76.「土に慣れるのは、いつかカエるためですか?」
翌朝、アサミの祖母が亡くなっていた。
臨終の折にはアダルティーとアサミが同席していたようで鱗が目覚めた頃には埋葬の用意が開始されていた。
「家族の弔いは家族だけで」というアサミの言葉により、少女の手一つで祖母を埋めるための穴を掘る。手伝うことは許されない。息を荒げ、手を震わせながら墓穴を掘る少女の小さな背中がそう主張する。
「ウロコ。あなたのおかげで全部話せたわ」
魔術で皮の水筒に水を補充しながらアダルティーが漸く口を開く。アサミの祖母シロミ=ソジェールの訃報を知らせて以降、ずっと口を閉ざしていた彼女が口を空けたのは、アサミの手によって祖母の遺体が、頭が土で覆われた後の事だった。
「でも、まだ私の自己満足なのよ。きっと私は、この胸の締め付けを抱えながら一生を生きていく。彼らが生きたのと同じくらい生きて、ようやく私は彼らの罪を拭えたことになる。」
水を入れ終えるとアダルティーは小さく膝を抱えて、額を膝の上に押し付ける。そして膝から覗くように、ゆっくりと目線を上げてから祖母の墓標が立つのを見送った。
「ここからでも地の大神の元へ還れるのかしら」遠く離れた家へと帰る子を見送るような心配そうな声。地の大神が見捨てた終焉の地ガルーラ。そこで亡くなった者は、罪ありきガルーラの民たちは地の母に受け入れられるのか…亡くなった後の彼らを心配するアダルティーに鱗はエルフの業とは別の危うさを抱いた。
「—――おばあちゃんは すくわれたのかな?」
さっきまで鱗の膝に座っていたアキが墓標に祈りを捧げるアサミの元へと歩み寄り、尋ねる。昨夜と同じく水たまりを避けるようなヨチヨチ歩き…やはりアキにとってガルーラという土地は相性が良くないのだろう。
「私は、そう願います。ながく…本当に長く続いた約束が果たされたのですから」
「おばあちゃん。わらってたね」
鱗よりも先に目覚めていたアキは祖母の死に顔をジッと眺めていたのだという。アキにとって初めてとなる人の「死」。それを少しでも理解したかったのか。おそるおそる祖母の手を握って、頬に当てていたのだという。
「〝ぬるい〟…って、言ってたのよ。アキちゃん」
アサミとアキの様子を眺めていると当時の状況をアダルティーが耳打ちする。
「つめたい」ではなく「ぬるい」…きっと自分の温もりが移るくらい触れ続けていたせいだろう。
「生きてると勘違いしないといいけれど…」
「え、なにと…?」
いいえ、何でも…と零した独り言を誤魔化してアサミとアキの下へ。背にいたイブキが続くとアダルティーも立ち上がり、皆で祖母の墓標へと向かう。墓標といっても家の壁板に布を巻いただけのもの。家の壁板を剥がし、天井の布を引っぺがしながらアサミは「ささやかな墓標ですね」と自嘲気味に言っていたが、その顔は年相応の少女らしく晴れ晴れとしたものだった。
…もう彼らの頭上を覆う天幕はない。布に空いた小さな穴からではなく、少女は堂々と大空を見上げ、そして空の青さに涙する。
・
「アサミちゃん。これ…どうやって食べるの?」
アサミの祖母の埋葬を終えて一同は朝食の準備に取り掛かる。朝食といっても残っているのは僅かな干しイモと昨日採った木の根だけ。ただし木の根は根に付着した土を洗い流す手段がなく、アダルティーの水魔術を当てても土が水を弾いてしまう…。
「ああ!採ってきてくれたのですね!ありがとうございます!少しお待ちください」
そういってアサミが家から持ってきたのは木の桶。
かなり使い古されたものでフチは欠けてボロボロ。内と外で木の変色具合が大きく異なっていた。
「我ら咎人に慈悲を下さる天上の尊き御方。どうか我々に恩を返す猶予を御与え下さい——『されど天上よ黒雲は絶やさぬように』」
赤黒い眼で天を見つめ、祈るアサミ。少し経つと天からのマナが降り、アサミの手から湯気を纏った水の塊が発現する。
「水魔術…だよね?」「その通りでございます」
鱗の問いに首を傾げながらも慣れた手つきで湯を張った桶に木の根を入れて掻きまわすと、ウソのように土が剥がれ落ちていった。
「なんで?」「どういうこと?」
鱗とアダルティーの声が重なる。二人の様子に驚きながらもアサミは「別に特別なことは…何も」と申し訳なさそうに答える。
「だって私がやると…こうなるのよ?」そう言ってアサミの目の前でアダルティーが別の木の根に水魔術を当てると、根に付着した土が水を弾いてしまうだけで剥がれる様子はない。
