女神のささやき・12月【3】
できるだけ古そうな土産屋に入る。そう言う意味では、泊る旅館も老舗旅館なので、女将や支配人に聞けば、何かわかるかもしれないが。
「こんにちはぁ」
声を上げたのは梛だ。調査責任者の依織が常にニュートラルな人間なので、聞くなら梛か双葉になる。はーい、と出てきたのは店番らしいお姉さんだった。依織や双葉よりいくらか年上だろうか。弘暉や祐真と同じくらいに見える。なんにせよ、梛よりは年上だろう。
「あら、ご旅行ですか?」
「はい。おすすめのお土産とかありますか?」
「そうですねぇ」
いろいろと和菓子を紹介してくれる。百年以上前から伝わっている作り方で作っているのだ、という大福を紹介された。普通においしそうである。
それを人数分購入しつつ、梛は尋ねた。
「今、そこの山城に登ってきたんですけど」
「あらら、そうなの? 一応観光地だけど……歴女ってやつ?」
「そうでもないですけど」
ポニーテールに眼鏡、スラックス姿の梛だが、今日はちゃんと女物を着ているので、男には見られなかったらしい。苦笑して否定した。
「あそこの山城の本丸のところに祠がありますよね。何が祀られてるんですか」
「本当に登ってきたのね……」
お姉さんは半笑いで言った。
「山の女神が祀られているって話よ。過去にこの地で暴れていた邪神を封じて、祀られたんですって」
霊験あらたかなパワースポットなのよ、とお姉さんは笑う。これだけ自然がまるっと残っていれば、パワースポットにもなる。
「でも、最近は誰もいないのに話声がするとか、鬼火が出るとか、山が鳴いているとか、いろいろよくないうわさがあって、誰も近づかないのよ。あなたたちも変な目に合わなかった?」
「特には」
正確には、梛が遭遇しているが、言うほどのことではない。ここは気づかなかったことにしておく。
「なら、運がよかったわね。かくいう私も、あの山に稲妻が落ちたところを見たわ」
「へ~。このあたりは冬の雷が多いって聞きますけど」
「そうよ~。落雷数この国一! でも、その雷は特に大きかったのよね。山には特に痕跡もなかったらしくてね」
「ちなみにそれ、いつくらいの話ですか?」
お姉さんが言うには、ひと月ほど前の話らしい。大福を受けとると、お姉さんは言った。
「鳴山城のこと、詳しく知りたいなら斜め向かいの茶房に行ってみるといいよ。そこの早苗ばあちゃんが詳しいからさ」
「早苗おばあちゃん、ですね。ありがとうございます」
お姉さんと別れて店を出る。斜め前に、本当に茶房がある。
「一月前か……時期的には合うな」
「鬼火とか変な現象が出始めた時期と?」
「そう」
依織に双葉が尋ね、依織はうなずいた。
「鳴山、というのは雷神にちなんでいるのかもしれないな」
「ああ、『鳴る』が山城にかかってるわけじゃないんだね」
「あ、そうなのかな」
依織が首をかしげるので、梛は笑った。どちらなのだろう。いつの間にか、二つの話が合わさっている、ということもあり得る。
お姉さんに教えてもらった茶房に入る。こちらも老舗らしく、趣のある造りだ。座敷に上がって、畳の上に座る。
「おや、これはかわいらしいお客さんだ。いらっしゃい」
中年の男性がにこにこと注文を取りに来る。メニューを眺め、梛はぜんざいを注文した。双葉はあんみつ、依織は葛切りを注文する。抹茶がついてくる。
「あの、私たち鳴山城の調査に来ていて。大学のフィールドワークなんですけど、ここの早苗おばあさんが詳しいと聞きまして」
梛が朗らかに話しかける。そういう人はたまに来るらしく、店主は「なるほどなぁ」と笑った。
「うちのばあさんを呼んでくるよ。歴史学?」
「どちらかというと、民俗学です」
間違いではない。店主が特に疑わずにうなずき、「呼んでくるよ」と奥に引っ込んだ。
「人が良すぎて心配になる」
「梛も人のこと言えないわよ」
双葉に指摘され、梛は肩をすくめた。依織はマイペースにお冷を飲んでいる。
奥から出てきた早苗ばあちゃんは、小柄な八十歳前後の老女だった。
「おや、モデルさんみたいなお客さんたちだね」
しわのある顔で笑う。優しそうな人だ。小上がりになっている畳の上に腰かけ、おばあちゃんは言う。
「さて。何を聞きたい? ああ、私のことは早苗ばあちゃんと呼んでおくれ。みんなそう呼ぶからね」
「わかりました、早苗おばあちゃん。私は梛。こちらが依織で、こっちが双葉。首都から来ました」
「へえ~。遠いところからようこそ。寒いでしょう」
「寒いです」
という割には、梛は軽装である。竹刀袋も持っているので、正直不審者っぽい自覚はある。
