77.「思い出」
木の根について分かったことが一つある。この根はガルーラの者にしか調理できない。
木の根についた土然り「根」そのものに対してもアサミの魔術以外では浸したり、煮ることはできない。これは土を取り払った木の根をアダルティーの発現させた水魔術(煮え湯)で調理しようとした際に分かったことである。
「何というか…ガルーラの者にしか扱えないものだわね」
「やっぱりガルーラの人たちは他の人とは違う性質があるのでしょうか…?」
一応、アキとイブキにも調理を試してもらったが「火」では木の根を燃やしてしまい「風」の刃では切るだけ…どちらも木の根の調理には向かない。鱗が水魔術を扱えたら話は変わったのかもしれないが、どちらにせよ今は無理だ。昨晩のイブキへのマナ供給に加え、今しがたアキへのマナ供給を終えたところで身体のマナがあまり残っていない。それを心配したアダルティーに「ガルーラを出るまで魔術を使わないように」と釘を刺されてしまった。
「彼らは記憶を魔力として継承し続けてきた。アサミちゃんも魔力感知ができていたようだし…」
鱗たちと出会う前、アサミは魔力感知を使って鱗たちを探していた。彼女は無意識に使っていた‥とのことだが、アダルティーによれば本来人間が魔力感知を扱うにはある程度の鍛練を積まなければならない。「感覚」というのは個々で異なるもの。鱗のように視覚的な魔力感知が出来ない者も世間には少なくはないのだという。
「でも記憶の継承が魔力を変質させるわけじゃないわ。彼らが食べたマユーだって言うなれば「マナの塊」のようなものだし‥‥うーん」
「お待たせいたしました。湯掻いた木の根です!」
アダルティーが頭を悩ませていたところで調理を終えたアサミが汗を流しながら桶に入った木の根を運んでくる。煮た木の根は柔らかいうちにささがきにして、ソジェール家にあった石皿に盛っていく。
「いただきます」
試しに一口。ささがきにした一欠けらを手に取って口に含む。煮ても少し芯の残ったような固さと濃い土の香り。よく噛んで舌を凝らせば若干の甘味が浮き沈みしてくるが苦い…これはアクだろうか。
「よし。アサミちゃんに良いものをあげよう…」
「え…?なんですかワカツキ様?」
「イゾルテ、だよ」
ヒヒヒ‥と、どこかの青年と同じような悪そうな声をあげてリュックからイゾルテを取り出し、ささがきにした木の根に少量振りかける。本当なら木の根を揚げたものに振りかけたいところだが…ここではコレが精一杯である。
「あ、アダルティーさんは傷む前に干しイモを食べちゃってください…いつも魔術を使って貰ってますから」
アダルティーの身体は木の根を受け付けない。ただアサミの手前で木の根を拒むわけにもいかないため残った干しイモをアダルティーに食べてもらうことにした。…実際、ガルーラに来てから彼女の魔術に頼りっぱなしだったこともあるから、せめてもの労いでもある。
「え、…ええ。ありがとう」
アダルティーに干しイモを渡す際に残った食糧を確認する。
ガルーラ通過に要する5日、ガルーラの生き残った住民を捜索するのに当てた2日、合わせて事前に用意した食糧は7日分。仮にソレ以上の滞在を見越して食糧を持ち込んだとしても本当に食糧が傷んでしまうためガルーラには7日分の食糧しか持ち込めなかった。
本日でガルーラに入って6日目。今日からガルーラを抜ける道に戻ったとして果たして何日で戻れるのか…。
「 いただきます。 」
食事初めて数秒後アサミの手が止まり、目を震わせながら鱗を見つめる。「美味しいです!ワカツキさま!」と目が訴えながらもアサミの手と口は食事を止めないため言葉が出てこない。流石は万能調味料イゾルテ…といったところか。
「アキ、イブキ。美味しい?」
「ポリポリしてる~!」「食感が面白いですね」
