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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第二章

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64.「埃を宿した者」

「人の家だ…」

本当に偶然の発見だった。ただ毎朝の日課として行っていた走り込みで「少しだけ足を延ばそう」と気まぐれに突き進んだ結果、鱗は森の中に佇む小屋を発見する。開いた本を被せたような屋根と太い木を積み上げた丸太小屋。かなり古い小屋のようで地面から伸びたツルや草花が屋根を侵食し始めていた。

気配を殺しながら側面から小屋をぐるりと一周する。陽があたる家の表と裏の壁は灰色の土が塗り固められており、そこには鱗の見知った植物が大量に生えていた。

「あれ…パルファス草かな…」

種を植えれば数日で育つパルファス草。そのあまりの成長の早さ、短命なことからベルマーの教本には「星流れ草(、、、、)」と書かれていたのだったか。旅のお供に欠かせない植物であり、パルファス草が咲かせる薬花(やっか)は湯に浸すと甘い香りを放つことから鱗も毎日好んで愛飲している。

「壁に生やすのに何か意味があるのかな」

壁一面にびっしりと生えたパルファス草。食料目的なら土に植えた方が早い。ならば、このパルファス草は壁の補強や耐水性を兼ねているのだろうか。…以前ベルマーからアスカテーラの建築様式を聞いたことがあったが、もっと詳しく聞いておくべきだったか…。

「一度戻ろう」

見えない鬼から逃れるよう家を注視しながら足音を立てずに後退。ある程度の距離を取ったところで鱗は急いで拠点へと逃げ帰った。

「おかえりなさい。ウロコ…はぁ」拠点に戻ると、アダルティーが溜め息をつきながら鱗を出迎える。

「いい加減に覚悟を決めて下さいよ。アダルティーさん」

 ‥‥旅の仲間にイブキが加わってから3日(、、)。鱗とアキの回復を待ち、修行に勤しむ日々が続く中「いつガルーラに着くか」と尋ねたところアダルティーは口をつぐんだ。隠し事の気配を察した鱗がアキと共に彼女をくすぐりながら問い質すと、どうやら彼女は故意に旅の進行を遅らせていたのだという。

『だって…ウロコもアキちゃんも大変だったし…。それに、あそこ…食べ物は何も取れないから貯蓄する期間が必要だと思ったのよ』

鱗の想像以上にガルーラという土地に近寄りたくなかったのか。それらしい言い訳をするアダルティーが不意に同年代の女の子に思えて妙な親近感を抱く。それでもどうにか彼女を説得して昨日は移動に専念し、もう間もなくガルーラに到着する辺りで今日は食糧の準備を行うところであった。

「それよりもアダルティーさん!聞いてください!この先に人の、人の家があったんです!」

「…なんですって?」

 その矢先に見つかった人の家。何者かは分からないがガルーラという土地に詳しい人物なのかもしれない。アダルティーも同じことを考えたのか二人で顔を見合わせると意志が通じたように互いに頷きあう。

「食糧の準備を急ぎましょう。私は…お肉を取ってくるから。ウロコは他の物を取ってきて頂戴」

「分かりました。簡単な調理ならアキにもできますから…調理の方はアキとイブキの二人に任せましょう」

よーいドン、と示し合わせたわけもなく鱗とアダルティーは同時に異なる方向へと走り出した。

「アキとイブキにも話しておかないと…」

ガルーラ通過に何日費やすか分からない。食糧を準備するといっても運べる量には限度があるし、日持ちさせるためにも燻製や乾物といった時間のかかる工程が必要となる。ひとまずアキとイブキに事情を伝えて、三人で食糧を集めてから—――。

「マ~ちゃん!みてみて!おっきなたまごだよ!」

「おはようございます。マスター。私も甘いダンゴロ芋をですね…」

鱗の願いを汲んだように食糧を抱えた二人が誇らしげに鱗の下へと走り寄ってくる。聞けばガルーラへの到着期間を読んだイブキが先んじて食糧を集め始めたのだという。

「私もガルーラという土地を通った事はなかったので分かりませんでしたが、昨晩それらしき地域を上空から目視しましたので前もって食べ物を準備をしていたのです。あの場所は地の大神が関与していない土地ですから…昨日の進行具合からですと5日分の食糧があれば十分かと思われます。…マスター?」

5日という期間が分かっただけでも十分に有難い。終わりが見えなければ集める食糧も調理する時間の目途も立てられない。

「ありがとう!その情報すごく助かったよ!イブキ」

喜びのあまりイブキの両手を握って感謝を伝えると、イブキは俯いて「うん…」とも「いえ…」と取れぬ曖昧な返事をして固まってしまう。

「んっ!!!」

自分も褒めてもらいたかったのか。ミュートの卵を抱えたままコチラに頭を傾けるアキ。欲しがりそうに揺れる小さな頭。優しく撫でるとパッと陽が差したような笑みを浮かべて、元気そうに拠点へと駆け出して行った。

