68.「発見」
ガルーラに入ってから三日目。ここは昼夜の寒暖差が激しい上に道中は変わり映えしない景色が延々と続く。
食糧に関しては念入りに準備していたおかげで現在でも特に困ったことはない。現在の主な食事はミュートの燻製肉と干したダンゴロ芋の二種。時折、アキの火で炙ったり、香草やイゾルテで味付けを変えたりしているため飽きはない。飲み水などの生活水はアダルティーの水魔術に頼っているが、ここでは以前のように入浴するということはできない。ガルーラでは湯に浸した布で身体を拭き、髪は洗い流すだけ。平時ならパルファス草の薬花を擦り入れた湯に髪を浸していたが此処ではそうもいかない。
初日の頃は天然の岩を削れば湯船の代わりになるかと提案したが、それはアダルティーに止められてしまった。
なんでも、ここの土や岩は「水」を飲む性質があるのだとか。実際に髪を流した後の水を見ると一気に地中に吸い込まれていた。染み込むのではない。水を零した直後の地面に触れても感触は以前と変わらず乾いたまま。濡れた気配すらない。水を「弾く」わけではないから水鳥の羽毛にあるような撥水性とも違う。地面を透かすように水が吸われる様は、どことなくろ過と似た雰囲気もある…そんな印象を受けた。
「飲まれた水は…ドコに行くんだろう」
試しに土を一掴みして観察する。色だけは煉瓦色だが感触は鱗の知っている土の感触。アダルティーは「臭いから止めなさい」と言っていたが鱗は既にガルーラの土地の匂いには慣れていた。一嗅ぎすると、やはり濃い土の匂い。農家ではないので土の良し悪しは分からないが植物が育ちそうな感じがする。
ガルーラに入ったときに感じた潮の香りは…土からはあまりしない。あの不格好に積まれた大岩から発しているものなのだろうか。
…「潮」の匂いといえば、この世界における貨幣であり最高の調味料であるイゾルテの果実が似たような匂いだったか。
「あれは…酸っっっぱかったなぁ」
一般に貨幣として扱われるイゾルテの実とは「種」のこと。本来はプクリと膨らんだ柿のような果実で橙、赤、桃、薄紅と色を落とし、地面に落ちた後で果肉が萎んで種の状態となる。そんなことも知らなかった若槻鱗は偶然落ちていた種の中で一番大きなイゾルテの種を拾い、生っていた果実を千切って試食‥‥結果は散々なものであった。
「そういえば…あの種…」
ベルマーに貰ったリュックからイゾルテの入った袋を取り出す。
ベルマーと別れた当日の夜、リュックを整理していたら知らずに入っていた彼の置き土産。イゾルテ袋と小袋。敷き布と杭と槌。真新しい皮の水筒。それから見慣れた蛇腹状の金属棒—――いつもベルマーが調理でイゾルテを削る際に使っていたものだ。
「先生。一回も使わせてくれなかったんだよな」
修行の間、「イゾルテ=貨幣」という意識から鱗は何度も自分のイゾルテを使おうとしたが、その都度「いつか買い物するときに使おう」とか「俺に勝ったら使っていいよ」などとベルマーに上手く丸め込まれてしまっていた…。
「夜は…やっぱ冷えるなぁ」
三日目の夜のこと。眠りに就く前に鱗はお花を摘みに出る。昼は暑く、夜は冷えるガルーラの気候から主な移動は陽が出ている間だけ。夕食と洗髪等を済ませたら早く寝るため事前に用を足さないと寒い時間に目覚めてしまうことになる。
本音を言えば少しだけ修行に打ち込みたい気持ちはあるが腹が空くためそれはできない。…せいぜい眠りにつく前に魔力感知の修行をするぐらいで、あくまで感覚を忘れない程度のものだ。
「怖いんだよな…」
このガルーラの旅で唯一不安があるとすれば、お花摘みだろうか。
今までなら大きめの葉っぱなどを紙拭き代わりに使っていたが、この不毛の大地には葉っぱの一枚すら落ちてはいない。
手頃な葉を持ち込んだとしても数日経てばパリパリに乾いて使えなくなってしまう。水で洗い流す、という案も浮かんだが結局水を拭うものが必要となるわけで…そこでダンゴロの芋の皮の出番となる。
元々、ガルーラ探索に要する食糧を作る過程で出た大量のダンゴロ芋の皮。乾物を作る過程で試しに余った皮を干してみたところ食糧としては不十分であったが、便を拭くには非常に最適であった。
蒸かすとトロンとした粘り気がある身質で簡単に皮を剥がせるダンゴロ芋。その乾かした皮の内側は水に触れると適度な粘着性を取り戻し、良い具合に拭える。感覚で言えば水洗便座で流した後のような臀部状態になり、最後に皮を折り畳んで皮の外側で拭くと湿りと粘り気が綺麗に拭き取れる。