鱗は普通に食べられたがアダルティーの例もあることから二人にさり気なく確認すると何の問題もなくポリポリと咀嚼していた…。
「——ご馳走様でした。ねえアサミちゃん。これからどうしたい?」
食事を終えたところでアダルティーが真剣な面持ちでアサミに尋ねる。指に付いたイゾルテを舐めていたアサミは素早く姿勢を正して正座したままアダルティーと向かい合う。
「祖母を埋めながら…考えていたんです。私が、これからどうするべきか。私たちは、どうすべきか。」
少し広くなった戸口から祖母の墓標を眺めるアサミ。そこで鱗は初めて祖母の墓標がソジェール家からいつでも見える位置にあることに気づく。
「私たちは、罪を忘れぬために生き続けました。いずれ来たる真なる裁きを求めて現世まで生き繋いでおりました。」
「それは…っ」
亡くなった祖母が乗り移ったかのような話し口調に鱗は思わず「それは違う」と声をかけそうになる。
それは彼女が子どもだったから。さっきまで子どもだったアサミが忽然と姿を消してしまったように思えて怖かったから…。
「…にいちゃんは、私の兄カニエは私たちとは違う人でした。兄は祖母を気遣って早くに魔術を覚えて、自立していた。自立しようとしていた。‥‥ううん。きっと、はやく大きくなりたかったんだと思う。」
鱗の声に驚いたためか。彼女の言葉が少女アサミのものへと戻る。
「…兄は罪を継いできた私たちとは違って「夢」をもっていた。それが良いとも悪いとも思わなかったけど‥‥「陽」の光みたいに眩しい兄が遠くに行ってしまったみたいで—――そうしたら本当に、どお”ぐに、いっぢゃっだ‥‥」
「夢」と呼んだ少女の目は戸口から、これまで彼らが儀式的に見続けてきた煉瓦色の荒野に‥そこに立つ祖母の墓標に巻かれた布に瞳孔が揺れ‥そして天へと顔を逸らして天幕の無い空にある一点の「陽」の眩しさから手元に目線を落とすと‥壁の端材で墓穴を掘る際にできた真新しい手マメがあり…見えない土をすくうように両手を持ち上げて自らの顔に被せると…ようやく少女アサミは祖母の死を理解する。
…この小さな少女の身体に、どれほど彼らの記憶が引き継がれているのかは分からない。罪の記憶を継ぐ手段として彼らは自らの魔力を水魔術に込めて子の喉の渇きを満たしてきた。けれど、引き継がれるのは罪の記憶だけではない。亡くなったアサミの祖母もマユーを生んだ長の子孫の記憶を継いでいた。重さや強さで記憶の優先度を測るのは憚られることだが、罪の記憶に繋がれて継がれてきた過去も確かにあるのだろう。
だから、きっと彼女にとって人の死は初めてのものではない。
故に少女は挫けることなく自らの手で祖母を埋葬した。未来のことを考えながら祖母の顔に土を被せることができた。記憶の累積が鮮烈な「死」の感覚を鈍らせた。慣れた「死」への感覚が少女の感覚を麻痺させた。
けれど。もう、それではいけないのだ。これから少女が歩むのは「彼ら」が通った路ではなくアサミ=ソジェールだけの道なのだから。
「私に、兄のような「夢」はありません。それでも…祖母の願いを叶えてあげたい。ガルーラの民が受けた恩を私の手でお返ししたい。ですから、どうか…アダルティー様。私を騎士様の元に連れて行ってください。」
ひとしきり泣くと、通り雨が去ったようにアサミは涙を引っ込めて再び姿勢を正す。ここでの暮らしにおいて涙は、無駄に水分を流すのは悪いことだと…そう習慣付けられたような涙の抑え方だった。
「…しばらく、ここには帰ってこられないかもしれないわよ」
「寂しいですが構いません。思い出は、私の中にありますから…」
そういってアサミは家の中を見回す。小さな家に残る家族との記憶を刻み、そして匂いまでも忘れないよう目を閉じ、スッと息を吸い込んで一言「にいちゃ。ばあば。いってきます」と思い出の中の家族に別れの挨拶を告げた。




