88.「うちの娘と友達になってくれませんか?」
「アダルティー様!おかえりなさい!!」
「始まりの森」から出て、道中に見た麦畑の方面へと歩いていくと大きな農場が見えた。太い丸太と縄の柵で囲われた農場には多数のクザが飼われており、そこの農場主と思われる体躯の良い男が餌やりの最中、アダルティーたちを見つけると大声で手を振りながら挨拶をする。…突然大声を出したせいで男の近くにいたクザ数頭が煩わしそうに首を振りながら男から離れていくのが見えた。
「こんにちは~!」
距離があるためアダルティーも大声で手を振り返すと、それにならってアキも鱗も大きく手を振って挨拶を返す。宙を漂っていたイブキは男の声に驚いたのか地面に降りると小さく手を上げて「こんにちは…」と精一杯の挨拶を返す。
「いやぁ〜良かったですよ。俺が爺さんになる前にアダルティ様と再び会えて!」
「…アダルティーさん、あんまり里帰りしてなかったんですか?」
「旅をしてると…ついね」
窘めるように尋ねると決まりが悪そうにアダルティーは目線を逸らして農場のクザたちを眺める。
「農場が随分と広くなったのね。ここまでクザが多いと世話が大変じゃない?」
「家内と息子二人もいるんで何とかやれてますよ。それに最近は出荷用途に応じてエサを変えてみたり…昔と違って色々工夫してるんですよ」
「へえ、立派になったものね。前は母親にケツ叩かれながら嫌々働いてたくせに」
「ははは!懐かしいですね!今じゃあ家内にケツ叩かれてますよ!」
久々に出会った親戚同士の会話を聞いてる気分になりながら世間話に蕾を膨らませるアダルティーをよそに鱗も農場のクザを眺める。モフモフの毛で覆われた二本角をもつ四足獣クザ。農場の中でも更に柵で覆われた区画があり、毛並みが良いものや角を削ったもの、肥えたものや体の大きいものなど…確かに男が言ったように「用途」によって育成方法が変えられていたようだった。
「マ~ちゃん。あのこ…」
角折のクザを見て放った言葉‥‥と思われたが少女アキが指差したのは、とある一頭のクザ。他のクザよりも二回り体が大きいクザで柵の端辺りで頭を振ったり、片足で地面を蹴ったりと落ち着かない様子だった。
「お腹でも空いてるのかな…」
ご飯を渡すはずの農場主は丁度アダルティーとの昔話を終えた様子。あの大きなクザも機嫌を取り戻すことだろう。
「待たせたわね。いきましょう」
道先で出会った知り合いの知り合い。自己紹介をする間もなく鱗たちは農場を後にする。
「だいじょうぶかなぁ…?」
振り返るアキの言葉に鱗はガルーラでの出来事を思い返す。
アキは言葉で伝えるのが苦手なだけ。鱗に視えないものが見えているし、聞こえている。だから気づいてあげなくちゃいけない。
「アダルティーさん。待ってください…アキが———」「おい!どうした!おちつけ、おちつけ!こらっ!!!」
アダルティーを呼び止めると同時に後方で破壊音が響く。
蒸気船の汽笛。ボー、ボー…と鳴る音がクザの鳴き声と気づくと同時に農場主の男の声。
そして…鱗に向かって飛んできた丸太の断片を片手で掴むアダルティーの姿があった。
「お怪我はないですか?マスター」
アダルティーと鱗の間に浮かぶイブキが振り上げていた手を下ろしながら鱗の安否を確認する。
「大丈夫。ありがとう、ございます…三人とも」
鱗の足に抱きつくアキにも礼を述べ、原因である農場の状況を確認する。
破壊された柵と激しく踏み散らされた農場。そして動揺するクザたちをなだめつつ、壊れた柵から残ったクザが出ないように魔術を発現させる農場主の姿があった。
「地よ。私に積み上げるべき礎を御与え下さい———『地よりの築き』」
地面からせり上がった土の仕切りが壊れた柵の穴を埋め終えると農場主の男は慌てた様子で主屋の方へ走って人を呼びに向かう。
「…ボー、ボー、ボー、ボー」
小さな汽笛が連続して上がる。農場に残されたクザたちの多くは何が起こったのか分からず大きな物音に警戒や困惑を示す。不安な汽笛が何度も何度も上がっては「平穏」を求めてくる。…ご飯欲しさもあるかもしれないが。
「…クザの一頭が町の方に逃げたみたいね。私たちは逃げたクザを追いかけましょう」
掴んでいた丸太をその場に置いてアダルティーが全速で駆けていく。一歩遅れて鱗たちもアダルティーの後を追いかけることにした。
「だいじょうぶだよ!」
アキが残されたクザ達に向かって呼びかけると「ボー!」と返事がかえってくる。そのアキの一言だけで彼らの不安は解消されたのか。それ以降、背後から汽笛が鳴ることはなかった。
「あなた…何でもありですね」「ふふん♪すごいでしょう~!」
驚いた様子のイブキが素直な意見を述べると、アキはしたり顔になって嬉しそうに胸を張る。余程嬉しかったのか少女の体に抑えていた彼女の体が僅かに成長していた…。
程なくして先行していたアダルティーに追い付くと町の一歩手前で小さな人だかりができていた。大人たちが働きに出ているためか少年少女の姿が多く、人だかりの向こう側にいるものたちが直ぐに見て取れた。
「さっきのクザと…エルフ?」
