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王子の婚約者である私ですが、ヒロインを全力で支援します  作者: 幸イテ(旧名:kouta)
責任の在処

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第三十三話 商人モルガン


「ようこそサンタナ商会へ!」


 善は急げと早速サンタナ商会に向かった私達を出迎えたのは会長夫妻ではなく、その娘であるモルガンであった。なお王族が向かったともなれば大騒ぎになるため、今の私達は色を抜いて一般人を装っている。

「お客様は何をお探しで……うん? もしかして……」

「モルガンこんにちは」

「ソフィア……様? となると後の二人は……ガント! ちょっと店番代わってちょうだい!」

 しかしモルガンは変装していてもすぐに私達だと理解してくれて、客間へと通してくれたのであった。それもそのはず、モルガンにとってはこっちのソフィアの方が馴染み深いだろうし、人を覚えるのが商人の仕事だ。色はなくとも私達の顔は覚えていたという事なのだろう。

「両親は都合悪く買い付けに言っておりまして、若輩者ながら私が対応させてもらいます。それでご用件は何でしょう?」

 そしてこの切り替えの早さだ。モルガンの人となりは知っていたはずなのに、このきびきびした対応を見ていると、学校での姿は偽物なのではないかと思うくらいに違って見えた。彼女は責任がある立場でこそ輝くタイプなのかもしれない。急に私達が現れて、内心では困惑しているだろうに、おくびにも出さないなんて。

「モルガン、今回は商談しに来ました」

「ソフィア様、と言いますと?」

 普段ソフィアとは私的な場では名前で呼び合っているらしいが、今は公の場と理解しているようで、モルガンはソフィアに対しても敬語を使う。普通違和感を持ちそうなものだが、商人として顔を使い分け慣れているのだろう。

「私達はホープ子爵家と話がしたいのです。だから次の取引の時に私達を商人として紛れ込ませてくれませんか? どうして公に訪れないかの理由は聞かないでください」

 ソフィアもソフィアだ。建前なんてなく正面から突っ込んでいく。私達がやるような貴族のやり取りはここではまどろっこしいだけなのだろう。せっかくだから貴方の交渉術、学ばせてもらうわ。


「なるほどそうくるか。貴族との取引に関して聞かれたから、何かあると思っていたけれど……あ、ごめんなさい」


 ソフィアの正面突破は効果てきめんのようであった。たった一手で接客モードを解除させ、商人モルガンを引きずり出して見せたのだから。

 というかソフィア、驚いた様子を見せないという事は、初めからモルガンの素の性格を知っていたわね。ソフィアとモルガンは元から仲良かったから、別におかしくは無いわけだけど、一杯食わされた感がするのは何故かしら?

 初めこそ驚きはしたが、ざっくばらんな商人モルガンの姿はむしろ好印象であった。

「ふふ、やりやすいのなら素の方でもかまわないわ。今の私達は庶民ですもの」

「その割にはなかなか無理難題を振ってきてますけどね。でもなかなか込み入った話になりそうだから、お言葉に甘えるとするよ」

 苦笑してみせるモルガンであったが、その目が鋭くなったのを私は見逃さなかった。


「……で、これを受けた場合の見返りは?」


「見返りを聞くという事は、受ける気があるって事で良いですか?」

 ソフィアの問いにモルガンは頷く。

「商売は信用で成り立っている。だから本当は顧客の信頼を裏切るような事したくないのだけれど、ソフィア様達がサンタナ商会に頼らなければならない状況は何って考えてみた」

