第三十六話 ホープ子爵と商談(偽)
私達はモルガンと別れた後、ホープ子爵から直々に屋敷の応接間に案内された。家は人を表すというが、ホープ子爵の屋敷を一言で言うと、質実剛健となるだろうか? 家具など飾り気がないが、不思議と収まりがよく、調和が見て取れる。
高級な物というよりは、この空間に合うかどうか、それを重視しているように見え、こういうところがモルガンのサンタナ商会と相性が良かったのかとふと考える。それこそ子爵なら例の木の食器も気に入りそうに思えた。庶民に売り出したいモルガンとしては本末転倒になってしまうだろうが。
子爵はこれまで情報を徹底的に隠し通していたため、家もまたとりとめのない感じかと勝手に思っていたが、良い意味で裏切られた気分であった。
「これが演出だったら、それはそれでたいしたものよね」
どちらにせよホープ子爵はただ者ではない。そう感じた。屋敷のメイドの質も高く、プライドを感じさせる仕事ぶりだ。メイドから配られたお茶を一口含むと、早速ホープ子爵は話を始めた。
「さて、アベル殿でしたな。他の二人は何でお呼びすれば?」
「ナンシーとソアナ、私も含め、皆サンタナ商会の新人だ」
「新人にしては随分と堂々としておられますがね」
ホープ子爵の痛烈な皮肉にアルベルトもやり返す。
「演じろと言われればやるが、回りくどくなるだけだろう?」
「ごもっとも」
ホープ子爵はそう言って肩をすくめる。全く二人とも楽しそうで何よりね。お互いほぐれてきたところでホープ子爵はいきなり勝負に出た。
「では単刀直入に聞きましょう」
「見て見ぬふりをしていただける。そういう認識でいてもいいと?」
自身の生存がかかっているのに、最初にそれを聞くとはホープ子爵は勝負師だ。だが私は彼の考えを理解出来た。どれだけ迂回しようが、最後には避けて通れない部分なのだ。だったら初めにハッキリさせておく。
思わずニヤけてしまう私であったが、アルベルトもそれは同じであった。私もアルベルトも頭の回る者は好きなのだから。
「それで間違いない」
アルベルトははっきりと答えたが、ホープ子爵の顔は晴れない。
「何故、と聞いても? いっそ潰してしまった方が楽なのでは?」
理由を聞かないと納得出来ないというわけだ。
「それこそ答えはシンプルだ。時勢が見えている有能を切り捨てたくはない」
「過大評価ではありませんかね」
「今まで隠し通して来ておいてよく言う。まあ、あの愚か者は子爵の努力をいとも簡単に台無しにしたわけだが」
ホープ子爵は苦虫を噛み潰したような、そんな顔をする。
「はあ、やはりあの疫病神からでしたか」
その一言でホープ子爵が如何に苦労させられたかが偲ばれる。あそこまで表情に出すとは相当毛嫌いしているのだろう。オルフがホープ家にもたらしたものを考えると当然と言えるが。
「私達は歩く厄災と呼んでいたわ」
「厄災ですか。ナンシー殿もなかなかセンスがおありで」
「どちらにせよ最悪には違いありませんね」
ソフィアがそう締めると子爵は頷いた。私達もフローレル男爵と言う遠因とはいえ、オルフから実害を被っている。互いに共感出来るものがあった。
アルベルトは失笑すると、ねぎらいを込めて言った。
「実に災難だったな」
「全くですな」
大げさに肩を落とす子爵であったが、そこに含まれるのは決して冗談だけではないだろう。
「フローレル男爵が亡くなった話を聞いて、あの疫病神がどうなったか気になっていたのですが、察するに逃げた後でしたか」
「先ほどもモルガンからフローレル男爵が亡くなった後、子爵も動いていたと聞いたが、そこにいると知っていたのか?」
「ええ、ホープ家ではフローレル男爵と奴の関係は掴んでおりましたので」
アルベルトの横で私は唸った。私もアルベルトと同様、子爵がフローレル男爵とオルフの関係を怪しんでいる事は察していたが、そこまで知っていたとは……
もっと早くに接触したかったと思うが、過去を悔やんでもしょうがない。今はこうしてホープ子爵と話が出来ている事を良しとしよう。
「……後で話を聞こう。それで奴、疫病神は男爵の別邸に匿われていたのだが、すでにいなくなっていた」
ここでのオルフの呼び名は疫病神に決まったようだ。オルフの名に『あれ』ほどの危険度はないが、彼の臆病っぷりを見るに、少しでも情報がもれたら逃げられてしまう雰囲気があった。念には念を入れるに越した事はない。
