61.「頂いてるのは何ですか?」
「これは何ですか…マスター」「ダンゴロ芋のポタージュだよ」
「これは何ですか!マスター」「…お肉の燻製だよぉ」
「これは何ですか!マスター!」「ただの水だよぉ~」
味覚は胎児の段階で得られると聞いた覚えがある。母親の食べるものによっては胎児の段階で味の好みも決まる…なんて話もあるが、ともかく生まれる前の彼らが「味」を知った時の反応とは、このようなものだったのかもしれない。
「たべてるときは しゃべっちゃダメなんだよ!イブキ!」
不慣れな正座をしながらモクモクと食事をする幼女アキ。年上を気取っているつもりなのか。ややお姉さん口調でイブキに一喝して「ごちそうさまでした…」と両手を握り合わせて食事を終えると痺れた足でゆっくりと立ち上がって地面に文字を書き始めていた。
「(いつの間に…?)」
よれよれの字体ではあるが目を凝らせば読める文字。鱗の知らないところでベルマーに習っていたのか。それとも鱗の練習を陰から見て覚えたのか。イブキとアキの意外な一面を見たところで朝食を終えると、アキはイブキと共に魔術修行に。鱗はアダルティーとの剣術稽古を開始することにした。
「本当に良かったの?アキちゃんのこと…イブキに任せて」
「不安はありますけど、アキの修行相手に一番適しているのがイブキなので…そこは信じるしかないです」
拠点から移動しながら適当な太枝を鱗が切り落とし、それをアダルティーが手持ちのナイフで木剣に加工。林を抜ける頃には既に二振りの木剣が完成していた。
「振りづらかったら言って頂戴。一応、貴方が借りてた剣に合わせたつもりだけれど…」
「ばっちりですよ」
木製ゆえに重さの再現はできないが長さと振り心地はベルマーに借りた剣とよく似ている。一度触っただけだというのに、よくここまで忠実に再現できるものだ。
『 どうしてそんな剣を使っているの? 』
…あの時は確かベルマーが王都に滞在していた間の出来事だったか。
当時は腰に携えた神の剣とは別の剣を使っていることに疑問に抱いた質問だと思っていたが、あのときから彼女は仮物の剣の正体に気づいていたのだろう。あの頃の自分が魔力感知できていれば師の企みにも気づいていたかもしれないが…。
「それじゃあ準備は良いかしら」「はい!よろしくお願いします」
軽い素振りを終えて、互いに向かい合う。剣先を合わせて、互いの息が合うと木剣を軽く打ち合わせて一定の間合いを開く。
より実戦に向けた稽古のため稽古の初めは間合い詰めから。剣を交わす前から勝負が始まっていることを鱗は身をもって知っている。
「ねえ。そろそろアキちゃんに、あの事を言うべきじゃないかしら」
「あのこと、って?」
アダルティーとの稽古は会話をしながら行うのが常となった。
ベルマーとの稽古は基礎的な攻守の打ち合いが殆どであったが、彼女の場合はより実戦に近い稽古が中心で稽古における会話は実戦における魔術の詠唱を想定したものであった。
「お肉のこと。生きていくうえで弱肉強食はいずれ誰しもが通る道だわ」
「そう、ですよね」
『 マ~ちゃんみてみて!おっきいトリさんだよ 』
アキは普段食べている肉が黒鳥ミュートのものだと知らない。
ミュートと戯れるアキを見てしまったこともあり、鱗の口から真実を伝えることが出来ずにいた。師ベルマーとの修行中でも彼に協力してもらい「お肉」の正体を隠し続けていた。「いずれアキが真実を受け止められるようになるまで待ってほしい」と先延ばしにしながら鱗自身も考えあぐねていた問題であった。
〈 貴方は生き物の命を食べて生きています 〉
…その当たり前を、どう理解して受け止めたのか。時代によって命の消費は様々な伝えられ方をしてきたが最も適しているのは「自分で生産して消費する」ことだろう。
鱗の世界では、家畜との距離が近い時代ならば生き物を育て、それを食すというのが一般的だったが、家畜との距離が遠のいた時代に教育として同じことをすれば等しく「可哀そう」だと非難される。これはおかしな話だ。命を粗末することが最も「可哀そう」だというのに誰もソレを追及しない。挙句「動物を食さない」という選択も生まれはしたが大抵は「やせ我慢」で〝美学〟と呼ばれるものは発見されてはならない。
「自分で気づいてもらうために、まずは成長の早いパルファス草を育ててみようと思います。ただ旅の道中になるので‥もしかしたら鉢植えの準備とかをアダルティーさんにお願いするかもしれませんが…」
「そのぐらい良いわよ。それにアキちゃんに作らせれば修行の一環にもなるかもしれないから。あとで提案してみましょう♪」
笑顔を振りまきながらも鋭い剣撃が続き、防御が間に合わず直感頼りに避けようとすると、ピタリと目の前で木剣が止まった。
「ウロコ。貴方、困ったら自分の直感に頼る癖があるわね」
「あまり良くないことなんですか?」
「悪くはないわ。ただ「曖昧なまま直感に頼る」のと「反射的に直感が働く」では動きの切れが違うから常に困らない立ち回りを意識しなさい」
助言と共に鋭い連撃を繰り出され、防御に徹するもほぼ全弾命中。運よく一発だけ防具で受けられたがそれも細やかな抵抗であった。
「貴方の武具って、真実の神様が与えた物だったわよね?」
「…そう…ですね。この世界に来た時に身に着けていたものですから!」
木剣が軋んだのか。違和感を抱いたアダルティーが手元を見た僅かな隙を突いて、痛みを堪えながら木剣を構え直して攻撃に移る。中段から下段と足元から崩していく鱗の剣をアダルティーは最小の動きで弾き、すぐさま上段から反撃の一撃を振り下ろす。
「その剣については何か教えられたの?」「いえ、全く…!」
すんでのところで防御が間に合い、剣先に添わせる形で攻撃を流して距離を取る。
「もしかしてだけど‥‥貴方は何一つ教えられないまま…この世界に?」
「そう、です!「かえる」力のことも、剣の扱いも、この世界のことも何も知らずに…です!」
息も絶え絶えに答えるとアダルティーは見定めるような目線で鱗の全身をなぞる。…初めて出会った青年ベルマーを彷彿とさせる眼差しに鱗は思わず身構えてしまう。
「その剣。いえ、鞘だけでいいわ‥‥視せてもらえないかしら」
木刀を下ろしたアダルティーが目を止めたのは鱗の剣——もとい、それを納めた鞘。ビー玉のような黒宝玉をあしらえた白磁の鞘に緑光の眼は釘付けとなっていた、
「わ、わかりました」
思えばベルマーも魔力感知で鱗の剣を視た事があるが、より魔力感知に優れたアダルティーが視たらどうなるのか。小さな好奇心を抱きながらアダルティーに鞘を預けると、彼女はウキウキした表情で鞘にはめ込まれた黒宝玉に視線を落として…そのまま石のように固まってしまった。
「あの…アダルティーさん?」「・・・・」
表情が変わり、無表情のまま何の反応も見せないアダルティーが怖ろしくなって強めに肩を揺らすと、我に返った彼女は大きく息を吐き出し、荒げた呼吸を繰り返す。限界まで息を止めていたような激しさ。悪夢でも見たような疲弊した表情。一体彼女の瞳には何が映っていたというのか。
「—――世界だわ」
幾度かの呼吸を経て、彼女が唯一ポツリと吐き出した言葉。その真意を確かめようと鱗も魔力感知で鞘を探るが、練度が足りないせいか特に変わったものを感じることはできなかった。




