65.「背負う者」
・・今日、父である村長が亡くなられた。
昔から豪快な性格であったという父は名もなき地に人を集め、大地を開墾し、このガルーラという町を作った。晩年には『食といえばガルーラ』としてガルーラの地名はアスカテーラを初めとした小さな村々にまで知れ渡るに至る。
…息子の私からすれば騎士ではない父が武ではなく食によって一つの町を築き上げたことが何よりも誇らしかった。
「世界の腹を満たしてやる」
それが父の決まり台詞だった。
祖父が大怪我をしたため幼少時代の父は貧しい日々を過ごしていたという。祖母の農業を手伝い、自らも祖父と同じく狩りや採取に赴いていたが、その最中に父は偶然このガルーラとなる土地を発見したのだとか。
「何かに導かれるようだった」と床に伏した父は夢を見るように当時の状況を語っていたが、その翌日から死に至るまでの父は人が変わったように奇妙な研究に打ち込み始めた。
「満たせ。満たせ。満たせ。満たせ‥‥」
死の恐怖が父を変えたのか。晩年の父は憑りつかれたように研究に没頭した。
その姿に最期の華だと意気込むような熱意はない。ただ泥から這い上がる底知れなさだけが私を怯えさせた。
魔術など生活を送るうえでしか使わなかった父が魔術の研究に熱心になり、いつしか出土も分からぬ未知の知識を用いて、ホシナガレグサの種一つに魔法をかけた。
「この種を植えろ。そして絶対に種を絶やすな」
それが父の最期の遺言だった。枯れ葉のようにやせ細った父の言葉は私たち家族に向けたものではなく、自らの執念を込めた種を絶やさぬこと。父の命の籠った種として私たちは魔法の種を植え、育てた。
「あまい!うまい!」と町の皆が喜ぶから私は父の残した新たな植物をマイと名付けた。しかし我が子たちの言葉遊びで「あまい、うまい」を総じて「まい、う~」と呼ぶ謎の風習が浸透し始め、結果的に〝マユー〟という名に落ち着いた。
その甘味は今まで私たちが作り続けてきた果実とは次元が異なる甘さで一口食べれば誰でも虜になってしまうほど。なぜ、どうやって父がマユーを生み出したのかは分からないが、マユーは元となったホシナガレグサの特徴である成長の早さ————正しくは地の大神様のマナを「成長」に還元する能力——を引き継ぎ、非常に育てやすい食物となった。町の者達の反応も良かったことから私はマユーの実を近隣の村々に流通させることにした。
…そして、しばらく経ってから大きな問題が二つ起きた。
初めに村の者達が倒れたという事件が起きた。
多くの子どもと数人が大人が運び込まれ、全員の症状を調べたところ多量のマナを受けたことによる昏倒—――実力に見合わない階級の高い魔術を行使したような—――だと分かった。原因は何か。身体に異常をもたらすほどのマナを有する果物など、この町にはないというのに…。
次に調査をしていた最中、マユーを育てていた者から「土が死んでいる」という報告を受けた。
農場に赴くと、ある区画を除いた農地の作物が悉く枯れてしまっていたのだ。
「どうして…マユーだけが…」
魔術に通ずる者に魔力感知をしてもらったが当初は何も問題はなかった。
だが状況を見てもマユーに何かしら問題があるとしか思われない。種と果実の両方向から調査したところ果実を調べていた者から驚くべき報告が挙がった。
このマユーには多量のマナが含まれており、さらには皮を剥くまで果実に含まれるマナを視認できないというのだ。通常、植物に含まれるマナなど我々の目では極僅かしか視認できないが、そんな我々でも十分に目視できるほどの多量のマナがマユーには含まれていたのだ。
「すばらしい…!」
このマユーの実は必要以上に地の大神様のマナを吸い上げてしまう。マユーの秘密を知った私はマユーの流通を止めることにした。‥‥止めることにした。止めることにしたのだ…ひとまず町の外には流さぬように。
「あまい!うまい!あまい!うまい!」
既に同胞達もマユーの虜となっていた。子ども達には食べさせないように注意して(それでも子どもたちは食べてしまうのだが…)大人たちはマユーを食べ続けた。疲れた身体に少量であれば疲労回復にも繋がるが、なにぶん素材の味が非常に甘味なために一口食べたら自制ができなくなる。歯止めが効かず倒れる者まで現れたが私たちは熱心にマユーを作り続けた。
…まるで死んだ父の遺志に憑りつかれたように私たちは作り続けた。
…母たるエルフ様の有難い御言葉を頂いても、なぜだか私たちは作り続けた。
…作り続けよう。満たそう。そうだ。我々は世界の腹を満たすのだ。
…満たして、満たして、破裂させるまで満たして…。
・・・とある朝、大地が挿げ変わっていた—―――
長い夢が醒めたと気づく。私たちは何も育たぬ大地に頭を打ち付けて悔恨に伏す。
おかしな熱で曇った頭が一気に冷めて、私たちは今までの行動の全てを思い出したのだ。
「嗚呼ああああ、ああああああああああ‥…!!!!」
—――私たちは不拭の罪を犯してしまった。
誤りではない過ち。私たちは自らの意志で母に背き、大地たる母に怒りを与えてしまった。
その事実だけは覆しようもなく、真実は私たちにも分からない。
