第三十二話 厄を振りまく者
男爵領の二回目の調査結果が送られてきたのは初回から二日経った後であった。二回目はオルフがいたとされる別邸の部屋の調査が主体であったが、ソフィアの言う通り、そこからは無数の荒唐無稽な計画が書かれた紙が見つかった。
とは言うものの、苦労して探し出したとかそういう感じではない。一応鍵付きの引き出しに入ってはいたらしいが、逆に言えばそれだけだった。引き出しは隠される事もなく部屋の隅に置いてあり、調査した者達は簡単過ぎて拍子抜けといった有様だ。
見つかった計画書の内容は様々であるが、要約すれば全部こうなる。
その1 国が悪政を行う、または領で何かしら問題が発生
その2 オルフがその知恵で颯爽と解決してみせる
その3 国の巨悪について教え、一緒に革命を起こす
その4 悪は滅び、オルフは新たな国の王を支える者になる
頭痛がして私は頭を抱えた。
酷いのは最初からだが、最後も支える者というのが小賢しい。権力には興味ないというふりして、責任取りたくないだけなのが丸わかりであった。
先日のソフィアのオルフ像は完璧だったわけだ。
実際に調査した者もげんなりしていただろう。くだらない計画だと分かっていても、目を通さなければならないのだから。愚か者を装った可能性がゼロではない限り。
しかしその苦痛な時間も無駄ではなかった。一つだけ有用な情報が見つかったのだ。惜しむべきは今後の計画ではなく、過去に何をしたかであったが。それでも貴重な情報には違いない。
追放された後、オルフはすぐにフローレル男爵に拾われたわけではなかった。その前に別の貴族に接触していたのだ。とある貴族、その名は……
「まさかここに繋がってくるなんてね」
「ホープ子爵家、ここで名前聞く事になると思いませんでした」
その名が出てきた事に、ソフィアもまた驚きを隠せないようであった。
ホープ子爵家はベルナール辺境伯と独自の接点を持ち、私達が隠れた実力者としてマークしていた存在である。その接点が発覚したのも偶然の産物であり、子爵家の情報統制能力の高さに舌を巻いたのは記憶に新しい。
「しかしこれで何故ホープ子爵家が私達と距離を取るのかが分かってしまったな」
これもまた私達が欲していた情報であるが、アルベルトの顔は晴れなかった。漏れた経緯を考えると、素直に喜べないのだ。
オルフから接触を受けたという事は、色の真実について知らされた可能性が高い。賢いホープ子爵は気づいてしまっただろう。オルフの持ってきた情報はチャンスなどではなく、家を滅亡に導くものだと。
だからこそオルフを追い払った後に口を閉ざし、王族から距離を置いてまでして安全を取った。その甲斐あってか、今の今まで私達にバレていなかったのだから、当代のホープ子爵は本当に優秀なのだろう。
国から覚えが悪くなるという犠牲を払ってまで、秘密を守る事を徹底していたはずなのに、結局オルフの杜撰さによって私達に勘付かれてしまった。
何と理不尽な事か。
ホープ子爵にとっては災難というしかない。私は心からの同情し、ホープ子爵家をそんな危機に追い込んだオルフをこう称した。
「もはや歩く厄災ね」
関わった者が例外なく不幸になっている以上、この評価は決して誇張ではないだろう。アルベルトとソフィアの嫌そうな表情がそれを物語っていた。
「もうこれしかない程にピッタリだな」
「ピッタリすぎて笑えるどころか、そんな人を相手しなければならない心労が先に来ますが……」
普通上手い例えであれば、もっと盛り上がるものだが、逆に嫌悪感が増すのがオルフと言う男だ。何せ言った本人である私ですらも疲れを感じる程なのだから。強敵とか言うよりも、ただただ厄介、それに尽きた。
気を取り直し、アルベルトは私とソフィアに尋ねた。
「しかしホープ子爵家の事情を理解したのは良いが、どうするか」
「ホープ子爵は強い危機感を持っていたでしょうから、追い払った後もオルフの情報は集めていそうなのよね」
オルフと直接面識があるホープ子爵は今、一番有用な情報源の可能性が高い。
「ああ、だからこそ接触したいが……」
「子爵が色の真実を知ってるのは色々と都合悪いわね」
本来、下位貴族が色の真実を知っているなんて事はあってはならない。触れずに済ませられればいいのだろうが、オルフの事を聞くのであれば、全く触れないのは無理がある。どこかで間違いが起きてしまえば、私達はホープ子爵家を潰さなければならない。
もちろん私達はそんな事したくないわけで。
これまで隠し続けていた事から、ホープ子爵家はむしろ信頼出来た。良く時勢が見えており、秩序の大切さも理解している。そんな有能な者を切りたくない。