「鳴山城の成り立ちについて、教えてもらえませんか。正確に言うと、山頂にある祠とそれに祀られているものを」
「ああ、はいはい。伝承でいいのね?」
「はい」
梛がうなずいたところで、注文したものが運ばれてきた。早苗ばあちゃんは「食べながら聞いてね」と笑う。
「うちのはおいしいよ……さて、鳴山城だけれど、城がある場所に祠を作ったんじゃないんだ。祠のある場所に、城を作ったんだよ」
「えっ。なんでわざわざ?」
双葉が尋ねると、早苗ばあちゃんはちょっと困った顔になった。
「さあ……詳しくは知らんがね。祠があるところに、城の本丸を作った、という話は聞いたことあるね」
「なるほど……続きをお願いします」
言われた通り本当にぜんざいを食べながら、梛は先を頼んだ。
「あいよ。あの祠はね、山の神を祀ってるんだよ」
「ご神体は神木ですよね。山の神なら、女神ですか」
「そう聞いているよ。山の女神様が、大蛇からこの地域を救ってくださったんだ。そして、祠が作られた。ずーっと昔の話だよ」
なんだか急に神話みたいな話になった。というか、聞いたことあるような気がする。別の場所で。まあ、怪物退治の英雄譚などは、どこにでも残っているものだろうとは思う。
「海から、大きな蛇神が現れて、いけにえを出さなければ、村を壊滅させると言う。そこで、若い娘が順に、いけにえに出された」
いつも思うのだが、いけにえにされるのって、なぜ若い女性が多いのだろう。若い男性の場合も多い。比率としては七対三くらいの印象を受けるが。偏見だけど。
「もちろん、家族は大いに嘆いた。その嘆きを聞き届けた山の女神が、蛇神を封じてくださった。民はそれを感謝して、山の女神を祀り、祠を建てた。城ができる、何百年も前の話だよ。それ以来、女神は蛇神を見張り、民を見守り続けていると言う。そして、また蛇神が民を虐げるとき、山の女神は現れると言われておるんだ」
「……」
梛たちは目を見合わせた。それから、梛は早苗ばあちゃんに尋ねる。
「もしかして、蛇神が封じられたのって、海ですか?」
「おや、その話はしたかな? そうだよ。海から来た蛇神を海に封じた。しめ縄をした大岩があるから、見に行ってみるといいよ」
では、娘たちも海に身を投げたのだろう。……この時期、荒れ狂う大和海に身を投げたら、さすがの梛も死ぬだろうか。追体験してみるのも手だと思ったのだが。
「ありがとう、早苗おばあちゃん。参考になりました。後で、大岩は見に行ってみます」
「ちなみに、女神様の名前ってなんなんですか」
突然口を開いたと思ったら、依織がそんなことを尋ねた。いや、気にならなかったわけではないけれども。
「すまんねぇ。私が伝え聞いた中には、名前はなかったよ。ただ、この辺の人は『おつなき様』と呼んでいるけど」
ちょっと意味が分からなかったが、依織はその名をメモした。
それから世間話をしつつ注文したぜんざいなどを食べ終え、抹茶も飲み終えると、三人は席を立った。
「ありがとうございました。おいしかったです」
「ありがとう。気をつけてな」
店主と早苗ばあちゃんに見送られ、その大岩とやらを見に行くことにする。歩きながら双葉が言った。
「『おつなき様』って、どういう意味なんだろう。『お』はたぶん、『お千代ちゃん』とかの『お』よね」
「おそらくな。だから、名の部分は『つなき』ということだが……なまりすぎているが、『ツバキ』じゃないかと、私は思った」
「『ツバキ』かぁ。神木だね」
ただ、山上の祠のところにあった木は椿ではなかった気がする。榊の一種ではあったと思うが。
「女神の本当の名前ではないのかもしれない。椿姫、という女神がいないとは言い切れないが……」
「民間信仰は幅広いからね。ちょっとオペラみたいだけど」
実際に、椿姫という演目があった気がする。
「まあ、私が気になったのはそこじゃない」
「あ、そうなのね」
梛も双葉も依織を見た。彼女に合わせて歩きながら耳を傾ける。
「最初に行った土産屋のお姉さん。稲妻を見た、と言っていただろう」
「言ってたね」
山に落ちるのは珍しいが、ないわけではない。そもそもこの県は、冬の落雷が多いのだ。だからさほど気にしなかったのだが。
「雷は、『神立ち』ともいわれる。神が現れるということだな。雷は『神鳴り』ともいうし、神に縁が深い」
「つまり?」
「今、実際に鳴山城に『おつなき様』が降りてるんじゃないか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なお、この話の中の神様や民話はすべてフィクションです。