「そこで彼の部屋を調査していたところ……」
「分かります。我が子爵家の名前がはっきり出ていたのでしょう?」
ホープ子爵は深いため息をつく。子爵にとっても、オルフの思慮の浅さは見知ったものらしかった。
「そこで捕らえられれば良かったのだが申し訳ないな」
「こちらも隠していたのだから、お相子ですよ。言えない事情もありましたが」
私達は隠していた事を責めなかった。失敗すれば己のみならず、一族断絶ともなれば、二の足を踏むのも当然だろう。
「しかしそうですか。この屋敷で貴方様の姿を見た時、これまでの生き残るための努力、その全てが無に帰したと思っていたのですが……私は、生き延びたんですな」
一瞬ホープ子爵がくたびれた老人に見えたのは気のせいではないだろう。ずっと命の危険にさらされ続けていたのだ。それは感覚を鈍くするには十分な時間で、今になってやっと重責から解放された実感が沸いてきた。私にはそう見えた。
「無駄ではなかったわ。決して」
セイファートの侯爵令嬢とはいえ、子爵の半分の年に満たない私の言葉が慰めになるなんて思っていない。それでも私は敬意を持ってホープ子爵を称えた。
「もちろん子爵が恐れていた事が現実になる未来もあっただろう。いろ……いや、ここでは『あれ』にしておこう。『あれ』は国の根幹を支えている秘密だ。故に『あれ』は国を亡ぼしうる劇薬でもある」
ホープ子爵は頷いた。色の制度は、王族が王族、貴族が貴族たる故の根拠の部分だ。神話が崩れれば私達は国を導く施政者としての正当性を失ってしまう。その後の事は考えたくもない。誇張でもなくホープ子爵は国を救ったのだ。
「よくぞ秘密を保持し続けた。公の場で称える事は出来ないが、私は貴殿の忠義を忘れない」
それは今のアルベルトに出来る最大の礼であった。
「アベル殿の心遣い、痛み入ります」
ホープ子爵の浮かべた遠慮がちの笑みが、本当に嬉しそうだったのが印象的だった。
一つの山場を越え、そのまま和やかな空気になりかけるが、むしろ話はここからが本番だ。ホープ子爵もそれが分かっている。いち早く頭を切り替えた子爵は早速私達に切り込んできた。
「今回の一番の目的は疫病神の行方を知りたいって事ですな?」
「そうなるな。そのためにも子爵が知っている疫病神について詳細が知りたい」
「話すのは良いですが、その前に我が子爵家が具体的にどうなるのか知りたいですな。お咎めなしにしても、そのままというわけには行かないと思いますが、何か考えておられますか?」
子爵は流石の冷静さだった。しかし私達も負けていない。私達は、もしも協力体制が出来た時、具体的にどう動いてもらいたいかはあらかじめ決めていた。
「望んでいたわけではないだろうが、結果として『あれ』を知るのを許された今の子爵の立場は稀有な立場だ。よってだ。国は貴殿を雇いたいと思っている」
「雇う、ですか?」
ホープ子爵の疑問に答えたのはソフィアであった。
「この際、今の立場を利用してもらいたいのです」
子爵は興味深げにここで発言したソフィアを見る。ソフィアが元平民であった事は周知の事実であるが、侮るつもりは毛頭ないようであった。
「高位貴族からの接触は怪しまれるでしょうが、子爵であるあなたならば他の下位貴族達から警戒は薄いはず。だから他の下位貴族が『あれ』について、勘付くような事があれば、遠ざかるよう誘導してほしいのです」
「私に他の貴族達を監視し、情報統制しろと。そういうわけですな。これはあなたが?」
ホープ子爵はアルベルトではなく、わざわざソフィアが引き継いだ事に思う事があったらしい。
「そうです」
「これだけの秘密、監視の目は元からあると思いますが、さらに私を追加したい理由は?」
「これは平民の時に得た生きるための知恵ですが、人は同格の相手ほど油断しがちです。上でも下でも駄目なのです」
ソフィアは私とアルベルトがうっすら感じていた事を言語化していく。私達は平民であった事がないため、察しても実感が伴わない。だから違和感を感じてもスルーしてしまうしかない。
「どうしてフローレル男爵家や貴方、ホープ子爵家が調査から漏れてしまったのか。それは高位貴族と言う存在が警戒されていたからに違いありません。貴方だけならあなたの情報統制能力が優秀だったで済む話でしょう。ですが並みであるはずのフローレル男爵にも気づかなかった。これはもはや構造の欠陥と言うべきでしょう」