…我ながら世紀の大発見だと自慢しようにも鱗以外の三人は花を摘むという習慣がないため誰にも共感されない。
元々アキが排泄しないためイブキも同じだろうと予想はついていたが、エルフであるアダルティーも排泄はしない。
これは一緒に旅を始めてから知ったことだが、エルフは食べたものを余さず自らのマナとして還元できるのだという。本来であれば「食事」も必要なく魔術の行使に際する天地両大神からのマナだけでも生活はできるのだとか。
『—――でも私は食べるの大好きだから…食べれるときは食べるわよ。だって美味しいもの♪』
「今度、先生に会ったら話してみよう。…もう知ってるかもしれないけれど」
掘った穴に土を被せて拠点に戻り、ちょっとだけ柔軟運動をしてから横になって幼女アキをお腹に抱き上げると「私も〜」とアダルティーが鱗の左腕にくっつき、「では…わたし、も…」とソワソワした様子のイブキが空いた右腕に手を添える。
寒いガルーラの夜に耐えかねた鱗が湯たんぽ代わりにアキを抱いたことで始まった…いつもの形。
「マスター…私も寒いので…」とイブキが加わり、「私も混ぜてよ」とアダルティーが加わったことで出来上がった見事な川の字。…それでも未だ少し寒いけれど、懐かしくて、温かくて…ちょっぴりこわい。
「—――アダルティーさん?足絡んでるんですけど…」「いいじゃない。寒いんだし♪」
・
ガルーラ通過と探索を兼ねた7日間の猶予の内、折り返しとなった4日目の朝。
残りの食糧を鑑みて鱗たちは今日と明日の2日間を捜索に当てることにした。
「アダルティーさん。お願いします」
「ここだと疲れるのよね」
アダルティー式の魔力感知。鱗の感覚で言えば、それは自らマナを世界に満ちるマナに浸して世界を視るというもの。
洗練されたアダルティーの魔力感知は世界を流れる風や大地に自らのマナを乗せることで広範囲の感知を可能とするが、このガルーラにおいては例外となる。地が見放し、風さえも避ける終焉の地ガルーラではマナを乗せるものが無いのだ。
「イブキ?何か見える?」
これまでの道中、何度もイブキを上空に飛ばして目視による捜索を試みたが、いずれも不発。アダルティーの魔力感知に時間を要するため事前にイブキを飛ばして上空からも捜索してもらっているが、イブキは申し訳なさそうに首を振る。
「…捕まえた。かなり離れているけれど…一人みつけたわ…小さいから…子ども、だと思う」
そういって、とある方向を指し示すとアダルティーは準備運動をしながら鱗に視線を送る。
「アダルティーさん!」
肉体性能はエルフである彼女の方が上だ。鱗が呼びかけると彼女は頷き、全速力で先程指し示した方向へと駆けていく。揺れる銀髪の残光を頼りに鱗も彼女の跡を追うが、あっという間に見えなくなってしまう。
「マスター、私が先導します」
「うん!お願い!無理だけしないように!」
上空のイブキに従い、アキを抱きながら鱗も跡を追いかける。
ここまでに4日。鱗たちは事前に食糧を準備してきているが、ガルーラの住民は違う。
食事の度に考えていたことだけれど「どうやって彼らは此処で生き延びているのか」…ようやく、その答えが得られる。
「子どもが、一人—―――おとうさん、おかあさんは・・・?」
やがて陽が一番大きくなった頃。何とか目的地へ辿り着くと、既にアダルティーが子どもの介抱を終えたところだった。
顔立ちから子どもは女の子。継ぎ接ぎの外套から覗く細い手足。線が薄いボサボサの黒髪で…年齢は7、8歳ほどだろうか。栄養失調のためか年齢の判別がしづらい。今しがた窮地を脱したばかりの女の子は荒い呼吸を繰り返し、悪夢にうなされながらも家族を呼んでいた。
「にいちゃ…ばあば…」
「・・・・アダルティーさん。この子は大丈夫なんですか?」
「そうね…栄養が足りていないのも要因の一つなのだけど…」
アダルティーも少し動揺しているのか。荒い呼吸から何とか安定し始めた女の子の顔を見下ろすと優しく額を撫でる。それから僅かに脈が浮き出した女の子のこめかみをなぞると、
「ウロコ。この子が倒れた原因はね…マナ不足よ。どういうわけだか—――この子は魔力感知を使って此処まで来たのよ」




