐怖を感じたのは生まれて初めてでした」

 アーシャもまた顔を青くしていた。突然自分の体に禁忌が刻まれたのだ。この国で勝手に色を変える事は死を意味する。それを正しく理解した上での恐怖であった。

「……一方で奴は、自分のしでかした事の意味も分からずに、ほら見ろ、私は正しいと笑っていました」

 思わず舌打ちが出てしまった。由緒正しき子爵家を滅亡の危機に追い込んでおきながら、何の罪の意識もない。ただ自分の正しさを証明して喜ぶ。


 なんと……なんと腹立たしい事か。やる事なす事全てが火に油を注ぐ行為で、聞いているだけで怒りがこみあげてくる。


「……本当に、よく耐えたな」


 アルベルトのその言葉にホープ子爵は首を振った。

「もしも近くに剣が置いてあったのなら、私はその場で八つ裂きにしていたかもしれません」

 いっそ殺してしまいたい、ホープ子爵がそう言っても誰も咎めなかった。オルフのしでかした事はそれ程の暴挙だったのだから。

「こうして我がホープ家はいきなり地獄の淵に立たされたのです。頭の中はパニックでした。それでも何か行動をしなければ、このまま奴に引きずり込まれてしまう。奴の味方をする事だけはしたくありませんでした」

 子爵は一度間をおいてから言った。


「だから私は一芝居打ったのです」


「一芝居?」

「メイドがお茶の入れ替えのために部屋のドアをノックしてきたタイミングで、私は何か連絡が来たようだとあえて席を立ちました。そして一度部屋の外に出ると、待機していたメイドに黙るように指示し、あの疫病神に聞こえるような大きな声で騒ぎ立てました。内容は『なんだって! この屋敷に兵士が向かっている!? もしかして狙いは……』、みたいな事です」

「ここで私はピンときましたわ。だから私もすぐにあの疫病神に言いましたの。『いけません! 今すぐに裏口からお逃げください!』って」

 なるほどと、私は舌を巻いた。兵士が捕らえに来たと偽って、疫病神を追い払ったのである。臆病者のオルフにとって危機の演出は効果覿面だったであろう。実に機転の利いた一手であった。

「奴は疑う事もせず慌てて逃げて行きました。裏口から見えなくなるまで監視し、その後はすぐに娘の髪の色が変わった場所を切り落としました。髪の先の方でしたから、違和感ない程度に収まったのは幸いでした。バッサリ斬り落としたなんてなったらどうしたって理由を聞かれますからな。そこまで至って私達はようやく安堵出来たのです」

 しかしとホープ子爵は肩を落とす。

「ただ、それも単に目の前の危機を超えただけにすぎません。後になって気づいたのです。問題は何も解決していないと。私達が禁忌を知ってしまった事には変わらない。そしてあの疫病神をその事実を知っている。もしも奴が私達に話した事を誰かに告げたらどうなる? と」

「本当に生きた心地がしませんでした。それこそお父様の言うように葬ってしまった方が良かったのかと考えましたわ。でも仮にそれを実行に移してしまった場合、隠し切れるわけがないと思いました。相手は司教様のご子息なのです。言い訳しようにもその場合は『あれ』、禁忌に触れざるを得ません。私達は詰んでおりました」

「私達は恐怖に震えながら日々を過ごしました。いつ兵士達が私達を捕らえに来るだろうと。しかし私達の不安とは裏腹に、時間は平和に流れました。しかし奴が我が家を訪れてから一か月後の事でした。


司教様のご子息が病気で亡くなったと教会から発表されたのです。


……私達は唖然としました」


 それは吉報だったのか、もしくは凶報だったのか。


「あの時の奴はとても病気を持っているとは思えませんでした。本当は病気などではなく、『あれ』を知っていたから処されてしまったのではないか……そう考えるのは当然でしょう。だったら同じく『あれ』を知ってしまった私達はどうなる? 奴は私達の事を話したのか? その前に死んだのか?」

「何がどうなっているか分からない、そんな事は初めてでしたわ。でも私達に出来る事は何もありません。真相を調べたくても、その行動自体が怪しまれてしまう。そんなリスクを負うわけには行きません。私達に出来たのはただ顔に平穏を張り付けて、何もせずに生きる事でした」

 こうしてホープ家の暗黒の日々は出来上がったわけだ。この時教会の方では、オルフに色の真実が漏れている事は認知していない。そもそもの追放目的は『知られる前に追放してしまいたい』なのだから。この時点で知られているのは想定外なのだ。だから追放直前の奴の行動を逐一に追っていたりはしなかった。

 ホープ家が陥った状況は国も教会も想定外、だから埋もれてしまった。あまりにも気の毒で、ここまで放置してしまった事を申し訳なくなる。私は心の中で今まで耐えてくれたホープ家に感謝した。


 しかしと私は頭を悩ませる。追放直前に行動を起こしていたとは、オルフにも予感があったのだろうか? それともたまたま行動を起こしたのがそのタイミングだっただけなのか?  

