第三十一話 見当違いの設計者
「それで男爵領の調査の方は進んでいるの?」
オルフの調査は私がまだ伏せている時、アルベルトとソフィアがフローレル男爵を断罪した直後から行われた。時間にして丸三日、時間はさほど経っていないが、それでも調査班は馬で直ちに駆けて行っただろうから、一日で男爵領には着いているはず。そこから調査を始めたとするならば、そろそろ第一報くらいはあってもよさそうなタイミングだ。
「……はぁ」
しかし返ってきたのは深いため息であった。私が無理やり話題を戻したからだろう。でも私は言いたい。約束以上に出来る事もないだろうと。いっそ誓約書でも書けばいいのかしら?
それにアルベルトだ。彼がもし私と同じ状況になっていたとしたら、同じように一人で解決しようとしたのではなかろうか。私と彼は考え方も似ているし、責任感に限って言えば王子であるアルベルトの方がより持っている。
今でこそアルベルトはソフィアと一緒に私を諫める立場にいるが、私としてはかなり引っかかるものがあった。
「もしアルベルトが」
「ストップだ」
「ちょっと……」
言い切る前に静止されたため、文句言おうとしたが、アルベルトはとうとう実力行使で私の口を塞いだ。そんなに言われたくないのね! 図星なのかしら?
しかし私の予想は大きく外れる事となる。
「自分が言おうとした事を良く考えてみろ。仮に私がウェンディみたいな男爵令嬢に付きまとわれたとしたら、私はその者を罰しなければならなくなる。当時は君と言う婚約者がいたのだからな」
「あっ……」
思わず声が漏れてしまった。それはそうだ。私とウェンディの場合は同性だからまだ良かったが、異性の場合は婚約が絡むためより面倒くさくなる。
婚約者がいないのならまだしも、婚約者がいる相手と分かっていて近寄るのは褒められたものではない。王族であるのならなおさらの事だ。それは国王が決めた事に反対の意を示すという事なのだから。そしてこの問題はまんま昔の私達の悩みでもあった。
「そのために私はソフィアと距離を置いていたのだぞ」
ソフィアとの距離が縮まれば、ソフィアが疑われてしまう。一度でも疑われるとアルベルトには何も出来ない。かばうという事は関係を認めるという事なのだから。だからアルベルトはソフィアに近づく事は出来なかった。
当時の事は考えたくもないとアルベルトの心底嫌そうな顔を見て、私は反省せざるを得なかった。私がソフィアを公爵令嬢にしたのはそのためだったのに、わざわざあの辛かった時間を掘り起こしそうになるなんて。
どうにも空回りしているようで私は苦笑いを浮かべる。ソフィアはそんな私を見透かしているかのように言葉を発した。
「ナタリア様が一生懸命なのは分かります。人に迷惑をかけたくないのも立派だと思います。だからって心配をかけるのは駄目ですよ。ある意味、迷惑かけられるよりも悪いです。下手をすればナタリア様はウェンディに刺されていたかもしれないのですよ?」
護衛もつれて行っていたしそれは大丈夫、とは言えなかった。準備がどうとかそういう問題じゃないのだ。少しでも可能性はあるのだから。
「もしナタリア様がそのまま亡くなってしまったら、私は何も出来なかった無力感の中で生きていく事になるのです。だから」
最後にソフィアは私の手を握って言った。
「ナタリア様はもっと自分を大切にしてください」
「………」
その切実な瞳に心が締め付けられる。私はどこか甘く見ていたのかもしれない。自分がいなくなるという事に対して。正しい貴族として行動する事を徹底しすぎて、私個人をないがしろにしていた。
今、私はその事に気づかされた。
「……私、十分我儘をやっているかと思っていたけど、逆に縛られていたのかもしれないわね」
私はソフィアと共に生きる事を許してもらえたから、その分頑張らなければならないと思っていた。それが我儘を受け入れてくれた皆への免罪符になると信じて。
