女神のささやき・12月【2】
梛の兄・透一郎曰く、鳴山城は、超典型的な戦国山城らしい。標高は三百メートルほどなので、めちゃくちゃ高い山ではないが、やはり登ると結構な高さがある。考えてみれば、首都の電波塔の展望台と同じくらいの高さなので、当然である。
透一郎自身も、専門は考古学であるのでそれほど詳しいわけではないが、一生に一度は行ってみたい山城らしい。その時は、九合目まで車で登ろう。
それはさておき。整備されてはいるが結構な山道である。ところどころに案内看板があり、曲輪の内部に入るまでに結構時間がかかった。八合目に達したあたりで、依織がだいぶ辛そうだった。
「依織、負ぶさるか」
「なんでみんなそんなに元気なんだ……」
弘暉と祐真はもちろん、梛と双葉もけろっとしているのを見て、依織はげっそりして言った。双葉が「一応、私も戦闘要員なのよ。知ってた?」と笑う。知ってる、と依織が返した。
「依織ちゃん、背負ってもらいなよ。甘えられるならそうすべきだよ」
「梛が言うと実感がこもっているな」
というわけで、依織は弘暉に担がれることになった。弘暉が投げた布の竹刀袋に入った刀は梛が受け取った。単純に、何か起こった場合、祐真が最初に戦闘に入るためだ。
それ以降は何事もなく本丸にたどり着いた。どうやら、そこからルートをたどって散策できるらしい。立派な石垣の跡が残っており、梛は思わず写真を撮った。
「おお! いい景色!」
百五十メートル登ってきたにも関わらず、元気に双葉が海の方を見て言った。泊る旅館も見える。梛は双葉と並んで目を細めた。
「なんか見えるの?」
「いや……でも、何だろう」
海が、とつぶやいたきり、梛は口を閉ざした。違和感があるが、説明できない。それを察したらしい双葉も、それ以上は聞かなかった。
「ああ、神社もあるんだな。何を祀ってるんだろう」
依織が神社を覗き込んでいた。神社というか、祠だろうか。結構古いもので、丁寧に世話をされているのが分かる。
「祐真は何か聞こえるか?」
「いや……夜じゃないと聞こえないんじゃないの?」
「観光客が聞いてんだろ」
「あ、そうか」
男性陣は男性陣でちょっと気の抜ける会話をしている。とりあえず、祐真にも何も聞こえないらしい。
梛は祠を見てから、その奥の大木を見た。ここには今城郭しか残っていないが、実際に城があっただろう時から、この大木は存在していたのだろう。
「ああ、ご神体はご神木なんだね」
そう、つぶやいただろうか。梛の強力な霊視が、何かを捉えた。目が合った。
『嵐の日、彼は海から現れる。私の声が届くなら、どうか』
「梛っ!」
は、と梛は目を見開いた。膝をついた祐真に抱えられている。
「大丈夫か? 充てられたか?」
依織が梛の額に手を当てながら言った。陰陽師がいるって素晴らしい。
「そう、なのかな」
祐真に支えてもらいながら立ち上がる。頭に手を当てて軽く頭を振った。
「何かつぶやいてたな」
「目が合って、何か聞いた気がする。たぶん、ここで起こった怪奇現象の一つじゃないかな」
「ああ、誰もいないのに人の声がするってやつ」
「うん」
「……何と目があったんだ?」
弘暉が尋ねる。双葉が「ご神木? の方を見てたよね」と補足した。
「じゃあ、神と目があったんだろうか」
「そうだったら、今頃梛の眼は焼き切れている」
おう。依織に淡々と言われたが、結構怖い状況だな。梛は顎に指をあてた。
「声は女の人のものに聞こえたけど」
ほかの四人が顔を見合わせた。
「……梛が大丈夫なら、城郭を一周しよう。それから、一旦下山しないか」
依織の提案に、みんな賛成した。あまり長居して、他に影響が出たら怖い。あと、単純にお腹がすいてきた。
順路に従って歩き始めたところで、梛はふと気が付いた。
