67.「何か匂いますか?」
「人とは何か」と問われれば「いずれ自滅する生き物」と【若槻鱗】は答える。
ここで言ういずれとは「人」という種を縮小して観た感覚で、地球とか星とか…そういう大きなものから観た概算であり「あ、このキャラ死ぬんだろうな…」と映画を見ているときに薄っすらと頭に描く程度の先読みに近い。あれほど複雑に積み上げた世を生きる彼らなのだから…いずれ行きつく所までいって自壊する危うさは十分にある。
食べて、眠るだけでも十分に「生きる」といえるのに。
なぜ人は生きることに、あれほど複雑さを強いるのか。
人類史の発展(「楽」への追及)に伴ったのが簡略ではなく複雑に陥る矛盾。
ここまでくると複雑化が人の性とさえも思えてくる。見栄とも言うかもしれない。
大人ぶりたい子どもが読めもしない分厚い本(これまた外装が凝ったものほど良い)を図書室から借りてきて、一人にんまりとするようなものだ。読み始めたその本を教室で開いて眺めているだけで他から「すごい」と言われるか。もしくは、きちんと読み終えた自分に「すごい」と言われるか。
・・・まあ、ともかく。人間というやつは一生懸命作った砂城の上で見栄を張りたいものなのだ。
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「ここが—――ガルーラ?」
草一本生えていない焦げた煉瓦色。空から適当に落として積み上げたような大岩が黒い影を落とすだけの無機質な荒野が地平線まで続く。地の大神の怒りによって挿げ替えられた無毛の大地。この何もない錆びれた荒野を見ていると何も描かれていないキャンバスを延々と眺めているような気分になる。
「なに…この匂い?」
視界から得られる印象は無地であったが嗅覚だけは異なった。これまでと違う土地ゆえか何か濃い匂いが鼻をひくつかせる。
臭いわけではないが何というか癖になるような匂いだ。土を掘り返したときに漂う湿った匂い、海辺に漂う濃い潮の香り…不思議とそういったものを感じさせる匂いだ。
「やっぱり臭いわね。ここ」「そ、そうですかね」
口呼吸するアダルティーに内心傷つきながらも「なぜ傷ついてるのか?」と鱗は自問自答する。
「私は…なんだか懐かしい匂いがしますけどね」
「そうなの?じゃあ貴方の世界って…臭いのかしら」
「そうかもしれません」などと自嘲気味に返していると抱いていた幼女アキがシャツをきつく握り締めてくる。見下ろすと怯えた表情のアキがガルーラの景色を見て震えていた。
「マ〜ちゃん…ココ、こわいよ」
「大丈夫。このためにアキも皆も準備してきてるから…」
この終焉の地であるガルーラでは地の大神の加護は受けられない。
パルファス草さえも芽吹かない不毛の地に生物は寄り付かず現地での食料調達は不可。魔術は天の大神のマナを借り受けた魔術(風・水・火・雷)のみに限定されるため食器に必須である土魔術が使えなくなる。水だけは確保できるのが唯一の救いとも言えるだろう。
「イブキには感謝しないとだね」
イブキとの修行によってアキは地の大神のマナを補給できるようになった。感覚で言えば大地に根を張る植物のようなものらしく、マナ供給における鱗の負担が格段に軽くなった。しかしガルーラでは大地からマナを補給できないため事前にアキの限界まで地の大神のマナを補給し、用心も兼ねてガルーラにいる間は常に幼女姿でいてもらうことにした。
「マスター?何か言いましたか」10ロットほど上空からイブキが鱗に尋ねる。
このガルーラに来た目的は生き残ったガルーラの民と出会うこと。そのためイブキには上空からガルーラ全域を見てもらうことになったのだが、このガルーラ全域には風が全く吹かないのだという。
「私は世界に吹く風に乗っているだけなので…ここでは私自身のマナで浮かぶしかありませんね」
地の大神が見放した大地ゆえか。このガルーラでは風が避けていくのだという。この世界を流れる風の化身であるイブキ。アダルティーよりも古にあったイブキがガルーラのことを知らなかったのは、そういった背景があるようだ。
「アキのこと…ありがとうね、って話」
「い、いえっ。あくまでマスターのためですから」
降下したイブキに状況を尋ねると「特に何も見えない」とのこと。
イブキの目算ではガルーラ踏破に要するのは5日。食糧は突き詰めても7日分しかないため住民の捜索に割けるのは2日のみ。道中で何か手がかりが見つかれば良いのだが、あまり期待できそうにもない。
「また上空に昇るときは〝たかいたかい〟してあげるわ」
「お手柔らかに…」
マナを節約するため上空に昇る際はアダルティーにイブキを放り投げて貰うことにした。距離にして約1クロット(=10ロット)。以前、アダルティーがベルマーを〝たかいたかい〟していたことで思い出した案だが我ながら脳筋な考えだ。
けれど、こうして魔術が自在に扱えない状況だからこそ魔術の奇跡を有難いものだと再認識できる。
あくまで魔術は手段…というのは風魔術しか行使できない鱗独自の考えであったが、いつか旅を終えて魔術を扱えるようになっても苦労することを忘れずにいたいと願う。
…流石に火起こしばかりは魔術に頼らせてもらうけれど。




