83.「ばいばいガルーラ」
「ガルーラは地の大神に見捨てられた土地。地の大神のマナを介した魔術は使えずアキもマナを補給することはできない。それなのにガルーラには謎の木の根が生えていた。だから気になってアキに聞いたんです。
「ガルーラに地の大神はいるのか?」と、そうしたら「こわいのしかいない」って。」
「たしかにガルーラに来た時にアキちゃんは怖がっていたわね。てっきり地の大神がいないからだと…ごめんなさいね、アキちゃん」
謝りながら少女アキの頭を撫でると、アキはガルーラの「こわい」を思い出しながら「ううん、いいの」と強張った笑みを返す。
「アキちゃんは地の大神に近しい存在だから。地の母様の力を奪う血の大神に連なる存在を感じ取れた…と。だけど、それがどうして「精神操作」になってくるのかしら」
「…ガルーラで聞いた魔力と記憶の継承とマユーの実の特性について思い出して欲しいのです。
親の魔力を子に受け渡すことで親の魔力に刻まれた記憶が引き継がれるガルーラの継承。
そして地の大神のマナを「成長」に還元する能力を継いで生まれた大量の魔力を含むマユーの実———。」
かつて地の大神の怒りを代弁するアダルティーの表情まで覚えていたガルーラの罪の継承は確かなもの。
当時の光景や罪悪・後悔といった感情を色褪せることなく現代まで引き継いだ魔法。自らの罪を受け止めて真なる裁きを求めたガルーラの民の真摯な行動によってもたらされたものだ。
「——魔術の「水」で記憶を継承した彼らのように「食事」によって記憶を、意思を捻じ曲げた…?」
この世界の人間は元を辿ればエルフ族に連なり、エルフの始祖へと回帰する。天地が交わることで生まれたエルフの始祖。天地のマナを借り受けて魔術を行使できる人間にも天地両大神との繋がりがある。
…たしか『人間は天地両大神から見れば「孫」のようなもの』とはベルマーから聞いた言葉であったか。
「マユーを介して血の大神は人間に、ガルーラの人たちに自分のマナを与えていた。マユーは地の母のマナも大量に吸い上げるから弱体化もできる。マユーを育てる人が次々と増えていけば、それだけ血の大神に有利になる。」
一つの種から始まった血の大神の陰謀。自らを貶め、辱めた神々への復讐は神の子である人間を介して行われた。
けれど、マユーによる洗脳が事実だとしても一つ目の種に大きな謎がある。
「でも、それだとガルーラの長の件はどう説明するの?方法は分からないけれど彼は自らの知識でマユーを生み出したのよ」
マユーを生んだガルーラの長。
ローヒ家の日記によれば彼は何かに導かれるように無名の地に辿り着き、人を集め、ガルーラという町を作り上げたという。ガルーラを見つけた時点で既に何かがあったのかもしれないが真相は不明。だから知っていることで答えるしかない。
「…『目』…です」
今は亡きアサミの祖母が教えてくれた言葉。彼女からすれば小さな違和感であったけれど、この祖母の言葉が鱗の感じたある人物への第一印象に正当性を与えてくれた。
『 危ないところを助けていただき有難うございます。私はアサミ。アサミ=ソジェールと申します。 』
あの少女の赤黒い瞳を見た瞬間、若槻鱗は一つの思考に蓋をした。
ただ色が似ているだけだ、と決めつけて無意識に考えないようにしていた。
初めて見たアサミの、ガルーラの民の眼。日陰に入れば血のような赫が際立つ眼。
あの色を見ただけで地底湖で対峙した怪物が脳裏に蘇る。あの赤い目をした悪魔が嗤いながら尻尾を揺らす姿が否応なく思い出される…。
「アサミちゃんの目を見たとき私は地底湖で出遭った血の化身の眼を思い浮かべました。あの赤黒い瞳が同じように感じたから。アサミちゃんのお祖母ちゃん…シロミさんも言ってましたよね。ガルーラの大地が挿げ変わってアダルティーさんが来た時には彼らの眼は赤くなっていた。それからマユーを生み出した村長も赤黒い目をしていた、とも…」
「…彼らの瞳は元々「黒」だった。マユーを食べすぎたことで彼らは目が赤くなったと思い込んでいたけれど、彼らの瞳の「赤」は血の大神のマナが入った影響だった…?」
「ただマユーを生んだ長に関しては完全に憶測でしかありません。でも日常的に魔術を使うだけの人が晩年になって突然魔法の研究をして、マユーを生み出す。…まるで人が変わったようだとローヒ家の日誌にも、シロミさんも言っていました。元々ガルーラを見つけたのは長だったから。マユーとは別の手段か、もしくは御使いの地龍のように身体の弱った長を操っていたのかも———。」
