女神のささやき・12月【4】
依織の言葉に、梛と双葉は顔を見合わせた。双葉は正直疑ってます、という顔をしていたが、梛はなんとなく納得した。
「ありえなくはないかもね。『おつなき様』は少なくとも、ご神木が榊だし、私の名は『梛』だ。同じく神木。私は木気が強いし、引かれたのかもしれない。神降ろしの才能もあるって言われたことがあるし」
「では、お前が聞いた声は『おつなき様』のものだろうか。さすがに、降ろすのはまずいか?」
「保護者ズが反対するでしょ」
双葉の言う保護者ズに何処まで入っているかはわからないが、梛もうまく降ろせるかわからないので遠慮したいところだ。そうでなくても『降ろす』という行為は危険なのだ。
「……というか、『おつなき様』が降りてきてるってことは、伝承からすると、蛇神様とやらが復活しつつあるんじゃないの」
ふと梛が言ったとき、小さな船着場から大きなしめ縄をしてある岩を眺めている男性二人が目に入った。背の高い二人は、彼女らの連れである。ノリの良い双葉がまず声を上げた。
「おーい、お兄ちゃーん! 瀬名さーん!」
「あ? 双葉か」
思いがけず合流である。二人も資料館で似たような情報を入手してきたらしい。ざっくり情報交換をしたところによると。
鳴山城は戦国初期に作られた山城であるらしい。祠はそのころからあって、女神を祀っている。そしてその女神は、鳴山城を守っているのだそうだ。
「鳴山城の城主って誰だっけ」
「篠崎氏」
「なるほど。続けて」
祐真に回答をもらい、梛は先を促す。
ある時、その篠崎氏の姫君に先見の能力者がいた。彼女は海から怪物が来ると訴えたが、誰も信用しなかった。
だが、本当に怪物は来た。海から現れて、鳴山城の城下を襲った。何とかしなければ、と当時の城主は怪物退治に乗り出した。それを助けたのが、誰にも予言を信じてもらえなかった姫君である。
彼女は山の女神の力を借り、怪物を退散させた。倒したわけではない。彼女自身はそこで力尽きて死んでしまったと言うが、その時に遺言ともいうべき言葉を残している。
祠の女神を、大事にまつれ。何があっても壊したりせず、丁寧に扱え。必ず私たちを助けてくれる。
その姫君は、那樹姫といった。
「……カサンドラ症候群?」
「お前いうことはそれだけか?」
梛の率直な感想に、弘暉がツッコミを入れた。いや、彼が言いたいことはわかっている。
「カサンドラ症候群とはちょっと違うんじゃないか……?」
祐真が控えめに言ったが、本筋とは違うので無視された。梛は彼の背中を叩く。いや、梛が言いだしたので悪かった。
「那樹姫かぁ。てっきり女神様の方かと思ったけど、もしかして姫君の方なのかな」
「私は『おつなき様』のほうを推すが。お前、霊媒能力より神降ろしの能力の方が高いだろ」
依織にやたらと冷静に言われ、梛は苦笑した。
「それはそうなんだけど」
手順を踏めば降霊もできなくはないが、梛の能力は神降ろしに向いている。
「むしろ、那樹姫とその『おつなき様』が同一視されているということはないか?」
「あー、ありそう。けど問題は、その『怪物』がどうやら実在するらしいと言うことだよね」
梛が話を戻すと、積極的に意見交換していた弘暉と依織も口を閉ざした。五人そろって大岩を見る。
「梛、何か視える?」
「いや、ここからでは何も。私の千里眼は、それほど射程が長くないからね」
もう少し近づけば何か見えるかもしれないけど。
「祐真さんは? 何か聞こえる?」
「波の音が聞こえる。冬の大和海は荒れやすいと言うが、今日は比較的静かだな」
つまり、海に出られるのでは。この際、祐真の天然と思われる発言は置いておく。
「……追体験として、私が海に飛び込んでみるのはどうだろう」
「真冬だぞ。死にたいのか?」
「だよねー」
荒れ狂ってはいないが、この時期の海水は冷たいに決まっている。いくら梛が丈夫でも低体温症になるだろう。