「ほら、いくよ!イブキ!」「—――あ、はい。…それではマスター…失礼します」

アキの呼び声で硬直が解けると、イブキは顔も合わせず逃げるようにフワリと飛び去る。

…風に揺れた白髪の隙間から赤く火照った綺麗な耳が覗かれたのは、鱗の気のせいだったのだろう。


          ・


「こんな場所に建てるなんて…罪滅ぼしのつもりなのかしら」

鱗の見つけた小屋を見たアダルティーの感想は至極冷めた物言いだった。悪態をつくような刺々しさ。小屋に住む住民を壁越しに咎めるほどの言葉の鋭さに鱗は僅かに息を飲む。

「この小屋にいる人物を知っているのですか?」

「ええ。この丸太を積み上げる建築様式と壁のパルファス草…かつてのガルーラの建築様式ね。屋根だけは違うようだけど‥‥ともかく本当に久しぶりに見たわ」

「それって、つまりは—―――」

鱗が尋ねようとするとアダルティーはそれを遮るように小屋の戸を叩いた。僅かに床が軋む音が響いた後、アダルティーが再び戸を叩くと小屋の中から灰色の目をした老人が現れた。

「君なのかい?」

誰か家族の帰りを待っていたのだろうか。懐かしの者に掛けるような声色で尋ねる老人の手をアダルティーは無言のまま見つめ、それから部屋の奥にチラリと目を伸ばす。

「あなた…元騎士、といったところかしら?」

「え、あ、う‥‥」

突然の訪問者。ましてやエルフ族。そして質問を重ねられたことで老人は混乱し、思わず掴んでいた戸から手を離してしまう。

「危ないわよ。おじいさん」

颯爽とアダルティーが腕を伸ばして老人を介抱する最中、鱗は先程アダルティーが見ていた小屋の内部を注視する。

「剣だ…」

…一度、騎士の剣を目にしたことがある。

我が師ベルマー=ガルディアンの持っていた剣。数十年の月日を共にした彼の剣は鱗が「生きた剣」と呼ぶほど存在感を放っていた。老人の小屋の奥に掛けられた剣も彼の剣と似たような空気を(まと)っていた。若干の衰えを感じさせながらも樹齢高い木を見るような穏やかな空気。あの剣を見ただけでアダルティーは老人の素性を把握したのだろう。

「…ワシは、この時のために生きてきたのかもしれぬな」

アダルティーに介抱されながらも老人の目に小さな輝きが宿る。決意とも希望とも違う永遠に来ないと思われた運命の相手が現れたような安堵の瞳。その眼を見たとき鱗は、この老人が死んでしまうのではないのかと奇妙な不安を抱いた。

「どうぞ…お上がり下さい。貴方様に伝えるべき文がございます。」

その一言だけを伝えると老人は小屋の居間にアダルティーと鱗を案内する。少し前まで調理をしていたのか。居間には野菜スープの匂いが漂っていた。一人暮らしにしては少し大きめの卓に鱗たちがつくと老人は調理場と思わしき方へと歩きながら背中越しに一言。

「何のもてなしもできませんが…スープでもいかがですか?」

「結構よ」「いただきます」

やや不機嫌なアダルティーと厚意に甘える鱗の声が重なり、少し困った笑みを向けると老人は二人分のスープが入った木のコップを持ってきてくれた。

「ありがとう。いただくわ」

一気に飲んでしまおう、とアダルティーが勢いよくスープを一口含むと、そこで動きが止まる。鱗も「いただきます」と老人に感謝を告げて一口飲むと、

「おいしい…どうやってこんな…!」

ただの野菜スープとは思えないほどの野菜の甘味と舌に残る旨味。ここに焼きたてのパンがあれば軽く2,3個は食べれてしまうほど衝撃的な旨さであった。

「ありがとう。ミュートの骨を煮込んだスープを下地にしているんだ。ミュートの骨は太いものほど良い味が取れるからね…」

「ありがとうございます。ぜひ参考にさせてください!」

「は、は、は。若い騎士様に褒めてもらえるならワシのスープにも意味があったのかもしれないねぇ…」

声も顔も笑ってはいるが瞳は変わらず曇った灰色のまま。積もって固まった埃のような瞳が鱗には酷く怖いものに見えた。

「ワシ…私は…あの終焉の地ガルーラを立て直そうと祖父の代から彼の地で騎士の任に就いていた。」

埃の瞳がアダルティーを見つめる。どこからか取り出された書物が卓の上に置かれた。

「だが私は…あの地から逃げ出した。余所者の私たちが再興できるほど甘くはなかった。あのガルーラという地は、人は…断罪(、、)を求めていたのだ。

「再興…じゃあ貴方たちはガルーラ出身ではないのね」

アダルティーから(とげ)が抜ける。しかし、老人は彼女の言葉を聞き流すだけ。彼の告白は既に始まっていたのだ。

「…これは私がガルーラを離れる際に村長から受け取った日誌—――いや歴史の一部、か。エルフ様、大神様に背いた当時のガルーラの村民が残した言葉です…」

開いた(ページ)から古びた紙片を慎重に取り出すと、老人は両指を組みながら紙片に書かれた言葉を唱える。

若槻鱗には、それが神に仕える者に懺悔する咎人(とがびと)のようにも見えた。


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