「血の大神は元は龍の怨念——龍の魔力…記憶の集合体。それが地の母様の力を奪っているのならホシナガレグサをマユーに変える魔法にも…納得はできる———・」
白熱した熱を冷ますため互いは口を閉じ、沈黙に徹する。
若槻鱗は自らの出した回答への答えを待ち、アダルティーは自らの知識と鱗の回答を照らし合わせる。彼女の視線は思考の起伏で宙を泳ぎ、それが滑らかに行くときもあれば一時何かに引っ掛かった様にして動きを止める。
そうして自身の熱を冷ます合間、鱗の中にも一つの疑問が浮かび上がり、再び彼女の視線に意識を向けると磁力のように視線が合致する。
「「 なぜ血の大神は行動を止めたの/でしょう? 」」
マユーによる精神操作を受けたガルーラの民。
マユーの危険性を知りながらも禁断の果実を作り続けた彼らが止まったのは何故なのか。二度目となるエルフ族の来訪。そしてアダルティーが地の怒りを代弁したきっかけ。それは緑豊かであったガルーラが不毛の大地へと挿げ変えられたから‥‥つまりは。
「地の母様が対処をされたから———ということ…?」
「‥‥」
ガルーラが引き継ぐ最初の記憶は荒野と化した故郷と地の怒りを代弁する母の姿。それが彼らの最初の罪であり、目醒めた彼らの最初の記憶。そうして自らの眼が「赤」になったと自覚できた彼らに「罪悪」という感情が戻ったのは、大地が挿げ変わった—――地/血の大神との繋がりを断たれたから…?
「マスター。その答えを認めるには未だ情報が足りないと思われます。」
磁力で引き付けられた緑光の瞳が大きくぶれ始めたと同時に白の淑女の手が其の肩に置かれる。
「ガルーラの事件の後、エルフの子らは各地に流れたマユーを消し、その存在を抹消した。ですが消し漏らしてたマユーをマスターは食べてしまったのですよね?…それも大量に。なぜマスターの身体には異変が起きていないのでしょう?」
イブキの言葉を受けて反射的に片目を手で覆う。もう片方の目で視線を躍らせながら在りもしない鏡を探していると、傍らにいた少女アキがシャツの裾を引っ張って首を振るう。
「おめめ まっかじゃないよ」「そう…だよね。ありがとう、アキ」
自分の顔を見る機会なんて水面を覗くときにしかないから、つい自己への意識が希薄になってしまったのだと焦ってしまった。
…この世界に来てからは食べて、寝て、鍛練をして、旅をする日々。鱗の常識は日々塗り替えられて今では衛生面しか気に留めてはいない。美容なんてのは自分に価値を求めるからやるわけであって気にかけずとも生きてはいける。ただ外面を重視する社会においては求められるから必須となるだけだ。
「私の食べたマユーはガルーラのとは違う、とかかな。いつ生ったものかは分からないけど若木だったし…」
周囲の木々を枯らしてしまうほど地のマナを吸い上げるマユー。そんな恐ろしいものがネルバ大森林に生えていたのか‥と思い返せば肝が冷える話であるが、確かにイブキの指摘するようにマユーを食した鱗には何の影響も出てはいない。
「あれは…アレが原因だったのかな…」
この世界におけるワカツキウロコの罪。禁忌の果実マユーの種を植えてしまったのは単に実を採りすぎてしまったことへの罪滅ぼしのつもりであったが、あれはマユーを食べた影響だったのか…と筋違いな考えが僅かに思い浮かぶ。
「ウロコは異世界の人だから彼らとは事情が違うのかもしれないわ」
肩に置かれた手を軽く握って視線でイブキに礼を返すとアダルティーの眼に力が宿る。その場で立ち上がり、ぐんっと身体を伸ばして「う~ん」と人目を気にせずに大声をあげて気を発散させる。
「ガルーラのことは私たちだけでは答えが導き出せない。だから…神域で皆に聞いてみましょう。母様も含めてね」
「はい!」
若槻鱗の罪を拭い、アキへの天の加護を求め、そして世界を知って好きになるための旅。
そこにガルーラの謎を解き明かすという新たな目的を加え、一同は神域へと再び足を進める。
「———あのねっこは…なんだったんだろうね」
・・・三人が先を目指す中、立ち止まった炎の少女は背にある大地に踵を返して置き去りにした「こわい」もののことを考える。
「おこってる、って…きいてほしかったのかな」
わからないから「こわい」ことしかわからない。赤くて黒いものしか受けとれなくて、なんて答えたらいいのかわからない。
「みつけてほしかったのかな…さがしてほしかったのかな…」
ごはんをたべないと元気がでないから。だからいっぱい手をのばした。見つけてもらえるように…。
「ごめんね。もっとあたしが大きくなったら…もういちど、おしえてね」
「だから、ばいばい」と見えない何かに手を振って、炎の少女は母の下へと駆けて行った。




