第三十四話 新人ナンシー頑張る
「えっと、ここ?」
「布製品はどこだ? あ、ここか」
「そこ、間違ってるよ! 同じ布製品でも衣類とは分けて!」
「む、これは服じゃなかったか」
陽射しが眩しい真昼のサンタナ商会の中庭でモルガンの激が飛ぶ。
うまくモルガンと交渉出来た私達であったが、ホープ子爵家との取引が始まる前にバレてしまっては元も子もない。よって急遽、私達は商会のメンバーとしての仕事を覚える事となったのだ。
「ナンシー、次は食料の方に移って。落とさないよう丁寧にね」
「分かったわ!」
そう、今の私はナタリアではない。サンタナ商会新人のナンシーだ。将来商人志望であり、体験学習させてもらっているという設定だ。少なくともホープ子爵が現れるまでバレてはいけない私達は、モルガンの指導の元、商人としての基本を叩き込まなければならない。
今回たまたま他所から仕入れた商品の納入があったため、そこに紛れ込ませてもらった。座学をすっ飛ばして、いきなりの実習である。習うよりも慣れろだ。
「アベルは酒、液体は重いから男の出番よ。ソラナは雑貨品ね。雑貨品は細かいからミスしない事を優先! 分からなかったら自分で判断しないでその都度確認しに来て」
「了解した!」
「分かりました!」
もう分かってると思うが、アベルがアルベルト、ソラナがソフィアだ。下っ端の新人三人衆がやる事は主に荷下ろしだ。馬車から商品を下ろし、検品がしやすいよう、正しい位置に置いていく。
他のサンタナ商会の商人達の興味の視線を感じながらも、私達は仕事に没頭する。モルガンはなかなかに厳しいが、ホープ子爵家との取引は明後日だ。無茶を言ったのは私達の方だし、スパルタになるのも当然だろう。
「ふう……実際にやってみると、なかなか大変ね」
私は自分だけに聞こえる声でボヤく。別に私自身、セイファート家に来た商人の荷下ろしは見た事あるし、そんなに難しくないと思っていたのだが、
そんな事はなかった!
とにかくアイテム数が凄く多い。一応リストを見て頭に入れているが、文字だけではしっくりこないわけで。私達は早々に、見た目と一緒に覚えなければ意味がないと思い知らされていた。要領良く行こうとして、ざっくりと布製品と考えると、さっきのアルベルトのように失敗してしまう。
それに当たり前の事だが、商品はすべて裸のものじゃなくて、箱に入っていたり、包装されているのも多々ある。そうなるとヒントとなるものは箱に書かれた商品名と、箱から感じる重量のみだ。雑貨品などはその最たる例で、遠目に見えるソフィアが四苦八苦しているのが分かる。
もう知ったかぶりしている状況じゃない。貴族は無知は恥として隠すが、そんなプライドはとうの昔に消え失せた。分からないと思った瞬間に私はすぐに質問を口にする。そうした方が結果的に早く進むのだから。
私自身、最後の検品には立ち会った事もあるし、数えるのが得意だと思っていたが、それも商人の人達が見やすく並べてくれていたからこそだったらしい。商人にとって見やすくするのは当たり前の事なのだろうが、その中に私はプロフェッショナルというものを感じた。
「こうして考えると、ベルナール領の商人になりすましていた者達はやはり凄いわね」
偶然がなければ見破れなかった程の擬態、今自分が商人になりすまそうとしていて、改めて驚かされる。一体どれ程の鍛錬を積んだのか。それとも元商人の者を雇ったとか?