しかし元平民であったソフィアは経験則として語れる。それがふわっとしていたものに形をもたらす。平民と公爵令嬢、両側面があるソフィアだけが持つ明確な強みであった。
「だからこそ貴方が必要なのです。下位貴族であるのならば、同じ下位貴族のあなたが最も懐に入る事が出来るでしょう」
「……慧眼ですな」
私は心の中で頷く。ここでソフィアの存在感を示す事が出来たのは大きい。アルベルトだけだと駄目なのだ。王妃も揃って優秀だと示し、二人の治世は安泰だと示さなければ。
「しかし複雑なものですな。ソアナ殿を見ていると、疫病神も少しは正しく思えてしまう」
色の真実を知っているのなら、ソフィアの正体も半分は察しているのだろう。
「結局のところ、バージェス王の特待生制度は『あれ』を廃止しようとしているのですか?」
「貴族と言ってもフローレル男爵のような例もあるからな。国としては伝統よりも実力ある人材が欲しいのは確かだ。ただそれもいずれの話だ。急激な変化は国が荒れる。段階を踏んでいくべきだろう」
「道理です。よく分かっていらっしゃる」
さて、ここで私も動こうかしら。二人のおまけという訳にもいかないからね。
「あなた程の人だからすでに察していると思うけど、これはホープ子爵家の監視も兼ねているわ。定期報告してもらう事で、あなた達の動きも監視する形よ」
「でしょうな。しかしナンシー殿、それを素直に話してもいいので?」
「デメリットを隠したままでは信用を得られないでしょう? 私達はね? あなたを元から欲しかったの。だから全力であなたを口説きに来たの。そのためにも誠意は見せるわ」
ホープ子爵は私の言葉に浮かれた様子も見せず、ただ聞く姿勢を取った。でもそれでいい。
「私達はあなたをタダ働きさせる気はないわ。下位貴族の監視について、具体的な報酬についてはアベルから話してもらうとして、私からもあなたを援助する用意があるわ」
「といいますと?」
「ここではそうね。『エリシア商会』としましょうか」
横で吹き出しそうになっているソフィアの膝を叩き、私はホープ子爵へとアプローチする。
「『エリシア商会』の持つ調査能力は知っているでしょう?」
「『エリシア商会』、モノではなく情報を売る情報屋ですな。あそこの目をかいくぐるのは本当に苦労しましたよ」
ホープ子爵は架空の商会の設定を盛り、うまく私に合わせてくれた。情報屋、上手い設定ね。
「私からは提示するのは二つよ。
一つ、『エリシア商会』は最も得意とする情報を用いてホープ子爵家を守る事を約束する。
二つ、『エリシア商会』が持つ情報の共有をホープ子爵家に許す。
こちらはもちろん全てというわけにはいかないけどね。でも調べたい事があったら依頼する事も可能よ。全く関係ない情報も巡り巡って役に立つ事もあるから、知る事は『エリシア商会』にも利があるわ」
「ふむ、最も恐れていた敵が味方になるわけですな」
「どうかしら?」
ホープ子爵はすぐに答えない。しかしながら時間がかかるのは当然だろう。オルフから厄を渡されて以来、積み重ねてきた重みが早々取れるわけがない。気は少しは晴れただろうが、慎重さは持ってしかるべきだ。
いずれにせよ、私の方からは出すべきものは出した。後は待つだけた。私達としては、返事は別に日を改めてでも良かった。
オルフの事を考えると急がなければならないのは確かだが、ホープ子爵家と協力関係を築く事こそが、最も近道である。そして良き関係を築くためには、ホープ子爵が納得してくれるかどうかにかかっていた。
「申し訳ありませんが……」
即決はしかねる。きっとそう言葉が続くはずだったのだろう。だが子爵がそれを言い切る事はなかった。
突然現れた乱入者によって阻止されたのだから。
「何を迷っているのですお父様! ここはすぐに受けるところじゃないですか!」
応接間のドアの前に立っていたのはホープ子爵家長女アーニャ、その人であった。
投稿前に加筆してたら長くなった! どん底でも見てくれる人はいる、みたいな話でした。
次回は娘の登場です。学校では無味無臭のはずの長女、その正体が明らかに。
来週はとりあえず月曜日に一回更新するつもりですが、ちょっと先日海外出張から帰ってきたばかりで、思ったほどストック作れなかったので、二回更新出来るか分かりません。
月曜日に改めて後書きにてお知らせいたします。
それではまた次回お会いしましょう。