 切り口を変えて考える。それが出来る時点でモルガンは柔軟な考えが出来ていた。

「答えは単純だよね。そうしなければならない程危機的状況って事でしょ? 断ったらより大変な事になりそう。私の勘がそう言ってる」 

 思わず正解と言いたくなる。モルガンもソフィアに負けないくらいの洞察力を持っているらしい。

「秘密を探ろうとは思わないよ。変に責任は負いたくないからね」


 そして危険に対する嗅覚も鋭い。


「ただ一つだけ教えて欲しい。国はホープ子爵家を罰しようとしているの?」

 私は視線をアルベルトに送る。この答えを言うのは王子である彼こそが適任であった。

「罰したくないからこそ、今このように動いている」

 モルガンはアルベルトの答えに一瞬逡巡した後、明朗に笑って見せた。



「だったら問題なし! 後はもうビジネスの話ね」




「しかしまさかナタリア様達と商売の話するとは思わなかったよ」

「私もよ」

 これは別に嫌味ではない。サンタナ商会は庶民のための商会のため、変に私があれが欲しいこれが欲しいという訳には行かない。単純に圧になるだけではなく、私やアルベルトが購入したと言う事実が知れ渡れば、他の貴族達も雪崩れ込んでしまう。

 平民で構成されているサンタナ商会にとって貴族達の話は断りにくいし、物の購入する事自体は別に罪でもないために止める事も出来ない。するとどうなるか? メインターゲットであるはずの庶民の顧客が、サンタナ商会の商品を買えなくなってしまう。


 かえって迷惑になってしまうのだ。気になる商品がないわけでもなかったが、距離を置いていたのはそういう理由であった。


「それでモルガンは何か仕入れたい商品はあるのですか? 具体的に言ってくれた方がむしろ助かるのですが」

 ソフィアのその問いを、待っていましたと言わんばかりにモルガンは口を開く。

「今庶民の中ではちょっとした贅沢が流行ってるの」

「贅沢……お肉とかですかね?」

 ここで肉が出てくるあたりがソフィアらしい。私に串肉を薦めた事はある。今ではセイファート家全体でハマってしまっているわけだけど。

「そうそう、いつもより奮発して美味しいものを食べるとか、値が張る高品質の物を買ってみたりとか。その中の一つとして貴族のお茶会の真似事があるわ」

「貴族の生活を体験してみたい、そういう事かしら?」

「ポイントは雰囲気だけ味わうって所。軽いテーブルマナーくらいは守るけど、後は基本的に雑談しているだけね」

 つまり政治的な部分は一切除去して、娯楽として成り立たせているわけね。上手い事やるものだと感心する。

「ねえソフィア。私の彼氏、ミハエルが何の職人をしているか話した事あった?」

「職人であるのは知ってましたけど、何かまでは聞いてないですね」

「彼は主に木の加工を得意としていて、私は特に彼の作る食器に魅力を感じているわ。同じ作り方をしても、木の模様はそれぞれだから基本的に一点ものだし、無地の陶器よりも味わいがあるの」

 熱を持って語るモルガンを見ていると、本当に婚約者の事が好きなんだなと理解出来た。

 しかし木の食器ね。原料自体は安いけど、デザイン面で考えると確かに悪くないかもしれない。自然の木目のラインの他、何か一つでも装飾があれば安物の陶器よりも価値がありそう。そう思わされてしまうのも、モルガンが商売上手の証であった。

「さらに言えば、木の食器は貴族の間で流行っていない。これがポイントよ」

「それはメリットなの?」

「お茶会は真似事でも、流行は貴族よりも先に自分達で作るという優越感! それが重要なの」

 私は唸る。貴族よりも先に進むは面白いコンセプトだ。独自に流行を作るのは大変であるが、その分当たれば大きい。

「もちろんそれを実現するためには洗練されたデザインが必要なわけだけど、そこはもう心配してないわ。ミハエルの作った食器は素晴らしいもの」

「だとすると、私達で流行らせるのはかえって邪魔になるのかしら?」

 モルガンの計画には貴族の手はない方が上手く行くだろう。では一体私達は何をすればいいのか?