私たちは「世界の腹を満たそうとした」だけ。それだけだったはずなのに…何故に歪んでしまったのか。
それは私たちには、もう分からない。
過ぎたことを思い出しても犯した罪は変わらない。真実を知るよりも、事実を/罪を血に刻み、戒め続けねばならない。
私たちは不拭の罪を犯した。赦しは求めない。ただこの血が果てるまで私たちは咎人で在り続けねばならない。
罪は大地と共に、もう誰も、二度と同じ罪を繰り返さぬために。
私たちは真なる裁きを求めて、無様に、醜悪に、惨めに…生き続ける—――。
・
「私の祖父が彼の地を訪れたのは、この事件の直ぐ後のことだったのでしょう。祖父は近隣の村に協力を仰いだが、マユーの件と飢饉が重なって実質ガルーラは孤立状態となっていた。父の代では別の土地を開拓して住民を移そうとしましたが無理が祟って早くに倒れてしまった。私も父の意志を継いで彼らを救おうと働きましたが…私は心のどこかで諦めていた。長年父の姿を見続けて、そしてガルーラの者たちも見続けてきた。彼らの眼には熱がなかったのです。叩いても、熱しても、響かぬ石のような彼らを見て…私たちの行動が全て無駄だったのだと悟った。…この紙片は私がガルーラを離れる際に当時の村長から貰ったものなのです」
「後悔…しているの?あなた達は誰も手を差し伸べなかったガルーラの者たちを救おうとしたのに…」
「エルフ様。私は逃げたのです。諦めたのです。たとえ遠くの者は救えずとも目の届く限りの者は救いたい—――祖父から父に継がれてきた騎士たる精神を、私は踏みにじったのです。あまつさえ守るべき民すら持たぬ私は妻と子を養うために騎士の位を利用して生きてきた。・・・だが、それも終わりです。妻も子も亡くした私は…ここで末代の恥として孤独に死ぬのです」
一人暮らしにもかかわらず複数ある食器と大きめの家具…この老人は罪を悔いながら今日まで生きていたのだ。
『 …ワシは、この時のために生きてきたのかもしれぬな 』
誰かに打ち明けたかった。自らの罪を告白したかった。…老人の願いを叶えた人は、エルフは…彼にとって最も罪を告白するのに適した存在だったのかもしれない。
「あなたは何も悪くないわ。…いつだって救われるのは救われる意志のある者…だけ、なん、だから…」
不忘のエルフは自らの放った言葉に疑問を抱いて口を閉じる。
「〝赦しは求めない〟—――?」
自らの過ちに気づいたガルーラの民は三代に渡る騎士の救いを受け入れなかった。
紙片を再び見つめる。経年劣化に加え、日毎に字体が崩れていったため読み解くのが難しい文字列の中、ひときわ異彩を放っていた「裁き」の文字に彼らの思いの全てが込められているかに見えた。
「アダルティーさん。ガルーラの人たちに会いましょう。おかしいですよ…死を前にした人が突然…魔法だなんて」
魔法は「遊び」。魔術は遊びの中で許された「空白」。
永い生を持つエルフ族が辿り着く魔術の極地に人間が…それも死を間近にした老人が辿り着けるとは到底思えない。
「そうね…分かったわ。私たちの旅からは少し外れてしまうけれど…それでも良いかしら。ウロコ」
「はい!もちろんです」
老人の話を聞いてから思い詰める表情をしていたアダルティーが僅かに微笑み、それから意を決して椅子から立ち上がる。そして慈悲の籠った眼差しで灰色の老人を見つめると空想の剣を掲げた。
「母様…お力をお貸しください」
母への祈りは空想を現実に。掲げた両手には美しき一本の剣が握られていた。
「魔術の剣…」かつてベルマーが魔術で作り上げた仮物の剣を思い出す。あの剣と違いがあるとすればアダルティーの剣は刃引きした儀式用のものであった。
「貴方は確かに道を違えた。守るべき民を見捨てるのは騎士の名折れ…ですが貴方は悔やみ続けた。今日に至るまで貴方は自らの罪を悔い、見捨てた者たちを想い続けた。救えぬと諦めてしまっても貴方は彼らを片時も忘れたことはなかった…そうでしょう?」
老人の手元——紙片を挟んだ本の中身に視線を落とすアダルティー。鱗も気づいていなかったが老人の本にはガルーラの住民と思しき者たちの名前が記載されていた。
「ソジェール…?」偶然目についた家名と思しきものを読み上げると老人の眉毛がピクリと跳ね上がった気がした。
「貴方の罪は私が背負います。貴方の後悔は…私が晴らします。私から貴方に与えられるのは細やかな赦しだけ…貴方たちの願いは私が継ぎましょう」
アダルティーの言葉に泣き崩れる老人。介抱しようと立ち上がる鱗を老人は制し、くしゃくしゃの顔でアダルティーの掲げる剣を見上げた。
「終焉の地にて果たされなかった貴方の「後悔」…貴方たちの「救い」を私は決して忘れません」
剣の面が老人の肩に置かれると、老人は手を震わせながら剣の柄に触れる。小さく握った拳は心臓の位置に。柄に置いた手を切っ先へと沿うように滑らせると、やがて首の位置でピタリと止まる。
「我が剣…貴方様に託します」
肩の荷が降りたような表情で老人は優しく笑い、止めていた手を真横に引く。まるで手刀で自分を切るような動作に鱗が肝を冷やしていると、老人はこと切れたように…その場に倒れてしまう。