「責任を負う覚悟はあって然るべきだが、ここに共犯者がいる事を忘れるな。そもそも君が私やソフィアを巻き込んだんだぞ」
「まだ私は半人前なのかもしれませんが、それでも私は頼って欲しいです」
喜びも苦しみも三人で共有、それはつい先ほどアルベルトが言っていた事だ。その時も私は正しいと思っていたが、今は重みが違う。私は理屈ではなく、感情でそれを理解したのだから。
知ってしまったら私はもう裏切れない。
「本当に悪かったと思う。二度と一人で行動しない事を誓うわ」
それはやけくそじゃない、心からの本音だった。
ここまで来て、私はようやく二人の圧から解放された。でも文句は言うまい。それだけ二人は必死だったのだから。
二人から許しを得て、私達は改めてオルフの調査についての話をする。
「セイファート家の密偵達は一日遅れで出発したはずなので、まだ情報は来ていません。アルベルト様の方はどうですか?」
ソフィアの問いに対し、アルベルトは頷いて見せた。流石の速さである。
「まだ調査は始まったばかりだが、今の時点でも色々分かった事がある」
「色々、ね。ないよりはましだけど」
脇が甘いのは大いに結構だが、理屈で動かない相手は予想もしずらいので一長一短である。
「オルフは男爵から充てがわれた屋敷に住んでいた。使用人などもつけられて、なかなかの好待遇だったようだ」
「別宅をそのままとは随分大盤振る舞いね」
オルフは相当良い思いをさせてもらっていたようで、私は司教の息子がこれかと落胆を隠せなかった。
「好待遇は他に行かせないためでもあったんだろう。男爵は秘密の独占に価値を見いだしていたからな」
しかし男爵はその秘密の持つ危険性を正しく認識していなかった。その愚かさが秘密の漏洩を防いだのだから、世の中分からないものだ。
「使用人達の話を聞くに、オルフはウェンディが亡くなった話を聞いた後、慌ててどこかに出かけて行って、そのまま帰ってこなかったとの事だ」
「普段抜けているくせに、自分に危害が及ぶ時だけは無駄に機敏なのね」
私は呆れて肩をすくめた。
「いなくなる際、彼はウェンディは国に殺された。私も狙われていると叫んでいたそうだ」
「まるで国が巨悪とでも言いたげですね。なんてバカらしい。でも良い情報です」
ソフィアもなかなか辛辣であった。しかしながら、そこから得るものはちゃんと得ている。
「つまりオルフは悪と戦う革命家気取りなんですね」
気取りと言うのが実にらしかった。
「動機面で考えると、色による差別から解放を願っているって感じかしらね?」
だから色の真実をああも簡単に流せた。正しい事をしていると信じているから。
「ただ良くも悪くも半端物です」
私もソフィアに同感であった。だって彼には五年もあったのだ。革命に向けて五年間本気で動いていたのなら、もっと違っていたはずである。
「本当に革命する気あるのかしら?」
どうにもチグハグな印象が拭えない。私が頭を抱える一方で、ソフィアは何かしらの答えを得ているようであった。
「あくまで憶測ではあるのですが……」
「それでも構わない。話してみてくれ」
アルベルトに催促され、ソフィアは自分の仮説を語った。
「すぐに逃げた事と言い、オルフは自分の危機には敏感なようです。そこから推測するにオルフは男爵で試していたのだと思います。国に仇なす事をした場合、国はどう動くのか……」
「それで五年間も待つとは気の長い事だな。その間、オルフは別の何かをしようとは思わなかったのか」
私もアルベルトと同じ疑問を思ったが、ソフィアの答えは明確であった。
「責任を取りたくないのですよ。だから自分で動かずに人にやらせようとするわけですね」
あんまりな答えに私とアルベルトは揃って頭を抱える。施政者として育てられてきた身としてはありえない軽薄さであった。
「……革命家というよりも扇動者だな」
アルベルトは心底呆れた様子でそう言った。前司教は人格者だったため、その落差に愕然とする。私も前司教の事は知っているが、あの人は尊敬に値する人だった。
