82.「神様なら何をしてもいいのですか?」
『ふぅ~』
「…ありがとうございます。マスター」
求められるままイブキへのマナ供給を行うと彼女は満足げな笑みで御礼を述べ「何か食べ物を探して参ります」と空へと舞い上がっていった。
「本当に大丈夫かな…」
マナ供給とは言っても彼女の希望通りに少量のマナしか込めてはいない。また気を遣われているのか‥と心配になって空に浮かんだ白の淑女を見上げるが、果てを知らぬ風船のように舞い上がる「風」からはそういった陰は見受けられない。
「マ~ちゃん!」
空の彼女を見上げていると快活な声が鱗を呼ぶ。振り返ると両手いっぱいにパルファス草を掲げた「火」の乙女。
久しぶりに乙女アキを見た鱗は彼女に引かれるように弾んだ声をあげていた。
「アキ!もう身体は大丈夫なの?」
ガルーラにいる間、ずっと幼女の姿をしていたアキ。あの「こわい」荒野を怯えるように歩いていた彼女が地に足をつけて堂々と立っている。たったそれだけで日常の平穏を取り戻せた気がして鱗は嬉しくなっていた。
「うん!でも‥‥ちょっと『ふぅ~』が足りないかも。えへへ」
そう話しながら少女の体へと縮んだアキ。より多く運ぶために一時的に身体を大きくしていた少女の腕からパルファス草が何本か零れ落ち、それを鱗は神妙な面持ちで拾い上げる。
「『ふぅ~』‥‥アキ。朝ごはんを食べたらもう一度するから…今はこれだけで我慢してね」
空腹の具合を鑑みて普段よりも少なめのマナを送る。…ガルーラでイブキが消えかけたとき、直前の無茶な魔術行使や空腹も相まってマナ供給後に倒れてしまったこともある。今日ぐらいはなるべく身体を休めてやりたい。
「もう少しだけ食べ物を集めたら朝ごはんにしよう」
アキの集めたパルファス草をリュックに詰めてアキと共に食べ物探しへ出る。ここはガルーラから地続きで辿り着いた平野。今までの森や林のように食糧が豊富ではないがダンゴロ芋でも見つかれば十分に腹は満たせるだろう。…久々に蒸かしたダンゴロ芋が食べたい。
「ホシナガレグサ…」
リュックの隙間からピョンとはみ出たパルファス草を押し込むと、鱗はアキの手を引いてガルーラを背に平野へと駆ける。
ホシナガレグサ——パルファス草に魔法をかけたことで生まれた禁断の果実マユー。
ガルーラの罪の元凶にして、誕生の経緯に多くの謎を秘めた果実。ガルーラを出る際に繋げたこじつけが正しければ、もう二度とガルーラには足を踏み入れない方が良いのかもしれない…。
「———アダルティーさん。大事な話があります。」
結局、アキとの食料探しでは珍しく何も見つけられず。イブキが偶然見つけたミュートの卵とアキのパルファス草を合わせた卵焼きを四人で分け合うことにした。
「なにかしら。改まって…」
浴場での出来事を言及されると思ったのか少し上擦った声。
入浴後も変わらず眠たげなアダルティーであったが朝食を食べ終える頃には普段の彼女に戻っていた。
「ガルーラの謎について、です」
朝食後、久しぶりの薬花白湯を堪能しつつ鱗は仮説の土台を踏み固めていくことにした。
「ただその前に一つ確認したいことがあるんです。アダルティーさん…地龍について詳しく教えてくれませんか」
地龍とは天に翼を、地に尊厳を奪われた龍の総称。生まれた我が子に全霊の息吹を吐くことで子の誕生を天の大神に赦し願う「タメシ」の儀を超えられなかった龍が成り果てた姿であり、永遠に地に囚われ隷属する。
気まぐれに地上に現れることもあるらしいが、その多くは地の大神の意志を受けた「御使い」として地上に表出する。
この世界に来て間もない鱗は禁忌の果実マユーの種を植えたことでスライムに襲われ、スライムを倒したことで御使いの地龍に襲われることになった。
