第三十話 再起
三部スタート! ここからナタリア視点に戻ります。
随分と迷惑をかけてしまった。それが私の率直な想いだった。それでもお父様達や屋敷の皆は、私が元気を取り戻した事を喜んでくれた。
思い返すのはソフィアが必死になって私を支えようとしてくれた事。
ソフィアが私の悲しみに寄り添ってくれたからこそ、今私はこうして前を向けている。感謝しても感謝しきれなかった。
ウェンディの、フランの死を経て何かが変わったとかは正直分からない。彼女の存在は私の胸に刻まれたけど、それが何を生むかなんて想像もつかなかった。
「素直に成長した、と言う事が出来たらいいのだけれど、そうもいかないわね」
しかし焦りはなかった。私自身何かが変わったわけではないが、一つ理解した事がある。私は一人じゃない。私が悲しみに暮れていても、助けてくれる人達がいる。役に立てない私でも、救いあげてくれる人達がいる。それが分かっただけでも大きな収穫であった。
私は窓の外を見る。そこに広がるのはいつもの景色。しかし見た目は同じでも、私の心次第で如何様にも見える。そして今日は……
「良い景色ね」
しっかりとそう思う事が出来た。一度自覚するとやる気に満ちてくるのが分かる。私は晴れ晴れとした気持ちで部屋の戸を開け放った。
さあ、散々迷惑をかけた分、遅れを取り戻すとしよう。
「ナタリア様、おはようございます」
「おはようソフィア」
朝の挨拶をするや否や、ソフィアはニコニコしながら近づいてくる。そして私の頭を抱え込むように抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと?」
「減るものじゃないし良いじゃないですか」
あの日以来、ソフィアはどこか強引になった気がする。子供扱いされているようで気恥ずかしいが、トクントクンと鳴り続ける心音はとても安心出来て、私は抵抗をやめてしまう。それからソフィアはたっぷり十秒ほど時間を使った後、ようやく私を解放した。
「今日の分はおしまいです。後はまた明日ですね」
私は嫌な予感がしてソフィアに確認する。
「ソフィアあなたもしかして……毎日これを続けるつもり?」
「もちろんです! 私頑張ったのですから良いですよね?」
「む……」
ソフィアの言い分に私は押し黙ってしまう。私はすでにフローレル男爵の結末は聞いていた。ソフィアはアルベルトと一緒に重たい決断をした。施政者として最もキツイであろう罰を下したのだ。たとえ相手が悪人だとしても、罰するという行為は気持ちの良いものではない。死罪を宣告する、その責任の重さはどれ程のものだったのか。
だからメンタルケアと言われてしまえば、私としては受けざるを得ない。そしてソフィアは言わないが、これは私のメンタルケアでもあるのだろう。
特に意識していなかったのだけど、私は自分の腕の中で冷たくなっていったウェンディに、強いトラウマを覚えてしまっているらしい。何かしら冷たいものに触れた時に体がこわばっているらしいのだ。自分は大丈夫と言っても、お父様には自覚ない事の方がよっぽど危ないとされ、しばらくは無理をするなときつく言われている。
それに私自身、人の温もりに安らぎを覚えるのは事実であった。こわばっている方に自覚なくても、人の温もりを欲している以上、やはりまだ私は完治していないのだろう。
表向きはソフィアがやりたいという形だが、きっとソフィアよりも私の方がよっぽど必要としている。ただ素直に抱きしめて欲しいとは言いずらい。だから私はしょうがないわねといった顔を装うのだった。
「はあ、好きにすると良いわ」
「はい!」
そんな私の天邪鬼を気にした様子もなく、ソフィアは満面の笑みで頷いた。
十日ぶりに学校に行くと心配していたクラスの皆が集まってきた。今回ウェンディが起こした孤児院襲撃事件は知られておらず、私は単に高熱で休んでいたとの事になっていたのだが、十日は流石に長すぎた。その間色々憶測を呼んでいたようで、それらを払拭するため、私は奔走する羽目になるのであった。
ここで一番効果的なのは元気な姿を見せる事だろう。だから私はひたすら大丈夫と言って回り、クラスの皆を落ち着かせて回る。この教室には私とウェンディの因縁を知る者はいない。皆知らないという事実に胸の奥が少し重くなったが、詳しく聞かれる心配がないのは正直助かった。
ただフローレル男爵に関してはそうはいかない。彼が突然心臓発作を起こし、帰らぬ者となった話題はすでに広まっており、貴族の生徒達の間では少なからず話題に上がっていた。
一方でその娘であったウェンディについては、別の国に嫁いでいった男爵の親戚の元に引き取られたという話になっていた。無論ウェンディはもう亡くなってるし、そんな都合の良い親戚なんているわけない。すべてが作られた話だ。
「フローレル男爵領はとりあえず国が管理する事になるのかしら?」