「ナンシー! 手が止まってる!」
「ご、ごめんなさい!」
しかしこのモルガン、遠慮しなくていいと言ったのは私達ではあるが、こうも躊躇なく来るとはなかなかな大物のようであった。
「よしよし、少しは見れるようになってきたかな。あんた達要領がいいよ!」
満足げに頷くモルガンに私は苦笑する。ミスを指摘されまくってたので、褒められても実感が沸かないのが正直なところだった。あのソフィアでさえ息絶え絶えなのだから、商人という者達は何と働き者なのか。
「お昼も回ったし、ここら辺で休憩入れよう!」
思わず「おお!」と言ってしまいそうになり、私は慌てて口を押さえる。アルベルトとソフィアはどうかと見てみたが、二人も似たようなものであった。言葉にこそしなかったが、嬉しそうな顔を隠せてないのだから。
「疲れたでしょう? 三人は座ってて。私が飲み物とお茶請け持ってくるから」
私はその言葉でピンときた。きっとこの流れはあれが来るに違いない。
モルガンが惚れ込んだという、ミハエルの木の食器だ。
今こそそれを紹介するのに絶好の機会だろう。目利きが好むほどの代物、楽しみではある。しかしだ。今は少しでも休みたいのが本音であった。私達がテーブルに突っ伏していると、ガタイの良いオジさんがやってくる。
「お疲れさん、なかなか頑張ってたじゃねえか」
この人の名はガント、私達がサンタナ商会を訪れた時にモルガンと店番を交代した人物であるが、彼は古くから商会に勤める重鎮の一人であり、私達の裏の事情を知る人の一人だ。彼は私達をこき使うていを取る事で、他の商人達に怪しまれるのを防いでくれていた。今来たのもその延長線上だろう。
「ついていくのが精一杯だったわ」
「それは当たり前だ。そんな簡単に出来たら俺達の仕事がなくなるからな」
ガントはまだまだ体力が有り余っているようで豪快に笑う。しかし彼の次の言葉に私達はハッとさせられた。
「それにそもそも目的が違うだろ? お前さん達は本当に商人になるわけじゃない。お前さん達が目指すべきはあくまで頑張る新人だ」
目からウロコとはまさにこの事だ。
「ま、上手くやろうとする事は、それだけ本気だって事だから、悪かねぇがな。仕事に集中していた方が演技とは思われねぇだろうよ」
そう言ってガントは手をヒラヒラさせながら去っていった。人は見た目によらない良い例であった。しかしサンタナ商会、こんな優秀な人材を抱えていたなんて……
「サンタナ商会、伸びるわけね」
私達がガントから教えられて間もなく、トレーを持ったモルガンが戻ってきた。トレーの上には案の定、木で作られたカップとお皿が乗せられている。彼女の連れが持ってきたポットには、きっとお茶が入っているのだろう。早く飲み物が欲しくなるが、まずは例のものを見てみよう。
「すでに予想していたと思うけど、休憩がてら見てみてよ」
私達はテーブルの上に置かれたカップをそれぞれ手に取ってみる。そこでまず感じたのは軽さだ。木と言うからにはそれなりに厚みがあるかと思ったが、底以外は陶器と変わらないくらい薄く作られている。ひび割れなく薄く作る技術に確かな職人を感じられた。
「驚いたでしょ?」
「よくここまで薄く仕上げたわね。野暮ったさを感じないし、何よりも軽い」
「そこよ! いくら見た目良くても、利便性なかったら意味ないからね。食器は使ってこそよ」
「確かにそうね」
さらに私はそのままカップをいろんな角度に回してみた。
「……悪くないわ」
それが率直な感想であった。豪華な装飾とかはないが、カップの外側には花と蝶の絵があしらわれている。形自体は平凡と言っていいが、それは陶器としてはだ。木でこれをやるのは至難の業だし、陶器にはない緩やかな曲線は何か温かみを感じる。
ちょっとしたお洒落と安心感、その二つが絶妙に入り混じっている。これこそが木でなければ感じられない魅力なのだろう。アルベルトとソフィアの方を見ると、二人のカップの絵はまた違っており、興味深げに眺めていた。
「さあ、お茶淹れますよ」
カップにお茶を注いでもらい、そのまま口に含んでみると、なんとも味わい深い。
「このお茶って……」
「流石だね。このお茶はノワール産だよ。貴族達が飲む一級物じゃないけど、その下の二級でもこれだけの味。素晴らしいよね」
「良い組み合わせね。この食器にピッタリだわ」
「素直に美味いと思った」
アルベルトも賞賛する。ちょっとした贅沢同士の相乗効果は抜群であった。彼氏の技量が認められて嬉しいのか、モルガンは爛々として、次の皿の紹介に移る。
「それで皿の方はこんな感じ」
「これ、エルさんが喜びそうです」
私もソフィアに同感であった。皿の縁で鳥が回っているデザインは、まさにエルの好みだろう。ソフィアに肉串を紹介してもらった時もそうであったが、新しい物はやはりワクワクする。そしてモルガンは最後の仕上げとばかりにお菓子を皿の上にのせた。
「これを入れて完成よ!」
「あぁ……」
思わずため息が出る。ミハエル渾身の皿を彩るのは、地味な一色しかないクッキーだった。
一気に現実に戻された気分だった。
「これは想像以上、いや、この場合は想像以下になりますか。一気に食欲が無くなりました」
「こう、違和感が先に来てしまうな」
ソフィアもアルベルトも微妙という感想しか言えない。私達は身をもって、モルガンの切実さを理解したのだった。
「あはは、やっぱそうなるよねぇ。はあ……」
アベルとナンシーはすぐに浮かんだけど、ソラナは時間かかった(汗)
ソから始まる女性の名があまり思いつかず、あーでもないこーでもないやってました。
ちょっと来週は忙しいため、来週の更新は月曜日、木曜日の予定です。
それではまた!