アルベルトの治世になった時、ホープ家は必要になる。かつても欲しいとは思っていたが、今回の件でなおさらその思いを強くした。出来ればこのタイミングでわだかまりを解消して、味方に引き入れたいのが本音であった。
私はどうすればいいか、頭を悩ませる。
公の場で話し合うのは論外だ。王族が色の秘密の漏洩を許したという事実を作るわけには行かない。話し合うのならば王子アルベルトではなく、記録として残らないただのアルベルトである事が必須であった。
要するに私達は内々で済ませたいのだ。子爵家の安全を保証するために。
だが公に呼びつける以外の方法でどう接触すればいいのか。警戒心の強いホープ子爵の事である。私達が庶民に化けて会いに行っても怪しまれてしまうだろう。そもそも庶民が子爵に直接会いたいなんてどんなシチュエーションなのか。その時点でバレてしまう。
学校には現在ホープ子爵家の長女が在籍しているが、学校こそ私達は公の立場以外を取る事が出来ない。だから長女経由もなしである。
見える位置にいるのに手出しが出来ないのがもどかしい。近くて遠い。そんな印象であった。
解決策は一向に見えてこない。それはアルベルトも一緒なようで、言葉一つ発する事はなかった。否、出来なかったが正しいか。
そんな中、一人手を挙げたのはソフィアであった。
「私、妙案があるのですが」
妙案と自ら言うからには通常の方法ではないのだろう。確かに今ここで必要なのは奇策の類だ。私達は期待と不安半々で、ソフィアの案を待つ。
「つまり公の立場でなければ良いわけですよね?」
「庶民に扮する方法は使えないわよ? 庶民だと会う伝手がないもの」
「いいえ、一つだけありますよ。庶民でも子爵に会える方法」
「え?」
「本当に?」
思わず疑ってしまったが、ソフィアの自信がある姿に自然と期待が高まる。一体どんな案が飛び出してくるのか……
ソフィアは私達の熱い視線を受け、得意げに言い放った。
「私達、商人になりましょう!」
「しょうにんに……」
「……なるですって?」
その予想外過ぎる案に、私とアルベルトは目を丸くしたのであった。
「実はホープ家の話を聞いて以来、気になっていた事がありまして」
ソフィアはそう前置きを言ってから説明を始めた。
「ホープ子爵が辺境伯と取引しているのは物資もありますよね? カモフラージュの面もあるのでしょうが、ちゃんと普通の商売もしているわけです。だから私は思ったんです。その仕入れ先はどこなんだろうって」
それは私も考えていた事だった。でも調査を指示する前にウェンディの件が起きてしまったため、有耶無耶になってしまっていた。
「有名な商会を使っていればとっくの昔にお二人は知っていたはずです。だとしたらホープ子爵家は貴族御用達のような所は使ってない事になります。そこで私は一般庶民向けの所を使ってるのではと、そう考えたんです」
しかしソフィアはすでに範囲を絞っており、私から一歩進んだ所にいた。
「でもセイファート家の方々は男爵領の調査に行ってしまっていますし、優先順位としてはそっちが先です。だから何もせずに心にだけ留めておいたのですが、ふとモルガンの事を思い出しまして」
「モルガン嬢……確かソフィアと同じクラスで商人を目指している子だったな。なるほど、そう言う事か!」
アルベルトは手をポンと打ち、納得の表情を見せる。
「はい、モルガンの両親は、庶民の間では評判のあるサンタナ商会の会長夫妻です。まさに私が考える条件にぴったりでした。だから先日の事ですが、何となしにサンタナ商会で貴族との取引はあるのか聞いてみたのです」
ここまで来れば言わずとも分かった。
「よりにもよって挙がったのは、ホープ子爵家でした」
ソフィアはその豪運で正解を引き当てたのだ。
私はこの時思った。世界は思いの外狭いと。
「人の縁とは言うけれど、ここまで来ると笑えてくるわね」
「しかしサンタナ商会は協力してくれるだろうか?」
アルベルトの疑問はもっともだった。ソフィアとモルガンの仲は良好とはいえ、商人は基本的に政治の介入を嫌う。そしてソフィアの言う商人になるとは、サンタナ商会とホープ子爵家の取引の時に、サンタナ商会の一員として紛れ込むという事だ。
サンタナ商会にとってそれは、ただホープ子爵家の信用を裏切る事でしかなく、メリットは一切ない。
だからこそ、どうやって話を取り付けるかが問題となる。
しかしソフィアは事もなげといった様子でアルベルトに答えた。
「モルガンも彼女のご両親も生粋の商人です。だったらやるべき事は一つでしょう」
「商談しましょう!」
今回もお読みいただきありがとうございました。
次はまさかのモルガン回です!
また今回の話を踏まえて、6話のモルガンの説明部分を
商会名など少し追記しました。
それではまた次回お会いしましょう。