 教会から聞いた話によると、オルフが追放された地は我が国の最西のレステア領であった。なおベルナール領は最東であるため真逆の位置となるが、その地が選ばれたのにはちゃんと理由がある。

 同じ国の果てであるレステア領だが、独特な緊張感があるベルナール領とはかなり異なる。簡単に言うと、酪農が盛んなのどかな田舎と言えばいいだろうか。果てにあるにもかかわらずとても平和な領だ。

 それは何故かというと果てであるのにもかかわらず、隣国が存在しない事による。我が国の西は巨大な山脈が連なっており、その過酷な環境から人の住めない地となっていた。厳密的に言えば少数の山の民がいるが、国とは言い難い。だから我が国の情報を隣国に売る事も出来ないし、言葉が悪いが、飼い殺しするには最良の場所と言えた。

 そこでオルフに与えられたのは家と農地だけ。金は一切持たせなかったという。故に戻ってくるにもしても、農業が軌道に乗り、安定した収入を得てからでないと無理のはずであった。

 しかしながら成り代わったウェンディが現れたのは四年前、そうなるとオルフは追放されてから一年以内にフローレル男爵と接触した事になる。オルフがフローレル領に行けたとは思えない。逆にフローレル男爵が何かしらの用で訪れていたのだろうか。

 ふとレステア領は療養地として有名な事を思い出す。この頃には本物のウェンディは亡くなっていたはずだが、ウェンディは記録上、療養に行っていた事になっている。だからレステア領を訪れていた? 多分何かしらの偽装のために。


 私が思考に没頭する中、アルベルトはホープ子爵に尋ねた。

「何時奴の、疫病神の生存を知った?」

「違和感を持ったのは二年前、確信に至ったのはそれから一月後です」

 それを聞いた時、私は答えが見えた気がした。しかしあえてそれを口に出さず、ホープ子爵の続きを待つ。

「疫病神が死んだとされてから、ホープ家としてどうすればいいか悩みましたが、私達が選んだのは情報を集めるという事でした。情報こそが我が家を守ると信じて。流石に『あれ』に直接関わりそうなものは避けましたが、それ以外ではどんな些細な情報でも逃さない。そのつもりで新たに動き始めたのです」

「辺境伯との付き合いもその辺りからか?」

「ええ、もうこの際隠しませんが、もしもの時に逃げられるように、ですな」

 つまり隣国に逃げられるようにしておいたわけね。

「説得力はないかもしれませんが、『あれ』を密告するつもりはなかったですよ。別に私は国に恨みがあるわけじゃありませんでしたからね」

「信じよう」

 徐々に得体のしれないホープ家が出来上がっていく。かねてから侮れないと思っていたホープ家の実力は、死に物狂いの努力で得た結晶であった。

「ただ奴の生存を知ったのは調査の結果じゃなくて、ただの偶然でしたがね。娘のアーニャがたまたまとある人物と居合わせたのです」

 偶然と言うが私は知っている。それは必然であると。動いた結果その偶然に居合わせる事が出来たのだ。ホープ子爵がアーニャに視線を向けると、心得たとばかりに彼女はその偶然が何かについて語った。

「フローレル家のウェンディ男爵令嬢、彼女の存在が私達に疫病神の生存を教えてくれましたわ」


 やっぱり、そう心に中で呟く。アルベルトとソフィアが息を呑む中、私は一人苦笑した。


 ウェンディ、いいえフラン。


 本当にあなたは目立ちたがりね。




ホープ家は教会のやらかしでもろに被害を被った形です。

教会の行動があとちょっと早ければってところでした。

でもその不運が今回の会合を招いているのだから世の中分からない!

ちょっとペース戻ってきて、来週の更新は月曜日と木曜日の2回で行けそうです。

今回もお読みいただきありがとうございました。


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