「具体的には、どうやって地の大神が地龍を操るのか…です」
かつてベルマーに聞けなかった質問をエルフの彼女に投げかける。あの青年騎士は英雄〝白銀〟と同等以上の憧れと尊敬を龍に抱いていたから…その成れの果てともいえる地龍については大まかな内容しか聞いてはいない。
「…うーん。そうね、それを知るには‥まず龍族について少し話しましょうか」
そういって落ちていた適当な石を拾うとアダルティーは地面に龍の絵を描き始める。
…「龍」にしては随分幼稚というか。龍と言われれば分かる程度の描画力で地面に「龍」が刻まれる。
「龍といえば、何を思い浮かべる?一番脅威だといえるのは?」
「魔眼と息吹と‥‥巨体ですかね」
この世界に来て間もなく遭遇した黒い死。見たものを殺す魔眼を持つ龍黒の恐怖が再燃すると鱗は無意識に両腕を擦っていた。
「そうね。じゃあ、魔眼以外で龍族にとって重要な器官って何かしら?」
「‥‥心臓、とか?」
「心臓を潰した程度じゃ龍は絶命しないわ。」
胸部辺りを指差して答えるとアダルティーは首を振り、正解となる部位を石でつつく。
「翼よ。龍族の力の多くは「両翼」に込められているのよ。翼の鱗は体表を覆う鱗の中で最も強固で軽く、飛ぶ以外にも盾としての役割をもつ。そして、何よりも重要なのが魔術や息吹を行う際にマナを集約する機能。これは私たちの剣と似た感覚器官のようなものね。」
「息吹っていうから、てっきり口からマナを吸っているのだと…あれ、それなら地龍はどうして息吹を放てるのでしょう」
「地龍になっても息吹が放てるのは翼の一部が僅かに残っているからよ。ただ体に無理を強いるわけだから――、」
そこで一度言葉が途切れて「そうか。アキちゃんの火で…」と小さな納得の声。
ベルマーによって地龍を倒した結果までは伝えたが、その過程までは伝えてはいない。
鱗の口から地龍の息吹について聞いたことで彼女は炎の記憶に苛まれる地龍の姿を想像したのだろう。
「その翼を剥奪され、最後に残った雄の龍は地に堕ちる。そして大地に触れた瞬間に地の母様への隷属が始まる。戦意が削がれ、感覚が削がれ、記憶が削がれて、魔眼も尊厳も奪う。そうして母様のマナで体の魔力が押し流されて———構造的には木々や大地に近い存在になる。母様の一部になるのよ」
「タメシ」を超えられなかった龍族は親子共々翼を奪われ、地に落とされる。天地の堺において、息吹を緩めた父龍は最後の責として子と母龍を殺し、自死もできぬまま拭えぬ後悔と共に地に堕ち、地に隷属する。…永遠に、死ぬまで。
「地は【天より落ちるものを余すことなく受け止める】——これは地が天へと示した愛の形。雨も雪も雷も…そして天から堕ちた龍さえも地は余すことなく受け止めて自分のものにしてしまう。…龍と地の母様は仲が悪いから私怨もあるかもしれないけれど、ね。」
「…重い愛ですね」
「推し量れないものではあるわね。」
地の悪癖と地龍の成り立ち。龍の魔力を自身のマナで押し流し、地龍として操る。
「それでも愛に勝る記憶があったんですよ…」
…地龍に成り果てても炎の記憶は残っていた。炎を見た地龍は最も深く根付いた悔恨の記憶に従って全霊の息吹を放つ。もう二度と失敗しないようにと、ありもしない「次」を妄想して。
「アダルティーさん。これは私の推測なんですが―――」
アダルティーのおかげで欲しい情報は揃った。
アキの「こわい」から始まったガルーラの謎。地の大神が見捨てた土地に潜む「こわい」もの。それを裏付ける地龍の成り立ち…。
「———ガルーラの民は血の化身もしくは血の大神に…精神操作をされていたのではないでしょうか。」