「それに、飛び込まされたって決まってねぇだろ」
「あ、それもそうだね」
その指摘に梛がうなずくと、弘暉は「しっかりしてくれ」と梛の肩を叩いた。
「俺一人じゃ、三人の面倒を見切れない」
「あ、そっち?」
一応、分類的にはツッコミに分類される二人がそんなやり取りをしていると、声がかけられた。
「お前さんたち、どうした」
初老の男性だった。小柄だが、精悍そうな雰囲気がある。地元の人だろうか。人当たりの良い梛が口を開いた。
「ああ、あの大岩、そばで見たいなって話をしてたんです」
嘘ではない。そう言うと、その男性は「ああ」としめ縄のしてある大岩を見た。
「『お隠れ様』を見に来たのか。この地の言い伝えは聞いたかね」
また新しい名前が出てきた、と思いながら、「はい」とうなずいた。
その『お隠れ様』と呼ばれる大岩に封じられているのが、『蛇神』なのか『怪物』なのか。とらえ方によっては、どちらも同じ存在であるのかもしれない。というか、その可能性が高い。
「行ってみるかね。さすがにこの時期にそばまで行きたい、ってもの好きはめったにいないが、夏場は船を出してるからね」
「ぜひ」
食い気味に言ったのは依織だ。横田と名乗った彼は、見た通り漁師であるらしい。漁船でそばまで連れて行ってくれる、と言ってくれた。
誰が行くかもめて、武宮兄妹を残してほか三人で行くことにした。梛と依織は最初から行かなければならないから、もう一人の人選でもめたわけである。
「そっちのモデルみたいな姉さんはいいが、そっちのイケメンな兄さんと嬢ちゃんは、海上に出るには薄着すぎるぞ」
横田に言われ、梛と祐真は顔を見合わせた。というか、呼び方が気になる。そのイケメンは、梛を指すと思われる嬢ちゃん、にもかかってる?
近くの呉服屋で防寒具を調達する。梛の身長にあうものがなかったので、彼女も男物を着込んだが、少し大きい。まあ、ないよりましだろう。
船着き場で武宮兄妹に見送られ、漁船が出発する。船に乗り移る際に、梛が依織を補助していたら、横田は笑って言った。
「イケメンな嬢ちゃん、態度もイケメンだな」
「あ、それやっぱり私のことです? ありがとうございます。ちなみに私は梛。彼女は依織で、お兄さんは祐真です」
さくっと紹介する。この時に、横田の名前も教えてもらった。
「嬢ちゃんは『なぎ』というのか。海が凪ぐ、の『なぎ』かね?」
「いえ。木へんに刹那の那で『梛』ですね」
珍しい漢字だと思う。これまでに『なぎ』さんに何人か会ったことがあるが、ひらがなで『なぎ』とか、横田の言う海が凪ぐ、の『凪』が多かったように思う。
「でも音が同じだな。船乗りにはありがたい嬢ちゃんだなぁ」
「まあ、母も『梛は凪に通ず』とかいってつけたらしいですから」
「嬢ちゃんちも船乗りか?」
「いえ。そう言うわけではないんですけど」
代々水を司る一族ではある。梛の『千里眼・水鏡』も水に起因している。だがこれは説明が難しいので、水に関わる仕事をしている、とだけ言った。
「実際のところ、ここまで海が凪いでいるのはお前のせいか?」
祐真が尋ねた。ちなみに、船のエンジン音がすごいので、声を張り上げなければ聞こえない。梛は「どうかな」と首を傾げた。
「私の力は、自然現象に干渉するほど強くないけど、影響は受けているかもね」
梛の木は船乗りのお守りに使われることもある。そのため、同じ効果が梛が乗船することで得られている可能性はなくはない。だが、それだけだ。物理的にどうにかするほどの能力は梛にはない。透一郎ならできるはずだが。
「そら、ついたぞ」
しめ縄結びの真正面。思ったより大きな岩を、梛たちは見上げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梛木は凪に通ず。




