62.「焔の底には何がある?」
頭を抱えたくなるような気分だった。
マスターからの願いを受け、この焔の魔術を一通り見ることになったのだが…アレは自身のことを何も理解していない。
「無駄が多いですね。貴方は」「む、だ…」
無知も底まで行けば愚かしくもなる。いや、この場合は愚かで良かったと安堵するべきか。龍の息吹を基礎とした「火」の特性をアレは何も理解していない。今のアレは完全に人の器に慣れてしまっている。
「貴方とマスターは…たしかベルマーという人物に魔術を習ったのでしたね」
「そう、だよっ」
余程その人物に思い入れがあるのか。「ベルマー」という名を出すと焔は華開いたように表情を輝かせた。ただ私の手前ということもあってか土でも固めるように両手で頬を押さえると、すぐに強気な表情へと戻る。
「人に習えば人に倣う、か」
原因は分かった。これは寧ろ彼に助けられたというべきか。人の枠に上手く収まったからこそ、これまでの焔は母様に見逃されていた。自身が何者であるかを知らぬ無垢のもの。…ただ一度戦った私からすればアレはもう十分な脅威と呼べる。
「(‥‥天を脅かさない程度ならば大丈夫でしょう)」
方針は決まった。元より焔に力を貸す気は微塵も無かったが、マスターの負担が減るとなれば話は別だ。
マスターの願いを叶え、マスターの負担も減らせる。まさに一石二鳥というものだ。
「貴方は根本から間違っているので「火」の魔法について学び直しましょう。まずは…そこらの枝を集めて火を起こしなさい」
「わかった!」
命ずると焔は素直に林へと駆けてゆき、数刻と経たず両手いっぱいに枝を抱えて戻ってきた。それから慣れた手つきで枝を組むと「むん!」と謎の一声を上げて火を起こす。
「では次に貴方自身の炎を出し続けて下さい。刻限は…そこの焚き火が消えるまでとしましょうか」
「わかった!!」
何も疑わずに焔は勢いよく手の上で火球を発現させると見えない敵と張り合うように「むむむ…」と競るような声を上げながら焚き火と自らの炎を見比べていた。
「これ…なにがわかるの?」「今は何も考えず続けなさい」
時が経ち、焚き火が幾分か小さくなったところで私が残っていた枝を火にくべると案の定焔は怒り出した。
「なにするの!」集中を欠いたためか火球が膨らみ、感情を表すように激しく揺らめく。
「黙って見ていなさい」
私のマナを送ると焚き火は大きく燃え上がり、火球と同じ大きさにまで膨れ上がる。
「この焚き火は貴方自身です。地のマナを糧に燃え、天のマナを得ることで大きく燃え上がる。貴方もマスターも燃え続けるために必要な天のマナの方に着目しているようでしたが貴方自身の継続だけを考えれば重視すべきは地のマナなのですよ。」
「どゆこちょ、…どういうこと?」
「…貴方にとって天のマナとは「焔」という器を大きくするものです。貴方の場合は身体能力等に現れるようですが…」
「うん」
「貴方が「火」の魔術を起こす際に地のマナを過剰に受けるのは、地の大神が焔を絶やさないようにしたためです。制御ができず身体にある天のマナを失おうとも貴方が消えるよりはマシですから。」
「そう…なんだ。ありがとう、だね」
首を垂れて、大地の奥深くを視通すような眼差しで幼き焔は礼を述べる。先程までの子どものような素直さから慈しみを帯びた笑みが零れる。気の迷いか。その笑みに視線を奪われたと私が錯覚した頃には焔は元の表情に戻って私を見つめていた。
「こほん。ここからは私たちの話をしましょう。この焚き火と貴方の違いは分かりますか?」
「…おはなしできないって、ところ?」
「人の器を得ている、ということです。そもそも人がどうやって自身のマナを補給しているのか分かりますか?」
「‥‥いっぱいたべて、いっぱいねむること?」
「概ね合っていますが基本は「食事」と「呼吸」です。そして、そのどちらも私たちは行うことができる…」
「じゃあ!あたしもいっぱいたべて!いっぱいねむったら——」
「いえ、それはできません。「火」である貴方は無駄に消費が激しいですから食事と呼吸だけではマナの供給が間に合いません。まあ…「風」の場合、ある程度であれば呼吸で天のマナを補給できますがね」
「ずるい!」「お黙りなさい」
焔が噛みつくように睨んできたため私も負けじと睨み返す。同じ土俵に上がるなど…と心の内では分かっていても、どこか負けたくない気持ちが私を意固地にさせる。
「‥‥前置きが長くなりましたが、貴方も地のマナだけであれば自己補給することはできるのです。「火」とは地のマナを糧に燃え、天のマナによって燃え広がるもの。枝を燃やすこの焚き火も、地のマナを燃やす「火」。人の視覚に頼らず感覚を研ぎ澄まし、マナへの理解を深めれば大地から直接マナを補給することは可能なはずです。」
「でも、ちのかみさまのマナだけじゃあ…」
「ええ、分かっています。食事と呼吸によって補給できる天地のマナも貴方からすれば微々たるもの。マスターからのマナ供給は必須となりますが、貴方が地のマナを補給できればマスターの負担を大きく減らす事ができるでしょう」
助言はここまで。後は焔の才覚と努力次第だが、私としてはマスターの負担は早めに取り除いておきたい。
「かんかくをとぎすます…って、どういうことなの?」
「はあ‥‥。貴方、魔力感知はできてますよね?」
「…わかんないよ」焔は首を横に振るう。
そんなはずがない。先日の戦いで焔は真っすぐに私を見続けていた。肉体を得る前も得た後も視界が雪煙で塞がろうとも彼女は私を見続けていた。…まさか直感だけで動いていたわけでもあるまい。
「では、マスターの位置は分かりますか?」
「え…と…あっちから アダるんとくるよ?」
聞き方を変えようとマスターの現在位置を尋ねると焔は私の背後を指差した。
急いで振り返っても二人の姿はない。半信半疑のなか魔力感知を行うと…確かに私たちの方へと接近していた。
「では—―――ベルマーの位置は分かりますか?」
腹部が冷えるような感覚を抱きながら焔に尋ねる。軽い好奇心。どうして尋ねてしまったの、と私は私自身を戒めたくなる。答えを聞きたくない。「そんなのわかるわけないじゃん」と頬を膨らませながら怒る焔の姿を想像するが…。
「ベルちゃんはね‥‥ぐっすりねむってるよ!おねぼうさんだね~!」
師がいると思わしき方向を指差しながら焔は笑って、そう答えた。