「唯一の後継者のウェンディ嬢も隣国に行ってしまったしね。まあ彼女の噂は聞いていたし、彼女が正しく領を治める事が出来るかは疑問ではあったけど……」
噂はもちろん私のクラスにもやってくる。デイジー嬢とカティア嬢もまたフローレル家やウェンディについて触れるが、どれもが終わった後の話である。何があったかを疑う者はいない。いたとしてもわざわざ危険と分かっていて、調べようとする者はいないだろう。男爵にそこまでの魅力はなかったのだから。
しかしこのまま男爵家の話題ばかりだと、ウェンディを思い出してしまい、私の気が滅入ってしまう。もうウェンディに対して嫌悪感はあまり感じないが、彼女の不運には思う所はあるわけで。居心地の悪い私は一つ仕掛けてみる事にした。
「急に倒れるなんてね。フローレル男爵領が厳しかったのは話には聞いていたわ。頑張るのは悪い事ではないけれど、不摂生には気を付けないとね」
「それを昨日まで倒れていたナタリア様が言います?」
ジド目のデイジーに私はしめたと思った。
「……倒れていたからこそよ」
「実感を得たって事? そこまで追い込む前に止めなさいな。そもそも前から思っていたけれど……」
カティアもうまく誘う事が出来て、話題はフローレル男爵から私の方へと移る。完全回復と行かないまでも、私の仮面はしっかり機能しているようであった。
真相を隠してこそいるが、二人は、というよりもこのクラスの皆は全員侯爵家以上のため、色の裏側に関しても知っているし、普通に知る権利はある。でもこんな辛さはまだ知らなくてもいい。人の良い彼女らを見て、私はそう思った。
無事に授業を終えた私はアルベルトとソフィアと合流する。たった十日間休んだだけでも、新鮮さを覚えるのはどういう事だろう。それでも私は帰ってきた。
「さて、目先の問題は司教の息子、オルフの事ね。男爵領の方で何か手掛かりはあったの?」
「……ナタリア。君って奴は」
アルベルトは呆れた様子で私を見ていた。ソフィアの方を見ると彼女も同じ視線を私に向けていた。
「二人してどうしたの? オルフの事は急がなければならないでしょ?」
ソフィアは私に首を振ると、私の手を取って着席させた。
「その前に、はっきりさせるべき事があります!」
「それってオルフより急がなければならない事なの?」
「ええ!」
「……そ、そう」
戸惑う私にソフィアは圧倒的な圧をかけながら言い放った。
「今まで我慢してきましたけど、今日こそは言いますよ。ナタリア様、
何でウェンディの襲撃の件を私達に黙っていたんですか!」
私は固まってしまう。だってこれに関しては私が100%悪かったから。アルベルトもソフィアに続いた。
「より良い結果になったとは言わない。仮にあの場でウェンディを救えたとしても、そもそもの男爵の罪が重すぎたため、より面倒で、より悲惨な結末になっていた可能性も否定出来ないからな」
あの時少なくともウェンディは納得して逝ったように見えた。良い死に方だったとは決して言えないが、親の罪で死刑という、より悲惨な道もあったのだと思うと、私は複雑な気分になった。
「でも私達に知らせてくれていたら、どんな結末であったとしても三人で共有出来た」
正論過ぎて言葉がなかった。ウェンディとしては半端に終わってしまったかもしれないが、私達が彼女の納得に付き合う必要はないわけで。少なくとも三人で行動していれば違った状況になっていた事は間違いない。直後にソフィアが発した言葉が追い打ちとして突き刺さる。
「ナタリア様は私達を置いていくつもりですか?」
「そんな事!!」
強く反発してしまったのは図星だったからだ。私は確かにウェンディに連れて行かれそうになった。僅かな時間であれど、死に魅入られていた自分を思い返すとぞっとした。
「だったら二度と一人で考え込まないでください。約束です」
「うぐ……」
ぐうの音も出ないとはこの事だった。二人に睨まれていると、徐々に気分が落ち着かなくなってくる。答えは「はい」しか許さない、そんな無言の圧を感じた。何か良い言い訳を考えようにも、この圧の前でもどうにもならない。とうとう耐えきれなくなった私は思いっきり叫んだ。
「分かったわ! 分かったから!!
二度と一人で考えすぎたりしない! 困ったら相談する!
約束よ!!」
もうやけくそだった。でも次に深刻な問題が出てきた場合、今度こそ私は一人で解決しようなどと思わないだろう。二人に攻められるのはこりごりだ。
しかし二人は未だに疑いの目を向けてくる。私はもうそんな無駄な事する必要ないと言ったが、これも日頃の行いなのかなかなか信じてもらえず、話を無理やり本題へと戻すのだった。
「さ、この話はもう良いわね! 早くオルフの話をしましょ!」
久々の更新でした! 今回もお読みいただきありがとうございました。
ナタリア完全復活ってわけではないですが、ちゃんと元気になりました。
次の更新予定は木曜日の予定です。
とうとう最後である第三部が開始となりましたが、今しばらくお付き合いください。