「血と伝統を重んじている我が国にとっては、目を覆いたくなるほどの人物ね。そのオルフって男は」
前司教とオルフの親子関係は、血の繋がりでその優秀さが受け継がれるわけではないと、如実に物語っている。
「本人は全く気づいていないのでしょうが」
それが余計に皮肉になっていた。
「私は元から父上の政策に賛同していたが、今回の件でよりはっきりしたぞ」
我が国はアルベルトの父、バージェス王の作った特待生制度で、ようやく血と伝統から抜け出そうと動き出している。そして私とアルベルトは学校でその特待生達を評価する仕事を担っていた。
特待生制度は優秀な平民を探し出すためのもので、ゆくゆくはそこから新たな貴族が生まれる可能性も秘めている。そうなってくると間違いなく色にも関係してくるわけで。撤廃か維持かはともかくとして、流れ的には色をどう変えていくかの話は必ず上がるはずなのだ。そこで私は気づいてしまった。
「奇しくも国が目指している未来と、オルフが目指している未来は一緒なのね」
それが責任感の有無でこうも違うとは。
「流石に同じとは思いたくないな」
それはアルベルトの混じりけ一切ない本音であった。
「でも最初の報告だけでこれだけの情報量です。この調子ですとまだまだ出てきそうですね」
ソフィアが言う通り、最初の結果は上々だと言えるだろう。
「慌てて逃げて行ったとの事だけど、向かった先が分かれば最高ね」
「期待してもいいんじゃないでしょうか。これも憶測ですけど、計画だけは無駄に沢山練っている気はするんですよね」
憶測と言うがソフィアの発言は鋭い。だからアルベルトも決してないがしろにはしなかった。
「私も大分察してきたが、その計画はおそらく自分抜きという事だな?」
「はい、人に任せるための計画を作っている、私はそう予測します」
なるほどと私は唸った。五年間何もしなかったのではなく、五年間ひたすら計画を練っていた。沢山と言うのも、途中で行き詰って変更してを繰り返したという感じだろう。何で予想出来るのかですって? それは簡単よ。
自分の責任がないように作る計画なんて無理があるに決まっているのだから。
耳障りさえ良ければ、騙されてしまう人はいるだろう。でも道理を知っている人には絶対届かない。そしてオルフが行いたい革命には優秀なリーダーが不可欠だ。
こんなの初めから成立するわけがない。
オルフは間違った設計図を元に延々と悩んでいたわけだ。
「もしも計画案が残っているのだとしたら、奇天烈なアイディアばかりなのでしょうね」
私の発言に二人も頷いた。
今得られる情報が出そろったところで私の中に素朴な疑問が浮かんだ。私は己の中に生じたそれをアルベルトにぶつける。
「そう言えば使用人達には何て言って調査に協力してもらったの?」
フローレル男爵が亡くなり、ウェンディの真実を知っていた一部の者達が捕らえられて、男爵家の使用人達は不安に駆られていたはずだ。次の領主が決まるまで、国が代理で領主を行う事は話してあったが、それでも落ち着かなかったであろう。
上がごそっと抜けてしまったのだから。
そんな状況の中で、どうやってこれだけ上手く話を引き出せたのだろうか?
するとアルベルトがにやりと笑う。
「ソフィアの言うオルフ像が合っているのだとしたらハマリ役だぞ?」
急に様子が変わったアルベルトに私は不気味さを感じた。こういうアルベルトは珍しい。私が答えを促すと、アルベルトは意気揚々と答えを言った。
「ここに潜伏していた詐欺師の行方を追っている、だ」
まさに傑作であった。
今回もお読みいただきありがとうございました。
過去の事について一つ訂正を。
本物のウェンディが亡くなって、フランが入れ替わった時期に関して、
24話では10年前になっていましたが、28話で5年前になっていたので、
どちらも5年前に統一しました。
来週は月、水、金の三回更新予定です。
それではまた来週お会いしましょう。