町の入り口から少し手前の方で向かい合う大きなクザと一人のエルフ…明らかにアダルティーではない。
「追いついたのね。ウロコ」
「アダルティーさん。あの方は…?」
「彼女はコースレット。さっき森で会ったアーミーが話していたエルフの一人ね」
コースレットと呼ばれたエルフに視線を戻すと彼女は親しい友人と抱き合うかのように両手を広げ、ゆっくりとクザの元へ歩み寄る。両者を見比べるほどに感じるのは、その体格差。3ロット近くあるクザに対してコースレットの身長は鱗の肩よりも低く小柄。天使の光帯を纏った三つ編みツインの銀髪と美しくも幼さ残る顔つきからは庇護欲を掻き立てられるほど…勿論アキには及ばないのだが。
「良い子ね。いま…楽にしてあげるからねっ」
にっこりと笑いながらクザを撫でると、素早くクザの腹下に滑り込んで左前足をかえして股に挟むと足の裏から何かを素早く引き抜く。その直後、クザが呻き声を上げてもがこうとするも前足を抑えたコースレットがそれを容易く御しきる。
「ごめんごめん!痛いよね!痛かったよねっ!」
なだめつつも手早く腰元から小瓶を取り出すと、その中身をクザの足裏に。それから縄でクザの足をぐるぐる巻きにすると、クザの腹下からコースレットが転がり出てくる。
「はい!これでお終い!あなたのお家に帰りま、しょ〜〜っ!」
言い終える前にクザに顔中を舐められてしまうコースレット。そこで鱗たちの方へ不意に視線を走らせると、嬉しそうに手を振りながら大きなクザを連れて此方へ向かってくる。
「アダルティーじゃない?久しぶりね!元気にしてたっ?」
「久しぶりね。コースレット。相変わらず元気そうで何よりだわ」
見物人である少年少女らの意識がコースレットからアダルティーへと移ると、その多くは初めて見るエルフに首を傾げ、けれどエルフ族であるからか敬意や羨望の込もった眼差しを向けながら町の方へと退散していく。
「ばいばい、コースレット様!それから…き、綺麗なエルフ様も!」
「じゃあね!気をつけて帰ってねっ」
子どもたちの中でも年長と思わしき少女が別れの挨拶を告げ、コースレットは少女たちに手を振って返す。綺麗なエルフ様…もといアダルティーも嬉しそうに手を振ると少女たちの黄色い悲鳴が僅かに聞こえた。
「そっちの子たちは…もしかして、お友達?」
「ええ、大事な友達よ。今は訳あって彼女たちと旅をしているの。彼女はワカツキ ウロコ。こっちはアキちゃんで、こちらがイブキ。視たら分かるでしょうけれど今は詮索しないで頂戴。今夜か明日あたりに皆に話そうと思ってるから…」
アダルティーの口から鱗たちの自己紹介を簡略に済ませると、始まりの森で起きた出来事をコースレットに伝える。
「…ママがそんなことするなんて。タイツちゃん…神域長は大丈夫なの?」
「ええ。身体に残った母様のマナを私が吸って、今は私の家で休んでる。アーミーも付いてるから大丈夫なんだけど…しばらくは動けそうにないかもね」
「そう…。目を覚ましたら出来立てのアフロ麦パンを食べさせてあげましょう。今回はすっごく美味しくできたんだから!」
「ありがとう。神域の案内が終わったら私たちも食べさせてもらうわね」
「うん!!…あ、それじゃあ、このクザちゃんは私が届けてくるから町の方に行ってきてっ!良い匂いがするからパン屋も直ぐに分かると思うわ!」
それから大人しくなったクザを手招きすると繋ぎ紐も無しに大きなクザがコースレットの傍に寄ってくる。
「…そういえばクザが暴れた原因は何だったんですか?」
縄を巻かれたクザの左前足を見下ろしながら尋ねると、何故だか花のような甘い匂いが立ち上る。彼女が小瓶に入れていたものの匂いだろうか。
「これよ。クザの角の欠片が足に刺さっちゃったの。多分知らずに踏んじゃったのね。この子は体が大きいから余計に食い込んで痛がったのよ」
そういって見せてくれたのは指一本分の細長い組織。クザの角の欠片…ということは先端の古い部分が偶然欠けてしまったものなのか。突き刺さっていた部分が赤く滲んでいた。
「ちょっとちがうよ」
いつの間にかクザの足元でしゃがみながらコースレットの言葉を否定するアキ。それから左前足を指先でカリカリと搔き始めるとクザが安心したように「ボ~」と陽気な鳴き声を上げる。
「あしがカユかったんだって。でも…じぶんじゃカキカキできないから、だからトゲトゲで…なんとかしようとしたんだよ」
…角の欠片で痒みを紛らわそうとしたら足の裏に刺さってしまった、ということか。
「ほかにかゆいところはなあい?」とアキが尋ねるようにクザを見上げると、クザは体を揺らして臀部をフリフリ…それから尻尾を数回振るうとアキはクザのお尻を搔き始める。
「アキちゃん凄い!言葉が分かるのっ?」「ううん!おしえてくれるの!」
コースレットと少女アキ。小さな二人が仲良くクザを搔く姿が傍から見ていると牧歌的で、淡くて、かげがえのないものに見えてくる。思えばアキには同年代の子との交流は一切ない。コースレットはエルフ族だけれど彼女を初めとした神域の人たちとも仲の良い関係を築けたら‥‥どのくらい神域に滞在するかはさておき明るい妄想が絶え間なく浮かび上がる。