「流れ的には新たな流行の手助けをして欲しいとの事なんでしょうけど、モルガン。あなたの欲しいものはなんですか?」

 ソフィアの問いに対し、モルガンは満を持して答えた。


「私が欲しいのはズバリお菓子のレシピよ」


「レシピですって?」

「食器はそれだけで完成しないの。乗せる食べ物とセットで初めて評価されるものだもの。だから私も彼の食器には何が合うのか、色々試してみたのだけど、どうしても彼の食器に負けてしまって」

「なるほど。私もソフィアのおかげで庶民の味が美味しいのは知っているが、唯一見た目だけは……そうだな。一言で言うと面白みが感じられなかった」

 アルベルトは随分と言葉を選んだけど、つまりはそういう事だ。庶民の食べ物は味と量が第一で、見た目は後という事が非常に多い。


 だが時代は変わった。


 昔は貧しくてそれもしょうがなかったが、今は前よりも安定してきている。今だったら見た目にこだわっても、それを楽しむ余裕もあるだろう。そう、モルガンは誰もいない市場を開拓し、そこの先駆者になろうとしているのだ。


「特にお菓子は見た目も味も本当に地味で……」


 私達は閉口する。ソフィアのおかげで色んな庶民の味を知った私達だが、庶民のお菓子のレベルは一歩どころか三歩も遅れていた。

 これだけは明確に貴族の食べるお菓子の方が上だと言える。色は茶色一色で味もワンパターン、店によって甘さが違うくらいか。察するにお菓子程度では腹が膨れないから、後回しにされていたのだろう。

 しかしよりにもよってお菓子とはね。実は私とアルベルトはいわゆる甘党なのだ。食べ過ぎないように自ら節制するくらいには好きだ。今回はソフィアに引っ張られるままだったけど、これで挽回出来るわね。

「良い菓子職人を知っているわ。ただし教えるのは焼き菓子のみ。ケーキとかは駄目よ。それでどう?」

「見た目はどんな感じ? 現物は……今は無理か。だったら絵に描ける?」

 モルガンはぐいぐい来るが、私としても望むところだ。

「紙とペンをちょうだい」

「これでいい?」

「ええ」

 私はさっとペンを走らせる。今まで絵の勉強は役に立つのかと思っていたが、ピンポイントでその機会が訪れるなんて思いもしなかった。

「こんな感じかしら?」

 私は描いたのは我がセイファート家のお茶請けの数々だ。白いテーブルクロスの上に、厳選された食器、そこに様々な焼き菓子が可愛らしく盛り付けられている。モルガンは真剣な表情でじっと私の絵を眺めていた。頭の中で計算しているのだろう。

「ナタリア様、この絵に描かれたお菓子達は」

「もちろんすべて教えるわ。契約書を用意してもらっても構わないわよ」

「ちょっと待って。その前に製造費は? 見た目が良くても高すぎると庶民は買えない」

 流石は商人の娘、いけると思ったけれど一筋縄ではいかない。

「残念ながら相応の値段はするわ」

「それは困るね。焼き菓子1枚20コルド……いや、売値を100コルドと想定するともう少し行けるか? 原価で40コルド未満で作れるようレシピをアレンジしてもらえる?」

「そこは本人に聞かないと何ともね。コストカット自体は何かしら方法はあるでしょうけど、40未満になるかの保証は出来ないわ。何だったら菓子職人と直接会って話してみる?」

「つまり一緒に商品開発してくれると?」

「そう取ってもらっても構わないわ。ただ期間はちゃんと設けるわよ。その間に納得出来るものが作れるかはあなた次第ね」

「……期間の長さは?」

「一か月……いえ、二か月まで許しましょう。その期間中は祝日を除いて、職人には毎日サンタナ商会へ通ってもらう。それでどうかしら?」


 しばしの間があった。それからもモルガンは顎に手を当てて悩み続ける。一体どれほどの計算が彼女の頭の中をめぐっているのか。視線は私の絵に向いたままだ。もう少し譲歩が必要かと私が悩み始めた時、いきなり顔を上げたモルガンは私の方を見ると、にんまりと笑う。


 そのままモルガンは私の手を取り、言ったのであった。


「商談成立!」




素のモルガンはこんな感じでした。商談とか書くの楽しい。

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