あの祠。海を見ているんだ。
城郭を順路通りに一周したが、ただの城跡巡りになった。城巡り自体は結構面白かった。尾根に沿って本丸や屋敷跡が並んでいる。切実に解説者が欲しいが、ここには理系三名と言語学科一人、経済学部一人なのが実情だ。
「梛、大丈夫か」
「うん、平気」
軽快に山道を下っていく梛に、依織が尋ねた。むしろ彼女の方が大丈夫ではなさそうだ。すでに下山に入っている。
「戦国山城ということは、一種の要塞だったってことだよね。何と戦ったんだろう」
「何って、他の大名じゃねえの?」
「梛が言うと意味深ね」
武宮兄妹の言葉だ。ちなみに、透一郎によると、鳴山城は戦国の有名人・武宮泰治に攻め込まれている。一応、弘暉と双葉の兄妹は、傍系ではあるが血のつながりはあるらしい。
「何と、か。戦術か都市学のわかる人間なら、何かわかるんだろうか」
祐真がおっとりと言った。梛が祐真を見上げる。
「それ、うちの兄さんのこと言ってる?」
兄は考古学が専門だから、都市学とかはわからないと思うのだが。いや、でも、遺構を調べたりしているから、わかるのだろうか。
「……一応聞いてみよう」
困ったときの透一郎である。梛が言ったことでもあるし。
無事に下山した五人だが、やはり依織は疲れているようだ。適当な食事処に入る。温泉街で観光客が多いから、食事ができる店や土産物屋が多い。
「依織、梛、何食べる?」
「大和海側だから魚か?」
「魚なら刺身かな」
「刺身なら酒が飲みたい……」
「私は飲めないので海鮮丼にする」
「刺身じゃなくなってない?」
女性陣があれこれと話している隣で、男性陣はがっつり目の定食を注文している。
依織は酒を注文するのをやめたようだ。だってまだ調査中。ついでにまだ酒の飲める年齢でない梛にも配慮したのだと思う。飲むなら夜にしてくれ。
「で、食った後どうする」
話を進めるのは魚のフライ定食を食べている弘暉だが、調査のリーダーは依織である。のどぐろの炊き込みご飯を食べていた依織は瞬きし、エビのだしをとったお吸い物を飲む。自由だな。
「鳴山城のことを調べてみようと思う。資料館があっただろう。あと、口伝で伝わっている民間伝承も調べたいな」
自由だが、結構しっかり調査をするようだ。なら、二手に分かれた方が早い。
「梛が影響を受けたのなら、山に呪具が埋まっている可能性があるけど、掘るのはまずいよな」
「まずいだろうね。国の史跡でしょ」
「だよな」
梛のツッコミに依織はうなずいた。とりあえず、掘らないほうからアプローチしていこう。
デザートを食べつつ、どう分かれるかで少しもめた。まともに情報収集ができる人間ということで、梛と弘暉が分かれることになった。情報収集ができる、というよりツッコミを分けられた気がする。後の三人をどう分けるかが問題だ。
梛と祐真、弘暉と依織・双葉で分かれるか。むしろ男女で分かれるか。
「俺とこいつらでいたら、人さらいに間違われないか?」
「依織ちゃんと腕組んで歩きなよ。双葉ちゃんは兄妹に見えるから大丈夫」
「浮かれた恋人かよ」
まあ、言うほど弘暉も凶悪な顔をしているわけではない。しかし、やはり切りよく男女で分かれることにした。結局、一人で二人にツッコむ梛である。
「正直、お前らは何があっても大丈夫だとは思うが、ナンパには注意しろよ」
「三人とも可愛いからね」
弘暉と祐真はそんなことを言って女子三人を見送ったが、依織が土産屋に向かいながらぽつっと言った。
「あっちの方がナンパされそうじゃないか?」
「確かに」
梛も双葉も同意見だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
山城の設定はざっくりしているので、突っ込まないでいただけると……。