「ど、どうしてなのでしょう?」手品でも見たような好奇と驚きの表情を浮かべるアサミ。それから乾いたままの木の根を手に取っては「なんでだろ…」と木の根に仕掛けがあるかのように、じっくりと見つめる。
「マスター。やはりガルーラの民そのものに何か秘密があるのでは…?」
「秘密、かぁ」
背後から傍観していたイブキの指摘にハタと気づかされる。
思い返せば、ガルーラに来た本来の目的は「マユー」誕生の秘密を知るためのもの。しかし、アサミの祖母——正しくは彼女に引き継がれたマユーの生みの親の子孫—―の記憶によると「マユー」は当時の長が独自で開発したもの。第三者による関与はなく、生み出された経緯は未だ不明…。
「・・・「目」。」
アサミの祖母が教えてくれた目の色の違い。元の彼らの目は「黒」。マユーを生み出してからは大地が不毛の地へと変わるまでは「赤」。そして現在では「赤黒」…。
「アダルティーさん。たしかマユーの流通が始まって問題が起きたときに一度ガルーラを訪れていましたよね。その時の彼らの目の色って…」
「赤い者もいれば赤黒い者もいたわね。」
「じゃあ、やっぱり目の色はマユーが…いや、でも…」
目の色の変化をアサミの祖母は「マユーを食べ続けた後遺症」といっていた。しかし、それだと辻褄が合わない。アサミの祖母によれば、マユーを生んだ長の目も赤黒かったのではなかったか…。
「やっぱり要因となるのは「マユー」なのかしら…?」
「そう…なってきますよねぇ」同じ考えに至ったアダルティーに同調する。
…ローヒ家に残された日誌からも彼らは狂信的にマユーを作り続けていた。母であるエルフ族の声すら届かないほど彼らはマユーの甘味の虜となってしまった。
「私も…そうだったのかな」
ガラティア洞窟でマユーの秘密を聞いたとき鱗が持っていたマユーと種は全てアダルティーが燃やした。
たしかにマユーは甘く、美味しかった。当時はアキへのマナ供給もあって回復薬のようにマユーを接種していたけれど、アダルティーからマユーの秘密を聞かなければ延々と食べ続けていたかもしれない…。
「もう一度マユーの特徴を挙げてみましょうか」
「そうですね」
「私も、お手伝い致します!」
日陰に移動した後、落ちていた石を手にアダルティー・鱗・アサミの三人でマユーに関することを絵なり文字なりで書き出していく。
「これが‥文字なのですね」
「そーだよ!…あ、イブキよめないんだぁ~」
「…教えていただけますか?」
「うん!いいよ!」
三人が書き出している合間にアキがイブキに文字を伝える。そんな二人の様子を眺めていると初めてベルマーに文字を習ったときの事を思い出して…懐かしくなってしまう。
「——こんなところかしら…」
三人の手が止まったところでアダルティーが立ち上がり、地面に書き出した情報を一見する。同じく鱗も立ち上がって情報を精査する。
マユーとは、ガルーラの長がホシナガレグサ(パルファス草=薬花)に魔法をかけて生み出したもの。
地の大神のマナを成長に還元する性質を引き継いだ結果、地の大神のマナを多量に吸い上げる植物へと変貌する。
その果実は非常に甘美であり、食べた者を虜にしてしまう。(食べた量によって変わる可能性あり)
果実に含まれるマナが多量のため食べすぎるとマナ過多で倒れてしまう。
マユーの果実は皮を剥くまで実に含まれる多量のマナを感知することができず、野生化したものは他の木々に紛れて成長する…。
「くろいのは とるんだよね!」「黒…ああ、種のことね」
空いたところに〝くろいのは とる〟と書くとアキは満足そうに笑みを浮かべる。
「結局、何も分からなかったわねぇ」
「すみません。御力になれず‥」
「責めてるわけじゃないわ。ごめんなさい」
しょんぼりするアサミを元気づけるようにアダルティーが頭を撫でる。すると、そこで大きな腹の虫が鳴った。
「…申し訳ありません。お腹が…空いてしまいまして」
「朝ごはん、まだだったもんね」
ひとまずマユーの件は保留にしてソジェール家へと戻る。ところが常に背後にあった気配がないことに気づくと鱗は後ろを振り返って彼女の名を呼ぶ。
「イブキ~!先に帰ってるよ~!」
アキの書いた文字表と睨めっこしながら文字の練習に勤しむイブキに一声かけると、彼女は小動物のようにピクンッ…と背を伸ばして周囲を見回す。そして恥ずかしさを隠すように白い長髪を撫で弾くと少し顔を赤らめながら鱗の元へと舞い戻っていく…。




